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「グラン・トリノ」2008年アメリカ映画
監督:クリント・イーストウッド 撮影:トム・スターン
出演:クリント・イーストウッド、ビー・ヴァン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリー、コリー・ハードリクト、ブライアン・ヘイリー、ブライアン・ホウ

ラスト・ショットで不意に現れる青空と湖。グラン・トリノは湖の道路に沿って斜め奥に疾走し、やがて見えなくなる。
観客の前に残された湖は色彩を抑えた撮影のせいか黒味を帯びており、群青色よりも暗い紺青色と形容するのが近い。色鮮やかに主張する青ではなく、あくまでくすんだ色の青。その色がそれまで映画の中で提示されていたのは、元々細めであり老いの皺が重なり観客からは一層見えづらくなったイーストウッドの碧眼と、グラン・トリノのボディの光沢ぐらいだったのではなかったか。

車の光沢、イーストウッドは以前、それを充実した画面として提示したことがある。『センチメンタル・アドベンチャー』の物語は、砂嵐のなか車が突如現れ、車内から倒れたレッド(クリント・イーストウッド)が登場するところから始まる。その突然の訪問に戸惑った親類はレッドを家に中に運び、甥のホイット(カイル・イーストウッド)はレッドの手荷物を運ぶため車に乗り込む。ホイットはその珍しい年代物の車の内装にまず魅せられハンドルを撫でる。後部座席に行くと、そこには美しい光沢を放ったギターが暗闇に浮かびあがっている。車以上に魅せられたホイットはギターの弦を小さな指で触り、静かな音色を奏でる。その瞬間のクロース・アップこそが「Produced and Directed by CLINT EASTWOOD」とクレジットされるときである。そのすぐ後、ホイットは砂埃にまみれた車を洗車する。汚かった車のボディに深く澄んだ赤い光沢が宿る。ギターの表面の光沢と、車のボディの光沢、この相似性は明らかだろう。
映画はその後の展開は、レッドがホイットに車の運転を教え、ギターの演奏を教えるのだが、映画のラストでこの車とギターはどうなったのかと言うと、車は長旅で再び砂埃にまみれ、最後にはポンコツと化す。ホイットはレッドの墓場に車のキーを投げ入れ、レッドと車を一緒に埋葬する。ギターは車とは逆に最初から最後まで光沢を称えながら、レッドからホイットへと受け継がれていった。なぜギターはポンコツと化さなかったか。それは単純に車の庇護があったからだ。

『グラン・トリノ』において車は幾つか登場するが、美しい光沢を称えれる車というのは、ウォルトの持つ年代物のグラン・トリノだけが許された特権だろう。事実、モン族の不良どもが乗る車や、普段ウォルトが乗っている車の色は白くやや黄ばんだようにも見えるボディで、グラン・トリノが持つの美しい光沢には到底敵わない。しかし、劇中グラン・トリノの光沢が『センチメンタル・アドベンチャー』のように画面の前面に出ることはない。それは最初にグラン・トリノの登場シーンのようにカバーがかけられており、なおかつカットによって黒に見えたり、緑に見えたりもして、色さえ正確に判別がつかない。つまりあの唐突に出てきた湖とは、劇中隠され続けてきたグラン・トリノの光沢とウォルトの碧眼が湖の煌きへと広がり、変容し、静かに世界へと浸透するショットなのだ。そこが『センチメンタル・アドベンチャー』との大きな違いである。

僕は以前『チェンジリング』の感想で溝口の『山椒大夫』を想起させたと書いたが、『山椒大夫』のラスト・ショットもまた『グラン・トリノ』と同じくパンから水辺(海)へと至るショットで締め括られる。
『チェンジリング』の感想の冒頭で書いた、劇中に展開される要となった三つの映画。先の二つの映画が不吉な影として召喚されるのに対して、最後の三つ目は希望あるものとして提示される。その三つ目に引用される映画が、フランク・キャプラというヒューマニズムを描き続けた作家と、キャプラが撮った『或る夜の出来事』というスクリューボール・コメディの先駆的作品(スクリューボール・コメディで描かれる男性は愚か者であり、女性はむしろ強かな存在として描かれる…それは『チェンジリング』でも溝口でも同様)である点からも、物語と密接に絡まっているのは明らかだ。先二つの映画のように、映画は不幸を呼び寄せるが、同時にキャプラの映画ほどはいかないが、微力な奇跡も呼び寄せる。その両義性の中で、主人公は希望と受け取り街の喧騒と消えていく。これは過酷な現実を突きつけられつつも、『チェンジリング』は映画の庇護で、『グラン・トリノ』はウォルトの庇護、つまりはクリント・イーストウッドという映画そのものの代名詞の庇護において、世界に対してニヒリズムに陥ることはない。映画を信じることは、世界を信じることだと、イーストウッドは二つの作品で力強く教えてくれる。

(メモ:ポーランド移民であるウォルトがモン族の食事に誘われて、その文化的差異に圧倒されるシーンを見ると、アメリカ人がポーランド移民の食事に誘われて文化的摩擦を感じるキング・ヴィダーの『結婚の夜』を想起させる。『グラン・トリノ』は『結婚の夜』の裏返しという観点からもこの映画を見ることもできる。ウォルトは『グラン・トリノ』において、当初、保守性を発揮するがそれはまやかしであり、なぜなら『結婚の夜』で披露されたような特徴的なポーランド文化の習慣は、片鱗も見られないからだ。本人は伝統的に生きるものと思い込んでいるのは、『許されざる者』で自分は改心したと思い込んでいるウィル・マニーに似ている)

(映画館で鑑賞)

閉じる コメント(6)

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こんにちは!お久しぶりです!Kevin師匠からは、ふくやまんさんのブログは読んどけ、と言われておりました(笑)。師匠はこの記事とほぼ同じで、イーストウッドの瞳とグラントリノの光沢を見る映画だと言ってました。で、「若きイーストウッドならば、車はグラントリノを選ばず、凡庸な車を配してボディを銃弾で穴だらけにしただろう。でも、老境にあって、古いがこの上なく美しいグラン・トリノを美しいままで残すために、彼は自分自身の身体を銃弾で穴だらけにするんだ。だから俺たちはそれを見て泣くんだ。」と言っておりました。ふくやまんさんとは、イーストウッドとスピルバーグのフィルムの「黒」について話してみたいとも。聞いてみたいです。

2010/1/26(火) 午後 2:03 [ eno**n555 ]

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エノケンさんは前からちゃんと挨拶にいかなきゃと思ってたんですが、当方、人見知りなもので出遅れました(笑)。エノケンさんとKEVINさんとあの高尚な対話は本当に凄い(笑)。僕はエノケンさんがある程度ついていけてるのも大いに感心しました。僕なら「はぁはぁ…なるほど??」とわかってないのに、わかってる振りしかできないと思います。まず活字が苦手というのもありますが(笑)。でもあれ読んだら誰もが谷崎を読んでみたくなります。『吉野葛』(という某自主映画を少し前見た…ノーコメント笑)から読んでみようかなー。

2010/1/26(火) 午後 4:16 [ ふくやまん ]

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それにしてもKEVINさんの、『グラン・トリノ』のそのコメントはかっちょいい。僕もバシッっと一言で洗練されたことを言ってみたいものです。

2010/1/26(火) 午後 4:19 [ ふくやまん ]

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話についていけてるというよりは、師匠を問い詰めています。というか、映画にしても小説にしても、「観れてるか?読めてるか?」というのがあって、僕は観ることも読むことも出来てなかったんで、どんなことが観ることか読むことかを学んでいるというか、質問攻めにしてるだけなんです。それで、ふくやまんさんは、映画をちゃんと観てるじゃないですか。グラントリノの輝きとイーストウッドの碧眼、師匠も同じことを言ってますもん。こっちは、落ち込みます(笑)。グラントリノという作品、やっぱり、師匠はガントレットで銃痕だらけにバスがなって、今度はグラントリノが守られて、イーストウッドが銃痕だらけになるじゃないですか。そこは泣かないとダメみたいで(笑)。あれを見て泣くのは、老シネフィルの特権で、若いやつはまだ若らんだろうなあといわれてしまいました(笑)。

2010/1/26(火) 午後 9:28 [ eno**n555 ]

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ふくやまんさんのこの批評は、本作に対する数多の批評の中で抜きん出ていると思います。素晴らしい!貴兄に触発されてしまったんで、僕も本作について書こうと思います。

2010/1/29(金) 午前 0:18 [ aly*nv ]

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>エノケンさん
いや〜見れてるんですかね。自分ではわかりません。正直言って、適当に書いてますからね。でも適当とはいえ難産したが…。公開時期と感想の隔たりはそのためです。(笑)
>KEVINさん
ありがとうございます。今、読み直しても、途中までは中々よく書けてるジャンと自分で思いました(笑)。ガントレットといえば、それこそある小説家が映画に登場するバスと結び付けてましたけど、そうじゃないんだと(笑)。その意見を聞いて、そう言ってやりたくなりました。(笑)

2010/1/29(金) 午後 9:11 [ ふくやまん ]


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