郷土の歴史

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1/27(日)早朝のいわき市です。
雪化粧した国宝・白水阿弥陀堂に、今年も7羽の白鳥が飛来しました。
先週、実家の父が緊急入院しまして、病院に泊り込んでいた矢先の雪・・・。
偶然とは思えないシャッターチャンスに、びっくりでした。
 
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毎朝、病院の売店で購入する地元紙が、センバツ出場を決めたいわき海星高校
野球部の快挙を報じています。
わずか16人の部員。
津波で校舎の1階は全壊し、グローブやバットも流されたそうです・・・。
それでも海砂や瓦礫で埋まったグランドを、毎日毎日一隅を照らす思いで整備したという部員達。
甲子園で準優勝した福島県立磐城高校の地元、いわき市の子どもたちです。
今年も甲子園での青嵐を期待しています!
 
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今年は、NHK大河「八重の桜」も始まり、敗者の歴史に少しでも光が注がれることを願っています。
同じ福島県でも浜通りの諸藩は、幕末のビッグウェイブとどの様に対峙したのか?
日本史を根底から突き動かしたエネルギー革命の黎明期、山里の小さな村で、
ひとりの男が黒いお宝を発見するところから、いわきの近代は始まります。
 
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今年は、いわき市の石炭業先駆者、片寄平蔵の生誕200年スペシャルイヤーです。
新島八重と同時代に生きた、片寄平蔵・・・皆さんはご存知でしょうか?
 
実は、父の書棚で「石炭の父 片寄平蔵実伝」(本多徳次著)という資料を見つけまして、病院のベッドサイドで読んでいたのですが、あまりの面白さに時を忘れました(笑)
あの時代は、地方の名もない庶民の直感に様々な天啓が降り注いでいた時期でもあり、表舞台の華やかな歴史の行間にも、不意に妙なる気配を感じるときがあります。
「片寄平蔵実伝」の中にも、そんな不思議な気配を感じました。
片寄秘話と現地の写真を、2回に分けてご紹介します。
 
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(1)1851年・白水阿弥陀堂の西(弥勒沢)にて石炭発見!
 
平蔵が最初に石炭を発見した場所は、いわき市の白水村(弥勒沢)でした。
国宝として有名な「白水阿弥陀堂」の西側です。
この地は、古くからの霊場であり、弥勒沢には石仏弥勒尊像(写真)が祀られていました。
「弥勒尊」とは、釈尊の予言で、釈尊の滅後56億7000万年の後、この世に弥勒が出現し、釈迦如来の教えで救われなかった民衆をことごとく救済する「未来の仏」なんだそうです。
白水阿弥陀堂〜高野山〜弥勒沢のエリアは、昔からいわき市のパワースポットだったのかもしれませんね。
 
磐城の材木商の養子であった平蔵は、商用で江戸へ上京した折、品川沖で初めて黒船を見ます。黒船は盛んに黒煙を焚いていたので、平蔵は船火事だと思いましたが、
往来の人から、「あれは船火事ではない。石炭というものを焚いて船を動かすのだ」と教わりビックリ!
帰郷して偶然にも仁井田の海岸で粉炭を発見。
そして、その上流の白水川で夕立に会い、濡れた着物を乾かすために焚火をした際、突然川岸の黒石が燃え出したのも、必然の計らいだったのかもしれません。

その黒い塊を江戸の明石屋に鑑定してもらうと、予想通り良質の石炭でした。
明石屋は、横浜を拠点に中央経済を牛耳った明石銀行頭取の先々代の江戸商人で、「これからは石炭の時代になる。もっと探して江戸に送れ。磐城の泉村に石炭があると聞く」と、平蔵にアドバイスしたそうです。
 
ところが泉村をくまなく探すも、石炭は見つからない。
もしかしたら「泉」とは、上下を離した「白水」のことではないか・・・。
他領(湯長谷藩)であった白水村に無断で入ることはできないため、芋掘りに扮装して、白水川を遡っていくと、湯の嶽の麓の弥勒沢で、とうとう石炭の露頭を発見しました。この年、1855年。
平蔵が48歳で暗殺される5年前のことでした。
次回は、ビッグウェイブに乗った平蔵の事業と、暗殺までの経緯を、現在の弥勒沢周辺の写真と共にご紹介いたします。
 
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クリスマスの今日、餅つきの合間に、福島稲荷神社へ!
自宅から自転車で30分、小雪の舞う道を全力で走って汗だくでした。
この一年、愛車「ベンツ」も良く働いてくれました(笑)感謝!
 
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境内には、正月飾りのお店が並んでいました。
ダルマさんも並んでいます。
今日が出店初日だそうです。
 
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皆さんは、「お稲荷さん」といえばキツネを思い浮かべると思いますが、
実は、稲荷とキツネは何の関係もありません。
稲荷神社の総本山は、京都の伏見稲荷大社。
秦氏の守護神です。
イスラム世界で「イナリ」という言葉は「光を与えるもの」という意味だそうです。
(アラビア語の「ナル」は、「火」という意味です)
 
そして、イナリが「稲荷」となる以前は、「伊奈利」と書かれていたと、
「山城国風土記」には記されています。
この「奈」という漢字の旧字体は、「木」の下に「示」であり、
「示」は、祭壇「丁」の上に乗せた犠牲「一」から滴り落ちる血を表しているという
説から推理しますと、なんと「イナリ」は「イエス」でもあるという・・・。
ホンマかいな・・・というお話です。
 
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福島稲荷神社に祀られている祭神「豊受比売命」は、伊勢神宮の外宮としても有名です。
実は1990年代初頭、民放局の招請で、ブルガリア政府公認の超能力セラピスト、
ベラ・コチェフスカさんが来日し、伊勢神宮を参拝しました。
「文藝春秋」1993年3月号に、ベラ女史の訪日レポートが掲載されていて、私は最近その内容を知ったのですが、そこに、日本、そして「豊受大神」についての驚きの記述がありました!
彼女は日本人に、こんなメッセージを遺しています。
「これから世界は混乱の一途を辿るでしょう。しかしそれは、人類がどうしても経験しなくてはならない試練でもあります。重要なのは、人類がその試練から何を学ぶかです。日本は、人類が平安を取り戻していく過程で、とても重要な役割を果たすでしょう。そういう義務があるのです
このベラさんが、伊勢神宮の外宮正殿を参拝した折、豊受大神の「荒魂」を祀るとされる多賀宮で、とつぜん神気に触れ、不思議な体験をされたとのこと。
そして、自分が額づき祈ったこの場所に、祀られているのは「ヤハウェ」だと語ったそうです・・・。
 
2012年クリスマスは福島稲荷神社、そして次回は、国見町の萬歳楽山(萬蔵稲荷)をご紹介したいと思っています。
2013年、「光を放つ島」はどんな姿を私たちに開示してくれるのでしょう・・・とても楽しみです。
 
さて、光を放つのは福島だけじゃありませんよ〜!
聖夜の仙台に、ワープ☆☆☆/~
 
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こちらは仙台のクリスマスです!
家族と過ごす方もいれば、大切な人と一緒に.....なんて人もいることでしょう。
仙台の街並みもクリスマスムード一色です!
 
アーケードの、Xmasイルミネーション!
上をムー浮いて、あーるこーオーオーオー・・・でしたっけ(笑)
上を向いて歩いていた二人が偶然ぶつかって、運命の出会いが・・・。
なんていうこともあるかもしれない、仙台です(笑)
 
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そして、この時期、仙台では有名なページェントも盛り上がっております!
恋人とふたりで歩く至福の一時・・・。
 
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写真だと感動が半分以下に落ちてしまうのが残念です(涙)
是非!お近くにお越しの際は、定禅寺通りで開催されているページェントをお見逃しなく☆
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気温がグッと下がりホワイト・クリスマスを期待させる予報ですが、皆さま暖かいクリスマスをお過ごしくださいね!
以上!仙台からお伝えしました!
 
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  今年も飛来した白水阿弥陀堂の白鳥
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標高666メートルの木幡山の中腹にそびえる隠津島神社の神木。
本殿へ向かって山道を登ると、仮本殿だった「門神社」が現れ、その傍らに鎮座して
います。
 
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祭神は「天石門別神(アメノイワトワケノカミ)」とあります。
神社は古くから神仏混交で僧兵が住み、戦国時代には伊達政宗の焼き討ちにあって、本殿や宿坊は失われましたが、大杉と三重塔だけは難を逃れたそうです。
樹高は20メートル。根回りは16.2メートル。
目通りは9.3メートルに及ぶ大樹です。
推定樹齢は、800年といわれ、国の天然記念物に指定されています。
周辺には、「天照大御神」も祀られていました。
 
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木幡山周辺は、何となく「隠れ里」的雰囲気が漂っています。
傷ついた者たちを包み込むような、温かな気配とでもいいますか・・・。
三十三観音が線刻された花崗岩や、経塚群などもありました。
大昔から、迷える人間の死と再生を見守ってきた神聖な「御山」だったのでしょうね。
昨年は、震災で伝統行事が次々と中止になる中、氏子の皆さんが力を合わせ、
避難してきた浪江の皆さんの応援も受けて、祭りを開催したということです。
 
今年は、同市(二本松市)に役場機能を置く浪江町の役場職員や、町議など10人も
加わり、「祈・復興浪江町」と記された復興祈願の五反幡を掲げました。
木幡地区に、町の避難所があったことが縁だそうです。
 
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祭りは、隠津島神社の男子氏子が、9つの集落の「堂社」にこもり、井戸の清水で
水垢離(みずごり)をした翌日、長さ10メートルほどの竹に結わえた大幡を押し立て、
羽山神社に奉納。その後、15歳を迎え初めて神事に参加する男子の成人式「権立(ごんだち)」を行います。
権立は、羽山神社の「くぐり岩」と呼ばれる大きな割れ目のある大岩で、「胎内くぐり」を行うもので、全国でも珍しい神事です。
 
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私たちも幡行列の皆さんと一緒に、山道を登り、羽山神社へと向かいました。
途中、獣道のような急勾配を、ハーハー言いながら登っていきます。
大人も子どもも、汗だくで、前進あるのみ!
初めての山なので、とにかく従いていくしかない私です(笑)
そういえば昼ご飯を食べていなかった・・・と、夫の顔を見ると、彼は飄々とした修験者の横顔になっていて飛ぶように登っていくではありませんか!夫は天狗だったんだ!(笑)
 
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山の頂きから、安達太良の山並みや、女神山(小手姫伝説)を眺めて感動!
疲れを知らない子どもたちは、雪合戦を始めました。
ここで小休止した後、またまた山深く分け入りまして・・・。
突然現れた、でっかい!巨石・・・に祀られた社に参拝し、無事帰還いたしました。
 
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一時間半の山登り・山下りでしたが、人間というのは魂が喜んでいると、不思議と体は疲れないのですね。
また、木幡山の清々しい気に抱かれたい・・・天狗の女房もまた、やっぱり天狗だったようです(笑)
 
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前回ご紹介しました、郡山の佐藤久男さんから、今年の幡祭りのユーチューブ動画を送っていただきました。
「胎内くぐり」の問答など、とても興味深い貴重な映像です。
佐藤さん、素晴らしい記録を本当にありがとうございました!
以下、ご覧ください。
 
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12/2(日)、二本松市木幡の幡祭りに参加しました。
前日の雪が残る木幡山(666m)の山道を登り、隠津島神社に辿り着いたのは、お昼頃でした。
 
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祭りの日に雪があるのは、10年ぶりとのことです。
日本三大旗祭りの一つである、木幡の幡祭り。
五色に彩られた五反幡を押し立てて、法螺貝を響かせ、白装束の行列が木幡山
(隠津島神社・羽山神社)を目指します。
午後1時半の到着まで時間があったので、同行の夫と一緒に、神社周辺を探検!
急勾配の山道は、雪でツルツル「縁起が良いね」と、どこまでも前向きな夫婦です(笑)
それにしても、木幡山は奥深い!
まず、ビックリしたのは、隠津島神社の拝殿上部に、なんと「三柱鳥居」と「龍」が!
 
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三柱鳥居は、京都の太秦「木嶋神社」の「元糺の池」の中にも建てられています。
木嶋神社は、秦氏が養蚕と織物の神を祀った神社といわれています。
そして、この「三柱」の意味は?
「三位一体」を意味するという人もいて、なんとも不思議な鳥居で有名なんです。
神社の下には、三重の塔もありました。
 
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隠津島神社の創建は、769年。
祭神は、隠津島姫命・田心姫命・たき津姫命の宗像三女神です。
木幡山の入り口には、弁財天があり、命水を汲むこともできます。
まさに、龍神の山ですね。
二本松藩主、丹羽家によって、祈願所・総鎮守とされていたそうです。
また、会津藩に封された蒲生秀行が、杉数千本を献植したことでも有名です。
 
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境内の周辺には、八坂神社、養蚕神社(千手観音菩薩)、松尾神社、白山神社、
熊野神社、足尾神社など、12社が祀られ、境外末社として、幡祭りの舞台である
「羽山神社」があります。
 
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さて、いよいよ旗の隊列が、坂道を登ってきました。
祭りの由来は、今から950年前。
前9年の役において、安倍氏に追われた源頼義、義家父子が、木幡山に立て籠もり、弁財天に祈願したところ、にわかに雪が降り始め、雪化粧した杉木立を、源氏の白旗と見誤って敵が退散した故事に由来すると伝えられているそうです。
が、この祭りには、もっと奥深い何かがあると、私は感じました。
この祭りの神事は、絹の幡の奉納と、もう一つ。
「ゴンダチ(権立)」と呼ばれる、15歳を迎えた後に初めて神事に参加する男子の成人儀礼も行われます。
そのため、幡行列は、これより険しい山道を登り、「羽山神社」へと向かいます。
汗だくの「登山」と儀式は、また次回ご紹介しますね!
 
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郡山の佐藤久男さんが撮影した、幡祭りの映像をユーチューブ動画で見ることができます。祭りの前夜、宮司さんと青年たちが冷水に入り、水垢離を取る映像もあります!佐藤さん、昨日は貴重なお話を、ありがとうございました。
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美輪明宏さん(77才)の、紅白初出場が決まり、私は超嬉しいです!
美輪さんの福島市公演は、震災の7年ほど前から、春日町の県文化センターで、
開催されていました。
時給700円のパート労働、2日分の報酬で購入したチケットを握りしめて会場へ・・・。
美輪さんは、そんなシモジモの生活者の心を、誰よりもご存知の方です。
私は2回ほどチケットをゲットして、生のステージを体験したのですが、毎回号泣でした・・・。
地を這うような呻き声、怨念と怒号、、すすり泣きと懐古・・・善いとか悪いとか、
正しいとか間違いとか、そんな二元の世界を超えたところで、舞い、歌う、
美輪明宏。
最後は・・・全てが一体となって、昇っていく光の柱が、本当に見えるようでした。
美輪さんの表現の究極のテーマは・・・「無償の愛」だと思います。
人を活かし、人を救う、究極の生き方を、理屈ではなく波動で感じる・・・歌は、命ですね。
大晦日は、美輪さんに「ヨイトマケの歌」を、歌って頂きたいです。
這いつくばって、大掃除をしなければならない、日本のために・・・。
 
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実は、美輪さんは、「稲荷」とは深いご縁のある方です。
1935年、長崎で生まれた美輪さんは、歌手になるため、16歳で上京。
銀座7丁目の「銀巴里」というライブハウスで、多くの文化人と交流しました。
その美輪さんの夢枕に出てきたのが「稲荷」でした。
夢の中に、はっきりと「豊岩稲荷」という文字が浮かび、本当にあるのか?と探してみると・・・。
その稲荷は、昔から銀座の守り神として、人々に祀られていたことが判ったのだそうです。
不思議なお話ですね。
この「豊岩稲荷」は、明智光秀の家臣が主家の再建を願って祀ったという伝説があるそうです。
桔梗紋の明智さんと、晴明桔梗紋の安倍晴明。
福島稲荷神社は、安倍晴明さんが建立いたしました。
 
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11/23は、福島稲荷神社の「えびす講」でした。
午前中、新米で搗いた餅を神仏に献上した後、宮町の稲荷神社へ行ってまいりました。
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稲荷神社本殿に向かって、左手には、聖徳太子の「太子堂」
右手には「古峰神社」があります。
 
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古峰神社の鳥居をくぐりますと、また、右手に「赤い鳥居」があります。
このスポットに、私はなぜか、いつも心惹かれます。
 
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社の右手には、不思議な「力石」があります。
 
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大きな古木の側には、白い狐のお稲荷さんが収められた小さな社があります。
 
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福島稲荷神社の神紋は「三つ巴」
そして、隠津島神社の神紋も「三つ巴」です。
12/2(日)は、隠津島神社の祭礼「木幡の幡祭り」を撮影してきます。
コハタの「ハタ」は、「幡」「旗」「機」そして、「秦」に繋がっているのかもしれません。
 
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