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まあ、題名は気にしないことにしたいと思います。

「韓国食生活史」

と言うのは、もしかしたら60年くらいの間の事かな?
とか思わないで下さい。
韓国の人が「韓国」と言う場合は紀元前2333年に誕生したとされる「壇君朝鮮(古朝鮮)」までを含んでいるのです。

朝鮮半島で最古の書物は「三国史記」(西暦1145年頃成立)だと今までにも書いたことがありますが、それ以前には文書として残された記録は何一つないのです。
だから、食生活史を「原始」から書き始めるためには、かなり難しい推論を積み上げて書かざるを得ないことになります。
日本の場合でも、いったい、古代人は何を食べていたかと言うのは、文書記録以外で探し出すのはかなり難しいと思うのです。
例えば、紀元前後の日本人は米を主食としたか?などは、私には当然分かりませんけど、難しい問題だと思うのです。
遺跡に残されたわずかの食料の跡を調査研究しなければならないはずです。
やはり、現地に実際に残された物が決定的な証拠になるだろうと思うからです。

この本では韓国食生活史の時代区分として10の区分をあげていますが、その中の4つ目までがかなり苦しい推論になっています。
(一)先史時代(旧石器・新石器時代)−自然食品の採取時代。
(二)部族国家時代(高句麗・百済・新羅の三国鼎立以前の時代)−稲の栽培と主副食の分離時代。
(三)三国時代(高句麗・百済・新羅の三国鼎立時代)−食生活の階層化時代。
(四)統一新羅時代(七世紀中頃〜十世紀初め)−食生活体系の定着時代。

文章として書かれた区分としてはなかなかなものだと思いますが、この4つの区分を推定する根拠がいかにも乏しいのです。
例えば、『先史人の食物保存』として著者は次のように推論していきます。
「先史人の食品貯蔵は計画的なものではなかったが、それなりに生活の知恵を発揮した方法を考案していたと見られる。」(本書57ページ)
この一文の最後は「見られる」なのですが、どこに「見られた」のか明らかにしていません。
単なる著者の思いつきではないのかと疑われます。
「特に、寒い冬や不意の事故に備え食物の貯蔵は必要であったから、そのもっとも代表的なものが発酵させる方式であったと考えられる。」(同57ページ)
またもや「考えられる」なのです。
『代表的なものが発酵させる方式』だとどこで分かるのかそれは明示されていません。
続く文章は
「彼らの主要食品が魚介類であったとすると、これら食品の長期保存のためには干したり発酵させる方法がもっとも便利で適当であっただろう。」(同57ページ)
この文章は推測が2度出てきます。
最初の仮定では、主要食品は肉や果実ではなく魚介類でなければならないのです。
そして、その上で『干したり発酵させる』のが(著者から見て)『最も便利で適当だっただろう。』なのです。
当時の人間がどのくらいの生産力を持ち、どの程度の加工技術を持っていたかを明らかにするのではなく、憶測で自分が便利だからこう言うはずだ、では科学的ではありません。

この本は、そう言う意味で推測の羅列です。
「冬には魚介類を氷に埋めて貯蔵する冷凍貯蔵法も使用されていたとみられる。」(57ページ)
「(かまどが多くあったから)、食品を火で焼いたり完全に焼かなくても火に燻して貯蔵する方法は早くから存在していたと考えられる。」(57ページ)
このような、とにかく、先史人は何でも保存する技術を持っていた、と証拠もなく提示しているのに、
「この時代の人は一種の『可能食』の風習があったと考えられる。…いわば採取可能な食品だけを選んでいたので何らかの偏食の主観があったであろう。だから嗜好による偏食と言うよりも、雑食性からくる偏食であり、つまりまんべんなく食べられたというよりは手あたり次第に食べていたという雑食性がこのような傾向の瞬間を定着させたと考えられる。」(62ページ)
とあります。
これは、保存技術を持たない文化の低い人間が手当たり次第に食べていたと言うことでしょうから、全段部分と矛盾する文章なのです。

で、最終的には
「紀元前二○○○年を少し遡った時代から古朝鮮と総称される国家段階の社会が形成されたが…」(66ページ)
これは、朝鮮民族には信じてもらえるかも知れない憶測であって、ほかのどの国の歴史学者にも支持はされないだろうと思うのです。

私には、なぜ、この書物が学術書として流通するのか分かりません。
どう見ても憶測だけで書いてあるし、壇君古朝鮮は存在した可能性は全くないのです。
またこう言う記述も見受けられます。
「百済は、彼らの食習慣が日本の皇室に影響を与えたというから、現在では日本側の資料が百済王家の食習慣のひとつの面貌を示してくれるものと期待できよう。」(103ページ)
ここまでくると、言いがかり的なものを感じますが、百済の食生活は今では何も証拠が残っていないけど、百済が日本の皇室に食習慣を教えてやったのは(著者が思うには)確かだから今でも日本の皇室にはその習慣が残っているに違いな、さあ出してみろ。
と言う傲慢さが現れていると思うのです。

何だか不思議な書物ですが、これが韓国を代表する食文化の著作なのだそうです。
もう少し地道な努力をして欲しいなあと思いました。

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