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明治26年に発行された「日本修身書」の第五巻です。 小学生用に書かれた奴ですので、それなりに読みやすいのですが、果たしてこの教科書がどの程度理解されていたのかは不明です。 ちょっと小学生には難しい漢字が出てますので、読めない人も多かったのではないでしょうか? 「第六課 朋友 善をすすめ悪をいましむるは、朋友の道なり。その過悪を見ながら諫めざるは、信なきなり、朋友に交る道にあらず。 板倉重宗、京都にありける時、江戸の友人某、長崎の官吏となり、道すがら京師に立ちよりて、重宗を訪えり。 重宗古き鏡を取り出し、其の人に示して、『是は、元の長崎奉行竹中重興の贈り物なり、後に余重興が、賄いをむさぼり、身をあやまりしをきき、朝夕之を見て自ら戒めとせり、今之を君に贈りて餞にかう、願わくは、君之を亀鑑として潔白なる名を保たれよ、」といましめたり。 朋友相信じ。」 ていう感じなんですが、ちょっと難しいと思います。 私はあんまり人物に詳しくないのですが、「板倉重宗」って明治時代には有名人だったのでしょうか? それより可哀想なのは、やはり「竹中重興」さんですね。 教科書で名指しで贈収賄の罪を書かれたばかりか、バカにされてます。 この時代には時効はなかったようです。 こういう事が修身の教科書に載ると言うことは、この時代にもかなり賄賂がやりとりされていたのを一般庶民が知っていたのでしょうか? でも、よくよく考えて見たら、この内容で『朋友』と言うのはちょっと分かりづらいのではないかと思います。 よっぽど太宰治の『走れメロス』の方がわかりやすい。 もうちょっと情緒溢れる題材を使って欲しかったですね。 たぶん、この題材で試験なんかあったんだと思いますが、いったいどんな問題を出したんでしょうか? 非常に気になります。 「問 朋友相信じとは如何なる事か。思うところを述べよ。」 とかそんな問題だったら困りますよね。 「鏡は人の心も映し出す恐ろしい品物なり。よりて我、これより先、鏡を持つことあたわず。」 などと解答して怒られるかも知れません。 でも、まあ、『善をすすめ、悪をいまし』めるのは、そんなに行けないことではないので、特に問題はないのかも知れません。 と言うか、こんな時代に教育を受けたら、さぞかし倫理的な人間になったと思います。 いつも、心にやましい思いを持ちながら生きるのはつらかっただろうと思います。 |
私の本棚
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なかなか興味深い本ですね。ぜひ読んでみたいです〜!
2009/12/7(月) 午後 11:41 [ - ]
いや、教科書ですので、あんまり興味深くはありません(笑)。
教科書より、この教科書をどんな顔して授業を受けていたかの方がおもしろそうです。
この部分はあんまり小学生には分からなかったんじゃないでしょうか?
2009/12/9(水) 午後 9:12 [ fuminori62 ]