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お隣同士の国なのに、案外その歴史を知らないのが韓国です。
いったい、どんな歴史なのか知りたいと思ったので、買ってみたのがこの本です。
韓国の高校の歴史の教科書を翻訳した物です。
へ〜、韓国の教科書って「国定」なんですね。
じゃあ、たぶん、韓国の人ってこの教科書以外では勉強してないんだろうと思います。
と言うことは、おそらく韓国の人にとってはここで語られる歴史が「正しい」と思われている中身なんだろうと思います。
まあ、日本の歴史のことを「日本史」とか日本人は言っているので、当然、「韓国史」と言うのもあるんだろうと思うし、あってもいいと思います。
「韓国史は韓国人の歴史である。韓国史の主人公は韓国人である。これは誰も疑うことの出来ない事実である。」
と書かれています。
でも、私たち日本人にとっては
「じゃあ、韓国人の歴史と北朝鮮の人の歴史は違うのか?」
と素朴な疑問も起こりますがまあ、いいでしょう。
大韓民国
と言う国の歴史なんですから、その国が自分の歴史を「韓国人の歴史」だと言うのにもそれなりの根拠があるはずです。
それぞれの国がそれぞれの国の歴史をどう解釈するかは、基本的にその国の国民の判断にゆだねられるんだろうと思います。
だから、私は韓国の人が自分たちの歴史を「韓国人の歴史」であると言ってもいいと思います。
しかし、
「古朝鮮の建国」
と言う所に来るとやや気になるところが出てくるんです。
「最も早く国家として発展したのが古朝鮮であった。古朝鮮は檀君王倹によって建国されたという(B.C.2333年)。壇君王倹は当時の支配者の称号であった。」
これは、はっきり言って歴史科学ではありません。単なる神話です。
支配者の称号でしかない「壇君王倹」をいきなり個人として確定して、根拠もあげずに建国された年号を言うのは科学的な態度ではないでしょう。
だから、教科書は続いてこのように言ってます。
「古朝鮮の建国事実を伝える壇君王倹説話は、わが民族の始祖神話として広く知られている。壇君説話は長年月にわたって伝承され、記録として残されたものである。この間に何らかの要素が後代になって新しく添加されもしたし、ときにはなくなりもした。このことはすべての神話に共通する属性の一つとして、神話はその時代の人の関心を反映しているために歴史的な意味をもっている。壇君の記録は、青銅器文化を背景にした古朝鮮の成立という歴史的な事実を反映している。」
これでは、歴史は「言った者が勝ち。」になってしまいます。
具体的にどこそこにこういった遺跡があったとか、このような書物があったと言う事実があればそう言う壇君と言う存在も主張してもいいでしょう。
ただ、例えば日本史における「古事記」の記録が真実であるとは歴史科学では思われていないのを考えると、書物に登場してもそれが歴史的事実であるとは限りません。
従って、壇君の存在を証明するためには、それなりの歴史的遺物が存在しなければなりません。
しかし、韓国の教科書はそれを明示していません。
それなのに、教科書に出てくる地図には「古朝鮮の勢力範囲」として北は慶安、長春から西は山海関を超えて渤海湾全域を含み、天津、北京まで、南は淮河付近まで勢力下に置いていたと記されています。
紀元前2333年前後にこのような文化圏があったかどうかは具体的に語られず、ただ地図でそう示しているだけです。
ちなみに日本の高校生が使用するだろうと思われる「世界史年表・地図」(吉川弘文館)の記述によると、この時代にはまだ中国には具体的歴史はありません。
殷の時代にも入っていないのです。
韓国の歴史の教科書では中国の国家形成よりも早く朝鮮文明、朝鮮国家が形成されていたことになります。
ほんのお隣の韓国の教科書なのにこれほどの認識の違いに驚くほかありません。
相互理解は本当に難しいのです。
では
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なるほど、たしかに「オレのとこのほうが早い」と宣言してるみたいですね。しかし中、高生くらいのころはまさか教科書が間違ってるなんていうのは考えもしなかった気がします。ただ憶えるのみ。
まさかその後遺跡捏造でニセの歴史だったなんて滑稽としかいいようがありません。
2008/6/30(月) 午前 1:11 [ dmc*k39* ]
どうも、韓国の歴史教科書は実証的ではないですね。
なんか、違和感があります。もし日本史で「古事記」だの「日本書紀」だのを真実の歴史として教えていたら、困ったものです。
神話に異議を申し立てられないと歴史研究はできませんよねえ。
右翼の人にどう言われるか知りませんけど、「天皇家の血筋は継体天皇で切れている。」と主張しても学問的には研究課題として取り上げられる日本の方が救われているような気がします。
2008/6/30(月) 午後 7:01 [ fuminori62 ]