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明けましてお目でとうございます。

銅像めぐり

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史跡との区別が微妙ですが、銅像の書庫を新設しました^^
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竹中半兵衛像

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豊臣秀吉の軍師としてその名も高い竹中半兵衛重治は、楠公の再来ともいわれ「知謀紙の如し」とまで称されました。半兵衛が今もなお人々の心を捕らえるのは、卓越した知識と洞察力、戦功あっても浮雲欲心なく、高名を望まず、壮図半ばに若くして空しく倒れ、軍師の美学に生きた生涯だといわれています。
〜〜〜現地案内板〜〜〜

訪問日:2010年2月10日

竹中半兵衛は、豊臣秀吉が織田信長に仕えていた頃に軍師として活躍しました。秀吉に仕える前には、色と酒におぼれる主君・龍興をいさめる為に、僅か16名で稲葉山城を乗っ取った話は有名です。天正7年(1579)、秀吉が中国攻略の際、36歳の若さでこの世を去りましたが、「武士は戦場にて死ぬのが本望」として、本陣で最後を迎えます。写真の像は岐阜県垂井郡の竹中陣屋跡の前に鎮座しており、武士として最後を迎えたいと言う半兵衛の思いが込められているのか、床机に腰掛ける姿は格好良いです。

イメージ 2この陣屋跡の近くには、竹中氏ゆかりの品々を展示公開している[菁莪(せいが)記念館]があり、見学しようとすると鍵がかかっていました。[見学の際は、隣の公民館に声を掛けてください]と張り紙があったので「見学したいのですが・・・」と声を掛けると「16:30迄なんです。また次の機会に来てください」丁寧に断られました。残念^^;

垂井町には、竹中半兵衛の居城である菩提山城跡や、竹中半兵衛の墓がある禅幢寺等があります。時間がなくて陣屋跡しか見学できなかったので、また訪問したいです。


菁莪(せいが)記念館 http://www.gifu-np.co.jp/odekake/odekake.shtml?p=080718
竹中半兵衛の墓(兵庫県三木市) http://blogs.yahoo.co.jp/full_ultra_fan/1757837.html
平井本陣跡(兵庫県三木市) http://blogs.yahoo.co.jp/full_ultra_fan/6529294.html

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松平慶永(春嶽) ケータイ投稿記事

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昨日から福井にきています。
宿泊したのは福井城のすぐ近く。ホテルで周辺の地図をもらい、朝起きてから辺りを散策しました。

写真は福井神社にある、松平慶永です。

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功山寺(山口県)

訪問日:2009年5月3日

元治元年12月6日、高杉晋作はごく僅か80人足らずで、長府の功山寺に幽居の日を送っていた三條実美(さねとみ)他に、「長州男児の肝っ玉をご覧あれ」と言う言葉を残して、赤間が関・新地の藩の糧まつ庫を一気に占領し、三田尻では藩の軍艦まで奪います。

「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如く衆目駭然、敢えて正視するなし」と言うとおり、明けて慶応元年(1865)1月7日、赤間が関に挙兵し、旧勢力の俗論等を討つべく大田から絵堂、更に萩へと兵を進め旧勢力を掃討し、7月半ばには幕府軍に対抗するための構えを作りました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

功山寺に立寄った際に、維新回天の像を訪問しました。
この像の高杉晋作は写真でよく見る顔に良くにています。実際の挙兵の姿もこんな感じだったんでしょうか^^

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%9F%E5%B1%B1%E5%AF%BA%E6%8C%99%E5%85%B5 ← 功山寺

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訪問日:2009年5月3日

◆壇浦砲古戦場址
西へ東へと1日4回、その流れの向きをかえる関門海峡。せまい所では、両岸の幅は700mあまりで、潮流速度は、最高で約10ノット(時速18キロ)にもなります。また、瀬戸内海の入口に位置する地理的条件から、昔も今も交通の要衝で、日本歴史の節目を刻む舞台となっています。

寿永4年(1185)3月24日、平智盛(たいらのとももり)を大将にした平家と、源義経ひきいる源氏がこの壇ノ浦を舞台に合戦をしました。当初は平家が優勢でしたが、潮の流れが西向きに変わり始めると源氏が勢いを盛り返し、平家は追い詰められました。最後を覚悟した智盛が、その旨を一門に伝えると、二位の尼は当時数え8歳の安徳天皇を抱いて入水。智盛も後を追って海峡に身を投じ、平家一門は滅亡。日本の政治は貴族から幕府による武家政治へと移行していきました。

なお、この戦いにおいて義経は平教経(のりつね)の攻撃を船から船へと飛び移ってかわし、いわゆる「八艘飛び」を見せたといわれています。
〜〜〜現地案内板より〜〜〜

長州砲台メインで訪問した「みもすそ川公園」ですが、この公園には壇ノ浦の戦いの銅像が建てられています。
八艘飛びをしている源義経と、碇を担ぐ平智盛を模して建てられてますが、なかなか臨場感ある銅像です^^その銅像が建つ芝生には、2005年の大河ドラマでキャストをつとめた「松坂慶子、中越典子、小泉幸太郎、滝沢秀明」の手形があったので、思わず写真を撮りりました^^

http://shishi.shimonoseki.in/mimosuso.htm ← みもすそ川公園

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風頭公園(竜馬像)

平成元年(1989)5月、長崎風頭公園に、坂本龍馬の銅像が建てられました。
これは「龍馬の銅像建つうで会」の呼びかけで全国から集まった募金によって建てられたもので、製作者は、長崎在住の彫刻家 山崎和國氏です。

訪問日:2008年11月15日

金曜日から今日まで、3連休を利用して九州旅行でしたが、昨日は長崎で史跡を訪問しました。
博多でレンタカーを借り長崎に向かいますが、これが結構遠いです。朝の8時半に出発し、到着は10時半だったので車で2時間ほどかかりました。ちょと甘く見すぎていました^^;

長崎では、亀山社中跡とグラバー邸を見学するつもりですが、先に亀山社中に向かう事にしてカーナビの指示に従うと風頭公園に到着しました。頂上付近の駐車場に停車して見学を開始します。
この風頭公園には、長崎港を見て建つ坂本龍馬の銅像がありますが、重心を後ろに置き腕を組む姿は格好良く、高知の桂浜に建つ龍馬像と比べても見劣りしません。竜馬像の横には、平成10年に建てられた司馬遼太郎の「龍馬がゆく」文学碑がありり、少し上に登った所の展望台からは長崎の風景が綺麗に見えました^^

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