ふくしま農産物関連

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昨日は、新高、ラ・フランスの収穫が終わり、発送前の一休みの日でした。
中日新聞の取材で、美人記者が来園。
取材中に、名古屋から6人のお客様が・・・紅玉林檎の木の下で記念撮影です。
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名古屋のNPO「アルシュ」(自立を支援する会)の皆様です。
フランス語で、「ARCHE」(アルシュ)とは、掛け橋のことだそうです。
アルシュは、ニカラグアやバングラデシュ、ハイチなどへの海外支援と共に、
チェルノブイリ救援・中部などの国内の団体への資金援助も行っているNPOです。
 
昨年は、国際協力NGOセンター(JANIC)が主催する「外務省NGO長期スタディ・
プログラム」に職員を派遣したり、大地震で20万人以上が犠牲となったハイチで支援活動をしたり、まさに日本と世界の掛け橋として大活躍の皆様です。
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「大内さん、私たちは放射能を怖がるのではなく、福島の人が食べている物を食べます。大きな世界から見たら日本は一つなの。福島も名古屋も同じ日本の仲間なんだという思いです」と理事長の中野さん。
先月、東京で「福島原発事故から いのちと食を守るネットワーク」が「品川宣言」を発表し、賛同者を募っていることについて、お伝えしました。
その宣言の中には「少しでも放射能に汚染された農水産物を低レベル放射性廃棄物とし、その線量の大小にかかわらず、その供給は、人身に危害を加える傷害行為、ないしは殺人予備行為に他ならない」という文面もあり、皆さん、ビックリでした。
その賛同者の中には、子ども福島の中手さんや、ふくしま集団疎開裁判の井上さんの名前も・・・・・。
今回の事故並びにその経過は「放射能放散公害事件」である。よって、その加害者に対して責任を追及し、「いのち」と「たべもの」の安全を守るためのあらゆる提言、運動を行っていくのだそうです。
一方で、京都の「使い捨て時代を考える会」の槌田さんは、「福島の農産物をともに食べよう」と呼びかけています。
槌田さんは、40年前から脱原発を主張し、農家と消費者の連携運動にも取り組んできた研究者です。
いま発売中の、月刊誌「現代農業」11月号に、槌田さんのインタビュー記事が掲載されています。一読をお勧めします!
 
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これから放射能と、どう向き合っていくのか・・・。
この問題は、私たちに「生きるとは・・・幸せとは・・・何なのか」を問いかけていますね。
短い時間でしたが、アルシュの皆さんとお会いできて感謝でした。
「再会」のような懐かしさに満ちた、秋の一日でした。
本当に、ありがとうございました。
8月の猛暑の福島で、30μSv/hのホットスポットに突入して
一緒に除染作業をしたJIM-NETの佐藤事務局長と小玉さんが来園しました。
イラクから来福したイブラヒムさんと通訳のスタッフも一緒です。
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ホットスポットになっていた「ピンクの紫陽花」の根を掘る際、汗だくで格闘した
佐藤さんのスコップが折れてしまいました。
そのスコップは、今も大切な宝物として、我が家の庭にあります。
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日本から遠く離れたイラクで暮らすイブラヒムさんは、3月11日、TVを見てビックリ
しました。「日本を助けなきゃ・・・。」
イブラヒムさんは、JIM-NETのイラク在住のローカルスタッフです。
放射能に苦しむイラクの子どもたちを長い間ケアし続けてきた彼は、4年ぶりの
来日で、初めて福島にも足を運んでくださいました。
夫人が大切な指輪を売って、そのお金を日本のために使ってほしいと彼に託したこと、子ども達はお小遣いをためて募金をしたこと、夫人の手作りの美味しいクッキーとバビロニアのネックレスをプレゼントで持参したこと等、英語とアラビア語で話されました。
イブラヒムさん、イラクの皆さん、温かい真心を、ありがとうございます!
「イブラヒムの物語」という本で紹介された、イラクの子どもたちのメッセージを、
たくさんの日本人に読んでもらいたいです。 (本は、JIM-NETで販売中!)
本の定価は600円。この本の収益はすべてイラクと福島の支援に使われます。
またJIM-NETのサイトでもイブラヒムさんの記事が紹介されています。10月20日に東京で講演があるようです。
 
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1991年に始まった湾岸戦争で、アメリカ軍が爆撃に使った劣化ウラン弾の放射能半減期は、「45億年」だそうです・・・。
2003年のイラク戦争でも、たくさんの人々が内部被曝をし、特に子どもたちの間で、がんが急増しています。
イブラヒムさんは教師の仕事をしながら、日本の支援で届く薬を病院へ運び、
そのお陰で助かる子ども達が増えていきました。
白血病のザイナブさんもその一人です。
彼女は、生き残ったことを神に感謝し、薬を届けてくれた日本に感謝しました。
今年19歳になったザイナブさんは、病院で、がんの子どもたちに絵を教えています。
彼女の元気な姿は、「がんは治るんだ」と皆に希望を与えているそうです。
アメリカに協力し、イラク戦争に加担した日本は、加害者でもあります。
イブラヒムさん、JIM-NETの皆さん。
福島は、今いちばんイラクに近い場所にあるのかもしれませんね。
遠路はるばる足を運んでいただき、本当にありがとうございました!
 
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震災と原発事故から7ヶ月・・・・・。
世界にむけて、放射能汚染という大きな罪を犯した日本人の一人として
謝罪したい思いでいっぱいです。 
大罪を犯したのは政府と東電だけではありません。
戦後、日本は、「ヒロシマ・ナガサキ」を体験した戦争被害者であることを強くアピールしてきましたが、ドイツでは、哲学者カール・ヤスパースが「ドイツ国民は自らの戦争責任を問い、裁き、償うべき」と説き、戦争に加担しなかった人にも「罪責」があるとしました。
真の復興とは、そのような内省の意識の連帯から始まるのではないでしょか?
 
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9月16日、本ブログにて、神戸のイベントの件について、を書きましたが、
10月11日にハンドルネーム、生協労働者さんよりコメントをいただきました。
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/5898793.html#6283334
向こうのコメント欄にレスしてもいいのですが、皆さんにも私たちの考えを知って
いただきたいので、こちらの記事に付け足すという形でコメントへのレスと
させていただきます。
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生協労働者さま
貴重なご意見ありがとうございます。
9/11神戸集会主催者に、福島の梨に対する疑問を進言した方々は、
「農地の除染は不可能に近いので、農業者には避難をしてほしい。西日本の
人々に農家の人たちを受け入れ、新たな地で農業を始めることができるような
支援を呼びかけたい」
との見解を持たれています。
本日のマスコミ報道で、福島原発から250キロ離れた横浜市港北区で、
ストロンチウム90が、195ベクレル/kg検出されたことが明らかにされました。
堆積物からは、10万ベクレル/kgのセシウムも検出されたそうです。
首都圏の農業者も含めた「避難支援」を皆さんは考えておられますか?
もし具体的なプロジェクトや資金計画等があれば教えて頂きたいです。

私たちは、政府と東電への断固たる闘いを行うと同時に、原発を停められず
汚染を許してしまった自らの加害責任をも背負って、除染活動をしている
農業者です。
神戸集会の件で、私が一番残念に思うのは、当事者である私本人に、
何の問い合わせもなく、主催者判断が下され、「福島の農業者」は蚊帳の外に
置かれたことです。
DVのような暴力的な圧力を感じ、この一ヶ月の間、無力感から抜け出せません
でした。この問題は、「梨」の問題ではありません。
このようなコミュニケーションの仕方で「反原発」が浸透していく先に、
「福島の人間とは結婚するな」といった差別や偏見が形成されていくのでは
ないでしょうか?
とくに運動体のリーダーの方には、その辺りも含めて熟考いただければ幸いです。
本日、吾妻山に初冠雪がありました。
平年より、20日早いそうです。コタツが恋しい季節になりました。
 
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さて、昨日やっと稲刈りが終わりました。
藁は、田んぼから出してはならないと、農協から指導があり、刈取り時に粉砕して
撒きました。
その地表の測定数値は、「0.88μSv/h」でした。
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昨年の稲刈りは、「田植え」のような稲刈りでした。
足が膝下まで泥につかる田んぼの中で、コンバインが立ち往生・・・。
泥まみれになりながら、手刈りをしました。
母は「80年生きてきて、あんな稲刈り、初めてだった」と言います。
福島県全域、同じような状況だったようです。
地震の前触れだったのかも・・・。
「昔の稲刈りは、11月だったんだよ。田植えが遅かったからね。
 6月に、家族総出で田植えをしたの。赤ん坊や小さな子らを、学校の講堂に
 設置した託児所に預けて、田んぼに出たもんだ。」
80歳の母が、昔語りを始めます。
 
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その時、叔母が、あるモノを発見・・・・・。
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80歳の母も「田んぼで見たのは、初めてだぁ!」
さて、これは何でしょう?
「へっ?Be・・・・・」
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なんと、縁起の良いお宝だそうな。
感触は、とても柔らかく、脱皮して間もない感じでした。
昔、楳図かずおさんの「蛇少女」というマンガを購入して読んだものの
家に持ち帰るのが怖くて、山に捨てに行ったのを思い出しました。(笑)
「お宝」は、やっぱり田んぼに置くのが一番です!
 
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田んぼの脇の道路は、震災から半年たっても、まだマンホールが隆起したままです。周辺にも、同じような隆起が放置されたままあります。
 
9/27に、福島市が、市内全域の約11万世帯を対象にした除染計画を発表しましたが「民家分は、敷地内に埋めて保管する」「側溝の除染は市民の協力で」とのこと。
市内の6割を占める山林や農地は対象から外されました・・・。
 
まもなく震災から7ヶ月。
福島で生きるための市民独自のプロジェクトを、具体的にスタートさせる時が
熟しつつあります。
昨日9/29は、秋晴れの空の下、稲刈りで思いっきり充電しました。
田んぼの仕事が大好きな「なでしこジャパン」です。
空が、とてもキレイでした!
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「あどけない話」
智恵子は東京に空がないと言ふ
ほんとの空が見たいと言ふ
私は驚いて空を見る
桜若葉の間に在るのは
切っても切れない
むかしなじみのきれいな空だ
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ
智恵子は遠くを見ながら言ふ
阿多多羅山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとの空だと言ふ
あどけない空の話である

高村光太郎の「智恵子抄」で知られる、高村智恵子は、福島県二本松市で生まれました。
福島市の女子高から、日本女子大学へ進学し、
ちょうど100年前の、1911年9月に
創刊された「青鞜」の表紙絵を描きました。
福島の青い空や、山々に、「魂の故郷」のような温かい波動を感じる方は多いようです。
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9/27付、朝日新聞「みちのくワイド・震災の街を歩く」で、二本松有機農業研究会の
大内信一さんが紹介されました。
日本の有機農業の草分けで、40年前から無農薬のコメや野菜作りに取り組んで
きた大先輩です。
4/19に福島市で開催した河田昌東先生の講演会と交流会にも、ご参加頂きました。
「福島の消費者は地元の食べ物をたくさん口に入れてきているので、もっと食べてくれとは、とても言えない」
ネギの皮をむきながら、大内さんは静かに語る。
有機野菜にドロ付は当たり前だったが、震災後は、ドロを落とさないと売れなくなった。
福島に、希望の種を蒔きたいですね。
昨日の、田んぼの土の中に、キラキラ輝く糸状菌をたくさん発見しました。
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田んぼの空間線量は「0.6μSv/h」でした。
モチ米で、今年も餅を作りますよ〜☆
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死と再生を繰り返す自然の懐に抱かれて、平安と感謝の一日でした。
 
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福島のりんご畑では、紅玉が色づき始めました。
・・・林檎はなんにも言わないけれど、林檎の気持ちは〜
良くわかる〜。林檎可愛いや〜可愛いや林檎〜・・・。
この歌がわかる人は、百戦錬磨の熟年の方でしょうか・・・(笑)
林檎は、戦後の日本人の心を癒して、温かい火を灯した「紅い実」でした。
今年も、バラに守られて、たわわに実った赤い実が、収穫の時を待っています。
24日の午前中、林檎とバラのアーチをくぐって、素敵なお客様が来園されました。
アダム・フルフォードさんと10人のお仲間の皆さんです。
 
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アダムさんは、二本松の大七酒造のCMにも出演されている方です。
そうです。あのハリウッドスターのようなダンディーな男性です!
アダムさんは、なかなか復興が進まない福島の現状や、農業者の苦悩に
胸を痛めていたそうです。
そして今回、福島県産の野菜の安全性を自ら確かめ、その野菜を、自身が代表を
務める「ジャパニーズ・グレイツ㈱」で販売することを目指して来県されました。
 
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アダムさんは1981年に来日後、語学スペシャリストとして数々の翻訳、ナレーション
、番組制作に携わりました。
NHKの「英語でしゃべらナイト」「えいごであそぼ」などの英語監修や、「サイエンス
ZERO」「美の壺」英語版の製作など、長年、日本の文化と言霊の世界に関わるお仕事をされてきました。
撮影するカメラマンのエドさんも、気合が入ってます!
 
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野菜や果物の提供は、マクタアメニティ㈱です。
EM有機農産物の栽培から、出荷、販売まで、「生産と流通」を適切に管理し、お客様のお手元に届くまでをしっかりサポートするシステム・・・「アグリSCM」に力を入れています。
東京から参加された皆さんから「福島に留まって農業を続けるのはなぜか?」
「海外で日本農業の技術輸入も進んでいる。タイに移住して農業するつもりはないか?」とのご質問もありました。
タイですか〜。行ってみたいです。(笑)
 
私達は、この半年、「福島で農業を続けられるのか・・・続けて良いのか?」という問題を抱えながら、農地に向かい合ってきました。
観念的にではなく、汚染の只中で、汗を流しながら格闘してきました。
連日の畑仕事は、原発作業員なみの積算被曝量となるため、若い農業後継者には、避難して他の土地での就農を勧めてきました。
ただ、誰かが残って農地再生の活路を求めていかないと、福島の農地(農村)はどんどん疲弊していきます・・・と同時に、人心もまた荒れ野のように荒廃していくだろう・・・と感じます。
私たちが「目にする」環境が、私たちの心に与える影響は、とてもとても大きいものです。
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大きな歴史的スパンで考えると、耕作できる土地を守り、再生していくことは、未来の世代への貴重なプレゼントになるのではないか(予想される食料危機etc.)との思いもあります。
農業者に良心があるなら、汚染された農産物の出荷を止めろとのご意見も頂きました。食べてくださいとは言いません。
ただ、私たちの様な生き方もあるという事を認めて、許して頂きたいのです。
今、この福島に生かされていることに感謝しています。
3/15・16の断末魔の危機から救われた奇跡を何度も想い返し、希望を失わなければ道は開けるという確信が、いつも心に湧き起こります。
同じように、福島には、多くの大人や子どもが留まっています。
避難できない様々な問題を抱えて・・・または、この地に留まる決心をして・・・。
 
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夫は、スポーツ少年団の事務局を担当しているということもあり、大会主催者に会場の変更願いを提出したり、練習を宮城県の低線量グランドで行ったり・・・できうる限りのことを具体的に実行に移してきました。
しかし、「なんとか被曝を軽減させたい」という思いは、大会主催者(地元新聞社やガス会社)からは無視され、会場変更願いが「大会欠席」扱いにされて出場できず、その責任をとって夫が役を下りる結果となりました。
そのような痛みを抱えながらも、留まる子どもたちへのサポートを、これからも続けていきます。
遠い避難場所からではなく、福島のこの場所で、留まる人々の痛みや苦しみに寄り添う活動もまた、私たちの生き方であると思い始めています。
長くなりましたが、アダムさん、皆様、今後共どうぞよろしくお願い申し上げます。
温かい励ましのメッセージを、ありがとうございました。

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