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葛井寺の南門から歩いて2駅戻ります。
南門前の通りはわりと趣があります 途中には酒蔵もありました さらに1キロちょっと歩くと古墳があり古市古墳群と呼ばれています。
大阪府南部の堺市、羽曳野市、藤井寺市の3市にまたがる4世紀後半から5世紀後半の49基は百舌鳥・古市古墳群と呼ばれ、2019年世界遺産の登録審査候補として正式に推薦されることが決定しました。
応神天皇陵 は誉田御廟山古墳 (こんだごびょうやまこふん)または誉田山古墳(こんだやまこふん)とも呼ばれ古市古墳群では一番大きなもので、堺市の仁徳天皇陵に次ぐ規模となっています。実際の被葬者は明らかでないが、宮内庁により「惠我藻伏崗陵(えがのもふしのおかのみささぎ)」として第15代応神天皇の陵に治定されています。
また外濠と外堤は昭和53年に国の史跡に指定されました。
これは入口の案内板を撮影したものです 航空写真等で見れば前方後円墳の概要は一目瞭然ですが、実際に間近で見るとこんもりとした森があるだけです。とはいえ独特の雰囲気がある事は事実です
拝所 天皇陵ということで宮内庁の管轄下です
ここには宮内庁書陵部古市陵墓監区事務所というのがあり、和歌山県、香川県、徳島県、愛媛県、高知県内と大阪府、兵庫県の一部の陵墓の管理を行なっています こういった施設は全国で5箇所あり、古市以外では多摩、畝傍、月輪、桃山があります。
ここの事務所に行けば御陵印というのが無料で押す事が可能です 御陵印とは聞きなれないかもしれませんが天皇陵を参拝してもらえる御朱印のようなものです。職員の方に言うと印の入ったケースが出てきました。
天皇は神武天皇から始まり昭和天皇まで 124代ですが、天皇陵も同じ数だけあるわけではありません。実際には1人の方が再度即位したり、同じ陵墓に何人も入っていたり、南北朝時代の重複もあったりで全部で93箇所ありこの全て御陵印が全国5ヶ所の「陵墓監区事務所」にまとめて置いてあります。
御陵印専用の菊紋入りの押印帳 応神天皇と仁徳天皇の御陵印 「応神天皇恵我藻伏岡陵」と「仁徳天皇百舌鳥耳原中陵」となっています。
ここでは17個もらう事ができました。
ここからさらに1.2キロ歩き近鉄道明寺駅に向かい、 道明寺線で柏原に出た後は、関西線で奈良まで乗って鉄道は終了 奈良線の103系。おそらく奈良線と阪和線くらいでしか見れなくなりました 奈良駅でレンタカーを借りました
その夜は橿原市内で過ごして翌朝に備えました
つづく
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