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僕は、中学生のころ不登校でした。
しかし、イジメなどの理由があったわけではありません。
ただ、自分という人間の存在意義を見失いそうになり命を断つことを考えた時期も
ありました。
このような人間が書く文章でも読んで頂ければ幸いです。
前述した通り、僕は自殺願望がありました。
周りに何か貢献しているわけでもなく、ましてや自分自身に何か自信を持てるものがあったわけでもありませんでした。
それでも、周りの人が優しい言葉掛けをしてくれたり様々なことに配慮してくれたり しました。
ただ、それが負担になっていたことも事実でした。周りの人がしてくれていることと
同様のものを返せていたら、そういった負担は感じなかったのでしょうけどね。
そんな自分を唯一支えてくれていたのが「野球」でした。
普段、学生服に身を包んでいるときは、対人恐怖症(パニック状態)のようなことに
なってしまうのが、ユニフォームに身を包むとチームメイトと話したり練習を楽しく
やれたりと人間が180度変わりました。
嘘のような話ですけどね(笑) 本当なんです。 中学校卒業が目前に迫ってきたときに心を決めたことがありました。
「高校に入ったら必ず自分を変えてみせる」 高校に入れば、中学校のときの僕を知っている人はいませんからね。 とは言ったものの簡単に変われませんでした(笑)
口ではなんぼでも言えますけどね。 実際行動に移してみるとなったら・・・ それでも、高校では野球部に入りました。よっぽど好きなんでしょうね。 自分のことですが(笑) ただ、途中でそんな野球を嫌いになりかけました。練習は辛いし、厳しいことは言われるし、怪我をして練習から外れている間も他のチームメイトは上手くなっていくし・・・
中学生の頃と同様に「いなくてもいいんじゃないか?よく頑張ったよ」と思うようになりました。本当にそれで後悔しないだろうか? 野球しか知らない子供が野球を捨てたら何が残る。 そう考えたとき、「前に、進まな!」と考えたんです。 そして、このタイミングで部長先生からマネージャーへの転向を打診されました。
最初は戸惑いましたが、見習いとして動いた期間は何とも言えない充実感で満たされました。 そこで、「この守備位置を引退するまで守り抜きたい」と思ったんです。 父親にわかってもらうのに骨が折れましたが、そこまで考えてくれていたのだと思うと尚更やらなくてはと思うのでした。 辛いときは、そのことをたまに思い出して奮い立たせていたのはここだけの話。 結果的に母校で高校野球をマネージャーとしてやれたことは自分にとってかけがえのない財産となりました。 ここまで見て頂いた方は、「なに?自慢話?」と思われるかもしれません。
何が言いたいか? 自ら命を断てる勇気と行動力があったら自分の想像を超えることができてしまうの ではないでしょうか。
命懸けで
必死に そういった言葉が出回っていますが、本当の意味でそこまで物事に取り組めている人は僕自身も含めてどれだけいるでしょうか? 人生を好転させるのは、辛いですし疲れます。
でも、ゆっくりで、いいんです。 山登りしているようなものですからね。 逆に、楽しようとしたら下り坂を一気に降りていくでしょう。
しかも、凄まじいスピードで。 登りはゆっくり。 下りは一気に。 せっかくここまで登ってきたのに、楽したいからといって途中で降りますか?
そこらへんの石かなんかに腰掛けて休めばいいのに。 死ぬために、人生という頂上が見えない山を下るか。 生きるために、もがきながら登るか。 人は、苦しみ、痛さ、辛さを知ってこそ幸せだと感じるのではないでしょうか?
困難の先には、必ず微笑んでいる自分がいると思います。 そのためには、自分から逃げてはなりません。
自分が自分を捨てたら誰も拾ってはくれません。 死ぬエネルギーがあるなら、それを生きるエネルギーに変えたとき人生がどう変わっていくか楽しくなると思いますよ。 山を一気に駆け上がるのは、疲れますし嫌になると思います。
ゆっくりでいいんです。
一歩を踏みしめて、噛みしめて あなたの山を登ってください。 |
教育問題
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