東日本震災関連

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昨日、撮影しました「福島市小倉寺」の福寿草です。
このところ暖かい日が続いていたのですが、今朝は、雪になりました。
今、地球に最接近している彗星の粒子が、雪の核になったのかもしれません!
 
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震災と原発事故から、2年めの春を迎えた福島。
事故直後より、全国の皆様から、温かい励ましと多大なるご支援を賜りました。
また、原発作業員の皆様を始めとする、たくさんの方々の努力と献身的な働きのお陰で、今の私たちが守られていることを想うたび、感謝の気持ちでいっぱいになります。
前途多難ではありますが、なんとか福島に留まり、田畑を再生していく道筋も見えてきました。皆様のご支援に、心から感謝申し上げます!
 
当初は、福島で農業を続けることで、美人薄命の私が、ますます命を縮めるかもしれないと(笑)葬儀用の写真まで用意しましたが、今のところ、なぜかますます元気になっています。
2年めの3/11に、改めて加藤哲夫さんが遺してくださったメッセージを心に留めて、
新たな一歩を踏み出したいと思います。
 
「善」も「悪」も、エゴイズムの衝動に突き動かされて咲く、文明の徒花。
放射能の「恐怖」の前で、私たちの全てが試されたのだと思います。
政治も、信仰も、学問も、「人権」思想も・・・。
 
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昨年の3/11は、津波で多くの同胞が亡くなった、いわき市におりました。
じゃんがら念仏踊りの鎮魂の鉦の音が、今も心の中で鳴り響いています。
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/8026279.html
 
今年は、3/17まで本宮市(白沢ふれあい文化ホール)で開催中の写真展、
「私たちが愛したバラ園」(双葉バラ園)を紹介しようと、夫の運転で出かけましたが・・・、
文化ホールに常設されていた養蚕の展示を見た夫が、渡利・弁天山の蚕祖神社に
寄って帰ろうと言い出しまして・・・その後、びっくりの展開が!
自称、唯物論者の夫ですが、時々握ったハンドルが「他力」になりまして(笑)
今回も、蚕祖神社を目指していたのに、なぜか夫のハンドルが迷走(瞑想?)し、
着いた場所が、弁天山の南の小倉寺「千手観音」でした。
小倉寺の観音様は、国の重要文化財だと聞いてはいましたが、夫も私も今回が初めての拝観です。
 
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千手観音像は、平安時代の仏像で、現在は境内の奥の宝蔵院(収蔵庫)に収められています。
昔は、33年に一度しか拝観することのできない秘仏だったそうです。
院内は撮影禁止のため、こちらは案内パンフから拝借したお写真です。
 
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扉の奥から現れた4メートルの立像・・・圧倒されました!
不退転の気迫とでもいいますか。
怒りや嫉妬、差別や貪り、ありとあらゆる煩悩うずまく下界に降臨して、
汗まみれ、血まみれ、泥まみれの観音様。
「善も悪も皆、これ凡夫なり。全て、もらさず救う」という菩薩道です。
左手に「槍」
右手に「錫杖」(杖の上方にある輪が音を発する)
ご住職のお話を伺いながら、「この杖は、どんな時に使うのかな〜」などと
想像していました・・・。
霊光を発したという一本のカヤの木から生み出された「一木造り」だそうです。
 
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千手観音像を管理する大藏寺は、807年に徳一大師が開創したといわれる寺です。
数百年後、廃れていた寺を、霊山城の北畠顕家が再興し、殿堂を建立。
※霊山の記事はこちら
 
長く信夫伊達1800坊の「首位」にある古刹でしたが、兵乱にあって炎上した際、
古来より千手観音が鎮座する聖地(小倉寺)に寺を移したのだそうです。
その時、かろうじて残った廃堂の破損仏(27躰)を引取り、現在は千手観音像と共に、宝蔵院に安置されています。
 
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境内には足尾社があり、大わらじが樹の幹に立てかけてありました。
大わらじ奉納は、信夫山の羽黒神社だけかと思っていましたので、ビックリでした。
これは「鬼やらい」と言って、大きな足を持っている鬼に「もっと大きな足をもっている者がここにいる、参ったか〜」という意味で飾るのだそうです。
なるほど〜(笑)
 
     ☆観音様の石仏☆
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帰宅しまして、ある新聞の記事が目に留まりました。
「不自由な足で被災地記録・松葉杖のカメラマン『俺だから撮れる写真ある』
吉田茂樹さんというカメラマンの紹介記事です。
吉田さんは、17歳の春、ラグビーの練習中に頚椎を損傷し、全身麻痺で入院。
全国大会に出場し、高校日本代表も見えかけた矢先の出来事でした。
2年間の入院とリハビリ。杖で歩けるようになるのが精一杯でした。
現実を受け止められず、プールで毎日12時間もバタ足をしたこともあったそうです。
カメラに出会ったのは、そんな時でした。
 
吉田さんは、今、東北の被災地に通いながら、撮影や講演活動をしています。
そして先日、講演を聴いた小学生から、心のこもった短歌が届きました。
 
「松葉杖 邪魔なものだと思ったが 心を開く 魔法の杖だ」
 
その時、小倉寺の千手観音が手にしていた「錫杖」を思い出しました。
また、桜の時期に再訪したいと思っています。
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半月ぶりに福島市の自宅に戻りました。
16:10いわき駅発の高速バス(福島行き)が、乗客減少のため廃便になったと知りビックリでした・・・急遽、郡山・会津行きのバスに飛び乗り、郡山駅から電車で福島に帰ることに・・・。
いわき駅前は快晴でしたが、トンネルを抜ける度に、窓の景色が白くなっていきます。
2時間後、やっと郡山駅に到着。
まるで京都の庭園(盛塩?)のような「盛雪」です。
 
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ちょうど2011年3月の震災時、郡山の病院で肺がんの治療を受けていた菅波任(つとむ)さん。
いわき生態農業研究会の菅波さんといえば、ご存知の方も多いと思います。
菅波さんは、20年ほど前にカナダに移住して、有機農業に取り組んでいましたが、
肺がんを患い、帰国して、郡山で療養していたのでした。
原発事故直後、カナダに帰国しましたが、約一ヶ月後の4月15日に亡くなられたということを私は偶然、新聞の記事で知りました。
菅波さんが20年前に建てた「エコハウス」は、今もいわき市四倉町で弟さんが管理しておられるそうです。
享年61歳・・・長年、食生活や住環境に細やかな気を配り、チェルノブイリ事故の際には、放射能汚染食品への注意を喚起する文章を、会の機関誌などに書いておられた菅波さん。
心からご冥福をお祈りいたします。
 
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2月11日、福島YWCAも呼びかけ団体として名を連ねている県民集会に参加しました。
案内には、南相馬市小高区の曹洞宗同慶寺住職、田中徳雲さんの講演とありましたが、まさかギター伴奏で、仏教徒とキリスト教徒とマルクス主義者が一緒に「アワの歌」を唱うなんて・・・超・ビックリでした〜!
大学時代に大変お世話になりましたマルクス経済学の先生方が、神妙な面持ちで「アワの歌」を唱っておられて、時代は変わったな〜と(笑)
ちなみに「アワの歌」とは、超古代書「秀真伝」(ホツマツタエ)に伝わる、イザナギ・イザナミが考案したという世直しの言霊なんです。
神道とか仏教とか唯物論とか、もうそんな小さな括りを超えたところに福島の未来は築かれていくのかもしれません。
 
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田中さんは、なんと、いわき市小名浜のご出身でした。
清らかな身体に、清らかな血が流れているといった印象の、30代の青年僧です。
農家の三男から船乗りになった父親と、農家の次女だった母親、そして妹の4人家族。
お寺に生まれたわけではないのに、なぜお坊さんに・・・?
同郷の私は、興味津々です。
 
田中さん(旧姓・鈴木)は小・中学時代から野球小僧でした。
野球を続けるべく地元の強豪校、湯本高校へ進学し、自宅から25キロの道のりを
毎日走って登校したそうです。毎朝6時前には家を出て、誰よりも早くグランドへ・・・。(弁当を作るお母さんは、4時起きでしょうか・・・)

ロッキーのテーマでテンションを上げながら、甲子園を夢見る鈴木少年。
「人生、やってやれないことはない」が信条の、ど根性球児でした。
 
ところが、高校2年の時、転機が訪れます。
足の筋が捻れるアクシデントにみまわれ、内郷の福島労災病院で
大手術を受けることになったのです。
野球を諦めるしかないのか・・・と思い悩む鈴木少年。

そんな時、演劇指導で有名な国語の先生が見舞ってくれました。
先生「鈴木、クサルなよ!今は体を鍛える時じゃなく、心を鍛える時なんだ」
鈴木「先生、どうやったら鍛えられるの?」
先生
「そうだな〜、ピッチャーとキャッチャーの真剣勝負の心を学ぶために、
   宮本武蔵を読んでみろ!」
 
ということで「宮本武蔵」全8巻。
字は小さい。挿絵もない。
こんなの読んだことないとビビっていた鈴木少年でしたが、
読んでみると、どんどん引き込まれて、一週間もしないうちに全巻を読破していました。
初めて、本が楽しいと思ったそうです。
 
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登場人物の中で、一番心惹かれたのは、臨済宗の沢庵和尚でした。
スケールが大きくて、何事にも囚われない和尚の一言一言に感動し、こういう大人になりたいと思った少年は、心に新たな火を燈して退院しました。
修行は、グランドから平の禅宗の寺へと移り、日曜の朝5時から始まる座禅会に通う日々。
母親は猛反対しましたが、祖母が応援してくれたそうです。
一年間、平(上荒川)の医王寺に通って、3年生の時、得度。
京都の花園大学卒業後は、福井県永平寺で修行生活に入りました。
 
750年前の生活を継承している永平寺。
ボタン一つでお湯が湧く生活の中では決して味わえない、心の奥深くからの感謝の気持ちを体験したそうです。
「一見、不便に思うようなことの中で、人は工夫する。
工夫するから、感謝の気持ちが湧いてくる。
当番の時は、午前2時起きで囲炉裏で湯を沸かす。水を井戸から汲んで大きい風呂に入れる。だから水を大切にして、風呂水を汚さないように入る。
不便が人を豊かにしていく。日々のなんでもない行い(凡事)こそが大事だと学んだ。目から鱗が落ちることがたくさんありました」と田中住職。
 
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2001年より小高区の同慶寺副住職を務めながら、食の大切さを感じ帰農。
そして、開墾5年めの春、原発から17キロの寺で被災しました。
現在は、家族(4児の父)を福井に残し、住職は福島と福井を往復しながら活動中とのことです。
震災と原発事故を体験した今、田中さんの最大のテーマは、
「己のあり方が、一番大事」つまり、自分を磨いてゆくことなんだそうです。
「あとから来る世代のために、地球の安寧を祈りながら、お互いの違いを認め合って許し合っていく、非対立の波動を、まず自分の中に育んでいきたい。その波動が伝わって、大きな力となっていきます」とのこと。
 
田中住職のギター伴奏で、「慈しみ」というブッダの言葉を表した歌も唱いました。
「音を発する、ということがとても大事です」と田中さん。
貴重なお話を、ありがとうございました。
 
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半月ぶりに福島の自宅へ帰り、玄関のドアを開けると「枯れた匂い」がしました(悲)
私が不在の間に、パキラは黄色に変色して息も絶え絶えになっており、シクラメンもぐったり花が倒れていました。
夫「水をやって太陽にあててもダメなんだ・・・」
そうでしたか〜、太陽は一つではない、という意味がその時ハッキリと解りました(笑)
一人ひとりの人間の中にも「太陽」があるのでしょうね。きっと。
永平寺の凡事同様、病や障がいという「不便」が、人を鍛え、豊かにすることもあるでしょう。
ますます、愛さんさんと輝いて行く、福島の修行道です。
立春の朝、静かな雨音で目を覚ましました。
昨夜は、満87歳の父が一睡もせずに起きていたので、建御雷神のCDを掛けて
聴いていました。
2600年以上の歴史という茨城県の鹿島神宮でも販売されているCDです。
雨を呼びましたでしょうか(笑)
父は病気療養のため、震災後も自宅周辺を行き来するのみでしたが、
昨日は突然「小名浜と豊間の海が見たい」と言い出しまして、久しぶりに
一緒に潮騒の音を聴きにでかけました。
 
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幼い頃、海水浴をした懐かしい豊間(いわき市)の海岸です。
震災からまもなく2年・・・。
何も変わっていない、この現状に、父も私もショックをうけました。
 
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海岸沿いの豊間中学校の校庭には、いまだに瓦礫の山が放置されています。
この中学校は、いわき市で最も多くの犠牲者がでた薄磯地区にあり、
学校が被災した子ども達は、現在、藤間中学校を間借りして学んでいるそうです。
体育館にあったピアノも津波で流され、修理は不可能と言われたそうですが、
調律師さんが見事に復活させて、2011年暮れの紅白歌合戦で「嵐」の櫻井翔さんが
弾いてくださいましたね。
 
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灯台がある豊間の塩屋崎は、美空ひばりさんの歌「みだれ髪」にも出てきます。
ひばりさんの復帰第一作として、船村徹さん作曲、星野哲郎さん作詞で、いわき市の海をテーマにした曲が作られたのは偶然でしょうか・・・。
ひばりさん縁の地として、「みだれ髪」の歌碑が建立されています。
 
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周辺の海岸沿いは、家の土台だけが今も残されています。
 
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瓦礫の受入れが拒否される中、子ども達の生活圏に今もうず高く積み上げられる
悲しみの残骸。
毎日この瓦礫を見ている子ども達の心情を想像できる人はいるだろうか・・・。
これは、感受性豊かな子どもの心に対する、大きな暴力ではないだろうか・・・。
私が暮らす福島市の自宅にも、汚染土の土嚢が今も積まれたまま放置されていますが、瓦礫が与える心的影響は、それ以上に深刻なのではと感じました。
心晴れぬまま、小名浜の鹿島神社へ。
 
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私は、いわき市小名浜で生まれ、大原の小滝山の小中学校で学びました。
毎日、鹿島神社の前を通って通学していましたが、当時は神の社というよりは、
悪童たちの遊び場でした(笑)
私の大事な「産土神」・・・40年ぶりの参拝です。
今にして思えば、息子の野球部の甲子園出陣式は、毎年「雷」が鳴ってました。
鹿島の勝負の神様に守られていたのでしょうね(笑)
 
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NHKドラマ「塚原ト伝」でも紹介されていましたが、
鹿島の神様は「タケミカヅチノミコト」(雷神)です。
小名浜の鹿島神社の境内に祀られている末社は、
丹波八幡神社、大山祇神社、歳徳神社、足尾神社、そして天宮稲荷神社。
懐かしく温かい思いに満たされて、また一年、「点滴石を穿つ」の志でガンバロウ!
という気持ちになりました。
 
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帰り際、小名浜港の船の汽笛が優しく響きました。
父「今日は、来れて良かった」
清々しい「節分」の一日でした。
 
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暖かな春の陽射しの下、いわきの蛙は産卵を始めました。
昨年の今頃は
、こんな自然の営みの上にも、放射能が降り注いでいたのですね。
 
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病室から、自宅のパソコンに届いているメールを確認し、返信できるようにと、
iPhoneに切り替えて一ヶ月。
とても助けられています。
スティーブ・ジョブズ、ありがとう!
古い携帯に残っていた未送信メールや写真の中に、貴重な記録がありましたので、
ブログで紹介したいと思います。
まず、3/19に、福島市上空に現れた不思議な雲の写真です。
次男が撮影し、私の携帯に送信されてきたものです。
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この雲は、多くの市民が目撃し、翌日の地元紙でも紹介されていました。
地震雲?それとも放射能雲?
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次は、3/11の夜、ロウソクの灯りの下で、見ていた放射能拡散図です。
21年前に、自分が作成した資料を、こんな形で見ることになろうとは・・・。
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1989年に、福島第二原発3号機でメルトダウン寸前の大事故が起きた際に、
「放射能から子どもを守る市民の会」を立ち上げ、交流会を主催した時の資料です。
長男は、6歳。次男は、3歳でした。
この頃、原発周辺の家々を回って、住民に原発の危険を訴える活動もしましたが、
反応は冷やかなものでした。
当時、私達は、福島原発事故を想定して、放射能の拡散図も入手していました。
風が福島市方向に吹いている場合、放出された放射能は、2〜3時間で福島市に到達!と書いてあります。
3/12の日中は、晴天の下、多くの福島市民は水や食料の配給の列に並んでいました。
電気も止まっていたので、ラジオからの情報だけが頼りでした。
1号機の水素爆発の情報が知らされたのは、爆発してから2時間後・・・(ラジオで)。
間違いなく福島市にも死の灰が来るだろう・・・。
正確な情報が欲しい・・・。
でも、自治体からの広報は全くありませんでした。
グランドで遊んでいる子ども達を見ながら、胸騒ぎが止まりませんでした。
3/13は、余震もあったので、とりあえず近くのコンビニへ向かうと、商品はほとんど品切れ状態。
車のガソリンも残り僅かのため、自転車で福島駅前へ。
ベニマル西店前の道路が陥没して、その穴に、軽自動車が頭から落ちていました。
福島駅前のダイユーエイト(MAX)では、食料の入荷があり、なんとか乾物類を購入。
駅前の中合前にも、食料を求める人の列がありました。
東邦銀行本店では、預金口座への入出金が可能でした。
 
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13日付のメールが、「未送信」フオルダに入っていました。
ラジオの速報を聞いて、急いで送信したメールです。
野球部のお母さん方や、不登校支援サークルの保護者や教育関係者、60人に送ったメールが、3件だけ、送信されずに残っていました。(以下掲載)
 
「放射能に要注意!」
 皆さん、無事ですか?
 こちらは、まだ電気も水も復旧していません。
 今、ラジオで、第一原発から100キロ離れた女川原発で、放射能が感知されたと報道されました。
 福島第一原発爆発の影響か?とのこと。
 福島市は、第一原発から60キロです。
 外出する時は、マスク帽子忘れずに!
 子ども達は、室内で過ごした方が良いです。
 野菜や牛乳などは要注意!
 25年前チェルノブイリ原発事故の際、幼い息子達のために放射能の危険性を学びました。
 濃縮されますので、身を守るために、お知り合いの方々にも知らせてください。
この時期、パニックを煽るチェーンメールを抑止するような注意報道もあり、
メールの内容には、とても気を遣いました。
無事に届くよう祈りながら、送信ボタンを押しました。
 
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この写真は、事故後、松江のIさんから送って頂いたクリスタルです。
メールに添付して、友人達に送信していました。
写真を見るだけで、心が落ち着きました。
ネイティブアメリカンのチェロキー族の方から手渡されたパワーストーン。
世界中の皆様に支えられて、今の私達があります。
3/16、福島市に放射能の雨が降った翌日、暴走する原発に、人間は為す術もなく・・・。
「福島に留まる」と言う息子と、泣きながら祈っていた、私の誕生日。
放射能の拡散と、その影響を知る政治家や先生方は、皆さん、すでに県外に脱出されて、どこからも、なんの情報も入らない・・・。

私たちは陸の孤島に取り残されたまま、浜通りから避難されてきた皆さんの受け入れに奔走し・・・避難先の学校や施設で、お寺や教会で、放射能の雨に濡れながら、水を汲みながら、人間の弱さと強さを目の当たりにして・・・涙する人を何人も見ました。
 
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福島で起きたこと、起きていることの本質は何なのかを、ずっと考えています。
反省と自覚のない単なる反対運動が、正義という名の暴力で、福島の住民の人権を侵害してきた現実もあるからです。
心に痛みのある人間は、その美辞麗句を語る相手の本質を見抜きます
福島の感受性を侮ってはいけない。
 
一年を経て、それぞれが自他を顧みる時なのかもしれません。
生きて、今も、この地で暮らしている・・・奇跡に感謝しつつ。
本日のいわき市は、雨になりました。
昨日、内郷の白水阿弥陀堂の池で、念願だった白鳥の撮影に成功しました!
3月に入っても、いわき市に白鳥が留まっていることにビックリです。
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今日は、夜の病院看護から戻り、久しぶりにパソコンに向かっています。
最初は、酸素マスクや点滴を外してしまう父の見守りから始まりましたが、今はトイレ介護や、痛みのケアをしています。
7年前に他界した母の介護の時よりも、だいぶタフになった自分自身に、つい最近気づきました。
昔は、絶え間なく襲ってくる母の痛みを直視できずに、一緒に「痛みの津波」に流されていましたが。
今回は、冷静に「痛み」を観ることができています。
7年の間に、いろんな事があった・・・。
でも、全てが私の成長のために必要なことだった。
苦しい事も悲しい事も、間違いなく自分自身を打ち鍛えてきた。
「有難いな〜」とか思いながら、トイレ介護を偉そうに命令する暴君の父に、寄り添う日々です。

3/3の雛祭りに、午後だけ休みを貰って、いわき駅前の「ラトブ」へ。
睡眠不足のため、ちょっとふらつきながら、2階の足裏マッサージ店へ直行!
生まれて初めての体験です・・・ドキドキ。
フラガールのような美しい女性スタッフに、足と心を揉みほぐしていただき大感激!
そして、そのお店のお隣に・・・。
あれ〜?雛人形かな〜?
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避難されている皆さんの交流スペース「ぶらっと」の奥に・・・見つけました。
 
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いわき市の豊間地区で、津波の被害で全壊した家の屋根裏部屋から「救出」されたお雛様です!
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「今年は、飾ることはできないと思っていましたが、こうしてまた飾ることができて、
大勢の皆さんに見てもらえて本当に嬉しいです」(持ち主の橋本さん)
今から25年前、娘さんの初節句にお母様に買って貰った思い出深い雛人形だそうです。
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「流されない」不動心の品格がありますね〜。
 
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お雛様の横には、3/11のイベント案内が、たくさん置かれていました。

☆「3.11いわき追悼の祈りと復興の誓い」
      市主催14:25〜17:00(いわき芸術文化交流館アリオス大ホール)
☆3/11
「世界が祈る ふくしま・いわきのために ふくしま・いわきで祈る 世界のために」
     主催 NPO ザ・ピープル  13:00〜16:00 ( 小名浜美食ホテル)
     ※世界各国の先住民族と、じゃんがら念仏踊りの祈りのコラボレーション
 
「復興じゃんがらエイサー2012」という、いわき市まち・未来創造支援事業では、 3/11沖縄のエイサーが、じゃんがら念仏踊りと一緒に、いわき各地で演舞・奉納されます。
 400年前に、いわきの僧・袋中上人が、琉球王国へ伝えた念仏がエイサーとなったそうです。
 じゃんがら念仏踊りとエイサーが繋がっていたなんて、初めて知りました!

当日は、いわき市内で様々な追悼・復興イベントが開催されます。
やはり、この日をいわき市で迎えることは、私にとって必然だったのだと思います。
全てに、感謝ですね。

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