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粉河寺は元は粉河町、いまは5つの町が合併して紀の川市にあります。
大門は重要文化財 ここまで徒歩15分という事でしたが限られた時間の中での参拝だったので行はタクシーにしました。5分もかからずあったという間に着きました。
奈良時代宝亀元年(770年)のある日、猟師の大伴孔子古(くじこ)が山中で霊光を発する場所を見た。霊光を見た孔子古はこの地が霊地に違いないと考え、ここに小堂を建立したと伝えられている。この小堂に童男大士が訪れ、仏像を刻み、これを本尊にするようにと孔子古に与えたといわれており、翌日、童男大士が去ると、その仏像は金色に輝く観世音菩薩になったという。孔子古は童男大士こそ観世音の化身と考え、以後、殺生をやめ供養礼拝したといわれ、これが粉河寺の創始と伝えられている。
石畳の参道を北に進むとしだいに、参道が東に向かって右折してきます 童男大士が本尊として祀られている童男堂の東側の土塀にとり付けられた格子塀の向うに、千手千眼観世音の化身といわれる「童男大士」の石像を見ることが出来ます。 石像の左側には、千手観音像を安置した小さい三角堂が池の上に建てられています。 童男大士石像の傍には「出現池」と名付けられた池がある 独特な剪定がしてある木。私には船に見えました そして中門。重要文化財に指定 四天王が安置されており、表と裏に2体ずつ配置されています。 中門入口の上の『風猛山』と書かれた「山号額」は紀州十代藩主、徳川治宝の直筆によるものでした。 「中門」をくぐり、奥に進むと広場に出る。広場の前には石庭がありその向こうに本堂が見えます。
現存の「本堂」は享保5年(1720年)に再建されたものといわれ、江戸時代中期の寺院建築の代表的建造物とされている。重要文化財に指定されています 木造建築としては大きいです
本尊の千手千眼観世音菩薩は、秘仏であり直接の拝観はできません。
ご朱印。大悲殿と書かれました 御詠歌:父母(ちちはは)の恵みも深き粉河寺ほとけの誓いたのもしの身や
「本堂」前の「粉河寺庭園」は国の名勝に指定されています。
本堂へ上る階段付近から
左側から撮影。1枚の写真では収まらないほど大きくて風格のある石庭でした 参拝を終えて帰りは駅まで歩きました
15分程度かかり駅に戻ることができました。
つづく
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人もいないので静かな中敬虔が気持ちになりますね
自然災害がある中木造建築としてこうして残っているのはすごいことですね
粉河寺庭園の石はそのひとつひとつがいろんなものを
表現しているのでしょうか
[ ケセラセラ ]
2018/12/9(日) 午前 9:46
ケセラセラさま
コメントありがとうございます。
石の中にはさつきが植えられていて、大きなソテツもあるのが印象的でした
桃山時代につくられた枯山水だとか
本堂を守る土留めの石垣の役割を果たしているようです。
龍門石などこちら紀州の石を使ってできているとのことです
[ ふくちゃん ]
2018/12/11(火) 午後 5:03