意外と気楽!?−単身赴任6年目突入

ようやく福岡へ転勤です。5年振りに復活致します。

回顧録

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親父の命日

明日、6月26日は親父の命日だ。
26年になる。存命であれば今年で72歳。

人生の約7割を親父がいないまま生きてきた。
亡くなってから結婚するまでの間、親父の記憶が薄れるばかりだったように思う。

2人の娘を授かってから特にこの1,2年は娘と小学校で遊ぶ機会が増え
逆に親父の記憶を鮮明に思い出すことが多くなった。

子煩悩な人だったが反面、非常に厳しかった。
嘘と卑怯さを嫌い何発ものビンタを喰らいながら育てられた。
それは今の自分の性格にもはっきりと表れている気がする。

本当にあっという間の26年だった。
お袋は今年70歳になったし、僕も40歳になる。

26年前の明日はとても梅雨とは思えない程の晴天だった。
26年を経た明日も福岡は暑くなりそうだ。

父さん。
子供達は、それぞれの道をしっかり歩いとうけん心配せんでよかばい。
あんたの歳まであと6年やけど、まだそっちには行けん。
ちゃんと責任果たしてから行くけん、それまでは呼んだらつまらんばい。

合掌。

親父が死んでから今年で27年になる。
事故だった。親父46歳−僕が13歳の時だった。
最近、少しずつではあるが、一緒に過ごした記憶が薄れていっている気がする。
覚えている事を、数回に分けて綴っておきたい。

本と酒が好きな人だった。
今でも実家には2,000冊は下らない本たちが眠っている。
親父は、よく、その本をつまみに芋焼酎を飲んでいた。
黙っていると、一日中、本を読む−そんな人だった。
特に戦争物と歴史物が好きだったように、記憶している。

僕が人並み以上に酒が飲めるのも、本を読む事や、上手いとか下手とかは別として
こうやって文章を書く事が全く苦にならないのも多分に親父の影響だろう。

実家は、今は病院とその駐車場になった一帯の一角にあった。
近くには小学校や文具店、電気屋、酒屋などがあり下町的な雰囲気が漂う
そんな土地柄だった。

親父は、さしたる用事がない休日は必ずと言っていい程
僕を連れ、商店街の一軒の本屋へ出掛けた。

家を出て、たばこ屋の信号機を渡り
左手に「天龍ラーメン」(閉店)、右手に蒲鉾屋を見ながら
新川町筋を商店街を目指し歩いて行く。

暫く歩くと、右手に「松月」(料亭−閉店)、左手に「まりもラーメン」(移転して営業中)
更に進むと左手に「Cafe」(営業中−以前は珈琲園といった)があり、マスターに
目くばせをして、「帰りに寄るよ」のサイン。

余談だが、その昔、飯塚でラーメン屋というと
真っ先に出てくるのが、この2店。
どちらも好きだっだのだが、小さい頃の僕は断然「天龍」派であり
お袋も姉貴も「天龍」派だったのだが、親父だけは「まりも」派だった。
その理由は後述する。

「cafe」を過ぎると、程なくして商店街の入口に。
「ひよ子本店」(営業中)を右折し、他の店には目もくれず目指した一軒の本屋。

永楽町との境目近くにある
「宮部書房」(営業中)−その店である。
現在は店主が変わったが、当時は老夫婦が営んでいた古本屋。
ご主人は少し足が悪かった。
ある出来事がきっかけで、この老夫婦と家族ぐるみの付き合いが
始まることとなる。

〜つづく〜

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