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快晴の吾妻山
なでしこジャパン、東アジア杯最終戦で中国にようやく勝ちました。
これで来年の五輪予選へ再スタートができました。 8月8日、立秋の福島市の気温は、30℃です。
涼し〜い(笑) 一週間以上も、気温が40℃近くまで上がっていたため、30℃でも涼しいと感じます。 早朝5時の朝顔
宇宙飛行士の山崎直子さんが、宇宙から持ち帰った朝顔の種。。。。。
5月に、知人の風花さんから分けて頂いた種が無事に発芽して、蕾をつけていたのでした。 そして、その蕾が、やっと開き始めました。
風花さん、貴重な種を、ありがとうございました! 美しいコスモスブルーの花は、まるでパラボラアンテナみたいですね。
宇宙の星々の妙なる波動を受信して、地上に降ろしているのかも。 鳥のさえずりや蝉しぐれ。
猫の目覚ましコールに始まる果樹園の朝。 畑道を走る子らの歓声に、青いパラボラアンテナが、じっと耳を澄ませています。 朝の光の中で
☆早朝から元気な ヒメノちゃん
一年前に、大怪我のため片目の摘出手術をした黒猫のヒメノちゃんは、母猫シマの輸血のお陰で、命拾いし、今は果樹園の「守護猫」となっています。
☆梨畑から大空へ飛び立った蝉の抜殻
こんな美しい夏の朝に、70年前、原爆が投下されたのですね・・・。
当時、国民学校の教師をしていた私の母は、20才でした。 海に面したいわき市に、「米兵が上陸するかも!」ということで、女学生は竹槍訓練をしていたそうです。 もしもの時は自死する覚悟で、「常備薬」を懐中に忍ばせていたという、いわきの娘たち・・・。 「敗戦後は、子ども達と教科書を墨で塗りつぶしたの。その時、もう決して騙されないぞと心に誓った」と、母。
その母が逝って、今年で10年になります。 母の教えを心に刻んだ娘は、20才の成人式には出席せず、護憲集会へ。
両親が、平の呉服屋で誂えた晴れ着は、今もタンスの奥で「親孝行な20才の娘」を待ち続けているのでしょう。 あれから35年。
震災と原発事故の体験の中で、「既成概念を疑う」ということを改めて学んだ私です。 以前は「ヒロシマ・ナガサキ」と言っただけで、すべてが解ったつもりになっていました。
が、今は「フクシマ」と一括りにして差別や暴言をくり返す人たちを反面教師として、そのステレオタイプ的な理解の危うさを感じとることができます。 被災者の中にも、表には出てこない様々な差別があり、長年、運動の中に温存された抑圧もあることでしょう。
うすうす感じてはいたけれど、なかなか直視できないでいた問題に、今年こそは光をあてていこうと決意した時、一冊の本と出会いました。
日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか(集英社インターナショナル)
1,200円+税
朝日新聞に連載されている「終わりと始まり」という批評コーナーで、池澤夏樹さんがこの本を紹介していました。
詳しくは、次回、ご紹介いたします。 著者の矢部宏治さんと、元首相の鳩山由紀夫さんの対談内容が、ちょっと衝撃的ですので、まずはこちらをご覧頂ければと思います。(つづく)
wpb.shueisha.co.jp/2014/12/15/40591/
wpb.shueisha.co.jp/2014/12/16/40674/ |
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