日記

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衆院を7/16に通過した安全保障関連法案をめぐり、大学の研究者から声明が発表されています。その中でも、今、ネット上で多くの人びとの共感と支持が拡がっているメッセージ「京都大学有志の会」の声明書をご紹介します。

7/18付朝日新聞によれば、京都大学の教員と学生が「自由と平和のための京大
有志の会」を発足したのは7月2日。
発起人は15人でしたが、公表した声明書はネット上で瞬く間に拡がり、フェイスブックでの「いいね!」が、2週間で1万7000件を超えたそうです。

声明書の草稿を書いたのは、京大人文科学研究所准教授の藤原辰史さん。
第一回河合隼雄文芸賞を受賞している藤原さんの著作や研究については、、
当ブログでも以前から注目していましたので、やはり・・・と。

☆藤原辰史著「ナチス・ドイツの有機農業」を紹介した昨年のブログ記事
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/11913268.html

3/24付朝日新聞「オピニオン」で、TPP反対を主張した藤原さんのインタビュー
記事、そして、今回の声明書を、多くの皆様に読んで頂きたいと思います。

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京大有志の会「声明書」全文 (日本語・英語)

戦争は、防衛を名目に始まる。
 戦争は、兵器産業に富をもたらす。
 戦争は、すぐに制御が効かなくなる。
戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
 戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
 戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。
精神は、操作の対象物ではない。
 生命は、誰かの持ち駒ではない。
海は、基地に押しつぶされてはならない。
 空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。
血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
 知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。
学問は、戦争の武器ではない。
 学問は、商売の道具ではない。
 学問は、権力の下僕ではない。
生きる場所と考える自由を守り、創るために、
 私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。
自由と平和のための京大有志の会

Manifesto

A war begins under the name of self-defense.
 A war benefits the weapon industry.
 A war spins out of control immediately after it begins.
A war is more difficult to finish than to begin.
 A war hurts not only soldiers, but also the elderly and children.
 A war damages the body, and goes deep inside the heart.
The human spirit is not to be manipulated.
 Human life is not a means to somebody else’s end.
The sea should not be swamped by military bases.
 The sky should not be defiled with the roars of fighter planes.
We wish to live in a special country that is proud of its wisdom, rather than a ‘normal’ country that esteems military contribution.
Scholarship is not a weapon of war.
 Scholarship is not a tool of business.
 Scholarship is not to serve power.
In order to protect and create a place to live and the freedom to think, we must wholeheartedly strike the conceited government.
Kyoto University Campaign for Freedom and Peace

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5月25日に、茨城県土浦市で震度5弱を観測する地震が発生した後、東京や神奈川で暮らす息子たちから「こちらも大きく揺れた!福島は大丈夫?」とのメールがありました。
地震の数日前に、各地で環水平アークが観測されたとのこと。
27日は、青森県にも鮮やかな環水平アークが現れたそうです。
昨年5月のブログ記事に、福島市での観測写真をアップしていましたので、ご覧ください。
☆福島市の「環水平アーク」
 http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/12185024.html

また、いわき市の知り合いによると、このところ東風の影響で曇り空になるヤマセと呼ばれるひんやりとした天気が続いているそうです。
これは東風が阿武隈山脈にぶつかって雲が出来る、いわゆる冬に日本海からの
西風で日本海側に雪雲が出来る逆バージョンみたいなものです。
ちょっと今年の夏の天気、気になりますね。

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☆吾妻・安達太良の山なみを映し出す福島市の水田

ここ数日、気温が30℃を超えた果樹園で、梨の摘果・袋かけ作業をしていました。
一日中、猛暑の畑で、上を向いての立ち仕事は、かなりの重労働です。
いっぷくの時間に、アイスクリームを食べながら、アルバイトさん達と、保原町の
仙林寺の話題になりました。
今春、26才の女性が、出家得度されたという曹洞宗のお寺です。

ブログ「あなたに元気をあげたくて」の風花さんが、今年3月に、その方「覚月妙香」さんの剃髪の儀を写真に収められました。

震災後は、宗教者も唯物論者と一緒に「命は大事。命を守れ!」の大合唱で、命を阻害する「フクシマ」を嫌悪する風潮もありました。
しかし、神と仏の信仰の違いはあれど、本物の信心とは「命よりも大切なもの」を
見つめながら、小さな我欲を超えていくことだと私は思っています。

26才・福島の女性が選択した「命の活かし方」が、これから真価を発揮します。
聖徳太子ゆかりの蘇りの地「福島」の歴史の地下水脈は、今も枯れること無く存在してい
ます。
風花さんの記事と、仙林寺のHPを合わせてご覧ください。
 風花さんのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/y58122001/54993651.html
保原の仙林寺HP「尼ちゃんが行く」 http://www.senrinji.com/tokudo/tokudo2.htm

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       あぜ道の花々

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朝顔の双葉「ヤッホ〜☆」と叫んでいるみたい(笑)

風花さん、貴重な朝顔の種をありがとうございました!
「宇宙アサガオ」の福島物語については、またの機会にゆっくりご紹介いたします。

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 吾妻山
 
新年明けましておめでとうございます。
福島市は、1月3日に雪が降り、現在私の家の周りは、積雪10cmくらいです。
 
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        なたねオイル「油菜ちゃん」
 
チェルノブイリ救援・中部の河田昌東先生から、南相馬産の〜奇跡のような真実の油〜「油菜ちゃん」が、年賀状と一緒に届きました。(商品案内は、記事の最後に!)
河田先生、いつもありがとうございます!
 
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年末の餅の出荷から、年明けまで、粛々と新年を迎える大仕事を無事に済ませて、昨日は、新年会の会場にいました。
昨年結婚した長男夫婦が東京から帰省し、米寿を迎える母と親戚の皆様と共に、新しい年の幸を祝いました。
余興のギターを弾いているのは、本日22歳になった三男です。
 
2011年4月に、飯坂のホテル「大鳥」で、河田昌東先生の講演会(震災後初めての市民集会)を開催した際、受付や質疑応答のマイク担当で、会場を走り回っていた、あの息子です。
当時は、高校を卒業したばかりの18歳でした。
 
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三男「緊張するわ〜。失敗したらどうしよう???」
母 「人間みたいなこと言うね・・・」
三男「オレ、人間じゃなかったの?」
母 「宇宙人の息子は、宇宙人だろ?」
三男「はい」
 
ということで(笑)
中島みゆきの「糸」を熱唱・・・。

美空ひばりの「川の流れのように」、サザンの「いとしのエリー」、福山雅治の「家族になろうよ」・・・・・と、音霊が、福島グリーンパレスにこだまする(笑)
 
中島みゆき作詞作曲の「糸」は、素敵な歌ですね。
皆が感動しました。

「糸」  中島みゆき
 
なぜ めぐり逢うのかを 私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを 私たちは いつも知らない
 
どこにいたの 生きてきたの 遠い空の下 ふたつの物語
 
縦の糸はあなた 横の糸はわたし
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない
・・・・・・・・・
縦の糸はあなた 横の糸はわたし
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと 呼びます
人は 仕合わせと 呼びます

 
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チェルノブイリ救援・中部の河田昌東先生とスタッフの皆さんは、原発事故直後から福島県に入り、地元住民と共に放射能を測定しながら、農地再生にむけた取り組みを継続してきました。
 
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そして、念願であった放射能不検出のなたね油「油菜ちゃん」が、たくさんの人々の「糸」が織りなす黄金色の「布」のように光を放ちながら、南相馬に誕生しました!
 
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「油菜ちゃん」と命名したのは、南相馬市の相馬農業高校・農業クラブの皆さんです。
油菜ちゃんの夢は?
ナタネによる農地再生・地域復興のシンボルとして、「油菜ちゃん」を世界に発信していきます。
やがては、ナタネの残さからバイオガスを作り、エネルギーの地産地消と自然循環型の未来を築きたい☆
そんな夢を描いています。
 
皆さん!応援してくださいね〜☆☆☆
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        ☆今年も餅の出荷が始まりました!検出限界値1ベクレル以下の「不検出」でした。
 
12月は、6日が満月です。
まんまるのお月様が、半月に見えたり、三日月になったり、消えてしまったり・・・。
同じ物体が、光のあて方で、まるで違うものに見えてきます。
「まんまる」って、奥が深いですね。
今年も、満月のような光あふれるお餅を作りたいと思っています。
JA農産物直売所「ここら」の餅コーナーに、「つきたて餅」や切り餅を並べていますので、ご利用ください。
 
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 JA新ふくしま農産物直売所「ここら」店内
 
 さて、「まんまる」のお話です。
先日の金曜ロードSHOW「ありがとう高倉健さん」の放映で、30年ぶりに映画「幸福の黄色いハンカチ」を観ました。
登場人物それぞれに、20代の頃とは全く違う「見え方」があり、自分でもビックリ!
人生のプロセスとは、人智を超えたものなのかもしれません。
当時、武田鉄矢さん演じる青年のような「遊び人風」クラスメートM君が、
今や30年の時を経て、公立学校の校長先生となっておられることを、この場を借りてご報告したいと思います(笑)
 
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その、武田鉄矢さん。
昨年、『西の窓辺へお行きなさい「折り返す」という技術』(小学館)という本を出版されています。
2011年3月の東日本大震災、その半年後の心臓手術を乗り越えた自らの体験、出会い・・・そして、この本の中で、初めて亡き実兄(享年68)との確執を明かしています。
武田さんは、1949年、5人きょうだいの次男として生まれました。
長男は12才年上で、その間に姉が3人。
末っ子の武田さんにとって、お兄さんは「他人」のような存在だったそうです。
 
「年の差は圧倒的でした。だから、ぼくは兄貴から一歩引いて、“そうですか”とか“よかったです”とか常に尊敬語を使っていました。一緒に遊んだという思い出はひとつもありません」 (以下、青字は武田さんの文章)
 
お兄さんは、早稲田大学卒業後、地元の広告代理店に就職、周りが羨むようなエリートコースを歩んでいました。
 
「母親は兄を誇りに思っていて、いつも兄貴ばかりかわいがっていて…ぼくは自分のことも見てほしいって思ってました」
 
その後、武田さんは地元の国立大の教育学部を休学して、フォークシンガーを目指し、上京。
1973年、自身が作詞した『母に捧げるバラード』が大ヒットしました。
映画初出演の「幸福の黄色いハンカチ」が上映されたのは、1977年です。
 
兄は、弟に負けまいと会社を辞めて独立。
でも、事業はことごとく失敗し、多額の借金を抱えることに・・・。
 
「もともと頭のいい男だったし、ぼくなんかよりはるかに世渡りがうまかったから、うまくやるんじゃないかという思いはありました。でも、もろかったよね…」
 
エリートだった兄の転落は止まらなかった。
武田さんを勝手に保証人にしてお金を借りたり、実家を借金の担保にしたり・・・。
結局、母・イクさん(享年78)が兄の面倒を見ることになる。
兄は、“武田鉄矢の母”として一躍有名人となり、テレビ出演や講演に忙しいイクさんのマネジャー代わりとなって生計を立てていたそうです。
 
1998年秋、イクさんが肺動脈血栓のため他界すると再び兄の荒れた生活が始まりました。身内と遺産問題で揉めてマネジャーの仕事も失った兄は荒み、昼間から酒を飲む毎日。
母親の三回忌を前に食道がんを患い、手術は成功したものの、酒の量はますます増えていきました。

でも、お兄さんのプライドは相変わらず高いままだったそうです。
「周りには“鉄矢っていう名前はおれがつけた”とか“あいつはおれのおかげで有名になれた”とか言ってたそうです」
 
 しだいにふたりは疎遠になりましたが、5年後の2005年冬、武田さんのもとに突然、義姉から電話が入りました。
 「一度でいいから、最後くらい仲のいい兄弟でいてください」と、涙ながらに・・・。
お兄さんは、末期がんでした。
翌日、武田さんは博多に向かい、病院へ・・・。

ベッドに横たわるお兄さんは、かつての面影がないほどやせ細っていたけれど、、嬉しそうに武田さんを迎え入れたそうです。
その2か月後、お兄さんは他界されました。
60才を過ぎた武田さんは、今、お兄さんへの感謝の気持ちを抱いているそうです。
 「ぼくは兄貴にコンプレックスを持っていたんです。母からはかわいがられていたし、優等生だったし…兄貴を憎み続けてもいた。でも、そのコンプレックスが自分を成長させて、ここまで登ることができたんだと思えるようになったんです。兄貴が、今のぼくをつくってくれたんだってね」
 
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☆昨年12月の満月の夜、福島市上空に現れた「月虹」です。

高倉健さんを偲んで

先日、83歳で亡くなった高倉健さんが、「母」について書いたネットでの文章を見つけました。
追悼の思いでここに掲載させていただきます。
但し転載元はネットの記事ですので、下記転載記事は1週間で削除させていただきます。また全文掲載は少し無理がありますので、前半は割愛させていただきます。
今回はあくまでも高倉健さんを偲ぶということで。
 
今年初めに、東北大学の入試開始時刻が遅れたニュースをご覧になった方も多いと思います。
受験生に付き添う親が多数同行するため、バスが満員となり、開始時刻に遅れる受験生が続出したというのです。
これは現代の親子関係のほんの一端ですが、「子どものため」と言いながら、子どもの自立を阻んでいる「親心」を深く掘り下げていくと、何が見えてくるのでしょうね・・・・・。
高倉健さんも、映画作りの現場で、いろいろ想うことがあったのかもしれません。
 
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母心 俳優 高倉健
2012/4/20 7:00  日本経済新聞 電子版
 
5月13日…来たる「母の日」に寄せて、ある母親の話をご紹介します。

■耳に残る「辛抱ばい」
ふと、自分の母親のことを想い出してしまいます。
今も耳の奥に残る一言は、「辛抱ばい」という母のつぶやきです。
炭鉱の労務管理の仕事をしていた父は、満州の鉱山に単身赴任。
母は4人の子どもを抱え、孤軍奮闘していました。
特に小さい頃から体が弱く、8歳の時、結核の一歩手前の肺浸潤という病にかかった私は、人一倍の苦労をかけてしまいました。
私は母親をひとり占めにしてしまったのではないだろうか? 
ふたりの妹たちへのそんな負い目が、今も残っています。
 
息子の映画は欠かさず見ていたのに、とうとう1本も褒めてくれなかった母…。
「あんたが雪の中を転げまわるのは切ない」
手紙にはいつも、そう綴(つづ)ってありました。
刀を握り、背中一面に彫り物を背負った任侠映画のポスターを見て、「あの子はまた、あかぎれを切らしとる」と、踵(かかと)からわずかにのぞいた肌色の絆創膏(ばんそうこう)を見つけたのは、世界中でたったひとり、母だけでした。
 
それなりの収入を得られるようになって、兄に贈った腕時計。
家に帰ったときに値段を聞かれ、「150万円くらいかなぁ…」と答えると、母は不機嫌そうにポツリと言いました。
「あんたは、増長しとる」
 
■送られてきた見合い写真
縁あった女性と別れて独り身になってからは毎年、履歴書付きの見合い写真が送られてきました。元教師だった母が選ぶ見合いの相手は、やはり教育関係者が多かったようです。
「家に帰っても誰も迎えてくれる人がいない。あんたが不憫だ」という母に、「お母さんが思っているより、俺はずぅ〜っとモテるんだよ」と答えると、「ばか」と言われました。
ブラシの部分がすり減って、柄だけになってしまった歯ブラシを最後まで使っていた母。
子どもたちがつけっぱなしにしてしまう家中の電気を「もったいない!」と、消して回っていた母。
「辛抱ばい」
私はこの一言に支えられ、南極、北極、灼熱(しゃくねつ)の砂漠から厳寒の冬山を駆け抜けてきました。
不条理ばかりのこの業界で、道を踏み外さなかったのも間違いなく「おふくろを悲しませたくない」の一心。母は、私にとっての規範であり、法律でした。
 
父が亡くなったとき、「片腕もがれたごとある」と、悲しんでいた母。
1989年の東宝映画「あ・うん」の撮影中、母は91歳で逝きました。
おかあさん…。
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一言もありません。小生も、亡き母のためにもがんばります。
 
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