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			<title>夫馬基彦の風人日記ブログ篇</title>
			<description>ＨＰ『夫馬基彦の風人通信』を０２年以来発信してきた作家が作ったブログ篇。
日常の視点から文学、政治、社会、大学、自然などへの自由な発想をエッセイとして記述する。
折々に俳句も書く。俳号は南斎。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>夫馬基彦の風人日記ブログ篇</title>
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			<description>ＨＰ『夫馬基彦の風人通信』を０２年以来発信してきた作家が作ったブログ篇。
日常の視点から文学、政治、社会、大学、自然などへの自由な発想をエッセイとして記述する。
折々に俳句も書く。俳号は南斎。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko</link>
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			<title>『李香蘭の恋人』を読んで</title>
			<description>　長年、台湾関係の本を書いてきた当人が、前回は『若山牧水　さびしかなし』（晶文社）という純粋日本の書を出しノンフィクション作家としての間口を拡げたが、今回は台湾から満州・上海へと舞台と時代を大きく拡げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　李香蘭とは言わずとしれた旧満映の看板スター、いや、満映のみならず日本の東宝、上海の中華電影公司のスター女優でもあり、戦前戦中の日本、中国、台湾などで広く知られた存在だ。&lt;br /&gt;
　日本語の出来る中国人美女、歌もうまく、日中というかいわゆる大東亜共栄圏の象徴的歌姫、というイメージでもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　だから、敗戦時、上海でいわゆる〈漢奸〉（中国を裏切った者）として裁判にかけられかけたが、日本の戸籍謄本が見つかってやっと釈放・帰国出来た。以降は日本人「山口淑子」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その後はアメリカにわたり彫刻家イサム・ノグチと結婚、その後日本の外交官と再婚して大鷹淑子となり、やがて参議院議員となった波乱の人生の人だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その李香蘭が上海時代、ひょっとしたら「恋人」だったかもしれないと匂わせた人物が川喜多長政らの中華電影公司の中心人物の一人、台湾人映画監督兼脚本家の劉吶鴎（りゅう とつおう）だった。彼は１９４０年9月３日、上海の共同租界で中国国民党特務と思しき相手に対日協力者として暗殺されたのだが、李香蘭はなんとその日その時間に劉吶鴎と秘かに会う予定だった、というのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ということは二人の関係は？　しかしどうも符合せぬことも多い、いったい真実は、というのがこの本のミステリアスな眼目で、結局、全体として浮び上がるのは、当時、国際陰謀都市といわれた上海での、日中、そして当時は日本国籍であった台湾人や朝鮮人映画人たちの、巨大な戦争宣伝メディアとしての映画（ヨーロッパではナチスドイツが盛んに用いていた）との関わりそのものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　著者はそれを緻密な調査と考証によって次第に浮び上がらせ、やがてその謎の「逢い引き？」と死の像を現出させる。&lt;br /&gt;
　引き込まれて読み終わると、強い残像として残るのは、デビュー以来日本人でありながら中国人として嘘と共に生きねばならなかったスターの虚実と悲哀、植民地下で生まれたがゆえに日本人なのか中国人なのか、自分でも翻弄され続けた才能ある映画人の悲劇、である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最初、3分の1くらい、そういった複雑な時代背景、主人公たちの二面的背景を理解するのに多少の時間がかかるが、理解するにつれ話はどんどん面白くなっていく。まだ存命の山口淑子氏がこの件に関して詳細を頑なに沈黙していることと合わせ、真実への興味が尽きない。本書のあとがきの最後は、もはやほぼ唯一の証言者たる山口淑子氏への、著者からの質問の手紙になっている。読者としても答を聞きたいものだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/50642518.html</link>
			<pubDate>Sun, 25 Nov 2007 19:02:43 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>『按摩西遊記』（講談社）を出版しました</title>
			<description>この６月１０日発売で、久々の新刊本を出した。大都市中心の配本になるようだが、アマゾンで申し込めば送料無料で短期間に届きます（定価１８００円）。ぜひ読んでみて下さい。&lt;br /&gt;
　&lt;a HREF=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062134470/249-5398224-6034725?v=glance&amp;n=465392&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062134470/249-5398224-6034725?v=glance&amp;n=465392&lt;/a&gt;）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下は講談社刊「本」今月号に書いた著者エッセイです。　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ちょっとヘンなタイトルだけど&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　夫馬　基彦&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今度の本の書名『按摩西遊記』は、ひょっとしたら誤解を生むかもしれない。何やら按摩マッサージの発祥地を訪ねて中国からペルシア、天竺インドまでの探索記か、はたまたよぼよぼの爺さんか按摩さん本人が、よろけながら按摩の国を求めてさすらっていく話みたいにとれるからだ。&lt;br /&gt;
　当然、ちがう、ちがう、全然ちがう、と言いたいところだが、後者は満更ちがってなくもないのが書いていていささか物悲しい。&lt;br /&gt;
　というのは、書名にした「按摩西遊記」の主人公は、マ、言ってみれば筆者とほぼ等身大で、折から重症の五十肩でズボンのポケットに手も突っ込めない、りんご三個が持てない、という哀れな初老。それが主観的には極めてよんどころない事情で、片手でガラガラ荷物を引きずりつつ中国は往昔の都長安、今の西安から、かの三蔵法師が歩いたと同じ道を、供もなくたった一人で西へ西へと辿っていく話だからだ。&lt;br /&gt;
　時は八、九月、気温は三二、三度から途中のトルファンなぞでは四〇度以上、鎮痛剤飲みつつでも微熱と痛みが引かぬ身は、頭は茫々、肩はばりばりに凝って意識朦朧の上、砂漠の蜃気楼やらウイグル族の麗しき胡姫に幻惑されて、もはや時空も定かならなくなる。&lt;br /&gt;
　なのにそれでもなお天山南路の奥の奥、最果てのカシュガルまで赴くのは、一体いかなる因縁か。&lt;br /&gt;
　それを描くのがわが眼目だが、その「なぜ」については推理小説と同様、ここで明かしてしまうわけにはいかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本には他に三作入っており、うち二篇はかつてのベトナム戦争と三〇年後のベトナムが出てくる。&lt;br /&gt;
　何を隠そう、私はあのベトナム戦争中最大の激戦にして転換点とされた〈テト攻勢〉の際、旧サイゴンのただ中、反政府派の拠点とされたアンクアン寺に滞在していたのだ。そこを迫り来る政府軍のロケット砲弾で爆撃され、軒先をつたい走って日本大使館に脱出した。&lt;br /&gt;
　されど、そこで居合わせたのちの危機管理評論家、当時香港総領事館から偶然来ていた警察庁出向の臨時大使館員佐々某氏から、こんな時期、そんな妙な場所にいた怪しいヤツと見なされ、場末の安ホテルに半ば閉じこめられ、以後閉塞状態になった。寺で親しかった青年僧Ｔともそのまま生き別れである。&lt;br /&gt;
　そのアンクアン寺や、その後社会主義国家となったベトナムを三〇年後訪れてみたら、一体どうなっていたか。&lt;br /&gt;
　これも私にとってはほとんど涙ぐむ話である。小説ではあるし、差し障りに配慮もしてあるが、ほぼ事実は隠していない。まして、あの戦争とその後の変化、社会主義の現実に関するある〈真実〉は、率直に語り得たと思っている。&lt;br /&gt;
　もう一つの作は、二〇〇一年のあの九・一一事件の折のニューヨークを描いたものだ。&lt;br /&gt;
　これまた偶然だが(そうじゃないという説も身辺にある)、私はあのときもジェット機激突で崩落したＷＴＣ（国際貿易センター）ビルから直線距離でほんの二キロの下町に滞在していた。&lt;br /&gt;
　しかも泊っていた宿は、事件の主犯モハメッド・アッタと同じエジプト人経営で、場所は移民国家アメリカの原点となったロウアーイーストの歴史的移民街にして長くユダヤ人街だった界隈である。&lt;br /&gt;
　そこでの新旧の移民たちーアメーバのごとく増殖する中国人や逆に今や稀少存在となってきたユダヤ人たちは、あの事件後、刻々の緊張感の中でどんなふうに動き、どう変化していったか。&lt;br /&gt;
　私が一番好きだったユダヤ人作家アイザック・バシェビス・シンガーや、インドやネパールでの若きヒッピー時代、教祖だったユダヤ人詩人アレン・ギンズバーグにまつわる思いは、どんな微妙な思いをもたらしたか。いや、それどころか今やブッシュ政権の最強硬派、戦争の推進者とも言われるネオコン創設者たちの多くが、このニューヨーク出身の元トロツキストであった事実は、いかなる歴史の輪廻によるものなのか……。&lt;br /&gt;
　そして、私の出会った何人かのユダヤ人庶民たち、下町の洋品店主ミレックやミュージアムおばはんは、何とユニークで愛すべき人たちであったことか。&lt;br /&gt;
　私はそれらを描いたつもりだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　つまり、私が書いたのは、かつての戦争の国ベトナム、九・一一事件のニューヨーク、そしてつい昨夏の中国領シルクロードと、すべて旅にまつわる話であり、その意味ではこの本は一種の紀行文学、紀行小説である。&lt;br /&gt;
　が、しかし、空間の広がりの他もう一つの主題は、時間だ。&lt;br /&gt;
　即ち、私が歩いたのは、最初に二四歳の時歩いたパリからベトナムに至る旅から始まって、二七歳の〈西遊記〉を気どった二回目のインドへの旅、そして五四歳の時のベトナム再訪と、その三年後のアメリカ・ニューヨークへの旅、更に昨年の三四年ぶりにおのれの西遊記を完成させるべき旅、の五つの空間の旅だったと同時に、それらすべてを通した三八年間にわたる時間だったのである。&lt;br /&gt;
　大げさでなく、この本には私の人生と時間がある。&lt;br /&gt;
　そんなことを言い出すのは歳をとった証拠だとこの本の〈あとがき〉にも書いたが、しかし確かにそれだけの時間が流れ、私はザックを背負ったバックパッカーだった青年から、自分の腕すらろくに上げられぬ、殆ど片手の、腹ばかり出た初老になりまさったのだ。&lt;br /&gt;
　青春を追憶するのは、私にとって哀しく、辛い面の方が多い。かつて見えなかったおのれの無知や愚かさが今はかなりはっきり見えるとしても、取り返しはつかないからである。しかも有り体に言えば、現在のおのれはいくらかましになったとはいえ、相変らず青年期以来の何ものかを引きずっており、ものごともこの世の真実も一向分らぬままだ。&lt;br /&gt;
　まったくこの世とは一体なんだろう。&lt;br /&gt;
　時間とは何と不可解なものであろう。&lt;br /&gt;
　その中で生きる個人の人生というのも、訳の分らぬものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は新人賞デビュー以来、まもなく三〇年になる。この間、大した才も運もなく、ずっと寡作で来てしまったが、それでも少数ながら支持し続けて下さる人もあって、この本につながった。&lt;br /&gt;
　気がつくと、還暦も過ぎてはや二年である。&lt;br /&gt;
が、人生に対しても文学に対しても、意欲は少しも失っていない。体力も、肩はぶざまに弱れどまだまだ世界を歩きまわる余力はあり、簡単には引っ込まぬ気でいる。&lt;br /&gt;
　時間の旅に関しても、やはり歳とともに見える透視力、認識の多重性の深まりはそれなりにあり、齢を重ねることは面白くもある。かつて私は三〇代の頃、「早く歳をとりたい」と言って、当時親炙していた佐々木基一さんら年長者連から「面白いヤツ」と笑われたが、今や自分自身がその時の年長者たちとほぼ同年齢になってきている。&lt;br /&gt;
　かつてのおのれのせりふを思う時、満更間違ってもいなかったと感じたり、やはり出来ることならもう一度青年に戻りたくもある。ただし、その場合も肉体と恋愛方面についてだけで、その他についてはあまりいいイメージ自体が想い浮かばない。&lt;br /&gt;
　時代性や人間性は必ずしもよくなっていないからである。新聞やテレビやインターネットや世の中に触れるたび、そう思う。&lt;br /&gt;
　さて、また旅にでも出ようか。　　　　　　　　　　　(了)</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/36030118.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Jun 2006 21:57:07 +0900</pubDate>
			<category>その他芸術、アート</category>
		</item>
		<item>
			<title>ホリエモン 頑張れ</title>
			<description>ＨＰにまたホリエモン応援演説を書きました。&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://www.jj.e-mansion.com/~fuma/&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.jj.e-mansion.com/~fuma/&lt;/a&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/31969358.html</link>
			<pubDate>Sun, 16 Apr 2006 11:42:53 +0900</pubDate>
			<category>事件</category>
		</item>
		<item>
			<title>ラクダの涙</title>
			<description>　しばらく前に『ラクダの涙』（ビャンバスレン・ダバー監督）という映画を見た。モンゴル人の若い女性監督が、ドイツで作った映画で、舞台はもちろんモンゴルである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ほぼドキュメンタリー映画だが、やらせも若干ありそうな仕立てだ。おおざっぱなストーリーはゴビに住む遊牧家族にラクダの子が生れる。何頭もいるのだが、うち１頭が真っ白な毛の赤ちゃん。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　親はらくだ色なのにどうしてと思える。ラクダにもいわゆる白子がいるのかしら。&lt;br /&gt;
　そのせいか難産だったせいか、母親が子を嫌い、乳を与えようとしない。飼い主の一家はなんとかしようと知恵を絞り、ついに町から馬頭琴の楽士を呼び、その音色に合わせ、若い嫁が美しい声で唄を歌って聞かせる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　馬頭琴の音はラクダの腹に共鳴するのか、ラクダは次第に優しくなり、子に乳を飲ませるようになる。そして、涙を流す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このシーンは本当にラクダの大きな、眠そうに見えていた目から、涙が次々あふれ出てくる。ヘーエ、本当に泣くのか、としばし見とれてしまうほどだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　だが同時に、しかしラクダは本当に子供の件で泣いたのかな、どうも人間の都合のいい解釈ではないか、ひょっとしたら他のことで涙が出たシーンをくっつけたのでは、という気もしてくる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　が、映画は牧歌的で、遊牧生活の日常がよく出て面白い。登場人物の顔も朝青龍そっくりだったり、むかし田舎の小学校にいた同級生そっくりだったりで、いかにも懐かしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　よし、今度はモンゴルへ行くか、と思った次第。ただし、冬は零下４０度、映画のスタッフはいつも誰かが体調をこわしてダウンしていたとか。厳しそうではある。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/27533719.html</link>
			<pubDate>Sun, 05 Mar 2006 20:28:14 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>こぬか雨 春のヴェールをかけている 南斎</title>
			<description>　前作（２月２５日作）がどうも説明的で気に入らぬので、もう一つと思ったのだが、さて如何。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　昨日の民主党永田議員の記者会見は面白かった。頭を下げるは、下げるは。顔つき、おっちょこちょいぶり、いかにも若い感じ、すべて自民党の杉村太蔵君とそっくりなのがまた面白い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　あとで別に登場した前原代表の顔も面白い。かねがね「デコ坊や」にそっくりだなと思っていたが、民主党の国会議員会で非難されている時の、質問者に視線を合わせず空を向きっぱなしの表情が、いよいよデコ坊やふうだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　デコ坊やとは、腹話術師が使う人形のことである。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/27060400.html</link>
			<pubDate>Wed, 01 Mar 2006 12:04:19 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>「季刊文科」連載短篇連作４出来る</title>
			<description>　この１週間あまり集中していた「聖俗島」が、今日ほぼ出来た。３６枚。&lt;br /&gt;
　もう一度見直しの必要があるが、大筋はＯＫの実感がある。一日おいて見直し、完成と思えたらメール送稿する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　季刊文科は締切りから発刊までが長いので、気が抜ける面があるが、大河内昭爾、秋山駿、吉村昭氏ら先輩連の一種のボランティア雑誌なので、まあのんびり待つしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それを承知か今までも黒井千次、笠原淳、司修氏らがゆっくり書いてきた。今は私の番で、忍耐も順番のうちだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これまで「沖永良部」「与論島」「喜界島」としてきたタイトルも、今度は実在名を使わなかった。モデルには先だっての年末年始に行った沖縄周辺を使っているのだが、虚構性をより強く出したいためだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　久々の神秘小説、しかれども俗性十分というところである。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/26992792.html</link>
			<pubDate>Tue, 28 Feb 2006 20:40:02 +0900</pubDate>
			<category>小説</category>
		</item>
		<item>
			<title>梅はまだ 蝋梅ならと風きたる 南斎</title>
			<description>　久々に車で寄居の温泉に行った。関越で１時間、見晴らしのいい丘の上の湯ぶねから見る秩父の山々は、すっかり春霞に包まれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　湯のあと、いつも行く梅畑に寄ってみたが、蕾はふくらめど花は殆どなし。残念と呟いていたら、鮮度のいい香りがどこからともなく来る。見まわすと、下の畑脇に一群の黄色い蝋梅が満開である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　嬉しくなって湯冷めもものかは、間近に寄って思い切り香りを吸い込んだ。近くに蕗の薹もいくつか顔を出している。やはり春だ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/26644997.html</link>
			<pubDate>Sat, 25 Feb 2006 17:19:46 +0900</pubDate>
			<category>春</category>
		</item>
		<item>
			<title>ペンクラブ（獄中作家）委員会</title>
			<description>　年末に東京外語大で開いたＷｉＰの日シンポジウム「ベトナムを知ってますか」以来、今年初めての委員会だった。出席は作家の今野敏、元編集者の千葉昭、詩人・帝京大教授の田村さと子、ノンフィクションライター兼翻訳家の永島章雄、東外大教授の川口健一、そして私の６人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　やや少ないが、今年の計画策定に関して順調に話は進んだ。１１月にアルゼンチンの詩人ファン・ヘルマン氏を呼んでペン会長井上ひさしとの公開対談を核とするイベントを開くことになった。国際交流基金の補助も得られそうで、まずは順調にいきそうである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は宿題として、中国でこの２月２日に獄中死した４１歳の夕刊紙編集者について、中国政府への抗議文を英語で作成することになった。どうも気が重いが、中国ではこのところネット上に発表した政府批判的文章を理由に懲役１０年が宣せられるなど弾圧が多いから、座視するわけにもいかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかも後者の事例の際は、中国ヤフーが政府に執筆者の情報を知らせた。これはネット使用者としては重大問題だ。どう対処していくべきか、誰もが考えねばなるまい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　終っていつもの居酒屋で２次会となった。会議では控えめ、大人しやかだった面々が急に、他委員会委員長の批判を一斉に始めたりして、可笑しかった。私も生ジョッキに加え日本酒２合を飲んでしまった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/26471244.html</link>
			<pubDate>Thu, 23 Feb 2006 23:37:02 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>１５分</title>
			<description>　今日は学校で夕方近く委員会が一つあるので、出校した。&lt;br /&gt;
　会議は定刻通り始まり、委員長報告が５分ほどあった後、私が少し発言した。それをめぐってというか誘発され、３人ほどが発言し、私と委員長の間で多少のやりとり後、議論は収束した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そのあと、委員長が会議の終りを告げた。他に議題はないらしい。「えっ、もう」、あちこちで声が挙がり、時計を見ると開始後１５分経過だった。立上がる人も出始めたから、本当に終ったらしい。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　私は「あーあ、発言してよかった。あれがなかったら今頃不愉快だろうなあ」と思いつつ、帰途についた。帰宅までに５０分かかった。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/26337766.html</link>
			<pubDate>Wed, 22 Feb 2006 20:46:10 +0900</pubDate>
			<category>大学</category>
		</item>
		<item>
			<title>ブログ試運転その後</title>
			<description>２月２日にブログなるものを始めてみたと書いた。ヤフーブログだ。&lt;br /&gt;
　その後、大きな字で書けるものを探し、さるさる日記なるものにも顔を出してみた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　が、それぞれの利点はあるものの、欠点も大きい。ヤフーは新アクセス数がはっきりする点、訪問者履歴が分る点はいい。しかしＨＰとのリンクが出来ないし、字がやはり私なぞには小さすぎる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さるさるは字はいいが、アクセス数や訪問者履歴が分らない。ウームと思っていたら、先輩作家で日本ペンクラブ電子文藝館館長の秦恒平さんが、ｍｉｘｉなるものに入ったとＨＰに書かれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　名は院生の教え子から半年ほど前聞いたことがある。いわば会員制のブログで、紹介者がいること、身元が分っているので、あまりヘンな人物や荒しはないこと、訪問者は全員確実に分る、という話だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その時はブログ自体が若者用媒体すぎる印象がして、関わる気になれなかったが、今度、若干の経験から、他のブログと違うメリットがありそうな気がして紹介を依頼、入ってみた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　結果は今のところ、面白い。昨日入ってまだ丸１日少々なのに、早くもアクセス数４０を超えた。紹介者が教え子だったからその周辺を辿ると知人がかなりいたせいもあるが、検索したら知人の作家や物書きも案外いるのも理由の一つだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　出身地とか苗字などで検索していく楽しみもある。&lt;br /&gt;
　何年も前の教え子が歌手になっていて、新宿ゴールデン街に店まで開いていることも分った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　すぐ交信出来、そのうち行ってみる気になった。ついでに彼女の同期生たちも誘うかなぞと考えると楽しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　いずれにせよ、確かに新しいコミュニケーション媒体のような気もするし、パソコン最初期にあったニフティー通信など「パソコン通信」が似ていた気もする。あれも会員制で、検索がいろいろ出来た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　当分はこれの可能性を探ってみるつもりである。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/fumamotohiko/26238560.html</link>
			<pubDate>Tue, 21 Feb 2006 20:46:40 +0900</pubDate>
			<category>ネットサービス</category>
		</item>
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