|
1890年代にアメリカで発行されたCram's atlasの日本地図です。 前回のドイツの古地図はこちら↓ 前回ご覧いただきましたドイツの奴もそうですが、地図部分だけ切り取られています。 前回の奴より大きいので、当然スキャナで取り込むことは出来ません。 今回も写真だけでご勘弁を。 何だか、今日から海の名前を決めるのがどうのこうの言われてますが、この地図によると日本海はこのようになってます。 どう見ても「SEA OF JAPAN」と書いてあり、どこぞの国がわめいている「東海」などというアホな名前は出てきません。 ついでなので、この「東海」と言う語源そのものを粉砕しておきましょう。 朝鮮の人が言い張っている「東海」と言う言葉が出てくるのは、朝鮮半島最古の書物『三国史記』の高句麗本紀なのです。 1回しか出てきませんので、そこの部分の日本語訳を見てみましょう。 「その後、扶餘国の宰相の阿蘭弗が、 占者がいうには、天神が私のところに降ってきて[つぎのように]いった。 私の子孫にここで国をたてさせようと思っている。お前たちはここをたちのきなさい。 東海の海浜に、迦葉原(かしょうげん)というところがある。[そこは]土壌が肥えていて、五穀の成育に適しており、都にするとよい。 といった。[そこで]阿蘭弗は王にすすめて都を迦葉原に移し、国号を東扶餘(ひがしふよ)とした。」 『三国史記』2 平凡社、東洋文庫(高句麗本紀第一)4ページ。 これを指して「東海」=「日本海」と言い張っているのですね。 ところが、この文には註がついているのです。 「東扶餘」の註には次のように書かれています。 「五世紀末に、咸鏡道(かんきょうどう)方面に実在した東扶餘国ではなく、扶餘国の別名で、高句麗を中心として東にある扶餘の意味で、鴨緑江上流域とみられる。」 とあります。 これを現在の地図で考えると、鴨緑江はどこに流れ込むか? そうですね、現在の渤海あるいは黄海に流れ込んでます。 では、渤海、黄海はどこにあるんでしょうか? そうですね。 朝鮮半島の西側です。 つまり、中国から見て東の海なので東海と言うのですよ(笑)。 別に朝鮮半島を基準にしてるわけではありません。 朝鮮の人には理解しがたいでしょうけど、どうしても「東海」と言う呼称を復活させたければ、渤海、あるいは黄海を「東海」にしなければなりません。 自分の国の西側に「東海」があるってどんな気持ち?(笑)。 自分中心に考えると破綻したときひどい目に遭いますから気をつけましょうね。 下らないことを書きました。 地図に戻りましょう。 驚くべき箇所、発見!! 前回のドイツの地図も鬱陵島を「まつしま」と記述してありましたが、アメリカの地図もやっぱり「まつしま」です。 竹島はここでも「リアンクールロック」になっています。 ところが、ここに思わぬ島を発見!! 鬱陵島の西に「たかしま」と言う謎の島があるのです!! おそらく、明治維新の激動期に日本海が動乱して、沈んでしまったのでしょう(笑)。 てか、「たかしま」って何? 謎は深まるばかりです。 と言うか、デタラメを書いたのでしょうね。 誰でしょうか?アメリカ人にデタラメ吹き込んだのは(笑)。 でも、これだけではあんまりおもしろくないので、各地方ごとに写真に収めました。 ご覧下さい。 それぞれの地方の古い読み方を見て、この地図がいつの時代の地名を基準にしているのか考えてみるのもおもしろいと思います。 何年頃の地名か判明したら知らせてくれるとうれしいです。 なんにせよ古い地図なのでした。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





