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伊達市霊山の北畠顕家さんに会いに行く
福島県知事選挙では、皆様の温かいご支援を賜り誠にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。 福島県民の真意が、目に見える形で示された10月26日。
なかなか受け入れがたい数字ではありましたが、ここからのスタートです。 熊坂義裕さんは、今後も福島市に留まり、故郷のために力を注ぎたいとおっしゃっておられます。 「コオロギは、鳴き続けたり 嵐の夜」 桐生悠々
秋の園に、新たな種は蒔かれました。
福島に美しい花が咲き、実を結ぶ様子を、これからも記録していきたと思います。 以下、開票後に私のもとに寄せられたメールです。
「お疲れ様でした。これからの4年間は、誰が引き受けても命の縮むようなハードワークになります。原発問題以外にも、火山噴火や大地震がいつ起きてもおかしくない状況で、新しい知事の手腕が試されていくのではないでしょうか」
「昨年の福島市長選で新しい市長が誕生しましたが、私の地域では、家の除染説明会も未だ開かれていません。3年半、側溝の汚泥もそのままです。県外の人は信じられないと云いますけど、リーダーが変わっても何も変わりません。皆な諦めてますよ」
「双葉地方や仮設の皆さんの多くが、刷新ではなく継続を望んでいることに衝撃を受けた」
「結果は予想どおりでした。強制避難区域から出て仮設に入居中の親戚は、この3年半の賠償金総額が8000万円を超えたと話しています。一人月額10万円に加えて、新たな仕事の収入が50万円以下なら、以前の月収分がプラス支給されますので、満足感もあると思います。だからこの『継続』の延長に帰還があれば言うこと無しなんですよ。多くの人は。」
「美味しんぼに描かれたように、鼻血などの体調不良で悩んでいる県民が、何十万人もいると思ってました。投票は無記名なので、声には出せない県民の票が、井戸川さんに集まると予想していました。私たちの思い違いだったのか・・・いろいろな意味でちょっと意外な結果でした」(県外の方)
様々な見方、分析があるかと思います。 これからどうしたものかと思案しつつ、ネット検索をしていましたら・・・・・ 偶然開いたHPの中に、突然、坂本六良先生が! 「オレがついてる。大丈夫だ!」とでも云うように。
坂本六良先生
ちょうど30年前の先生のお写真です。 学生時代に、坂本先生の講演依頼でご自宅に伺ったことがありました。 会津ご出身の坂本夫人に紅茶をいれて頂き、恐縮しながら、
私「先生、お砂糖は?」 坂本先生「うん」 ということで、先生の茶器に砂糖を入れました。
先生は、ニコニコと美味しそうに飲みほしましたが、実は、そのお茶は紅茶ではなく、緑茶だったのでした・・・(笑) まだ私が「純粋な乙女」だった頃の懐かしい思い出です。 先生は、戦後、福島民友新聞(河野広中が創刊)を復刊されたことで知られる有名な花形記者でした。
1945年7月9日の仙台大空襲で、家族5人を失った共同通信仙台支局長の古川氏ら、ベテラン記者の方々と共に、1946年2月20日、復刊福島民友の第一号を出したそうです。 1949年・松川事件の時は、福島民友新聞の主筆として「真犯人は別にいる」と、名探偵コナンも脱帽の名推理!
その後は、原水爆禁止福島県民会議の議長として、安全保障をめぐる政治のビッグウェイブに果敢に挑み続け、最後まで護憲・反安保を貫いた正真正銘の「明治の男」でした。
とご紹介しますと、四角四面のお固い人物のように想像してしまいますが・・・
ところがどっこい、裸踊りもするという(見たことはありません) 愛されキャラの坂本先生。 思想信条をこえて政財界にファンが沢山おられたようです。 福島県立図書館(福島市森合)
福島県立図書館で、坂本六良先生の著書を読むことができます。
「近代史の舞台」「無冠の帝王」「徳一と恵日寺」など、折にふれてご紹介していきたいと思います。 1938年、福島民報特派の従軍記者として、福島兵(会津若松)の両角部隊に随行、南京〜徐州で見たものは・・・。
1945年12月27日、福島県出身の憲法学者、鈴木安蔵は、憲法案の起草者として政府、GHQを訪れ、その時提示の憲法案は、翌28日の各紙に載ったという。
この「鈴木案」を下敷きに憲法づくりが始まった・・・。 すべて、当時の政治記者「坂本六良の証言」として、記録されています。
坂本先生の熱い思いが、心に染みる錦繍の秋です。
福島高校前のハナミズキの赤い実が美しいです!
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新生福島への道
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吾妻山
今日は、朝から快晴の福島市です。
朝7時から福島県知事選挙の投票が始まっています。 福島市は、夕方6時まで投票を受付けます。 地域によって終了時間が異なりますので、皆さんお早めに投票所へ足を運んでくださいね。 若者の皆さん、投票に行きましょう♪
仙台から、ついに、この男が福島入りしました!
不可能を可能にする「可能兄弟の3番め」。 生まれて初めての一票に、熱い思いを託します。 福島市立野田小学校
息子「懐かしいな〜野田小学校♪
お〜っ☆新しい校舎の屋根に、太陽光発電パネルですか〜☆」 息子「校庭の銀杏にもたくさんの思い出があるんだよね〜」
しばし佇む・・・。
投票所は、小学校の体育館でした。
初めての投票でしたが、見よう見まねで無事に終了。
親も子もホっとしました(笑) 今日も気温が高いため、朝顔「ヘブンズ・ブルー」が咲いています。
朝顔とヒマワリと息子・・・一生に一度のシャッターチャンスだ(笑) 私「はいっ!菅原文太さんになりきって〜」
「いいね!」(猫のシマちゃん)
今朝の福島民友新聞3面に、昨夜の候補者打ち上げ式に参加した皆さんの写真が掲載されています。
「候補者の最後の演説に拍手を送る有権者ら」とあります。 皆さん、笑顔で盛り上がっていますね。 300人以上集まっていたでしょうか。 福島駅東口「まちなか広場」の打ち上げ式
地元候補を、地元民の「オール福島」で応援してきた皆さんです。
私は昨夜、福島駅前で、お二人の候補者の打ち上げ式を見てきました。
ですから、この新聞記事の写真が、どの候補のサポーターなのか、ハッキリとわかります。 一方の候補者の打ち上げ式に集まった方々は、ほとんどが背広姿の男性たちでした。 50人くらいでしたか・・・。
投票の結果は、今夜明らかになります。
どのような結果になろうとも、蕾は開花の準備を始めました。 開こうとする花の力を、誰も押しとどめることはできない。 福島の春にむかって、美しい梅の花を咲かせてみたいものです。 |
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ここは、福島県伊達郡梁川町柳田の畑です。
10月下旬ですのに、ヒマワリが満開です! ひらけ、サンフラワー! ひらけ、福島の岩戸を! 栽培されているのは、飯舘村から福島市や伊達市に避難されている皆さんです。
3年前から、約70アールの畑に、数十万本のヒマワリを咲かせています。 ヒマワリ色のシャワーを浴びて、心が洗われるようです。 今年も、栽培者の佐々木さんにお会いすることができました。
毎年、開花の時期にお会いするたび感じるのですが、佐々木さんが年々若返っている・・・(笑) 美しい花を咲かせたい・・・皆んなに元気になってもらいたいという熱意。
そして、いつか必ず帰村して故郷を再生させるという希望が、佐々木さんの命のスイッチをオンにしているような気がしました。 昨年で栽培をやめるつもりだったそうですが、地域住民の惜しむ声を受けて、今年も9月に種を蒔いたのだそうです。
10/25〜26に、パルセ飯坂で、飯舘村民祭りが開催されますが、
そのお祭り会場にも、ヒマワリの花が飾られるということです。 ヒマワリは、今年も飯舘村の方角(東)に向かって咲いています。
「毎年、たくさんの皆さんが花を見に来てくれます。ヒマワリを通じて生まれたつながりをこれからも大事にしていきたいです」と佐々木さん。
実は、毎年同じ日に「虹」が出るのだそうです。
11月8日・・・・・まるで天からのメッセージのように。 不思議ですね。 虹とヒマワリ(2012年11月8日)
2012年は、ちょうど11月8日に、東京から報道ステーションのカメラが入っていました。偶然です!
その日の夜の全国放送で「福島の虹とヒマワリ」の美しい映像がオンエアされました。 今年も、虹を観ることができるでしょうか?
楽しみですね。 ヒマワリ畑の場所は、伊達市保原町方面から、国道349号を梁川町方面に進み、草野自動車ボディー前の信号を左折した先です。
佐々木さん、ありがとうございました!
2012年11月7日のヒマワリ畑 (ブログ記事)
ヒマワリ畑と半田山の美しい光景
ヒマワリ畑の後景にある「半田山」がなぜか気になり、桑折町から国見町、そしてその先の「萬歳楽山」まで探索した帰り道、万蔵稲荷神社でおみくじを引きました。 「福島県知事選挙で、熊坂義裕氏当選にお力添えをお願いいたします」と念じながら・・・。 「第31番 吉」と出ました!
「うぐいすの 谷の戸いずる こえはして
のきばの梅も さきそめにけり」 (久しい間のくるしみも、時が来て、おのずから去り、なにごとも春の花の咲くように、次第次第に、さかえてゆく運です。安心してことにあたりなさい。)
この「うぐいす」とは、「ウグイス嬢」のことかなと、ピンときました(笑)
そして「梅」・・・・・熊坂義裕さんの母校、福島高校の校章は「梅」です。
今年、太宰府天満宮から特別に賜った梅の木を、校内に植樹したニュースもありましたね。 実は、今年3月に、福島稲荷神社で「第3番 大吉」のおみくじを引いたことは、ブログにも書きましたが、そこに添えられた大伴旅人の和歌にも、「梅」が春の訪れ・気運の上昇の象徴として描かれていました。
これは、偶然なのでしょうか〜不思議です☆ 「梅」は「産め」・・・10/9〜25の産道を苦しみながら、涙しながら、歓喜に向かって。
そして投開票日の26日は、人事を尽くして天命を待つのみ。 10/23郡山決起大会〜10/24相馬・伊達地区決起大会は、どの会場も満席の熱気あふれる集会となりました!
郡山会場
相馬会場
伊達会場
いよいよ今日は、選挙戦最終日です。
19:00〜福島駅東口にて、熊坂候補の「最後のお願い」演説があります。
皆様ぜひ、ご参集ください☆ 元大関・把瑠都さんの応援演説
☆勝負は、勝たなきゃ意味ないです!(把瑠都)
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昨夜、いわき市文化センターで開催されました「くまさか義裕・決起大会」が、ものすごい盛り上がりだったようですね!
いわき市の友人たちから「感動した!」と連絡が入っています。 熊坂さんの公式ホームページに、いわき市での遊説の動画がアップされています。
常磐炭鉱の廃鉱と、そこから立ち上がるフラガールの歴史もそうですけれど、
いわき地方には、昔から「よみがえりの力」があると感じています。
どん底からの復活・・・まさに「エネルギーが湧き起こる」土地だから、「意湧き」なのでしょう。
いわき市の知人から聞いた話です。
2011年3月11日。 いわき市の沿岸に津波が押し寄せ、たくさんの人々が波にのまれました。 私の従姉妹も、腰まで海水に浸かりながら逃げました。 その時、若い消防団員のAさんが、津波で流されるお年寄りを助けようと、必死にその手を握っていました。
もう少しで助けられる・・・そう思った瞬間、大きな波が押し寄せてきて、握っていた手が離れ・・・。 海に沈んでいく寸前、お年寄りがAさんに叫んだそうです。
「Aくん、立派ないわきを創ってくれ・・・」 志半ばで命を絶たれた多くの人々の思いが、福島県民の背中を押しています!
最後まで、諦めるわけにはいきません! 26日は、うちの息子も仙台から投票に駆けつけます!
若者よ!投票に行こう!
☆いわき市紹介のブログ記事も合わせてご覧ください。 ①いわき出身の指揮者・小林研一郎氏「苦難を超えて歓喜に至れ!」
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/11752775.html ③いわき市の龍燈伝説&袋中上人と沖縄
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/12303641.html ④いわきで石炭を発見した男・片寄平蔵・生誕200年
http://blogs.yahoo.co.jp/fukushima_apple/10183949.html (付記)
安倍政権で、女性大臣二人が辞任しました。
野党は国会審議を拒否するそうです。 中央政治への幻滅がますます拡大しそうですね。 また、以前紹介しました、イギリスでの福島県産野菜アートを取材した動画が、
youtubeにアップされていましたので紹介しておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=dvtUMXPGEOE このパフォーマンスの目的は、いったい何なのでしょうね?
「福島を忘れないでください。でも福島には来ないで下さい。そして福島のものは食べないで下さい」と言った「福島生まれの人」もいましたが・・・。
何らかの文化的発信という「種蒔き」の際には、その精神的土壌をよく観察する必要があります。
とりわけ欧米は、様々な思想の中に、人種差別や優生思想を温存させています。
そのような認識のないままに、軽い気持ちで、
「放射能問題」を発信することは、あまりにも無責任な行為だと思います。
いわき市の事故前の放射線量は、0.05uSv/h。 現在の放射線量は、0.08uSv/hです。
ちなみにロンドンの放射線量は0.25uSv/hで、福島市とほぼ同じレベルとのことですが、ことは、もはや「数字」の問題ではないのかもしれません。
福島への「嫌悪感」や「恐怖」が、当事者である私たちの知らないところで拡がっている現実・・・・・皆さんは、これを「表現の自由」と認めることができますか?
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福島県知事選の投票日まで、あと1週間となりました。
くまさか義裕さんの決起大会の日程をお知らせいたします。 ぜひ皆さん、お誘い合わせの上、ご参加頂きますようお願い申し上げます。 20日月曜日は、いわき市にて、午後6時半からです。
▼10月20日(月)午後6時30分〜 21日火曜日は、会津若松市にて、午後6時半からです。 ▼10月21日(火)午後6時30分〜 23日木曜日は、郡山にて、午後6時半からです。 ▼10月23日(木)午後6時30分〜 |




