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そもそも、この本の題名のように『毒男の婚活』が現実性を持つのか非常に疑問なのです。 この著者は『毒男』に対して優しいようなふりをして実は非常に傲慢なのです。 あ、『毒男』は「どくお」と読みます。 そもそもが「独身男」だったのですが、独身男自体が自らを卑下して『毒男』と名乗るようになったのです。 傲慢さは、第一章の「毒男の特徴」で述べられている一言に尽きます。 「毒男の特徴をあげてみましょう。ひとつ目は、恋愛経験が乏しいからでしょうか、女性に優しくされると、一足飛びに行動してしまうようです。毒男関連の書き込みを精査していますと、ネタで書いていることもあるでしょうが、『オレに気があるのでは?ではヤラしてもらえるのでは?』と考えがちなようです。」(本書30ページ) これはあらゆる面で毒男をバカにし軽蔑しきっている表現です。 人間も動物でありますから、種族を維持するために性欲があるのは当たり前で、男の場合は当然「ヤル」と言うことになりますが、『オレに気があるのでは?ではヤラしてもらえるのでは?』と考えるのは「毒男」だけかと言えば絶対にそうではありません。 世の中のまだ男性として機能している男なら誰しもそう思っていると仮定しないと、人間という種族が生き残ることができません。 イケメンなら『オレに気があるのでは?ではヤラしてもらえるのでは?』と考えたら女性の方もOKで「毒男」だったら「単純な発想が見透かされ、『キモい』と思われてしまい、女性にフラれてしまう。」(同、30ページ)というのは分析どころか誹謗中傷の類です。 全く愚劣な発想で、著者は男性であるにもかかわらず、完全に女性の、しかも男性を「年収、学歴、容姿」でしか見ることのできないちょっと頭の悪い女性を代表した意識を反映させた、下らないまとめ方なのです。 もし、「毒男」を援護するために発言するのであれば、最近の女性の結婚相手に求める理想像を破壊するべく行動するべきです。 男女平等といいながら、「年収、学歴、容姿」のいずれかが劣った、あるいは全てに劣った女性でさえ、男性に「年収、学歴、容姿」を求めるような社会風潮を認めた現実を批判すべきです。 このような、女性優遇の結婚観を蔓延させておきながら、なおかつ「結局(男が)責任をとる気がないのです。」(白河桃子)と言わせている現実を批判すべきです。 それを全く批判することなく「仕事を探すときにはハローワークに行くように、結婚するために相談所を『職安』と思えばいい」と言う佐藤博樹・東京大学社会学研究所教授の文章を引き出して何となく格好をつけてますが、この文章ほど現実を見ていない発言はありません。はっきり言います。この文章は日本語として文法的には成立していますが、その中身は全く無意味どころか有害でさえあります。 なぜ、「毒男」が大量に出てきたのか説明していません。 昔からコミュニケーション能力の低い男性もいたでしょうし、容姿のあまり良くない男性もいたでしょう。 けれども、今現在「毒男」が置かれている状況ほど悲惨なものはありません。 男性の序列の中で「毒男」に位置している人が、同様に女性の序列の中にもいるのです。そのような序列の女性でさえ男性に「年収、学歴、容姿」を要求でき、しかも面前で男性を「キモい」と平気で言えるような世の中は、おそらく歴史上なかったはずです。 どうしてこのような「毒男」が出現したのか。 それは「男女雇用機会均等法」のおかげです。 1985年に制定されたこの法律は、男女の雇用機会を平等にすることを目的としました。 どのような過程で出来上がったかは問題ではありません。 建前上、機会が均等になったと言うことが重要です。 この法律は、2つの面で日本人を退化させたのだろうと私は思っています。 第一に、1985年に労働者人口が急激に増えたのでしょうか? 雇用機会が均等になっても労働者総数が増えれば問題はありませんが、1985年に急激に労働者を必要とする何らかの事件があったとは思えません。 とすれば、女性が社会に出てきた人数分だけ男性が失職するのです。 パイの大きさが変わらず、女性を一定数雇用するのを義務づけたら、男性はあぶれるのです。 あぶれた男性は不安定な職に就くことしかできず、収入も少なく、当然、結婚したくてもできなくなります。 そう言う、自信を喪失した男性を「男女雇用機会均等法」は法律と言う厳格な形で作り出しました。 それだけではありません。第二に「雇用機会均等法」は男女の賃金を同一にさせる働きもしました。 見かけは非常に男女平等ですが、男女同一賃金は実は「毒男」を大量生産させる諸悪の根源だったのです。 現実に男女同一賃金にする場合、高かった男性の賃金に女性の賃金が上がったのではありません。 低い女性の賃金に男性の賃金が下げられたのです。 男性(夫)が働いて女性(妻)が専業主婦をできる環境がなくなったのです。 賃金の低下により、夫婦共働きをしないと生活ができなくなったのです。 男女平等をことさらに言い続けた一部の女性の運動によって労働者全体が平等に低賃金に抑え込まれたのは滑稽でしかありません。 批判するのならここから始めなければならないはずです。 生活が成り立たない状況に追い込まれてまで、結婚をしたり、子どもを生んだりするわけがありません。 心優しい「毒男」はすでに、この破滅的な状況を受容しているのです。 誰も「毒男」を責めることはできないはずです。 世間が冷たいまなざしを送り、挙げ句の果てにはストーカーだのと罵られている「毒男」こそが人間として最も優しい人たちだと気がついてもいいのだろうと思います。 |
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