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カナダのペンパルに誕生日メールを出すと、翌日の21日に返信がくるので、十年連用日記に軽くふれている。
【2017年】Sからメール、リア充。
【2018年】S、離婚したのかな。夫のこと書かなくなった。変化なくて、書くことないだけか。そうだよね、10年も20年も変わらない生活してたら、書くことないよ。
夜これを読んでちょっと驚いたのは、その日の午後自宅から親の家への電車の中でブログ記事を書いた時、私はどうして10年も20年も続けるということができないのかみたいなことを書いていた。
私は学校みたいに、3年とか4年とか6年とかいう単位で卒業や入学がしたいのである。
終わりがないという状態からは、たとえ順風満帆であってもいずれ抜けたくなるのである。
船や飛行機が大好きだけど、乗りっぱなしはイヤって感じですかね。
出航入航または離陸着陸を繰り返したいのである。
結婚とは何十年も降りられない船か飛行機みたいなものだった。
話がそれたが、今年受け取ったメールに、やはり夫は登場しない。
彼女の職場のクリニックは9月にオーナーが替わり、居心地が悪くなったんだろうか、新しい職場を探しているそうだが、田舎だし、沢山はない様だ。
言ったらなんだが、いくら医師でも、彼女も50代だし、年齢的に日本程ではないかも知れないが選び放題とはいかないのではないか。
長男は大学でスポーツマネージメントを専攻したが、つまらなかったそうで休学だか退学だかして働くそうである。
前回の記事で書いたのだが、彼女がビッグチャレンジ云々書いていたのを私は離婚のことかと思ったのだけど、彼女自身の転職先探しや、長男にとって大学が期待と違ったことなどを指していたのかも知れない。
とにかく、人の状態は変わるものだ。
彼女が2年前と較べてリア充でなくなったとか、幸せでなくなったとかいうのではない。
ただ、人の状態は変わるのである。
今幸せなことが、十年後には苦痛になっているかも知れないし、更に十年後にはその苦痛が懐かしく思い出されるかも知れない。
前にも書いたかも知れないが、本当かどうか知らないけど、独身女が土日のモールに行くのが辛いと思っていたりするらしい。
家族連れを見るのが辛いらしいが、私はそれがもうわからない。
その家族が本当にそれを楽しんでいるかどうかなんて他人の私にはわかりはしないし、仮に彼らが今幸福の絶頂にあっても、10年後、いや明日どうなっているかすらわからないし、そんな他人のわかりもしないことがどうしていちいち気になるのか。
私は土日は混んでいてウザいわくらいのことしか感じられないし、ウザいのがイヤなら行かなきゃいいだろって話なので実際基本的に土日の昼間のモールには近寄らない。
いいことも悪いことも続かない
だからいいことは喜び、悪いことはふ〜ん…でいい。
十年連用日記なんかつけていると、困っていることも悩みごとも、必ずいずれ解決するかどうでもよくなるとわかる。
イヤなことがあったが忘れたいから具体的には書かないなんて書いてあると、本当に1年後は何だかわからない。
たとえ書いてあっても、読み返す頃にはマジどうでもいいわってなってる。
だからつまらないことは考えない、こういう域に入ると、毎日の大半が楽しいことにならざるを得ない
それでも考えるつまらないことは、所詮困ったり悩んだりすることを楽しんでいるに過ぎない
記事作成日…4月22日(月)
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(4月14日(日)横浜大桟橋)
世界一周旅行から吹っ切れて帰ってきたと書いたが、あれはマジだった。
(写真の船は無関係だよ)
26日金曜日に車を出すので、庭の手入れと家のゴミ集めをしているが(お蔭でアレルギーきつい)、もしかしたら使うかも知れない程度のものはポンポンとゴミ袋に放り込んでいる。
今家にあるものは、9年間の断捨離をくぐり抜けたツワモノ揃いであるが、ゴメンネと囁いて捨てている。
先日ネットで、平成のゴミを令和に持ち込まないという言葉を読んで(聞いてるか皇室
ヤフーブログも終わる、平成も終わる、更年期も終わる(へーケー以外に心当たりがないが)。
この際もう何もかも一新してやろうって感じ。
令和を思う時、負のものって何だろうと考えてみるに、多少のお金の心配と、ビジュアルと肉体の機能がお婆さんになっていく悲しみくらいしか思いつかない。
(何か文字にすると一層もの悲しいわ。思っているだけなら漠然としているけど)
そしてこの2件は、私の年代の相応程度であって、特別不運に見舞われている訳ではなく、むしろやや幸運寄りな部類かも知れない。
平成もあと10日足らず、頑張るぞー
記事作成日…4月21日(日)
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4月20日(土)
午前…お稽古事A
午後…次女の総会
私ってホンット飽きっぽい
お稽古事AとBを習っているのだが、Bは別の教室に移ることにして探している他、お稽古事Cを始めることにして教室を探している。(どちらも来週決まる予定)
更にパートを探し始めた。
お稽古事の曜日が確定したら、それ以外の曜日で週3日くらいで働く予定。
更に引越したくてたまらない。
私はどうして、どこか1ヶ所に10年も20年も住み、同じ職場にそれくらい通い続け、お稽古事も1つのことをそれくらい続けるということができないのか
家探しや引越の費用や労力、職探し、お稽古事探しや費用や労力、そういうものを1つの仕事なりお稽古事に全て注入していたら、今頃形になっていて、この年になって何の才能もないんですなんて言わなくて済んでいたかも知れない。
実際私が20歳の頃からやっていて今でも続いていることって、海外旅行しかないではないか
当然男も続かない。
振られたことがないが、単に私が先に飽きるのである。
振られたり浮気されたりして泣いたり怒ったりしている女は(男もだけど)理解できない。
人の心は変わるもので、変わらなければ素晴らしいが、変わっても仕方がないじゃないかと思うのである。
お稽古事AとBに夢中だったのに、今はお稽古事Cに一番夢中である。
AとBが嫌いになった訳じゃない、いや今でも大好きだし頑張っているつもりである。
だが新しいのがどうしたって一番新鮮だし、それに一番夢中なのはいっときだけだ。
こういう私、男が(女もだけど)複数とつきあいたい気持ちをどうも否定し切れないのである。
自分のパートナーの浮気が発覚したら(したことないけど)さっさとポイするけどね。
自分が3人のうちの1人になる気はない。
でも3というのはバランスがいい数字なんだよね。
おうちは三女がほしくてたまらないし、お稽古事も3つ目に手を出すことにしたが、いずれもそれ以上となると管理し切れない。
でも3つって安定するし(椅子の足とか、3本で初めて安定するじゃん。かといって、せいぜい4本で、5本以上はいらないでしょう)、相乗効果があっていい状態になるんだよね。
この感じ、わかる人いるかなぁ。
結婚もそう、どうして一生同じ男といなければならないのかわからない。
私は時々景色が変わらないと辛いんだよ。
だから海外旅行とかは続けようと思わなくても勝手に続いていく。
この幸せがずっと続きますようにってのがない。
どんなに幸せでも、幸せの形が絶えず変わってほしい。
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前にも書いたことがあるのだが、昔通りすがりのブログで読んだんだけど、そのブロガーは欧米在住か何かで、こちらの人は日本人みたいに結婚生活の愚痴や配偶者の悪口を言うことはない。それは結婚における自分の選択の失敗を意味し、自分を貶めることになるから。夫婦は破局ギリギリ迄人前ではラブラブを装うから、誰かが離婚したと聞くとえっ、あの仲睦まじい夫婦が❓と驚くことが多いみたいな内容だった。
話はいきなりそれるが、たった一度の通りすがりのブログでも、忘れられない記事というものがいくつかある。
私はライフスタイル全般において、そういう誰かの忘れられない誰かになるのが好ましく、誰かと長い関係を築くことに重きをおいていない。
さて、私は毎年お互いの誕生日とクリスマスにお菓子を交換するドイツのペンパルがいるが、お互いの誕生日とクリスマスにメールを交換するカナダのペンパルもいる。
小児科医で、夫と2人の息子、両親と2人の姉妹とその家族、独身のおじの14人で毎年クリスマスを祝っていて、ちょっと羨ましかった。
ある年のメールでおや❓と思ったのだが、珍しく夫について全く触れていなかった。
夫はこう、長男はこう、次男はこう、と家族全員の近況報告をするのが常だったので、軽く違和感があった。
次のメールはクリスマスの前で、彼女の夫から、メールアドレスを変えたというメールが来た。
(彼女達は夫婦でメールアドレスを共有していた)
そのメールから1〜2週間後、彼女からメールアドレスを取得したというメールが来た。
私はチラッと、別居か離婚かなと思ったが、あんなにうまく行って幸せそうな夫婦にそれはないなと、直ぐに自分の中で打ち消してしまった。
次の彼女の誕生日メールの後、私は彼女は離婚したのかな❓と連用日記に書いている。
(ちょうど1年前なので、読み返したところだ)
そしてその年のつまり去年の彼女の(夫からはもちろん来ない)クリスマスメールには、息子達の近況が書かれ、私達はビッグチャレンジに直面したがどうのこうのと何やら意味深なことを書いていた。
離婚したとしか思えないのだが、離婚なんて言葉は使うつもりがないらしかった。
そのメールを受け取って間もなく、私は世界一周旅行に出て、旅先でララランドという映画を観る機会を得た。
日本語字幕がないので完全にはわからないのだが、女優志願の女と売れないジャズピアニストの男の恋物語で、最後に女は女優として成功し、男も自分の店を持つので夢は叶えたのだけど、女は別の男と家庭を持っていたみたいなストーリーだった。
私はチラッとカナダのペンパルを思い出した。
彼女の夫はこの映画の男みたいに、レストランでピアノを弾いていた。
あと音楽学校で楽器を教えたりもしていて、堅実な職に就いているというよりはアルバイトのダブルワークみたいな印象を私は受けていた。
この映画で男がピアノを弾いているレストランをクビになる場面があるのだが、忘れもしない、彼女が夫について最後に書いたことは、夫は○○○○(レストランの名前らしかった)で入る回数が減ってきたので別の店も探しているということだった。
彼女が本当に離婚したかわからないし、したとしても原因はわからないのだが、レストランでピアノを弾くって、安定はしていないだろうし、息子達は高校生くらいでまだまだお金がかかる時期でもあり、一方彼女は小児科とはいえ医師で、そもそもまぁいわゆる格差婚とも言える訳で、そういうところにも原因があったのかなと、映画を観ていてチラッと思った。
先日、東大の祝辞に全く感動できなかったことを書いた。
性差云々言うけれど、才能がある女性が上に行けないのが性差別なら、男性だけが何が何でも正社員以上で働いていないと身の置きどころもないのも性差別ではないか。
女は結婚しても、フルタイム、パート、なんなら働かない選択もできる。
何の才能もないバカ女でも結婚して今よりいい暮らしができる可能性がある。
男は低収入程結婚していないのは、実際数字で明示されている現実である。
まぁあれは東大の祝辞で、東大生が将来低収入になる可能性は低いんだろうから関係ないのかも知れないが、性差別のない社会は、全般としては生きにくくなるのは女じゃないかという気がする。
私は何の才能もない凡庸な人間なのだが、女でよかった、男なら私のスペックじゃキツかったわと思えてならない。
だから、東大女子はいざ知らずその辺の平凡な女子があの祝辞に涙するのがよくわからない。
ところで、カナダのペンパルはトロント大学を出ているので(卒業後別の大学の医学過程に進学している)、日本で言えば東大出みたいなもんだろう。
レストランでピアノ弾いている人と結婚した時、私はちょっと感動した。
自分が医者で、自分より低収入の男と純粋に恋愛結婚するというのが、とっても素敵に思えたからだ。
でも、離婚しちゃったのか…繰り返すが、向こうが言わない限り本当にしたのかはわからない。
4月20日、誕生日メールを出すのだが、夫君はどうしたんですかなんてもちろん書きはしない。
記事作成日…4月19日(金)
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以前も書いたことがあるんですが、女も年とるとお婆さんの声になるので、ボイトレとして家で高音で歌う様にしています。
先日横浜大桟橋から横浜駅迄歩いたんですが、あの辺りも夜になると歩行者はほとんどいないので、私はいい気分で歌いながら歩いていました。
すると結婚披露宴で着る花嫁の色とりどりのドレスが沢山かかっているショーウインドウがあって、私はそれを眺めながら、
そして
暗いし、私はウインドウを見ていたので、向こうから人がくるのに気がつかなかったんですね。
私は思わず、あの、これ、ボイトレなんです…深い意味はないんです…と言い訳したくなりましたが、どうにもなりませんでした。
さて、最近嫁グラフィーとかいって、自慢の妻をSNSで見せびらかす夫族がいるそうなんですね。
ハイ、星月夜はなんて言うでしょう…そうです。
うへぇ〜、気持ちワリィ、そんな男イヤだわ私
ま、嫁自慢してる男は私にどう思われようが知ったこっちゃありませんわな。
見なきゃいいって…見てませんがな、そんなもの
私、自己顕示欲ってものがないんです。
顕示するようなシロモノじゃないっていうのもあるけど、仮に美人でスタイルがよくても、顔やら身体の一部やら載せないし、仮に夫がいて仮に私の写真を自慢みたいに載せようとしたら、全力で阻止すると思います
目をキラキラさせて、私をうっとりと見つめるのはよろしい
だが、他人を巻き込むな。
世界はふたりのためにあるのだから。
○倫がなくならないのはそれもあるんじゃないか。
他人には見せ(られ)ない方がエロいんだよ。
前にも書いたが、スッポンポンよりシースルーの方がセクシーなんだよ。
これ見よがしなものは、見てやるもんかってなるのが、人間の心理なんだ。(
自分を全出しする様なバカはしないわ。
ミステリアスでいなきゃ。(
その手代その下女昼はもの言わず(これは私の作品ではありません)
記事作成日…4月17日(水)
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