無題
日々これでいいのか! 家を買ったが今年度は旦那が亡くなり喪中ということで、解体してリホームは来年の年が明けてからにする。
感覚で勝負してきたが、常に自分一人で全てのことを決断して今日まで来た。
旦那がいる頃は相談したが、決まって物事が前向きにいかない。
決断ができない。
損得の秤が細かすぎるからだと思う。
もしものことばかりで、最大限心配をしてしまい、結果としては取り壊しにすぎず重箱の隅を突っつく位の意見しかもらえない。
旦那を無視するわけにいかない、言われることは先に分かっているが敢て意見をもらう。
そんな考えがあるんだな、と参考にする。
もともと、働くことが大好きで常に何か手先を動かしているか、人としゃべって時間を過ごす。
全てに合理主義、機転の類は脳が高速に回転する。
いつも上機嫌で生きていたい。
悪いことが起こっても、自分の浅はかさを知って反省をすればそれで良しとする。
人様を傷つけるようなことは人間的にも道徳的にも絶対できない性格なのだ。
呑気に時間をもてあそんで何もすることを見つけ出せない気楽な人に出会う、生まれつきなんだと、白い目で見てしまう。
折角生まれているのに、誰かの荷物なって!
本人は自覚がないのでその生き方が好いと思い込んでいる。
そんな人の目は死んでいる。
元気ない、活力が見えない。
顔に無表情で感情の表現がない。
無気力で狭い範囲でしか物事を見て、全てを見れない。
出来ないことを好いことにして、もたれて、頼って生きている。
それが悪いわけでもないが、曳いては自分に降りかかり、考えて行動する意志力が育っていないだけ。
生かされているんだから、自由に懸命に生き、悔いのない生き方をする。
日々いい気分に生き、命があるすべてに感謝して自然体で生きていくことが最高だと思っている。
生きている時間を無駄にすることが出来ない、無駄が大嫌い。
今まですべて自分の責任において果たしてきた。
何事においても、自分で考え良い悪い判断はもう一人の自分と向き合って客観的に物事を見る。
生まれてこの方、誰かに相談することはない。
すべて自分の生き方、身の振り方、生活万々自分一人で決めてきたことに気づく。
何になりといとか、仕事を選ぶときも、憧れを幼い時から夢を見てきたのでそのように絵を描き事実、ナースになった。
生活のため商売に転換したが、それも180度全てが変わる生活だった。
でも今解ることはすべてその中に身も心も没頭して死にもの食いに、成功させるという、信念の上に心を尽くす以外になかったと思う。
怖いもの、いやなものは、それは意志力のない、実行力のない優柔不断さがいやだ。
強い自分を創り上げてしまったかもしれない。
不況の中での商売は耐えることから、始まる。
時間との闘いが腑抜けになりつつあるが、違ったことに目を向け、心が腐らないように生きている。
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