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私は、インスタントラーメンはあまり買わない。
しかし、年に1〜2回くらいは買う。
買うのは、袋麺 70%、カップ麺 30% くらい。
そして、よく買うのがだいたい下の二つ。
昔からある商品ですね。
  ① イトメンの「チャンポンめん」
  ② サッポロ一番「塩ラーメン」


さて、昨日、スーパーで下の商品を発見。


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発売55周年の限定商品だということで買ってきた。私の年齢が60歳だから、たぶん、私がインスタントラーメンというものの存在をまだ知らない頃からあったんですね。


そのうち食べようと思っていたのだが ……
なんと、本日の朝食で食べてしまった。


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重いインスタントラーメンを、日頃から朝食を食べない人間である私が食べたのには理由がある。 実は本日、私のアパートではガスが止まります。それも1時間や2時間というレベルじゃなく、予定ではなんと朝の9時30分から深夜の11時45分までだという。これはちょっと長いんじゃないだろうか。若い女性が部屋に来て「シャワー、使わせて」と言ってきても今日は無理だということだ(笑)。


ガスが使えない → ガスコンロが使えない → 煮たり焼いたりしなきゃ食べられないものは食べられない → 朝食で食べよう。


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食べてみての感想。


黒胡椒(これで「ブラック」という名前をつけたんだろう)がピリッとスパイシーだという謳い文句に、たしかに偽りは無さそうだ。 だが、いつものスープだからこそ生きていた麺の味がなんとなく殺されているような …… 。



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検索できる 「日記」


約10日前から始まった首の後ろから肩にかけての痛みで会社を休んでいる。本日は最初から休日に設定されているのだが、昨日と一昨日は全休。さらにその1日前は3時間働いたところで耐えられなくなり、早退。運が悪いことに、早退した日とその翌日が日曜日と祝日だったので、病院に行けたのは昨日だった。


診断結果。
 ① 首の骨の一部の間隔が狭くなっている。
 ② その付近に骨の石灰化がみられる。
 ③ その部分が神経にさわっている。
 ④ レントゲン画像では、前回から著変無し。
治療方針。
 ① 湿布と痛みどめで経過観察。
 ② 1年に1回くらいの痛みなら、まだ ……
 ③ 痛みが長引くなら、MRI等で精密検査。


そうなのだ。『1年に1回くらいの痛みなら』ということなのだが、実は1年くらい前にも同じようなことがあったのだ。だがそれがいつだったか、そしてどのように医師に言われたかという記憶がかなり曖昧だった。そこで「首痛」という言葉で自分自身のブログに検索をかけてみた。すると1件の記事がヒットし、その前後の記事で当時のことを思い出すことができた。


今回は前回と同じ病院に行ったので、病院側でも前回と今回のレントゲン画像の比較をしながら診断できたのだが、もしも違う病院だった場合には、患者側の言葉でしか “前回” のことを話せないので、やはり明確に前回の様子を記憶として持てることは有難い。ということで、今回も記事にした。




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そもそもブログとは何かということだが、 『Wikipedia』によれば「ウェブページに、覚え書きや論評などを記すウェブサイトである」「個人の日記的なものから、手軽な意見表明の場として、時事問題などについて論説するものがある」だそうな。


私の場合では、ほとんどの記事は “日記” 的なものである。そして昔の手書きの日記なんかと違い、キーワードで検索できるというのは、やはり便利だ。もちろん、ネット上にのせなくてもパソコン内に Word でも Excel でもとにかくデジタルのデータとして保存すれば検索は可能なのだが、面倒くさがり屋の私の場合には、そんな日記は長くは続かないと思う。だから、今回のようなことが起こった場合、他の人間にはどうでも良いようなことでも記事にしておくことは、あとでなにかしら役に立つことがあるのかもしれない。なんといっても「検索できる」ことは有難い。ブログはやはり続けていきたいと思う。


もちろん、自分にとっては重要なことでも、プライベートすぎて、当然ながら書けないこともあるけどね。たとえば今回の首の痛みに関して言えば、横になりたいのだが「寝返り」が激痛なので、会社は休んだのだが布団には入らずに起きていた。することが無いからパソコンをさわる。そしてどんなパソコン作業をしていたかというと …… ここでは書けない(笑)。



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前の記事で、父の介護関係で「感心しています」とコメントをいただいたので、さほど感心されることでもないということを念のために書いておこうと思います。 (^_^;)


父は、金沢に住みはじめました。
その家は一軒家です。
ただ、その一軒家は、姉が嫁いだ相手の家の隣です。
おまけに、その家も義兄の持ち物です。
ですから、まず「家賃」は無料です。
  (その他の水道光熱費はこちら持ち)


最も面倒な日々の食事は、姉が準備しています。
   (義兄家の食事と同じもので OK)
ポータブルトイレの後始末等も姉がやっています。
デイサービス利用時は「施設」側が送迎してくれます。
   (家の中に入り、ベッドまで)
オムツ等は父が自分で何とかできます。
歯磨き・洗顔・食事等への介助も、まだ不要です。


ですから、私の主要な任務は ……
  ① 病院等への送迎
  ② 必要品の買い出しや設置・整備
  ③ 契約書類や公的書類関係への対応
…… という感じで …… 姉(義兄)が商売をやっているので日中も夜間でさえも外に出て何かをするという時間があまり取れないために「出来ない」ということ …… を限定的に私がやっているという感じです。たとえば介助器具の選定や決定・契約は私がやっていますが、その器具の使い勝手がどうかという父の生の声は、姉が聞いています。


ということなので、会社の休日(これは通院日の影響で変更してもらいましたが)以外では、父の家に行くのは週に1回、多くて2回という感じで、それも仕事を終えてからの短時間だけです。


このブログ記事で最近「多忙」だとか「疲れている」と書いていますが、おそらく家庭を持っている人間ならば当然のようにいろいろあるような日常的なことをやっているだけで、今まで独り身の気楽な生活をやっていた私なので「疲れている」だけなのです(笑)。 そして姉の方は、1日3回食事を運ばなきゃならないし、家業が忙しくても父が何か言うと無視もできないだろうし、ポータブルトイレの後始末って、やっぱりかなり大変なことだと思うので …… 長男としては、申し訳ないと思っています。




あと ……

介護関係には基本的にノータッチということにしてもらっていますが …… 婿入りしたわけではないのに、嫁の父が別々の家屋だとはいえ隣に住む という …… あまり気分の良い状態とは言えない環境を許してくれた義兄には本当に感謝しています。このことが無ければ、毎日の食事や父の体調の日常的な把握等を如何に行なうかということが、かなりの難問となったはずなので。




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一昨日の午後に父を病院に連れて行って内科を受診したんだが、1日置いての本日は、朝から泌尿器科への受診です。正直言って同じ日に受診したいのだが、デイサービスと医師の担当曜日の関係から、残念ながらこれは仕方が無い。


さて、その病院の受付開始時間は8時30分であり、診療開始時刻は9時となっている。だが、その病院は規模のわりに駐車場が狭いので、それをわかっている患者たちが、8時くらいには次から次へと駐車場に入ってくる。私もそれを知っているし、車椅子に乗せなきゃならないということもあるので、7時50分前には病院に着くような時間に出発した。


その時間帯はラッシュのど真ん中だ。だがそれを計算して出発しているので、歩くほうが速いと思われるような速度でもちゃんと予定の時間に着いた。父を車椅子に乗せ、近くにまだ空いていた(ラッキー)駐車スペースに車を入れ、必要類が入っているバッグを取り出そうとしたのだが ……


バッグが車の中に無い !!


出発時は小雨が降っていた。それでも父は独りでは歩けないので、傘もささずに、ゆっくりと手を引いて車に近づき、チンタラしながら助手席に乗せる。ここで、父の手を引くために両腕が自由になるようにバッグを玄関先に置いておいたのだが、父を乗せたことに安心して、そのまま出発していたのだ。このラッシュの中をバッグを取りに戻らなきゃならないとは ……


まあ、なんとか検査や診察には間に合ったし、心配した駐車場も、最初に停めた位置からははるかに遠くになってしまったのだが、一応は空いている箇所があったので、事なきを得たんだが、ちょっと焦りました。


しかし ……
最近こういうことが本当に増えてきた。


財布を車の助手席にポンと置いたまま車を降り、それに気づくのが翌日だったりとか、薬を飲もうとしていたのに、薬の近くに置いてあるタバコに目が行ったらそのタバコを持って席に戻ってパソコンを30分くらい触ってからやっとそのことを思い出すとか、スーパーマーケットに「あれを買うために」入ったのに、何か良い商品に気づいてそれを籠に入れると、目的の商品を買わないままアパートに戻り、しばらくしてからそのことに気づくとか …… とにかく、「意識」がちょっと別のところに向かうと、それよりももっと大事なことが頭の中から消えてしまう。こんな経験を「したことが無い」と言う人はいないと思うが、その頻度が若い頃に比べてかなり多くなってきているのは事実だ。


さらに言えば、最近、日常的に接している職場の同僚の名前もど忘れして思い出せないということも起こってきた。あまり関心を持っていない人物ばかりじゃなく、若くて可愛いなと思っているはずの女性の名前さえも(笑)。





最近、いろいろと忙しく、疲れもたまっているので、このブログの更新頻度も落ちてきている私なのだが …… もし2か月くらい更新が無かったら …… それはたぶん私が「自分がブログをやっている」ことを忘れたからだと思います。 (^_^;)


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久々の「囲碁自戦記」です。
私の棋力は、限りなく5Kに近い4K。
対戦相手は、限りなく2Kに近い3K。
まあ、勝てるとは思わずに打ち始めた。


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中央で攻め合いらしき形になっているが、いくら私がヘボでも手数が足りないことはわかっている。


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お互いの「地」はおよそこんな感じ。この時点でその差は「40目以上」という大差。その下の方の白石もとても取れるような石じゃない。ここらで投了すべきだったのだが、しつこく打っていたら ……


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白が自分から死んでいってくれました(笑)。


相手の方はわりと小刻みに時間を使っているので「手拍子」のような感じの着手は無かったのだが、私があまりにヘボな手を打つので、多少は油断も有ったかな。


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差は、逆に私が「40目以上」優勢となってしまいました。打ち方がどうだったかということは別にして、かなりの強敵に勝てたことが嬉しくて、記事にしちゃいました。 (^_^;)



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台風21号


台風21号が日本列島を縦断していきました。気象庁では台風の強さ(風速)に関する表現を、最大風速が 33m/s 以上のものから「強い」「非常に強い」「猛烈な」という段階で区切っているらしいが、「非常に強い」状態のままでの日本列島への上陸は25年ぶりのことだったらしい。そしてニュースによれば各地に大きな被害をもたらしたようだ。お見舞い申し上げます。


さて、私は金沢市に住んでいる。この金沢に台風がやってくることはあまり無い。しかし昨日の台風はまともに石川県を通過していった。


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今までは、台風の予想進路が北陸方面を向いていても、白山の存在もあるし、たいていの場合は右へそれたり左へそれたりしていたんだが、今回はそのまま真っ直ぐ来てしまった。正直言ってちょっと恐かったです。


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気象関係の情報を見る場合でも、普段は雨や風については気にするのだが「気圧」を気にすることはあまり無かったのだが、今回はすぐ近くを台風の中心部が通過するということで多少注視していた。当然のこととはいえ、気圧が低い台風の中心部が接近すると金沢市の気圧も低下する。「970hPa」に近い気圧って、やっぱり金沢市ではめったに無いことだと思う。


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そして、金沢市では「44.3m/s」という統計開始以来最も強烈な最大瞬間風速を記録したらしい。実は2年前の2016年10月5日にも、久々に台風が石川県に接近したことがあったのだが、その時の最大瞬間風速は「43.4m/s」だった。ただ、似ているような数値ではあるのだが、記録した時間帯が前回が午後9時過ぎだったのに対し今回は午後6時前という通勤ラッシュのピークの時間帯だった。


建物等への被害の恐れは何時だろうが変わらないだろうし、明るい時よりも暗い時間帯の暴風雨の危険度は何かと高いものなんだろうが、動けない渋滞の車内で、風にあおられて物が飛んでくるかもしれないというのも、やはり相当恐かっただろうと思う。実は私は朝が早い勤務なので終業はいつものように15時だったのだが、帰る際に、定時の17時過ぎに帰る予定の女性陣から「私たちを置いて先に帰って良いと思っているのか」という嫌味(もちろん冗談です)を言われてしまった。実際に大きな被害が全国で出ているので不謹慎なことだとは思うが、私もかなりキツイ冗談(ここでは書けません)で返したけれども。


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そして驚いたのが、停電した戸数のニュースだ。100万件を超える停電って、そんなにあるもんじゃないだろう。最近はほとんどの人がスマホを持っていて、昔に比べれば停電していてもそれなりの情報を得ることができるようになってきているのだろうが、それでも、台風の通過が今回のように午後から夕方というのではなく深夜の時間帯だったら、真っ暗な中での暴風雨はかなり危険だったと思う。特にテレビ以外に情報手段を持っていないような高齢者のお宅では。


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いずれにしろ、とりあえず台風は去ってくれた。個人的には今回の台風の接近で恐かったのは、①住んでいるアパートが古いぼろアパートなので風で倒れないか、②マイカーの駐車位置が風の通り道なので何か物が当たらないか、の2点だった。しかし、もしも父が仮に今でも輪島市門前町の実家に住んでいたとしたら、その古い民家の状態をかなり心配する必要があったのだが、それが無かったことはとりあえずは楽だったと言える。全国的には各地で大きな被害が出ているようなので、こういう言い方はやはり不謹慎なのだろうが、身の回りに目立った被害が起こらずに去っていってくれたことに、今の私はホッとしているというのが正直なところだ。


そして …… 本日の午後に父を病院に連れて行く予定が入っている。そのため、数日前の段階から台風が接近するのがいつなのかということが、実は私の一番の関心事でもあったのだ。足腰が弱り切って歩けなくなっているため、車への乗降に異常に時間がかかるのだ。びしょ濡れになる暴風雨の中だろうがそれは変わらない。だから台風の接近が昨日のことであり、本日の天候が「晴れ」から「晴天」だという天候の変化にも、個人的には有難いと思っている。




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超熱帯夜 …… ?


暑い日が続いている。というか、この暑さはもはや「熱い」と書くべきだろうか。外に出て直射日光を浴びると身体が焦げそうな感じだ。 そして、私の住む金沢市では昨日も猛暑日となり、1882(明治15)年の観測開始以来、石川県内では初めてのことなんだが、5日連続の猛暑日となったらしい。さらにその5日を含めての月間7日という猛暑日の日数も新記録だという。すでに8月も後半だというのに ……


そして、24日の夜から25日の朝にかけては、夜になっても気温があまり下がらず、なんと金沢でも「超熱帯夜」を記録してしまったのかと思ったのだが …… 1時間単位ではなく1分単位で気温の変化をみた場合には、残念ながら(?)朝の5時近くに「29.8℃」という気温を記録しており、超熱帯夜という記録を残すことはできなかったらしい(笑)。


以下は、24日から25日の毎正時の気温等。
     (気象庁のデータより)

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ちなみに「超熱帯夜」というのは公式な気象用語ではないらしいが、わりと使われている言葉だと思う。真夜中や夜明け前でも気温が30℃以上という状態は、感覚的には25℃をちょっと超えただけというのとはまったく違う。


 『Wikipedia』 によれば『超熱帯夜は、これまで2000年7月31日の富山、2013年8月11日の東京、2017年8月5日の口之津、でそれぞれ記録している。1990年8月22日の金沢と2004年7月21日の東京も超熱帯夜になるところであったが、単位時間あたりの最低気温が摂氏30度を下回る時間帯があり、超熱帯夜にはならなかった。』とあり、やはりかなり珍しい猛暑状態であるらしい。そして文中にあるようにこの金沢では過去にもそんな「惜しい日」があったらしく、記録を達成(?)している富山市と合わせ、北陸ではそういうことが起こりやすいようだ。


寒さが大嫌いで、「 “一年中真冬” か “一年中真夏” かのどちらかを選択しろ」という究極の選択を迫られたら、迷わず真夏の方を選ぶつもりの私なんだが、さすがにこの連日の暑さには閉口している。




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一昨日の 幸福


宝くじ。


私は「ジャンボ」しか買わない。
ただし「ジャンボミニ」は時々買う。
そして、8月14日、サマージャンボの抽選があった。
その番号確認を、本日行なった。


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そして、ジャンボミニで「5等」が当たっていた。


過去のジャンボ宝くじにおいて、連番を買えば必ずそのうちの1枚は当たることになっている「7等」以外では、そのひとつ上の「6等」(だいたい 3.000円)が時々当たるだけだったので、これは私にとっては初めての幸運だ。


一昨日、「本日の 不幸 ……」というお題でブログ記事をアップしていたんだが、その同じ日に行なわれていた抽選会で、神様が “不幸” な私に、ちょっとだけ同情してくれたらしい(笑)。



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本日の 不幸 ……


本日、能登へお墓参りに行ってきた。


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我が家のお墓は2箇所に分かれているのだが、その所在地は両方とも、輪島市でもなく門前町でもなくお隣の穴水町にある。まあそれはどうでも良いことなんだが ……





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実は、私や両親の実家にある「古い写真の額縁」を3枚、金沢の父の現在の住まいまで持ってくるように頼まれていた。父のお父さん、お母さん、お姉さん家族のそれぞれの写真の3枚。もちろん昔の写真だから、白黒というかセピア色だ。


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出発時はそのことは覚えていたのだが、2箇所のお墓を回り挨拶すべきお宅に伺っているうちにすっかり忘れてしまい、なんとそのまま穴水インターから、Uターンのできない自動車専用道路にのっかってしまった。そのことに、「のと里山海道」にのってしまってから気づき、仕方なく最初のインターで降りて引き返す羽目になった。それが最初の不幸。


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それでも額縁と額吊金具、そして額受金具などを実家の和室から外して金沢に向かった。金沢の部屋の鴨居の状態を確認してこなかったことに気づき、途中にあるホームセンターで用具を買おうかと思ったのだが、何の根拠もなく「まあなんとかなるだろう」と寄らずに直行。そしてまったく合わないことを現場で知らされることとなった。これが第2の不幸。


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仕方なくホームセンターに買いに行く。やっぱり来る途中に寄るべきだった。ちょっと自分に怒りながら買ってきて取り付け作業を始めたのだが …… その精神状態で作業をしたためか、3枚目をつける際に2枚目を誤って落下させてしまう。ガラスが割れ、畳の上はガラスの破片だらけ。これが第3の不幸。


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畳の上のガラスの破片はさすがにヤバい。そこで生活するのは年老いた父だ。こういう場合にはあらかた大きめのガラスを手で取った後は「コロコロ」代わりに「布ガムテープ」を使うのが一番。それともちろん額縁も買い替えなきゃいけない。しかし今日は買い物をする予定が無かったので、財布の中は額受金具等を買っただけで残高はわずかだ。おまけに、この父が住む家の周辺のどこに銀行があるのかもわからない。とりあえずあてもなく(?)車で出発。最初のコンビニで車を停め通行人に尋ねる。すると走った方向のまったく正反対の方向だったらしい。お盆のためなのかはわからないが道路が混んでいて、なかなか反対方向に向かえなくてイライラ。これが第4の不幸。


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そしてやっとこさ銀行に付き、お金を降ろし、再び逆方向にあるホームセンターに買い物に行った。そして父の家に戻り、廊下から和室に入って3歩目くらいに …… 本当に漫才みたいな話なんだが …… 自分がばらまいたガラスの小さな破片が足に刺さってしまった。 もう笑うしかない。これが第5の不幸。


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ちなみに ……

このお盆の帰省やUターンという時期の「のと里山海道」はさすがに混んでいるのだが、そういう時には「安全に走ろう」というドライバーがもちろん多いのだが、中には「俺様が早く行くんだ」とばかりに、粗っぽい運転や煽り運転をする奴も残念ながら少なからずいるものだ。そして私もそんな奴のおかげで金沢から穴水へ向かう途中、超乱暴な割り込みで危うくぶつけられるところだった。

もし事故っていたら …… 不幸は、この記事の内容どころじゃなかったところだった(怒)。





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私の脳味噌の劣化が進んでいる(笑)。


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日頃からテレビはあまり観ないで、パソコンばかりをさわっている私なので、パソコンの日常的な作業に関する能力に関してはそんなに衰えていないつもりだったんだが、本日、普通にローマ字入力をしていて …… 「そればかりじゃいけない」という文節の「ば」を入力するのに、キーボードで「BA」と打つべきなのに「HA」と打って、あとから濁音をつけようとしてしまった。どこにそんな濁音を加えるキーがあるというんじゃぁ〜 !!


まあ強いて原因を考えるならば、最近、姉とのメールのやり取りがやたらと増えているのだが、そのガラケーでの入力の場合にはそんなふうに入力するので、その影響かとも考えられるのだが、それにしても …… 。




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