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竹宵は真名野長者伝説(炭焼き小五郎)にちなむ祭りです。
真名野長者伝説は臼杵、三重町に伝わる伝説で、
真名野長者は鉱山経営で財を成した人物で、
天皇家も一目置くほどの財力を持っていたと言われます。
真名野長者伝説と類似の、炭焼き長者の話は全国にありますが、
ルーツは「真名野長者伝説」と言われています。
真名野長者には「般若姫」という美人の娘がいて、
用明天皇との結婚が決まっていましたが、
都へ嫁ぐ途中の船で嵐に遭遇し命を落とします。
竹宵は年に一度、都から船で里帰りする、
般若姫の形見の品「玉絵箱」を
里人が竹に火を灯して迎えた事に由来します。
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臼杵市
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11月3日と4日、臼杵市で「竹宵」がありました。
「日本の町並み100選」に選ばれている「二王座歴史の道」周辺が
2万本の竹灯篭でライトアップされました。
今年で22回めです。
今年も県内外からたくさんの見物客が訪れました。
大分県は竹灯篭祭りが盛んな所で、
年末になると各地で竹灯篭祭りが開かれますが、 大分県で竹灯篭祭りを初めて行ったのは臼杵市です。
言わば元祖「竹灯篭祭り」です。
臼杵竹宵ー2に続く。 |
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朝晩、涼しくなってきましたね〜
大友宗麟が居城とした臼杵城址には
現在、天守閣はありませんが、
将来的には復元予定です。
小さな天守閣なので、
5億円ほどで復元できるそうです。
ただし完成は市の予算の都合で、
数十年先になるそうです
気の長い話です
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7月22日の夜
臼杵市の福良天満宮で夜神楽がありました。
福良天満宮は商売繁盛の「赤ネコ神社」が
境内にあることで有名です。
この夜の題目は、神楽の定番とも言える
「スサノオのヤマタノオロチ退治」でした。
佐伯市宇目の重岡岩戸神楽保存会の皆さんが熱演されました。
「スサノオのヤマタノオロチ退治」は
「古事記・日本書紀」に登場する伝承です。
ヤマタノオロチの生贄になるところだったクシナダヒメを
スサノオが助け、ヤマタノオロチを退治するというお話で、
出雲を支配していた勢力、ヤマタノオロチ一族を、
新興勢力のスサノオが倒し、
出雲の新たな支配者になる話と解釈されています。
しかしこの「スサノオのヤマタノオロチ退治」が
記されているのは「古事記・日本書紀」だけで、
スサノオの本拠地である出雲地方の歴史書
「出雲国風土記」には何故か記録されていません。
「古事記・日本書紀」のスサノオは アマテラスに対する乱暴狼藉、高天原の追放、
オオゲツヒメの殺害、ヤマタノオロチ退治と言った
荒々しいエピソードを持つ
暴力的な神として描かれています。
しかし「出雲国風土記」には、そのようなエピソードや
荒々しいスサノオの姿はなく、
「木の葉を髪にかざして舞った」と言うような
素朴で心優しい神としてのスサノオが描かれています。
「古事記・日本書紀」と「出雲国風土記」に登場する
スサノオのキャラクターの違いは、
研究家の間でも論争の的になっています。
私は、「古事記・日本書紀」の荒々しいスサノオ像は、
「出雲国風土記」のスサノオに、スサノオの子神とされる
大国主のキャラクターを加えて作られたと考えています。
大国主の別名には「八千矛の神」、「天の下造らしし大神」
と言った荒々しい武神のイメージがあり、
「越の八口の平定」といった勇ましいエピソードもあります。
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臼杵市教育委員会が市内にある古墳をまとめた冊子
「臼杵の古墳」を発行しました。A4版42ページ。 市内で確認された14基の古墳を紹介しています。
400部を臼杵市吉小野の文化財管理センターで 無料配布しています。 文化財管理センターは旧中臼杵小学校を
改装してオープンした文化財の管理施設です。 発掘調査で出土した遺物を展示した
展示室も設けています。 |




