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3月5日は、啓蟄。
福島在住の20歳のYumiちゃんが、絵本の最後の絵を完成させました。 天才だね・・・と絵を見ながら笑いあって、二人で福島稲荷神社へ。 生まれて初めて御神籤をひくという彼女と一緒に、一人100円で購入。
二人とも「大吉」でした! Yumiちゃんのおみくじ「第26番 大吉」
いにしえに ありけむ人も わが如か
三輪の檜原に かざし折りけむ 柿本人麿さんの和歌でした!
「いま、勢いの盛んな時です。可能性を伸ばすようさらに努力すべきです」とあります。 ありがとうございます☆ 私が引いたおみくじは「第13番 大吉」
「冷たい雪解け水の流れる小川のほとりにすっくと伸びた猫柳のように、
いま上昇の真っ只中にいます」と書いてあります。
猫柳ですか〜! ネコの絵本なので、妙にシンクロしてますね(笑) 有りがたいです☆
☆この日も拝殿前に、いつものネコちゃんがいましたよ!
私が20歳の誕生日を迎えた、1979年3月。
アメリカのスリーマイル島原発で大事故がありました。 在学していた福島大学の自治会は、原水協と歩調を合わせる団体の方々のため、「原発絶対反対」とは言いませんでした。 当時は、学生有志が福島大学に高木仁三郎さんをよんで放射能問題の勉強会を主催したりしていたと思います。 私は参加したかったのですが、自治会の先輩から「絶対に行っちゃだめ! ニセサヨクの集まりだから」と「指導」されました。
大江健三郎さんが「ヒロシマ・ノート」に記録した「1963年原水爆反対運動の分裂」が、1979年の福島大学、そして2011年の福島原発事故にまで影を落としていると感じています。
「いかなる国の核実験にも反対する」という潮流を批判した原水協の主張は、「社会主義国の核実験は容認する」というものでした。 1956年のハンガリー革命へのソ連介入時、原水協を主導した日本共産党はソ連を支持し、ハンガリーの人々を「反革命」と批判していました。 ドストエフスキーが小説「カラマーゾフの兄弟」で予言した無神論の大虐殺が、現実のものとなった時代・・・・・抑圧者に抗して立ち上がったハンガリーの人々の感性と勇気に感動します。 ☆昨年12月にオーストラリアから来福されたKさんのお連れ合いはハンガリーのご出身です。
戦前、戦後の歴史が、今につながっています。
神輿を担いだ人、神楽を舞った人、笛や太鼓で煽った人、参道で見ていた人・・・すべてがそろって歴史は作られてきました。 人間が、自分の外側に「悪」を作ろうとする時は、「要注意」なのです。 先日40年ぶりに読んだ、ノーベル賞作家カミュの「異邦人」の冒頭・・・。
「きょう、ママンが死んだ」 なぜか、作家の五木寛之さんを思いだしました。
敗戦の年に、朝鮮半島で母親を失った五木さん。 その時、12歳だったそうです。 長らくその忌まわしい記憶は封印されていましたが、戦後60年を経て、五木さんは語り始めます。 母は、押し入ったソ連兵の屈辱的な暴力が原因で亡くなりました。 無抵抗の父親。生まれてまもない妹。6歳の弟。12歳の五木さんの目の前で・・・。 「女をよこせ」というソ連兵の要求に、大人たちは日本人の「女を選んで」差し出したそうです。 ぼろぼろになって帰ってきた人。そのまま行方知れずとなった人。 地獄のような極限状態で、生き残るために、人身売買にも手を染めた自分を、五木さんはずっと「罪人」だと思って生きてきました。 「戦地では、心優しい人から順に亡くなった」と・・・。 その五木さんが、2011年6月、福井新聞のインタビューに応じて語ったこと。 「3・11以降は、親鸞が生きていたような大変な時代になっていくだろう。 今の時代は、平安末期から鎌倉期にかけての時代と重なる。
政治的にも経済的にも不安な時代・・・問題なのは、あの時代にいた法然や親鸞、日蓮や道元のようなリーダーがいないこと。 人々は、道先案内人がいない暗夜の道を自分で歩いていかなければなりません」 そして、梅原猛さんとの対談本「仏の発見」の中に、「21世紀は、自分の悪と向き合う時代」と書いています。
法然も親鸞も、出自に大きな「罪」を抱えた人々でした。 親鸞は、母方の祖父が源義朝(頼朝の父)ともいわれており、子が親の命を奪う戦乱の世の穢れの中で、自分の奥深くに宿る血脈の「悪」を自覚し、救済を乞い願う生き方を貫きました。 前出のカミュの「異邦人」は、母を失っても平然と女と戯れ、人を殺め、
神をも畏れぬ風変わりな男の話ではありません。
フランスの植民地アルジェリアの場末町で育ったカミュは、母子家庭(母は 聴覚障がい者)の次男。
貧しい環境から才を見出されて大学に進学し、哲学を学んだ作家です。 時代は、ファシズムが台頭し、「悪」が水底から浮上していました。 神への忠誠を迫る司祭に「ノン」を突きつける「異邦人」の主人公ムルソー。 「パリはきたない街だ。鳩と暗い中庭とが目につく。みんな白い肌をしている」というムルソー。 そして、「異邦人」のラストが、まるで十字架上のキリストを想わせるような暗示に満ちていて、私の心は未だにアルジェの眩しい太陽と美しい海辺につながる小道を彷徨っている感じです。 カミュは、ハンガリー革命を圧殺したソビエト幹部を批判したために、暗殺されたとも言われています。 1960年1月4日、思いがけない自動車事故で、46年の生涯を閉じました。 1968年5月28日紀伊国屋ホールで「核時代への想像力」と題して講演した大江健三郎氏はこう述べました。 「核開発は必要だということについてぼくはまったく賛成です。このエネルギー源を人類の生命の新しい要素にくわえることについて反対したいとは決して思わない」 「ヒロシマ・ノート」の端々で感じる、言葉にはできないダブルスタンダードのニオイが、ずっと気になっていました。 大江さんより3才年上の五木寛之さんが、もし1963年のヒロシマを書いたなら、まったく違う「広島」があったのではないかとも思います。 「善」なるものが「悪」を裁く安易な文脈ではなく・・・自分の悪を自覚した者だけが観ることのできる「広島」 そんな目で「福島」を観ていく先に、ほんとうの心の復興はあるのではないでしょうか。 |
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