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題名に惹かれて買ってみたものの中身にがっかりする場合が多いのが古本。
蛇の事をわざわざ「ハブ」と書くんだから本の中身は沖縄の民俗的な話だと思ってました。
ところが、大部分はあんまりと言うか全然関係ない本州の話です。
しかも私が思っていた「民俗」とこの本が書こうとしている「民俗」の内容が違っているので「騙された!」と思いました(笑)。
それでも、「ハブ」と書かれている以上、沖縄の昔話もほんのわずかですが登場します。
「昔夜中になると独り娘が盛んにゲラゲラ笑うので、隣にすむ婆さんが不思議に思いのぞいて見るとマツダブ(和名:アカマタ。無毒の蛇。奄美、琉球列島に棲息)が娘の正面に坐っていた。翌日婆さんが『毎夜あなたの側に青年が来ているね』と言うと、娘は『ええ』とびっくりした様子で答えた。『その男が、誰だかわかるのか』、と尋ねると『素性はわからない』と言うので、婆さんは『あなたがその男を本当に愛するのであれば、相手の素性を知ってからにしなさい』、とその方法を娘に教えた。それはツワブキをとって来てそれで糸をつくり、それを針に通して、その針を寝る時に男の脇に刺して、その糸をたどって行けば、その人がどこの誰だかわかると教えた。次の日に早速教えられた通りに針を刺して、その糸をたどって行くと、大きな石の穴の前に来た。糸は、その穴の中に入っている。不思議に思った娘が、穴の中をのぞいて見ると、穴の中から話し声が聞こえてくるではないか。『あれほど人間の所になど通って遊ぶなといっておいたのに余計なことをしてとうとう大変なことになってしまったではないか』というと、青年に化けたハブは、『自分の命は助からなくても、私はちっとも後悔はしてない。人間に自分の種を沢山つけて来たのだ』、と後悔するどころか自慢げに言っている。『そんな事を言っても人間は私達より知恵があり、六月にビラバナ(ニラ)を食べて七折(波が一回寄せてくるのが一折。)の潮をかぶったら、その宿した子供は死んでしまう。穴の中のやりとりを聴いた娘は、非常にくやしくなり、七折の潮をかぶりビラバナを食べたらマツダブの子が下りてきたという。」(本書274ページ)
これと似たような民話は日本本土にもあるので、文化的交流が昔から沖縄と日本本土にあったのだろうと思われます。
しかし!この話の核心はいったいどこにあるのでしょうか?
私は別に相手が蛇であろうが好きになったらそれでいいのではないのか?と思うんですよ。
だから、蛇の子が人間の姿で生まれてこようともいっこうに問題はないと思うんです。
その娘さんが好きならそれでいいじゃないの。とまあ、おおらかな気持ちになります。
とすれば、悪い奴は、隣の婆さんです。
いちいち見に行かなくてもいいのに、若い娘の家をのぞいたりして実に趣味が悪いというかストーカーというか犯罪者です。
しかも、見るだけではおさまらず、二人の仲を引き裂こうとするんです。
まさに鬼婆。
ま、相手の男に針を刺すという娘もかなりひどいですが、気がつかない男(ハブ)も鈍感。気がつけよ。「いたたたた!」とか言えよ!
こうして、あっけなくハブの子供たちは下りてくる、要するに流産でしょうけど、あんた!相手は「種を沢山つけてきた」と言ってるんですから子供は一人とは限らないだろ。何人もいきなり人工流産させたら命に関わるだろ!!とか思うんです。
そうするとこの昔話はいったい何を言おうとしているのか?あるいは暗喩なり隠喩なり隠された何かがあるのか?
さっぱり分かりません。
もしかしたら縦読みかも知れません(ウソ)。
昔話に論理性を求めるのは無理ですね。
でも、とってもおもしろい1冊です。
では
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