ブログ〜鵜の目鷹の目,旅の目で

徒然なるままに、旅するようにゆったりと、時折鋭いまなざしで日常をとらえます

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早くも1月は第四週。冬であることを忘れるほど穏やかな数日が過ぎたが、明日から寒波がやってくる。節分荒れと言われる寒気団の到来だ。2月にも一,二度は雪が積もるだろう。

黄砂が飛び、春一番が吹く。バレンタインデー狂想曲が終わると、桃の節句のセールがやってくる。世の中は桜に向けて期待の嵐。いつ咲くか、南国のどこそこで咲いたと騒がしい。花吹雪が終わって寂しくなるが、日に日に新緑が濃くなって気持ちはいやが上にも盛り上がる。ゴールデンウィークにワクワクしてあれよという間に楽しい時は過ぎる。

突然の暑さがやってきて、いったり来たりするうちに梅雨になる。長雨か空梅雨か、そのときになってみないとわからないが、灼熱の夏は必ずやってくる。暑い(;´д`)ゞ!を挨拶に毎日をやり過ごし、秋の気配に気持ちが和む。

山の気配、空の色が変化し、街路樹が色づいてくる。錦繍の美に目を奪われているうちに、太陽は低くなり、夜の鼻息が聞こえてくる。北国からは雪の便りがあり、荒々しい冷たさが慣れない体を痛めつける。そうして今年も暮れていくのだ。

(花々が一面に咲く春が早くやってきてほしい)

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シュールだとは思わない。非現実的ではあるけれど、イラストや挿し絵とはそんなもの。ユーモアだとも思わない。ひとをほっこりさせて、いいね!とうなずかせる絵ではないからだ。謎めいて、不思議いっぱいで、陰惨にそこまでなにも描かなくても・・・と思わせるのがゴーリーの世界。益田のグラントワ(石見美術館)で『エドワード・ゴーリーの優雅な世界』に浸ってきた。

極細のペンで緻密なモノクロームの線。幾重にも重ね合わせて重く暗いタッチの絵ができあがっていく。「うろんな客(Doubtful Guest)」が気になった。うろん(胡乱)とは、胡散(うさん)くさくて怪しいこと。そして、不確実で乱雑なさま。白いスニーカーを履き、縞々のマフラーを二重に巻き、鼻と口は尖って恐竜ヴェロキラプトルのようだ。手は長く指先は先細になっている。その客が家に居着いている。

 ふと見れば 壺の上にぞ 何か立つ
  珍奇な姿に 一家仰天(訳:柴田元幸)

韻を踏んだゴーリーの詩を全編にわたって五七五七七の短歌形にした柴田詩の詩心&遊び心が楽しい。

遊び心といえば、キャプションの文字に時折黒地に白抜きにされた文字があった。それをつなげると学芸員の遊び心が見えてきた。

【ゴ】【ー】【リ】【ー】【の】【ユ】【う】【が】【な】【ヒ】【ミ】【ツ】

(ゴーリーがハーバード大在学中に母宛てに送った手紙の封筒。ゴーリーの自筆絵。一番のお気に入りをスケッチしてみた)

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島根県西部・益田の駅前通りは大きく変わった。道幅が広くなり両サイドとも広い歩道ができた。駅のロータリーも広い。駅南には複合商業施設群、ホテル、立体駐車場が一体的に整備された。益田駅前ビルEAGAである。島根県立の芸術文化センター・グラントワ(美術館と芸術劇場の複合)も近くにできているので、益田の街は見違えるほど変わった。

裏通りをブラブラして飲み屋街や住宅地を歩いてみる。以前と変わらず、実に懐かしい。山側に向かうと、かつてよく行ったゴルフ練習場があったが、すでに廃業して完全に廃墟だ。

打ちっ放しとは言えない狭い練習場だった。その分クラブヘッドの芯を食ったかどうかに集中できた。いいことに小さなアプローチ練習に使えるグリーンがあって(芝は刈ってないのでパットはできなかった)、10ヤードから50ヤードの距離を丹念に繰り返したものだ。おかげでわたしのショートゲームはピカイチだったと自賛しておこう。6年暮らした懐かしい益田に出会うことができた。

(益田に向かう途中、大田・波根の海岸。穏やかではあるが冬の色に染まっている)

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出雲市内のただいまの気温が8℃。曇ってはいるが雨が落ちる心配はなく、風もなくて暖かい。もちろん真夏にこの温度となれば、寒くて震えていることと思う。反対に直ちに今30℃になったとしたら、さぞや辛い体験になろうかと思う。冬には冬の体質になり、夏はそれなりに体が慣れる。

地球の平均気温は15℃。太陽光の放射熱によって地上は暖まる。太陽に照らされなければ放射冷却ですぐに元の木阿弥。地表の平均温度はマイナス18℃になる。しかも振幅は大きい。地球の放射平衡温度というそうだ。これでは生きられない。人類は誕生すらできなかったであろう。

15℃まで気温が上がってくれるのは、温室効果ガスのおかげ。水蒸気や二酸化炭素、メタンガス、フロンガスさまさまである。もちろん、温室効果ガスが適度に存在してくれるという条件下でのことだ。まさに奇跡。少なければ地球は暖まらず、多ければ灼熱地獄だ。人類の文明が進んでガスが増えたから地球温暖化で地球は危機に瀕する(かの大統領は嘘っぱちだと否定するが)。

地球の奇跡に感謝しつつ、冬の気候も楽しもう。来週半ばには再び寒波が襲来するとか。インフルエンザも怖い。無事に過ごせますように。

(宍道湖の水、湖面に映る空、たなびく雲。これも地球の奇跡にちがいない)

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炒り豆の季節がやってきた。節分の翌2月4日は立春。世の中は春に向けて展開する。季節の分かれ目には邪気が入るという中国の習俗をとりいれて、室町期以降、節分の豆まきが始まった。

豆は「魔滅」、魔を滅し無病息災を願う。また「魔の目(魔目)」に豆を強く投げて厄災から逃れる。鬼は外と退散させたら、投げた大豆を自分の数え年の数だけ食べる。悪鬼を食べて退治すると「マメ」になると伝えられる。なぜ炒った豆なのか。生の大豆では食べられないから、ではなくて「射る」から。魔目を射るという深い語呂が隠れているのだ。

わたしはこの時季、何百回となく、炒り豆を口に放り込む。節分の福豆は一つ、二つ袋があればふつうは十分だが、わが家では大量に買い込む。節分が終わって恵方巻とともに店頭から消え去ったあとも、サクッポリッと豆を噛み砕いておやつとして楽しむ。

噛み始めは無味で口中が乾いていくが、噛むうちに大豆の甘みが増していく。唾液も分泌されて、豆は砕かれ小さくなっていく。ペースト状になったら飲み込む。そのときに煎茶やブラック珈琲がよく合う。至福の時間を今日も楽しむのだ。

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