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11月下旬に行った旅も越年となります。
なかなかいろんな行事と重なり更新できません。
正面が天守閣があった本丸。 もみじの絨毯を歩きます 本丸の石垣。石垣の高さは約12メートルあります。 石が接する部分を平らに加工し、これを積みあげる「打込み接ぎ(うちこみはぎ)」という方法が使われています。関ヶ原の戦い以降に見られる方法で、急こう配の石垣が可能に。しかし、見どころは角の部分。天守閣を支える石垣は、角の部分が壊れやすく、強度を増すために「算木積み(さんぎづみ)」という方法が使われています。石を細長く加工し、石の長辺と短辺を交互に重ね合わせる方法。写真を見ると、「幅が長い石」と「幅の短い石」が交互に積み上がっているようすがわかります
木々が生い茂り、眺望は良くありませんが、この付近で木の合間からご来光が 先客のバイクの方はなんと女性で三脚をたてて幻想的な景色をカメラに収めていました
南に目を向けると雲海の向うに吉野の山々。 吉野の山並みを見ることができます。
色づいた木々はとても綺麗でした ここは京都の紅葉も、姫路城もかなわないものを持ち合わせています まさに最強の城でした
城の出入り口を虎口と呼んでいますが、最も厳重な形式は枡形虎口 本丸にはここを通らないとたどり着けません。高取城は、眺望を楽しむのではなく、戦うための城。関ケ原の戦いでは西軍の石田三成から猛攻を受けても、東軍の本多側はこれを撃退。江戸末期には、幕府に反旗をひるがえす天誅組約1000人から襲撃されましたが、わずか約200名の守備隊で守り切りました
本丸に行きつくのは大変。複雑な石垣。高取城は、戦いで一度も敗れたことがありません。まさに、「難攻不落」の山城です。 本丸の上には3等三角点がありました かつてはここに3層の天守閣がそびえていました。高取城は幕末まで使われていましたが、明治新政府になると廃城に。
本丸手前の太鼓櫓からみた本丸 振り返るとこんな感じ ここの木々もすばらしかったです。 本丸を後にして国見櫓にも足を運んでみます。
かなり足場の悪い下り坂で大変でしたがなんとか着きました 奈良の山々が一望できます 右の低い山が畝傍山。左手後方の山並みが葛城山系です
国見櫓はその名の通り大和を眺望が楽しめるポイントでした
まだまだ後に続きますが今年はここまで
見ていただいた皆様にはよいお年を!
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