fumi's 144工房

まったりと週末だけ更新ちぅ・・・

1/144 空モノ

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完成した1/144模型達(空軍関係)です。


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1/144 Sukhoi Su-50 PAK_FA

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2009年から試験飛行が開始されると言われているロシアの第5世代戦闘機PAK_FA。

実機のほうは噂ばかりで未だ実態が見えてきませんが、それならば!とデッチ上げてしまいました。

レベルのS-37ベルクトの胴体と、電スケおまけのF-22ラプターの主翼を組み合わせたお手軽改造です。



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個性的な形状をした主翼のイメージが強すぎてどう見たってほとんどラプター?って感じなので、

少しでもロシア機っぽくするために塗装は定番のブルー系迷彩にグリーンのノーズコーンとしています。

(それでも機首が長い分だけ本家ラプターよりも精悍?←自画自賛www)



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プリシェーディングをかけた塗装面のアップ。

『パネルライン沿いに黒で影付け⇒青吹き⇒マスク⇒影付け⇒白吹き⇒マスク⇒影付け⇒グレー吹き』

の順番で塗装。その後パネルラインに墨入れし、進行方法にスジが残る感じで機体表面を汚しています。



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武器庫周りもラプターからの流用。ミサイルが間に合わなかったのでまだ空のまんまですが…。

たまにはこんなお手軽改造も楽しいものですネ。

【実機解説・スホーイ Su-50 PAK_FA】
Su-50はPAK_FA(Perspektivnyi Aviatsionnyi Kompleks Frontovoi Aviatsyiの頭文字,英語ではFuture Air Complex for Tactical Air Forces。旧式化しつつあるMiG-29や初期型Su-27を代替する目的で開発が進められているロシアの第5世代戦闘機プロジェクト)で採用されたスホーイ製のジェット戦闘機。
機体デザインはほぼF-22ラプターに酷似し、高度なステルス性とスーパークルーズ実現を目指していると伝えられる。試作機のテストは2009年から開始され、2015年までに量産機の生産が開始される予定だが、各所にS-37や1.44の技術が取り入れられている模様。




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★1/144 F-108 レイピア

1/144 ノースアメリカン F-108 レイピア

1/144 North American F-108 Rapier

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香港アニグランド社の1/144レジンキット・XF-108 レイピアです。

(同社のXB-70ヴァルキリーに付属するおまけキットになります。)

真鍮線でピトー管を、またプラ板で脚カバーを作り直した以外はほぼ素組みです。

実機がそうだから仕方ないんですが、ちょっと超音速機らしからぬほど主翼がバカでかくて

カッコ悪かったので、付け根で切り飛ばして翼スパンを10mmほど詰めています。

ですので本作はちゃんとしたXF-108じゃなくて、”なんちゃってレイピア”になってます。

まぁ実際にはモックしか作られなかった機体なので、『量産型では主翼面積を減らして最高速度を稼いだ』

ってことで脳内補完していただければwww (オリジナルサイズとの比較はこちらへ)



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【実機解説・ノースアメリカン F-108 レイピア】
本機はソ連の戦略爆撃機に対する長距離要撃およびB-70ヴァルキリーの長距離護衛戦闘機として'57年に開発が始まった。しかしB-70の目標航続距離12,000km(アラスカ-モスクワ間を無給油で往復)に対してXF-108は4,000km程度であり、作戦任務全工程をカバーすることはそもそも不可能であったこと、また防空ミサイル相手に戦闘機で護衛すること自体がナンセンスであったこと等々…戦略航空団内部においても懐疑の声が強く、ヴァルキリー計画の縮小に伴いモックアップ段階の'59年に開発中止が決定している。
なお本機用に開発されたAN/ASG-18火器管制装置とAIM-47空対空ミサイルによる兵装システムは、その後F-14トムキャットのAN/AWG-9とAIM-54フェニックスとして実用化されている。




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1/144 RS-70 レコン・ストライカーズ・ヴァルキリー

1/144 North American RS-70 Recon Striker's Valkyrie

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実機の世界では実験機2機が作られたところで開発中止となってしまったXB-70ヴァルキリーですが、

本作は架空設定の偵察機型RS-70として製作しました。(→RS-70架空設定の詳細はこちらを参照)



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塗装は上面がグリーン系の3色迷彩、下面は単色の黒としました。



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実機より跳ね上がりが足りない感じのノーズは盛った削ったして整形、コクピットのシールドは上げた状態で

固定しています。(アニグラのキットは下げた状態のシールドパーツも付いたコンパチ仕様になっています)

アンテナ類はプラ棒とプラ板で追加し、ピトー管はいつものとおり真鍮線と真鍮パイプの組み合わせ。

展示会などでの輸送時の破損対策として機首側にも真鍮パイプを埋め込み抜き差しできるようにしてあります。



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オリジナルのXB-70に対して開口部を広く取ったインテーク周りはプラ板の箱組みによる改造です。

飛行姿勢として製作してありますが、脚扉はピンで固定してあるだけなので主脚を取り付ければ地上姿勢とする

ことも可能です。(と言っても主翼が下げ位置固定なので、”なんちゃって地上姿勢”にしかなりませんが…)



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エンジン格納部はキットのパーツを使用。プラ板で作った前半のインテーク周りとニコイチしています。

前作の初号機同様レジンの厚みを誤魔化すために機体端面に穴あきエッチングを貼ってパネルの桁を表現。



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これまた架空設定の機体として製作したD-22無人偵察機を背面に搭載した状態。



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本家ヴァルキリー初号機とのツーショット。

純白のXB-70初号機に対して迷彩塗装のRS-70はかなり印象の異なる機体になりました。

(製作過程はこちらより以前の記事を参照)




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★1/144 D-22 無人偵察機

1/144 D-22 無人偵察機

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架空設定のRS-70ヴァルキリーに載せるために作った、これまた架空の無人偵察機です。

機体のデザインは'60年代にロッキードがブラックバード改造のM-21マザーグースに積んで実際にテストを

行ったD-21ドローンをほぼそのままパクッていますが、今回はヴァルキリー用ということで機体を2周りほど

大型化して燃料搭載量を増やした「長距離改良型」という架空の設定としています。

(ちなみにD-21は1/144換算で全長91mm,この架空のD-22ドローンは110mm)



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改造のベースなったのはアニグラXB-70のおまけキットとして付いてくるX-15C。

胴体の基本形状や主翼後退角がD-21にとても近い形をしていたのでこれを芯にして、

 ・胴体 → コクピット埋め,ノーズコーンの新造,ジェットノズルの新造
 ・主翼 → 下半角の変更,前縁へのチャイン追加,後縁の形状変更
 ・垂直尾翼 → 新造,胴体下尾翼の削除

などの改造をジャンクパーツとプラ板の切った貼ったで行っています。

塗装はD-21の計画初期に見られた本体無塗装/外周部のみRAM塗装(レーダー波反射塗装)のツートンです。



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RS-70レコン・ストライカーズ・ヴァルキリーの背面に搭載した状態。

製作記はこちらまで。




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RS-70 レコン・ストライカーズ・ヴァルキリー架空開発史

〜無人偵察機計画〜
 '60年5月フランシス・G・パワーズ大尉の操縦するU-2偵察機がソ連領空内スベルドロフスク近郊で撃墜された事件(※)をきっかけにドワイト・D・アイゼンハワー大統領が「今後一切ソ連領空での有人偵察飛行は行わない」との声明を発表したことから、Tagboard計画と呼ばれる無人偵察機計画がCIAとロッキード・スカンクワークスによって極秘裏にスタートした。
 この計画はA-12(Arch angel-12,後のSR-71)を改造したM-21と呼ばれる母機の背面に搭載したD-21ドローン(※)を使って写真偵察任務を行うというものであったが、'66年7月4回目となる空中発射テスト中に母機とドローンが接触/墜落するという事故を起こしてしまった。かねてより超音速飛行中にドローンを発射することの危険性を指摘されていた矢先の事故であったため急遽ロッキードはより大型のB-52を母機とする代替案を提出したが、CIAがこの案を承認することはなかった。(※*)

〜マッハ3の母機〜
 M-21より大型で且つ超音速飛行が可能な機体として白羽の矢が立ったのが、新型爆撃機計画「WS-110A」から生まれたノースアメリカンXB-70ヴァルキリーであった。本機は'57年のスプートニクショックによるICBM優先論(※)や前述のU-2撃墜事件による高々度侵攻不要論(※)、そしてあまりに膨大な開発費etcを理由に一旦は開発中止が決定していたが、その後'62年のキューバ事件をきっかけに即効性のある核抑止力としての必要性が再認識(*)され、再度開発にGoサインが出された機体であった。
 前述のTagboard計画が白紙に戻された'66年当時、ヴァルキリーはNASAがXB-70初号機/2号機を使ってマッハ3の飛行特性評価を行う一方で、爆撃機仕様の試作機YB-70と先行量産型のB-70を空軍が実用評価の真っ最中(※*)であったが、U-2撃墜事件によって一度は開発中止の引導を渡された格好のヴァルキリーが、同じ事件をきっかけに始まったTagboard計画のピンチヒッターに選ばれることになろうとはなんとも因縁めいた巡り合わせ(※)であった。
 こうして新たにSenior-Bowl計画と名付けらたこの計画はCIAと空軍の共同開発という形でYB-70を原型とする偵察機型のRS-70(※) 2機の製作が承認され、いっぽう搭載されるドローンのほうもD-21を大型化して航続距離の延伸を図った改良型のD-22(*)が開発されることとなった。

〜機体の特徴〜
 純粋に偵察任務用の機体であったRS-70(*)ではYB-70の爆弾倉区画を全て撤去して燃料搭載量を増やすとともに、エンジン性能の足かせとなっていたインテークダクトに大幅な設計変更(※)を施すことでドローン搭載に伴う性能悪化を最小限に抑えている。これに伴い胴体下部の形状は一新され、その顔付きはXB-70/YB-70とかなり異なるものとなった。なおこの設計変更によりYJ93-GE-3のエンジン出力は最大で約10%向上したが、最大速度は高度74,000フィートでドローン有りの場合マッハ2.8,ドローン無しの場合マッハ3.1だったと言われる。
 ドローンの搭載(※)はM-21と同様にRS-70の機体背面/垂直尾翼直前に置かれた大型パイロンを介して行うが、母機の空気抵抗低減とパイロン投棄による機体損傷を避けるためドローンはパイロンを抱いたまま発射され、母機から離脱後にこれを投機する方法を採っている。なお機体安定性を高める目的で垂直尾翼の増積も検討されているが、空気抵抗増加による航続距離と最大速度低下の懸念があったことから外側主翼の折り下げ角度を見直すことで対応している。
 搭載されるドローンはD-21を大型化して燃料搭載量を増やし、更に燃料消費率を改善したマーカート製RJ43-MA-20-B5ラムジェットエンジンによる航続距離の延伸を図ったモデルでD-22と呼ばれる。全長15.8m/全幅6.8m/総重量6.5鼎D-22の最大速度は高度90,000フィート(27,000m)でマッハ3.2、航続距離は非公式ながら6,500km(D-21は5,500km)と言われているが、さすがにこの数値は眉唾であり実際にはこの半分以下であったろうと推察される。
 RS-70とD-22はノースアメリカンとロッキードの昼夜突貫の作業によって計画承認から僅か10ケ月後の'67年8月にはロールアウトし、そのまま空軍で約2年間の実用試験と搭乗員訓練が行われている。なおRS-70は爆撃機型のB-70ヴァルキリーと区別するために非公式ながら「レコン・ストライカーズ」と呼ばれていた。

〜ドローンオペレーション〜
 作戦基地を離陸したRS-70は高度30,000フィート(9,000m)を最大航続距離速度であるマッハ0.9で巡航、作戦空域手前で最後の空中給油を受けた後に更に高度と速度を上げ、マッハ1.3でドローンのラムジェットエンジンに点火(※)する。作戦空域にはマッハ2.8/74,000フィート(22,500m)で突入、ドローンのリリースポイントに到達すると高度と速度を維持したままドローンを発射(※)し、マッハ3.1の最大速度まで加速して作戦空域を離脱するよう飛行計画が組み立てられた。
 いっぽう母機を離れたドローンはパイロン投棄後マッハ3.2まで加速、予めプログラムされた飛行ルートを辿って目標の写真撮影を行い、その後は高度90,000フィート(27,000m)まで上昇して回収機とのランデブーポイントへと離脱する。ランデブーポイントに到達すると撮影機材を収めたカプセルを射出してドローン本体は自爆破棄、射出されたカプセルはパラシュートで減速しつつ設定高度でバルーンを展張してフルトンリカバリーシステム(※)を装備した回収機によって回収されるか、そのままパラシュートで地表まで降下して地上部隊に回収されることとなっていた。

〜マッハ3のフル・ドライブ〜
 ベトナム戦争の最中にあった'69年11月、北ベトナム軍を支援する中国本土内陸部へのフル・ドライブ(※*)がRS-70初の作戦行動となった。ロールアウトから27ケ月後のことである。
 作戦名「Operation-Stars Strike」(*)と名付けられた威力偵察任務に就いたRS-70初号機にはパイロットとして航空戦技教導隊教導官のN.Takamachi一尉(call sign:Stars-one),コパイに一尉の副官であるVita三尉,D-22ドローン発射管制にReinforce Zwei空曹長ら4名が搭乗。さらに作戦指揮官であるH.Yagami二佐(Long Arch-zero)の乗るRC-135C空中指揮機や、F.T.Harlaown一尉(Lightning-one)とSignum二尉(Lightning-two)の2機のF-108レイピア護衛戦闘機(※*)、機材カプセル回収用のJC-130Bなどがこの作戦のために投入された。

〜その後のRS-70〜
 RS-70の作戦任務については未だ極秘扱いの部分が多く、詳しい作戦内容や成果については謎に包まれたままだが、少なくとも中国領空内へ10回/ソ連領空内へ20回以上の威力偵察任務を行ったと言われており、その他の地域も含めるとかなりの数の作戦をこなしていたものと推測される。またその内のいくつかの作戦では敵側のSAMおよび防空戦闘機による迎撃を受けているが、いずれも損害はなく無事に帰還を果たしている。(機材カプセルの回収失敗等、作戦として不発に終わった事例はいくつかあるが…)
 敵国のレーダーやSAM/要撃戦闘機による防空網の発達、また自身の機体形状による低いステルス性(※)等によって高々度侵攻機不要論の矢面に立たされ終始懐疑の眼差しを向けられ続けたヴァルキリーではあったが、RS-70の戦績を見る限り高々度を超音速で侵攻する機体を迎撃することがそうそう簡単ではなかった(※)ことが伺える。
 その後RS-70は軍事偵察衛星の大幅な進歩に伴い徐々に本来の意義を失い、核弾頭搭載型ASM(空中発射型巡航ミサイル)搭載母機への転用などが検討された時期もあったが、'79年のソ連のアフガニスタン侵攻時の偵察任務を最後に初号機/2号機ともに退役した。それは初陣の「Operation-Stars Strike」からわずか10年後のことであった。なおRS-7初号機は純白のXB-70初号機とともにライト・パターソンAFBの空軍博物館で現在でもその勇姿を見ることができる。

(※印は【補足編1】を、*印は【補足編2】を参照して下さい。)




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