ブログ〜鵜の目鷹の目,旅の目で

徒然なるままに、旅するようにゆったりと、時折鋭いまなざしで日常をとらえます

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今村復興相がまた墓穴を掘りました。穴掘りがよっぽど好きなんでしょうね。懲りない人です。昨日の派閥パーティの講演で、東北地方を冒涜したのです。更迭されました。事実上の罷免です。どうしてこうも自民党議員は内輪のパーティで気が緩むんでしょうか。その場で笑いをとるために軽口をたたいた結果、避難されることの繰り返し。

≪(多くの人が亡くなり、社会資本の損害も大きかったが)まだ東北で、あっちの方だったから良かったけど、これがもっと首都圏に近かったりすると、莫大な甚大な被害があった≫

真意はわかりますよ。首都圏が直接揺れたならば、というときの引き合いとして東北の名前を出すなんて酷い言い草ではないですか。さすがに重大なことがわかったか、パーティの場で発言を取り消しました。しかし遅い。

前回は記者から挑発されてカッときて、「自己責任」と言って穴に入りました。今回はさらにヒドい。想像力に欠ける軽はずみな発言でした。政治家として墓に入る可能性もある重大な更迭劇です。

(シャガの花は軽はずみには咲かない。自然の摂理にしたがって、根を広げ、茎や葉を伸ばし、その時が来たら必ず花開く)

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公共施設や飲食店では「トイレをきれいに使ってほしい」のが切なる願い。定時に掃除することはしても、雑でひどい使い方で汚されてしまうと始末に負えない。そこで登場するのが張り紙である。どう書くかが、管理者の悩みどころだ。

柔らかい要求。「きれいに使いましょう。従業員が掃除はしますけど、お客様が汚されますと次の方に不快な思いをさせてしまいます。掃除する者も嫌ですから労務管理からしても大変になるんですよ。汚したら拭いてくださいね。お願いしますね!」

なんて書いたらもう二度と来店してもらえない。最初の一文だけにして、あとは含みを持たせて要求するのだが、それだけでは月並みでインパクトに欠ける。

次は禁止。「汚してはいけません」、よくある表示。「汚すな!」、厳しすぎてためらってしまう。「汚すのはルール違反です」、あんたは俺を罰するのか?とすごまれそう。効果のほどはクエスチョンマークである。

マナーに訴えかける。「次の人に迷惑にならないよう…」、これも軽くあしらわれそうだ。「見られてますよ、あなた自身に」、ふんだって言われそう。

近頃よく見かけるのが、先立ってお礼を言ってしまうパターン。「いつもきれいにお使いいただきありがとうございます」、こう書かれると汚せなくなる。感謝されて嬉しく思わない者はいない。使ってもらってないのに感謝されるなんてバカバカしいと思うあまのじゃくもいるとは思うが、その回りくどさに意表を突かれて、思わず言うことをきくことになりそうだ。

(綺麗に使ってくれた人には、もれなく編み込んだ月桂冠をさしあげます)

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組織犯罪処罰法改正案が国会で審議中です。論点の最重要課題は「共謀罪」の当否。凶悪なる組織的犯罪集団が、共謀し→犯罪行為を準備し→行為に及ばないようにするが法案の目的です。犯行を完遂しようが、未遂に終わろうと重い処罰が課されるのは当然として、共謀するだけで犯罪になるのです。

共謀というと「凶暴」を思い浮かべてしまい、よっぽど悪辣な巨悪を考えてしまいますが、単に想像するだけでいいのです。共謀とは共同謀議の略。すなわち共謀罪とは、複数人が共同で悪いたくらみを相談(謀議)するだけで処罰できるという罪なのです。

政府は今までなかった組織的な犯罪の共謀に対する罪を新設する意図として、国際組織犯罪防止条約に加入して東京五輪に備え、我が国を国際組織犯罪から守ると言います。

現行の刑法には「共謀共同正犯」というのがあります。複数人が犯罪を共謀し、そのうち一人でも犯行に及べば、共同の意思にもとづいたとして全員が正犯として処罰されるというものです。これで黒幕を逮捕して重く処罰することもできます。政府は組織的犯罪集団が関与する重大な犯罪を取り締まれないと言いますが、合点がいきません。

政府は一般国民に対して危険はないと断言します。いかがなものでしょうか。一般国民と犯罪集団との境はありません、捜査機関にとって全ては疑わしいものなのです。

凶悪な団体は一般市民と区別のつかない顔をしており、目立ちはしません。犯罪に至る危険性が高いかどうかを判断するのは困難です。疑わしきは追及し諜報活動の対象としたほうが無難だと捜査機関は考えるでしょう。

捜査の対象となってしまったら大変なことになります。裁判で無罪になればよし、ではないのです。捜査機関によってプライバシーは丸裸にされます。誰にだって触れられたくない恥ずかしい行為や経歴はあるものですし、周囲との関係も崩れます。丸裸にされてしまったら元には戻れません。裁判に訴えて損害賠償を勝ち取ったとしても、膨大な時間と経費がかかります。

捜査機関の恣意的な動きに任せてしまったら、とんでもないことになるような気がします。警察は市民を守る役目があり、現にその恩恵に浴しているのは確かですが、フリーハンドの権限を与えてしまうことには不安を感じるのです。

(山葵菜の花。葉っぱは軽めの山葵の辛さ。見た目は可愛らしい菜の花)

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絢爛な春爛熟し灼熱へ ケータイ投稿記事

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鋭敏で爽やかな花クロッカス。「承知しました。春をここに連れてまいりました」と言わんばかりにすくっと立って、紫や黄色でもって一足早い春を告げる。

桜、なかでも染井吉野で胸が高鳴る。春が来た来た上を見よ。桜花爛漫、その名のとおり桜花が満開。妖気に満ちてデラックスな春に心奪われる。

豪華絢爛、躑躅(ツツジ)が咲いて春は完成する。躑躅という髑髏(ドクロ)に似たこの字。萌え立つ若葉の生命力を存分に吐き散らし、色とりどりに豪奢に躑躅が咲いて爛熟した春は相成る。そして腐った灼熱に向かってまっしぐら。

あくまでも私の感覚。それぞれに春はあり、ひとそれぞれに季節の好悪はあるものだ。それでも春が百花繚乱の艶やかな季節であることは間違いない。

(たわわに花を「実らせた」八重桜。爛熟した春を存分に感じられるこの週末だ)

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人生はタラレバだらけです。もしも○○だったら、そうなれば……。映画『ラ・ラ・ランド』では、ミアとセバスチャンの人生を通してタラレバも面白いと思ったのです。

敗れて、間違って、落ちて……結果、過去に惑溺して後悔の念に沈んでしまうのは精神衛生上よくありませんが、敗れても間違っても落ちても諦めず未来に向かい、勝ったらば、正しくできたならば、合格したならば、と考えて再び挑戦するのは希望の道へ通じます。

オーディションに落ちてばかりだった女優の卵ミア(エマ・ストーン)は、ふと入ったバーでピアニストのセバスチャンと出会います。すれ違い対立しあう仲から、いい仲に発展するのですが、最終的にはミアは大女優となり、セバスチャンは自分のジャズバーを持ちます。葛藤と戦い苦労を乗り越え夢を叶えていくのです。

オープニングの壮大なダンスシーンに、おっミュージカル!と期待したのですが、意外と歌って踊るシーンは少なくて、いいね!と思えたのは、高台の駐車場で二人が掛け合うシーン、ミアが成功する機縁となったオーディションでの独白シーンくらいでしょうか。全編をミュージカルで埋め尽くして欲しかったというのは私のタラレバです。

観客としては、恋人同士から別れてそれぞれの道を歩み、偶然に出会った。そこで再び結びあうのを期待したのですが、もう二度と会うこともない。寂しさの残るタラレバでしたが、まっそれもいいか。物語は物語として、悔いのない生き方をしたいものです。

(提灯ブルマーのような灯台躑躅(どうだんつつじ)。これにもタラレバがたくさん詰まっている。おっと危なげな発言か)

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