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今日は、73回目の終戦記念日です。
敗戦時、私の父は20才で、島根県の大社基地におりました。 同郷の先輩は、爆撃機銀河の特攻出撃で沖縄へ飛び立ち、帰らぬ人となりましたが、父は晩年まで、先輩の写真を大切に保管していました。 父と同い年の母は、いわき市の小学校の教員でした。 戦後、満州からの引き上げ家族が、常磐炭鉱の仕事に就き、その子ども達を学校で教えていました。 古い炭鉱長屋に、とても勉強のできる少女がいて、姉のように母を慕い、その方が伊達市に嫁いでからは、毎秋、美味しいりんごをいわきに送ってくださいました。当時は、木箱です。 籾殻に守られた赤いりんごが宝石のように輝いて見えました。 7月に放映されたNHKドラマで、漫画家の赤塚不二夫さんの半生を描いていましたが、赤塚さんも満州からの引き上げ者で、子供時代に様々な差別を体験したそうです。 2013年1月31日の当ブログにて「みろく世の岩戸ひらく音」で上記の炭鉱について書いています。 そして、こちらは、常磐炭鉱発祥の地「内郷」の回転やぐらです。 内郷駅前
13日、お墓参りの後、いわき市の内郷駅前広場に立ち寄ると、女子高生が、回転櫓の周辺でゴミ拾いをしていました。 いわき市の青少年ボランティアの皆さんでした。 高校生の皆さん、雨上がりの蒸し暑い中での奉仕活動、本当にお疲れ様でした。
そしてこちらは、元内郷支所長の夏井芳徳さんが出版された本です。 いわき明星大学客員教授でもある夏井さんが、今年2月に出版した「いわきの戊辰戦争」を、講演会に参加した親戚から譲ってもらいました。 夏井さんは「はじめに」の中で、こう述べています。 「戊辰戦争では、いわきの地も戦いの場となり、激しい戦いが行われました。・・・今、自分がしていることや世の中の動きを過去の歴史と比較し、良いところを伸ばしたり、悪いところを直したりすることを「歴史に学ぶ」というのです。「歴史を学ぶ」こと、そして「歴史に学ぶ」こと、この二つは両方とも、とても大切なことです。」
夏井さんの母校・磐城高校の生徒さん
いわき市平字長橋町の性源寺には、「戊辰役戦没者之碑」が建っているそうです。
その石碑には、戊辰戦争で亡くなった若者の名前や年齢が刻まれています。 福島の若者ではありません。 因州藩(鳥取)や芸州藩(広島)、伊勢藩や下総藩の10代や20代の若者が、磐城の地で亡くなっています。 「おわりに」の中で、夏井さんはこう述べています。
「戊辰戦争では、多くの若い人たちが命を失ったのです。いい方を替えれば、戊辰戦争は多くの若い人たちから、未来や夢を奪い取ってしまったのです。戊辰戦争という歴史から学び取らなくてはならないことはたくさんあります。
しかし、それらのなかで、私たちが一番しっかりと学び取らなくてはならないこと、それは戦争をしてはいけないということだと思います。」 白水阿弥陀堂
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2018年08月15日
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