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 梨の花

30年前の今日、チェルノブイリ原発事故が起きました。
1986年4月26日。
当時、長男は2才でした。
私のお腹の中にいた次男は、今年30才です。
8000キロも離れたチェルノブイリから、まさか日本に放射能が飛んでくるなんて・・・。
想像もしていませんでした。

ちょうど梨の花が開き始めていた福島市。
チェルノブイリからジェット気流にのって放射能が日本にやってきたのは、
5月の連休頃でした。
梨の花粉交配作業の真っ盛り・・・。
福島は晴天が続いたため、私たちは連日畑に出ていました。

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 花粉交配

子どもを妊娠中の女性というのは、本能的に異物を察知するのかもしれません。
私は、1960年代に核実験の放射能を浴びながら育った世代ですので、
免疫は多少あったのかもしれませんが・・・。
作業の途中で頭痛が始まり、なぜか鼻血が出始めました。
体調が思わしくなく、その2ヶ月後、自宅で破水。
緊急入院となりました。
主治医は「子宮が収縮して胎児は助からないだろう」と・・・。
でも、赤ちゃんは必死に生きようとしていました。
「命」は、人間の小さな「経験則」を超えた領域に「本源」があるのかもしれませんね。
息子は、奇跡的に生き延びました。

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4月15日付の朝日新聞に、ノーベル文学賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチさんのインタビュー記事が掲載されました。
昨年末、私は、彼女の著書「チェルノブイリの祈り」を一気に読んで、書評を書き始めていたのでした。
が・・・・・。
繰り返し繰り返し、心の中に浮かぶ様々な問い。
「被災して心にも身体にも傷を負い、さまざまな葛藤で涙した後に、人間にはそこから回復して立ち上がる力も備わっている。そのあたりの視点が弱いのではないだろうか?」
 そして・・・
「アイデンティティの喪失から始まったチェルノブイリ惨禍から30年。
自立にむけた新しいビジョンを描いて生きている方々もいるのだろうか?」

本の中には、福島の私たちの被災体験と重なる証言がたくさん記録されていました。
だからこそ、そこからの復活のプロセスを、今こそチェルノブイリに学びたいと思うのです。

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 桃の花と吾妻山

チェルノブイリ原発事故後の状況が日本でも報道され始めた1989年1月。
福島第二原発3号機で大事故寸前のトラブルが発生しました。
水中軸受けの損傷があったにもかかわらず、経済性を優先して部品交換が
遅れたことが原因でした。
これは「警告である」と感じた福島の農業者や母親、市民が集まって勉強会や講演会が開催されました。
また、原発周辺の町まで行って署名活動なども行われました。
災害は「突然」ではなく、必ず事前の「警告」があるのです。
でも、ほとんどの人は、その警告を無視・・・または見て見ぬふりをしています。
そして、大惨事は起きてしまいました。

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スベトラーナ女史は言います。

「この事故で教会が再開され、人々が駆け込みました。科学もマルクス・ レーニン主義も答えを与えてくれなかった。神のみが残り、祈るしかなくなったのです」

「何が起きたのか誰もまだ理解できないころ、たとえば漁師は餌のミミズを 一匹も見つけられなかったといいます。村からミミズが消えたのです。
ミツバチは一週間、巣箱から飛び立たなかった。チーズ工場では、2ヶ月間、酵母が働かずチーズができなかった。何かが起きた、でも理解できなかった。」

「私たちは、自然との調和でしか生きられない。自然との関係をどう築くのか、新しい哲学が必要なのです」

まさに、想定外?であった福島の原発事故においても、「経験則を超えた」 同時多発の事態を前に、人間は祈るしかない極限状態にまで追い込まれました。

「科学万能神話」が災禍をもたらした被災地。
そこに「科学者」と名のる人たちが土足で入りこんで、測定値や論文を「無自覚に」配信する。
その「数字」は、単なる記号じゃない。
私たちの「痛み」なんだ・・・と、叫びたいキモチがいつもある。

チェルノブイリでも同じような科学的暴力が、住民の心を痛めつけてきたのでした。
チェルノブイリの被災者は「ホタル」という蔑称で差別されたそうですが、 福島の農業者は、今も「人殺し」です。

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 お盆用の菊の定植が終わりました。

原発事故は、おそらく事故発生以前から、そこに暮らす人々のアイデンティティの危機に端を発しています。
そして事故後、人々は「自分自身」を形作ってきた「故郷」や「家族」を
失い、今度はその喪失の嵐の中を生きることになりました。
福島も、チェルノブイリも・・・同じです。
海が放射能で汚染される現実は、自分の母親が暴力を受けているに等しいことであったし、自分の一部が汚され壊れていくような「アイデンティティの 喪失」そのものでした。
その喪失からいかに「回復」していくのか?
新たなアイデンティティを生みだすことは可能か?
それはどのようなものだろうか?

その「問い」から始まって、喪失に寄り添う活動が求められていると思います。
喪失からの回復・・・(被災した熊本城を見つめる熊本の皆さんの思いも同じですよね)
被災者のアイデンティティ回復など考えたことも無い人・・・多いです。

「福島は大人も子どもも棄てられた」という福島支援の人々・・・言葉に
気をつけて下さい。

放射能から遠ざかれば、福島の人はハッピーになれると思い込んでいる人・・・もう少し世間を勉強してね。

単に悲惨さだけをクローズアップしたい人々・・・もうケッコウです。

インタビュー記事の最後に、取材者がスベトラーナ女史に問いかけました。
「人類は、チェルノブイリを克服できますか?」と。

皆さんは、どう思われますか?

私は、自然と共生する「新しい哲学」や文化が、福島で花開くことを夢見ています。

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