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女子W杯決勝は、アメリカに花を持たせる結果となりました。
子どもを産んでからチームに復帰するメンバーもいるというアメリカ。
パーソナル・パワーのレベルの差が出ていたとも感じます。
でもよくがんばりました。 来年のオリンピックには、U22世代が登場するでしょう。 世界大会でも結果を出している若い彼女たちを育てるための長期的なビジョンや 新たな選手観が、これから益々必要になってくるのでしょうね。
☆神田明神
さて、前回からの続きです。
ご神託を届けた巫女と、平将門の間に生まれた子ども・・・とも云われる安倍晴明。
と、ここまで書いてきて、妙なシンクロに気づきました。 安倍晴明が、福島稲荷神社を創建した年から、ちょうど1000年めの1987年は・・・ うちの次男が生まれた年でした。関係ないか(笑)
そして、ハレー彗星が地球にやって来た年でもありました。 前年には、チェルノブイリ原発事故も発生しています。 時代のプレートが音をたてて軋み始めた年・・・あれから、まもなく30年です。 ☆石森稲荷神社
前回ご紹介した福島市鎌田の「石森稲荷神社」も、安倍晴明が創建しました。
み〜んな「稲荷」です。 安倍晴明の母親が白狐だとする有名な伝説は、何を意味するのでしょう? 石森稲荷神社には、福島3狐に数えられる「賀茂の狐」が祀られています。
この森には、賀茂という名の「霊力をもつ狐」がいたと、石碑にあります。 ちなみに残りの2狐は、信夫山と一杯森に祀られているそうです。
「狐・稲荷」とは、何の象徴なのでしょうね。 さて、こちらは福島市笹木野です。
水田の西側が、「おろ杉伝説」発祥の地です。 吾妻支所の駐車場から、「王老杉稲荷神社」の赤い鳥居が見えます。 「朝廷に祟りをなした」とされた「大杉の霊」とは、いったい・・・?
まずは、地元に伝わる民話「おろ杉伝説」をご紹介します。 王老杉稲荷神社の鳥居
昔、信夫郡笹木野村の豪農で庄屋をつとめる家に「おろす」という名の、十六歳になる美しい娘がおった。
この娘のところには村の若者がよく遊びに来ていたが、その中にきまって夕刻、ただ一人で通ってくる青年がいた。気品のある顔立ちで、他の若者とは違っていた。 この青年が、おろすの部屋に入ると杉の木を鋸でひいた時の特有の香りがしていたそうな。 おろすは、その若者にだんだんと好意をもち、どこから来ているのだろうと思った。
ある夜、おろすがこの若者の着物に糸をつけた針を刺しておき、若者が帰った後、その糸を手繰っていくと、何百年もたっていると思われる杉の大木に刺さっていた。 おろすの憧れの人は大杉の精であった。 ☆この近くに伝説由来の「小針」という地名があります。 村人がこの話を聞きつけ、この大杉を「王老杉」と呼ぶようになり、気味の悪い大木を切り倒すことになった。村人が大勢集まり切り倒しにかかったが、大木のため、
一度では切れない。
翌日まで残すと、一晩で切り跡も残さず元に戻ってしまった。 何回やっても同じで、杉の精の不思議さにあきらめかけていた時、傍らのよもぎが、「その日に伐採したものはその日のうちに焼き払えば大丈夫」と教えてくれた。 その通りにすると、幾日かで大杉は地上に切り倒されてしまった。 しかし切り倒した大杉を運ぼうとすると、何人かかっても少しも動かない。 そこで娘のおろすにたのんで、「どうか動いてください」と声をかけてもらうと、今度は簡単に動かすことが出来た。その後、この大杉は、福島城下まで運ばれ、「城下の木の橋」と、「大仏様」になった。
ここまでが、笹木野に伝わる「王老杉」の伝説です。
そして、切り倒された大杉で作られた「密語(ささやき)橋」が「朝廷に祟りをなす」話は、以下。 福島城の郭内用水に架けられた杉の橋「密語橋」には、二つの伝説が残されています。
①福島城の杉の橋から夜になると、ささやく声が聞こえてくるため、人々は気味悪がってこの橋を「ささやき橋」と呼び、誰一人として渡る者がいなくなった。
そこで「おろす」と言う娘を呼んでこの橋を慰めてもらうことになり、おろすに晴れ着をきせて橋を渡らせることになった。 「おろす」は杉の精を想い欄干に寄り添い、頬ずりをしながら思わず泣いてしまった。 そして「これからはささやくことを止めてほしい」と言い聞かせ、橋を渡り終える辺りで倒れ、そのまま亡くなった。それからは、橋がささやくこともなくなり、人々は「密語橋」として、杉の精と、おろすの美しい愛情を語り伝えた。 ②信達一統志に、「密語橋になった杉の御魂が、朝廷に祟りをなし、そのため平安中期の陰陽家、阿部晴明と芦屋道満が、下向し、平癒を祈願した。村人はこのため壇を築き、それが道満塚、清明塚であると言う。(現在の清明町の名は清明塚からつけたものである)さらに杉の御魂の祟りをなだめて祭ったのが杉妻大明神とし、この杉妻稲荷こそは当地の産神であるとしている。」とある。
この二つの伝説は 「王老杉」 にまつわるものです。
「悪霊」が朝廷に祟りをなして、安倍晴明と芦屋道満までが派遣されるほどの事態とは、ちょっと田舎の古狐が悪戯して・・・というレベルの話ではないのです。
「密語橋」は、何をささやいていたのでしょうね・・・。 そのことを恐らくほとんどの市民はスルーして、深く考えたことがないのではと思います。
というか、「考えること」は、時として危険な事という認識もあったかもしれませんね。 明治から戦前にかけては、「朝敵」の王老杉ですから、地元としても上げたり下げたり大変だったのでは・・・。
王老杉の精の子どもを身ごもった娘「おろす」は、双子を産み落としたが、悲嘆のうちに墓に葬られたという言い伝えもあり、その墓所は「二子塚」という地名となって、今も市内に実在します。
「おろす」という言霊は、神託を「下ろす」にもつながります。
この伝説に隠された真実の物語が、いつか開示されることを願っています。 平将門が絡む、有名な福島の伝説を、もう一つ。
次回は、いわきと福島を結ぶ「安寿と厨子王」の物語を紐解きながら、この地に刻まれた復活の底力をご紹介します。 |
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