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明治維新以前の日本政府(江戸幕府)が書かせただろう海図なのです。 その名も「大日本国沿海略図」です。 この時代がそうだったのか、それともこの地図だけが独特なのかは知りませんが、全体像はこのようになってます。 南北が逆です。 今の感覚では地図ってのは北が上なのですが、この地図は南が上です。 なぜなのでしょうか? その辺の所はよく分かりません。 しかも、説明自体よく分からないので、写真に撮って皆さんのご意見を伺いたいと思います。 海舟勝義などと出てきますので、どう見ても江戸時代の物ですが、江戸幕府が測量したかどうかは疑問です。 イギリスに良いようにされていたと思われます。 さっさと打ち払ったらいいと思いますが、うかつに打ち払うと薩英戦争みたいになりますので注意が必要な時代でした。 で、この地図の最大の見所は何と言っても、現在、日本海と呼ばれている海域に名称がないことです。 太平洋の呼称もありません。 おそらく、まだこれと言った名前がなかったのだろうと思われます。 日本にしてみれば、太平洋も日本海も、日本本土に面している海ですので、どちらも「日本海」なのですよ。 強いて言えば、太平洋を「大日本海」、日本海を「小日本海」とするのが妥当だろうと思います。 今まで、アメリカとドイツが発行した日本の古地図をご覧いただきましたが、たぶん、この地図が元になったというか、この地図の原版が欧米に流通したのだろうと思われます。 過去の地図はこちら↓ http://blogs.yahoo.co.jp/fuminori62/65048406.html http://blogs.yahoo.co.jp/fuminori62/65176114.html 竹島周辺をアップしてみましょう。 ちょっと見づらいですが、この大きさで撮影しないと位置関係が分からなくなるので1枚出しました。 右側が朝鮮半島です。 上下逆なので、見づらいので打ち込みました。ごめんなさい。 左側から、現在「竹島」と呼ばれている島、が非常に読みづらいのですがおそらく「リエンコヲルトロック」と書かれているのだろうと思います。 真ん中の島、現在「鬱陵島」だろうと思われる島、が松島となっています。 そして、その当時「竹島」と呼ばれていた謎の島、竹島があるのです。 これが、アメリカの古地図に出てきた「タカシマ」の語源だろうと思います。 ただ、この「竹島」、でかい割に周囲が点線で囲まれているので、満潮時には海没している可能性があります。 もしかしたら、そんな浅瀬みたいなものがあるのかも知れません。 そこで、再度第八管区海上保安本部に問い合わせ(笑)ものすごく迷惑だろうと思います。ごめんなさい。 担当者様のご尽力により、その海域には水深21メートルほどの浅瀬があるとのことでした。 しかし、どんなに干満の差が激しかろうと21メートルも潮の満ち引きがあるとは思えません。 てことで、この謎の島「竹島」はやはり謎の島なのでした。 たぶん、西洋のアトランティス大陸に匹敵する東洋の竹島だったのだと思います。 その島に行くと全ての起源が分かるビッグバン発祥の地、文明の起源の島なのではないかと思われます。 あんまり起源を言い張ったので、神がお怒りになって海に沈めたのだと思います。 最後に、読み取りに自信のなかった、「リエンコヲルトロック」をアップで出します。 2つの島に分かれているのが読み取れます。 すでにこの時代、竹島については日本でよく分かっていたのだと言う証拠です。 |
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どうして竹島が「リエンコヲルトロック」って、よく分からない名前が付いているのでしょうね。
アイヌのコロボックルみたいな雰囲気が…
2012/5/15(火) 午前 2:35
へぇ〜〜〜面白かったです〜 ポチ♪
2012/5/15(火) 午後 9:36 [ Kisaragi.M ]
>yatugatakeさん。
それは、英語読みの「リアンクール・ロック」を当時の人がそのように聞いたからだと思います。
アメリカを「メリケン」と呼んだようなものでしょうね。
2012/5/24(木) 午前 4:13 [ fuminori62 ]
>如月さん。
おもしろいでしょ?
つつけばつつくほど韓国の言い分がデタラメだと分かって楽しいのです。
同じ時代の朝鮮の地図を見たら泣けてくるような感じですからねえ。
2012/5/24(木) 午前 4:14 [ fuminori62 ]