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今朝の福島民友新聞の一面を見て「やったー!」と思わず叫んでしまいました。
福島市の佐藤智美選手が、韓国仁川で開催中のアジアパラ大会・陸上女子100メートルで、初出場☆銀メダル☆を獲得しました! 智美ちゃん、おめでとう! また、佐藤智美さんと同じ県立盲学校出身の、佐藤健太選手(水泳男子)は、銀・銅ふたつのメダルを獲得!半谷静香選手(柔道女子)も銅メダルをゲット!
ほんとうに、おめでとうございます! そして、「あ〜っ☆☆☆」
記事の隣に、「伊達郡梁川町でヒマワリ満開」の写真が! 今年も、飯舘村の皆さんがヒマワリを育ててくれました! 次回のブログに、写真をアップいたしますね。 震災の前年2010年のちょうど今頃だったと思います。
福島市内の障がい者の皆さんや共同作業所が主催する大きなイベントに、
ボランティアで参加する機会に恵まれ、その時、初めて佐藤智美さんとお会いしました。
笑顔がとても清々しい、チャーミングな娘さんです! 夏に甲子園大会ベスト8を達成した後、一線を退いた野球部3年の息子とハトコの
K君も一緒に、会場入り口の車の誘導係などのお手伝いをさせて頂きました。
震災前の、平和で穏やかな秋の一日・・・懐かしい思い出です。
☆福島大学・南門
その頃、佐藤智美さんは市内のパン工房で働きながら、福島大学陸上部の練習にも参加していました。
自らの視覚障がいを受けとめ、そこからさらに自分を高めていこうと努力する智美さんは、とてもとても輝いていました。 100メートルのコースを走る時、智美さんの視力を「補う」ものは、いったい何なのでしょう?智美さんは、100メートルを13秒台で走っています!
人間は、弱さをカバーして生きる時に、五感以外の感覚を研ぎ澄ますことがあります。
うちの黒猫のヒメノちゃんも、手術で片目を失ってから、不思議な力を開花させていますし・・・。 おそらく智美さんも、生まれながらにして、そのような鍛錬をされてきた方なのではないか・・・・・と、私は感じました。
当時、智美さんが「走っている時、何かが背中を押してくれるような感覚を感じる時がある」と話すのを聞いた知人もまた彼女の大きな飛躍を確信していました。
智美さんの勝利を掴み取るガッツポーズには、「ついてる」アスリートのオーラがありますね。 智美さんは、現在、強豪・東邦銀行陸上競技部の門をたたき、千葉麻美選手ら
日本のトップアスリートの皆さんと共に練習に励んでいます。
東邦銀行陸上競技部の選手の皆さんのブログが、熱い!
福島大学陸上部、そして東邦銀行陸上競技部・・・福島県にはメダリストを育成する素晴らしい指導者がおられることを改めて実感する今回の快挙でした。
関係者の皆様に、心から感謝いたします。 ☆福島市の福島西部病院の院内には、熊坂候補のポスターが・・・周辺には、旗も!
さて、福島県知事選挙の投票日まで、あと4日。
昨夜は、会津若松市で開催された決起大会に、元大相撲力士の把瑠都さんと、 評論家の佐高信さんが応援で駆けつけてくださったそうです。
熊坂義裕候補の公式サイト「くまテレビ」に映像がアップされています。 ☆Youtube映像は、こちらです。
若者の皆さん!
10月26日(日)は、みんなで投票すっぺね! うちの夫はもう済ませたぞい。 不在者投票もあっからね。 忘れねでね〜。 やっぱり、地元だべ。福島の県知事は、今までずうっと福島県人なんだぞい!
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日記
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白蓮の息子・香織(かおり) 「白蓮」 (河出書房新社)より
NHKの朝の連続ドラマ「花子とアン」を毎朝観ています。
今週は、学徒出陣で出征した息子の帰りを待つ白蓮のもとに悲しい知らせが・・・。 終戦の4日前、8/11に鹿児島で爆撃を受けて長男が戦死したとの電文でした。
7年ぶりに訪問した「腹心の友」花子に、白蓮が怒りの言葉を放つ。
「あなたが、純平を戦地に送ったのよ。ラジオで、子ども達にお国のために命を捧げなさいと言ってたでしょ。純平を返してちょうだい・・・・・」
視聴者の中には「花子だって心から戦争に協力したわけじゃない・・・蓮さま、許してあげて!」と思ったファンも多いのではないでしょうか?
私も、クリスチャンの花子が「心から戦争を賛美するはずがない!」と思っていたのですが、事実は残念ながらアンビリバボー・・・でした。
8/22〜9/1、福島市の中合福島店で「赤毛のアン展」が開催されました。
「赤毛のアン」の原作者、L・M・モンゴメリと、翻訳者、村岡花子の生涯と作品を紹介する企画展で、二人の直筆原稿や初版本などの貴重な資料、約110点が展示されていました。 ☆多くの人で賑わった「赤毛のアン展」会場前
「全国のお小さい方々、ごきげんよう」
会場に設置されたラジオの前では、村岡花子の生の声を聞くことができました。 声というのは不思議なもので、発する人物の「隠されたノイズ」も聞き手に伝わることがあります。
貴重な資料には、とても感動したのですが・・・
何か、言葉にできない違和感を抱いて、会場を後にした私でした。 9/10発売の「中央公論」10月号に、北海道大学の中島岳志先生が、ドラマ「花子とアン」の時代背景について興味深い文章を書いておられます。
その中島先生によれば、花子は、かなり前のめりに戦争に加担していたとのこと。
『女たちの戦争責任』(東京堂出版)には、花子の随筆(以下)が紹介されています。
「私は、戦争の文化性を偉大なものとして見る。平時には忘れがちになっている最高の道徳が戦争に依って想起され、日常の行動の中に実現される」
「母は、国を作りつつある。大東亜戦争も突きつめて考えれば、母の戦である。家庭こそは、私どもの職場。この職場をとおしての翼賛こそ光栄ある使命である」
内閣情報局と大政翼賛会の指導のもとに結成された文学者組織「日本文学報国会」の大会で、花子は「子ども達の裡にこそ、大東亜精神を築き上げるべき」と演説したそうです。
当時、クリスチャンの花子は、日本基督教婦人矯風会に所属し、大会の書記や雑誌の編集などの活動に関わっていました。
この団体は、キリスト教福音主義に根ざした禁酒禁煙運動をルーツに持ち、公娼制度の廃止や婦人参政権運動などを行っていました。 教会が、翼賛団体と化す経緯は、また別の機会に書きたいと思いますが、
これこそ「神への冒涜」・・・だったのではないでしょうか? ナチスの思想を拡大させた国も、原爆を投下した国も、仏教国ではなく、
キリスト教の国であるということを、もう一度、痛みと共に思い起こす必要があります。
根深い「優生思想」が、脱原発や人権派の人々の内にも存在する現実を、
私たちは福島という場所で、リアルに実感してきました。
言論の自由を盾にした「暴力」・・・
例えば、被ばくによって障がい児がたくさん生まれている事実を隠すな、とか・・・被ばくした娘とは結婚させない・・・などと公言する政治団体や学者に対して、女性の人権を守るための活動を行ってきた人々が、曖昧な対応しかできないのはなぜなのか・・・ずっと考えてきました。
無意識の井戸を深く掘り下げていかなければ、「花子とアン」の時代の「本質」を見抜くことはできないのかもしれません。
その深い反省に立って、福島からどのようなメッセージを発信できるのか・・・・・
考えていきたいと思っています。
ドラマの中では、壇蜜さんが演じた「白い割烹着集団」の、「非国民」叩きの優越感と選民意識が、「お国」を下から支えていたのでした・・・・・そして、
海の向こうには、アジアの「(いわゆる)従軍」慰安婦の慟哭・・・・・。
これらは、切り離すことのできない問題です。
日本の女性が、その主体的責任を回避することは決してできないと思います。 (※「現地人に対する性犯罪を防ぐため」として慰安婦募集が行なわれましたが、
キリスト教国においては、兵士個人が犯した強姦、殺人は、国とは直接関係がないというスタンスのようです。それ故日本の慰安婦問題では、叩く側に回っています。
終戦直後にアメリカは日本女性に何をしたのか?という問題もあります。
ベトナム戦争下での殺人、強姦・・・・・未だ誰一人として責任を取っていません) ☆作家の森まゆみさんが寄稿の中で、花子の戦争協力について触れています。
ドラマの中では、売れっ子作家の宇田川満代が「ペン部隊」として従軍していきましたが、当時は、「放浪記」で有名な林芙美子も従軍記者として戦地に赴きました。
また、日露戦争時には「君、死にたまふことなかれ」と歌った与謝野晶子や、平塚らいてう、市川房枝といった女性たちまでもが、戦争を賛美し協力していきました。
婦選運動の中心的人物であった市川房枝は、日中戦争勃発直後に次のように言いました。 「然し、ここまで来てしまつた以上、最早行くところまで行くより外あるまい。(中略)悲しみ、苦しみを噛みしめて、婦人の護るべき部署に就かう」 当時の体制にそった中央協力会議などに加わる婦人の運動家・作家・評論家・教育者たちにもそれは共通で、
「国策の線上に婦人が招かれたことはこの国の女性文化の一つの飛躍である」
(村岡花子)
「家族的国家は世界の家庭の模範」(羽仁もと子)などの主張を展開していたそうです。 そして、
「社会人として生存するに不適当な、悪質劣等な、非能率的な流れを、その水源においてせきとめる」 と「著作集7」に書いた平塚らいてうは、断種法を要求した強烈な優生思想家でした。 あまり知られていませんが・・・真実です。 「女性解放」や「脱被ばく」をスローガンに掲げる反戦反核運動が、このような負の歴史を温存していないだろうか?
敗戦から70年めの節目に、福島の地から問題提起していきたいと思っています。 ☆福島市庭坂の蓮畑にて
(追記)
宇部短期大学の杉山博昭先生の「キリスト教社会事業家と優生思想」という論文を読みました。
大正・昭和期のキリスト教社会運動家で、世界的にも有名な賀川豊彦氏らに関する考察です。賀川牧師は、「貧民街の聖者」といわれた方です。
戦前から戦後にかけて、日本の労働運動、農民運動、生活協同組合運動の黎明期にリーダーシップを発揮した方ですが・・・思想の根底に、優生思想がありました。
詳しくは、次回、紹介します。
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昨日は、久しぶりに気温が30度を超えた福島市。
お陰様で、幸水梨の収穫が無事終了し、私は草刈り鎌を手に、「草原」と化した野菜畑へ向かいました。
今夏は猛暑が続きましたが、草だけは元気いっぱい・・・逞しいですネ。 夏の間、刈っても刈っても畑を占領する草に義母がついにギブアップ。
脱水症状で点滴を受けた義母が「秋の種まきは諦める」と言うので、私の 出番となりました。
中学時代からテニス部でしごかれた?豆だらけの右手に鎌を持ち(笑)
気持ち的には、全米オープンの錦織くん的粘りの持久戦で、「草原」と格闘すること4時間。 草の根を抜き、耕して畝をたてて・・・すべて人力です。 草原が、変身〜☆
定植した白菜の苗を見て、義母が「大根も作りたい。小松菜も・・・」と・・・☆☆☆
畑に出ると、気分が良いのだそうです。 それにしても、全米オープンテニスで、錦織圭くんの勢いが止まらない!
日本時間の9/7午前4時、世界ランク1位のジョコビッチを破っての日本勢初の決勝進出です。 決勝戦の9月9日は、満月・・・。
ちょうど「菊の節句」ということで、何かが起きる・・・のでは? 偶然、10年前に購入した中谷彰宏さんの本「強運になれる50の小さな習慣」が本棚の奥から出てきました。
前書きに、こんな文章が書いてありました。 「強運は、つかむものではありません。
あなた自身が、小さな習慣によって、強運そのものになるのです。 運の強い人は、いざという時に強いのではありません。 ふだんの何気ない習慣が違うのです。」 「傘の巻き方・・・」は、中谷さんが「小さな習慣」としてピックアップしたものですが、今は実感として判ります。
息子の高校野球の体験からも、間違いなく!
小さな習慣が、その人の未来を作る・・・と確信することができます。 錦織くんが、整頓された部屋から出てくる姿が見えます。
極限状態の中でも、秩序と美しさを作り出すための「脳」に、すでに成っている!からこそ、必然的に結果がついてくるのでしょう。 この10年の間に、掃除の仕事も体験し、福島市内の様々な事業所の表と裏を見ることができました。
長期的に結果を出している会社、人物というのは、表と裏というダブルスタンダードの部分の環境整備を意識的に見つめ、改善しようとしていると感じました。 ☆夏枕という名のスイカ
お客様用の大理石のトイレは素晴らしく美しいけれど、裏階段奥のスタッフ用トイレは、まるで昭和30年代の映画のセットなの?と思うくらい暗くて汚れている、お店は・・・お客様の激減で経営が悪化。
また、銀行の経営状態は、トイレと傘立てを見れば、すぐに判りました。
スタッフのセルフイメージが高い職場の傘立てには、きっちり巻かれた傘が整然と並んでいます。 トイレは言わずもがな・・・。 ある新聞社では、掃除スタッフが「あの編集者Aは、俺達を差別している」というのです。
Aさんは、人権や環境問題で講師を依頼されるほどの有名な編集者でしたが、 足元のゴミ箱には、いつもお菓子の包み紙や空き缶などが分別されず放り込まれており、掃除スタッフは困惑していました・・・。 人間は自分自身の「ダブルスタンダード」を、なかなか見つめることができないものですね。
自分のパートナーを平気で裏切りながら、DVを続ける男性が、「政府は従軍慰安婦問題で謝罪を!」って、何かおかしいけれど・・・そういう男性、多いのではないでしょうか。
朝日新聞の慰安婦報道検証で、一時「朝日新聞は謝罪すべき」と書いた池上彰さんの原稿が却下されそうになりましたが、日頃は「謝れ!」と息巻いている新聞社自身が「謝れない体質」というのも、掃除に入ればすぐに判ってしまうことなのかもしれません。
朝日新聞社の傘立てとトイレを、一度見てみたい・・・です。
掃除のオバサンは、何でもご存知だと思いますが(笑) 50年間以上も購読している者として、頭と胴とお尻がまったく違う鵺のような会社ではないことを、祈りたい気持ちです。 水は出しっぱなし・・・玄関で脱ぎ捨てた靴は揃えない。
福島支援で当地を訪れる40〜60代の男性たちの行動を、20代の青年たちが 何の疑問も持たず真似する姿を見ながら、「脱原発」の花は咲いても実に
ならない、本当の理由を考えていました。
新しい種をまく前に、荒れ果てた「草原」の草を刈らねばなりません。
草原にバラ蒔いた種と、耕した畑に蒔いた種の、発芽率は全く違ってきますから。 ビジョンが着地して、発芽し、花が咲いて、実を結ぶには、心の環境整備がとても大事です。
自分自身の心の中の荒野は、社会的な活動を忙しくしていれば一時は忘れることができるけれど、その問題から永遠に「逃げる」ことはできない・・・結果的に多くの人をトラブルに巻き込むこと
にもなりかねないということを、このかん福島で実感しております。 震災から3年半が経過した福島からの、ちょっと深刻な話題は、以下。
次回は、8月末に福島市で開催された「赤毛のアン展」と翻訳者・村岡花子さんにまつわる、当時の女性たちの戦争責任について書いてみたいと思います。
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今年の夏はどうなってしまったんでしょうかね?
気象庁の予報では、エルニーニョが発生し冷夏の予想も一時ありましたが・・・。 8月に台風が2連続で来てから、前線が横たわり各地に雨を降らせて、 一部の地域では洪水やがけ崩れ等の被害が出ました。 早く元の夏に戻って欲しいです。
芸術品のような、福島の桃です!
早朝の菊畑に、桃を乗せた軽トラックが止まりました。 息子に何やら話しかけています。 「お兄ちゃん、お盆用の菊の花、仏壇用に束ねてくれるかな?」
桃農家のお爺ちゃんと、物々交換しました。
超甘い桃でした! ありがとうございます。 10月9日告示の福島県知事選。
動きが加速してきましたね。 福島県知事は、やはり福島で生まれ育った方に期待したい私です。
人間の心の痛みのわかる人、一緒に汗を流して汚れたところに手を入れられる人であったら間違いなく「当選」するのではと思います。 この夏も、震災で犠牲になった方々のご冥福を祈りながら、お盆の菊を出荷しました。
作業場の気温は、36度。湿度55%。。。
この過酷な労働環境を何とか改善したいと思う私。。。 菊が乾燥するので、扇風機はかけないという夫に、
「菊よりも先に、人間が倒れてしまう」と訴えました・・・。 86歳の母も、汗だくで菊を切り揃えています。
一日中ハサミを使っていると、握る手が麻痺してくるんですよね。 握力もつきますが・・・(笑) 毎年、行楽とか、娯楽とは無縁の夏です。
子ども達も、家族旅行を知らないまま成人しました。 ☆いわき市内郷の白水阿弥陀堂・浄土池の古代蓮です☆
10〜16日と、お墓の掃除や仏様をお迎えする本家の仕事を粛々とこなして、
夏祭りや花火のニュースを横目で見ながら、掃除・接待・後片付けの盆週間を過ごしました。 15日は、いわきの実家の墓参りへ。
実家でくつろいでいると、庭先に何やら黒い影が・・・・・。
もしやと思って外に出てみると、昨年の父の葬儀の際、上空を舞っていた
あの青サギでした。それも2羽。
ほんとうに不思議な鳥です。 昨年の新盆と、青サギの記事は、こちら。
☆白水阿弥陀堂・浄土池の「蓮様」です。 この日(15日)、医師で前岩手県宮古市長の熊坂義裕氏(62才)が、県庁で記者会見し、福島県知事選に、無所属での立候補を表明しました。
熊坂氏は、福島市出身。
現在、福島市在住。
福島高校から、東北大学工学部へ進学。 その後、弘前大学医学部を卒業し、勤務医を経て、宮古市で内科医院を開業。 1997年、合併前の宮古市長選で初当選。
平成の大合併による新宮古市の初代市長を含めて、通算3期務めました。 原発政策については、県内の全基廃炉に加え、
県外の原発についても「しっかりとした避難計画がなく、核のごみの最終処分場が決まっていない中で、再稼働は認められない」との主張。 政党や団体からの推薦などについては、施策に制約が生じるとして「全て
受けない」との考えを示しています。
熊坂氏は、2011年10月に、被災者が無料で悩みを相談できる「よりそいホットライン」を開設。
その活動の中で、孤独死や自殺など、被災者が抱える深刻な問題を受けとめながら、広範なネットワークを活かしてサポートを続けてきた方です。 10月にむけて、どんな展開になりますか・・・楽しみですね。
☆今年の梨の放射能検査の結果が出ました!
JA(検出限界値10Bq/kg)、らでぃしゅぼーや(検出限界値1Bq/kg)、ともに 「不検出」でした。
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暑中見舞いのお便りやメールをありがとうございます。
お盆用菊の出荷作業も終盤となりましたが、連日、気温と体温が「同じ」 猛暑の中での労働となっております。
菊畑にでかける早朝に、ヒマワリや朝顔の花を見るのが、唯一の楽しみです。 また台風11号が九州に接近しており、台風12号から低気圧に変わった
前線と合わせて活発な雨が予想されますので、災害には十分に気をつけて
ください。
11日午前3時頃には、いつもよりも少し大きめな月、スーパームーンが 見られるのですが、残念ながら当日は雨雲で見られそうにありません。
翌12日は晴れるかと思われますので、その日に期待しましょう。
人間の心の闇が一気に浮上する時期なのでしょうか。
権力と金を手にした人間の傲慢さと貪欲。 恐ろしいと感じるのは、蓋をしている自分の中の暗い闇を見ているような・・・ そんな不安のスイッチが入るからなのか。 人間が人間を裁くことはできない・・・のかもしれませんね。 今日は福島から、ちょっと素敵なニュースをお届けしたいと思います。
☆我が家のマザー・テレサこと「イズミ」ちゃんです!
8月6日、ベトナム・ハイフォン市のファンウェンミン・フェイさん(13才)が、福島からベトナムへ帰国されました。
フェイさんは、骨肉腫を患い、福島医大付属病院で治療を行っていました。 福島市には、難病の子どもと家族のための「パンダハウス」という宿泊施設があります。
フェイさんの両親は、このハウスに3ヶ月交代で滞在して、娘さんの看護を続けたそうです。 フェイさんは、昨年9月に右足の痛みを訴え、骨肉腫と診断されましたが、
母親のフォンさんが勤務するフジモールドベトナムが、相馬市のフジモールド工業のグループ会社という縁でつながり、関係者の尽力で、昨年10月に来日して、福島医大に入院したのだそうです。 今年1月に、右足膝下の切断手術を受けたフェイさん。
8月からは、義足をつけて母国の中学校に通います。 7/30付、福島民友新聞によれば、フェイさんは、抗がん剤治療の合間に、
パンダハウスを訪れて、ケーキを作るなど楽しい時間を過ごしたそうです。
「大人になったら、人の役にたつ仕事に就いて、恩返しがしたい」とフェイさん。
「(パンダハウスで)自分の家のように過ごすことができた」と母親のフォンさん。 サポートした「パンダハウスを育てる会」の山本佳子理事長は、
「命に関わる闘いを突然強いられた子どもと家族に、安らげる場所を提供しようと運営してきた。施設の増築を計画しており、今後も需要に応えていく」と話していたそうです。 実は、昨夏、倉庫うらで生まれた猫の4姉妹のうちの一匹が、オス猫に追いかけられて、頭部を負傷し、手術で右目を失いました。
息子が「ヒメノ」ちゃんと命名した黒猫です。 一週間の入院と通院を経て、一時は命も危ぶまれましたが、奇跡的に生き延びました。
姉妹の三毛猫「シマノ」「アヤ」「イズミ」が、今も「ヒメノ」を守るように傍についています。 傷ついた頭部をペロペロと舐めたりして看護している姉妹たち。 人間以上の気品を感じるときがあります。 「子どもが病気や障がいを持って生まれてくることを望む親はいない」と言った、有名な反原発の学者さんもいましたが・・・やはり、それは唯物論的な人間の傲慢さから発せられた言葉ではないか、と私は思うのです。
その言葉の先にあるものは、いったい何なのでしょう?
タイの女性が代理出産した双子(一人はダウン症児)のニュースは、鏡のように私たちのエゴイズムを映しだしているのではないでしょうか・・・。 福島市庭坂町のハス畑です。
青い小さな光が、遠くから近寄ってくる様子が連写されていました 人間の「理解」は、まだまだ世界のほんの一部分でしかない・・・のかもしれませんね。 |





