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『シュメールの天皇家』 陰陽歴史論より
鷲見紹陽 明窓出版 2007/8/1
<高天原はスバルである>
<太古、神人はスバル、北極星、オリオンからやってきた>
・本書の「陰陽歴史論」とは、高天原の昴(スバル)系の氏族とアースガルトやアガルタの地底系氏族という“陰と陽”の二系統の血脈の関わり、抗争の中で歴史は動いてきたのであり、それが歴史の真相であったことからつけたものである。
・さらにこの“陰陽”の二系列は地底信仰の氏族のシャンバラ(セム)系とアガルタ(ハム、ヤペテ)系の二つにも見られ、後者はさらに親高天原と反高天原に分かれた。
<スバル、北極星、オリオンの三位一体>
・これまでわが国の天皇家の天之御中主神(あめのみなかぬし)やキリスト教の“天の父なる神”がスバル(プレアデス)信仰にあたり、セム系氏族が北極星、北斗七星信仰、ハム系氏族がオリオン、シリウス信仰であることを明らかにしてきた。
・なおヤペテ系氏族はスバルと同じ牡牛座のアルデバラン(ヒアデス星団の赤星)信仰と考えられる。
・この地底世界の実体は不明だが、一部にはプラズマ亜空間説が出されている。空間が歪曲して異空間へとつながっているという説明もあり地底世界というより、別次元の世界と考えられる。
・厳密にはアガルタとシャンバラを区別しなければならないようである。つまり、ヤペテ系やハム系の神域がアガルタで、シャンバラは、セム系の神域ということである。
・藤原氏の北極星、北斗七星信仰はシャンバラ信仰、物部氏のオリオン信仰はアガルタ信仰となる。
・このヤペテ、ハム対セムの対立は天界で天の父なる神に反抗した堕天使に対してヤハウェ(またはミカエル)が天使の三分の二を率いて天の父なる神の側につき、堕天使とそれに従った三分の一の天使を地底世界に落とした事に遡る。セム系対ハム系、ヤペテ系の対立で、後者がヤハウェ側と天使側の半分ずつに分かれたことで、三分の二対三分の一となる。
・セム系民族はエンキの北極星、北斗七星信仰、ハム系民族はエンリルのオリオン信仰であった。
・我が国の神社の大半がスサノオやニギハヤヒ、つまりバールやミトラを祭祀し、その系列神を祭神とした物部氏の神社で、オリオン信仰であり、ハム系の神々を祀ったものであった。
・イザナギの黄泉の国訪問譚はギリシア神話のオルペウスの話がモデルで、途中で約束を破って振り返って見たため永久に妻を失ったエピソードなど同一のものである。なお、イザナミのいた黄泉の国は地底世界でアガルタ(シャンバラ)である。
・大伴氏と物部氏は天皇家をはさんで、セム系とハム系の陰陽の関係にあり、東日本を大伴氏、西日本を物部氏が支配したが、本来は対立関係にあった。
・ハムもセムもノアの子としてアースガルト、アガルタ、シャンバラという地底に起源をもつが、北欧神話などを読むとセム系とハム系の住む領域も異なり(シャンバラはセム系の世界)、元々は対立していたのが、セム系がハム系に服属して和解したことになっている。
・シャンバラとアースガルト(アガルタ)は対立関係にあった。セム系は北極星、北斗七星信仰で、ハム系はオリオン、シリウス信仰で別系統のものが系図で兄弟とされている。
・セム系は“文”の性格が強く、ハム系、ヤペテ系は“武”の血脈である。ハム系の中でもカナン人は、ノアによって呪われ、“カナンの呪い”という言葉が残っているが、聖書の中でもキリストが忌々しきものマムシの末裔として非難している。
・この我が国におけるセム系とハム系、高御産巣日神系(たかみむすび)と神高巣日神系(かみむすび)が、天皇家を間において対立・抗争してきたのが日本の歴史で、しかもそれは国民の一割前後の民族の抗争であったとするのが本書である。
<天孫降臨の地は飛騨である>
・スワティカ(卍)は、もともと宇宙エネルギー発動の神聖な表現である。
・北欧神話のアースガルトがインド神話のアガルタという地底世界への信仰を有するトゥーレ協会という一種の秘密結社で、ヒトラー自身が、その地底世界を求め探検隊をチベットに送ったり、そこで知りえたものと思われる。
・ナチスとアガルタの結びつきについては多くの人が論じている。有名なスウィフトの『ガリバー旅行記』もケルトによる地下世界探検譚を集めて書かれたものである。
『宇宙からの黙示録』 オイカイワタチとは何か
目覚めよ、日本のワンダラーたち!
渡辺大起 徳間書店 1982/1
<この糸は円盤、宇宙人に始まり彼らとのコンタクト、続いて宇宙の偉大な方々からの学びへと進んでいった>
・(本書原本の刊行当時は、1982年。)
・その日、その時、地球を覆うほどに膨大な数の“宇宙船”と“空飛ぶ円盤”が訪れる。地球の人類同胞は、決して慌てたり恐れたりする必要はない。
彼ら宇宙船と宇宙人は、地球を攻撃に来たのではない!
限りなき愛と真理の援助の手を差し延べに来たのである。
・我々仲間が宇宙に心と目を向け始めたのは1960年前後のことである。我々は、宇宙と存在する膨大なことがらの中から特に一筋の糸を運命という手によって手繰り寄せたのである。
この糸は円盤、宇宙人に始まり彼らとのコンタクト、続いて宇宙の偉大な方々からの学びへと進んでいった。それは地球への驚くべき警告と、太陽系の一遊星=地球の運命を左右する重要な問題へと続く大切な糸であった。
また、日本に住む我々には、オイカイワタチという特別な役割が天より与えられていることも知った。
<金星に住む宇宙人サナンダ(AZ)は警告するールシファーと地球のカルマについて>
・ルシファーに与しなかった私達は、光のより高度な段階におけるエーテル状の非物質世界に解脱した神の子として入りました。
一方、ルシファー達(王子ルシファーとそれに与した人々)は、悲しみの暗黒世界に、重厚な物質の中の意識の夢遊状態に堕ちたのです。
・ただ、オリオンやルシファーの力は、イエス(金星の大長老サナンダ)を地球から除き得る(磔のこと)ほどに強いのだということを、お知らせしておかなければならないでしょう。
・我々は、今日に至るまで数えきれぬほど円盤を目撃してきた。多い者は、千回以上にもなろうか。また、直接コンタクトから始まって、より高度なテレパシーコンタクト、サイキック(魂による)コンタクトに至るまで、さまざまな種類のコンタクトを体験してきた。
<オリオンは地球を狙っている!>
<太陽系には惑星が12ある>
・どの遊星にも霊界があり、金星人は霊界と自由に往来して話をしている。
・宇宙人は金星から地球まで10分間(地球の時間)で来ることができる!
・地球には衛星(月)が二つあるのだが、一つは地球のエーテルがないので見えないのである。見えない月の大きさは、見える月の1.3倍くらいである。
・宇宙人によると宇宙に存在する原子は159種で全部天然の原子である。一番大きな原子量を持つ原子はロルムと呼ばれ陽性で個体として存在している。また、水素より小さな原子もあり、クイルと呼ばれている。
<宇宙の奉仕者ワンダラー>
・宇宙のワンダラーは宇宙船に乗って地球にやって来たのではない。彼らは、地球に生まれ変わったのである。即ち、地球人となって使命を果たすのである。
・ワンダラーの中には、地球人の肉体を着けないで、宇宙人の姿のままで働く者もいる。
『21世紀の民俗学』
畑中章宏 角川書店 2017/7/28
<UFO学のメランコリー>
<人は地球外に魅せられる>
・2016年は、「宇宙」にまつわる展覧会、映画等を目にする機会が多かったような気がする。
・「Soleil Noir」店の紹介映像でグラッソは、「パラドックス(反語的)」な表現が自らの作品のキーワードであり、それはタイトルにも反映されていると述べる。「未来の記憶」や「未来の考古学」、さらには現代の神話・伝説を意味する「ancient alien(古い異邦人)」という言葉を口にし、そのうえで、「UFO学」という魅力的な概念を提示するのである。
・美術館にある過去の作品の中に、UFOや奇妙な現象、あるいは異星人といったモチーフをだれかが読み取ったり、妄想を膨らませていたかもしれない。いわば、“UFO学”とでもいうべき可能性を考えてみたかったのです……。
<200年前に漂着したUFO>
・ローラン・グロッソには、1803年(享和3年)に現在の茨城県の太平洋岸に出現した「うつろ舟」を素材にした作品がある。タイトルは「1803、虚舟、常陸国で発見された未確認物体」で、「1803」の文字が光るネオンサイン、舟の形をしたテレコッタ、浜辺に漂着した謎の舟と謎の女と取り囲む人々を描いた油彩画からなる。「宇宙と芸術展」では、この作品を制作した際、グラッソが参照したであろう、江戸時代の奇譚集や瓦版の挿絵も展示され、その不可思議が耳目を引きつける。
当時の記事や図譜から素描すると、うつろ舟は鉄製で、蓋付きの浅い丼鉢のようなかたちをし、小さな窓があり、箱を持った女性が乗っていた。また船内には、解読不能の文字らしきものが書かれていた。海から漂着した謎の舟を人々は恐れて、再び海に流してしまったという。
うつろ舟の正体については、未確認飛行物体(UFO)説、潜水物体説、ヨーロッパからの来訪説、謎の神説、噂や伝聞、創作説などがある。民俗学では「かがみの舟」とも呼ばれ、柳田国男は、荒ぶる常世浪をかきわけて本土に到着したと伝わっていることから、「潜水艇」のようなものだったのではないかと想像している。
・茨城県の北部地域で開催された「茨城県北芸術祭」(9月17日〜11月20日)でも、インドネシアのアーティスト、ヴェンザ・クリストが、日立市川尻町の小貝ヶ浜に「虚舟ミニミュージアム」を開館していた。クリストの展示は、開催地周辺に伝承されるうつろ舟の資料を分析するとともに、茨城県在住でUFOを目撃したという人々へのインタビューなどから構成される。
・このミニミュージアムが建つ小貝ヶ浜緑地の南端の高台には、「蚕養神社」が鎮座する。社号が示すとおり、豊蚕祈願に信仰されてきた神社で、「小貝ヶ浜」は「蚕養ヶ浜」でもあったことがわかる。この神社は「日本三大蚕神社」のひとつで、ほかの二つはつくば市の「蚕影山神社」と神栖市の「蚕霊神社」で、三社とも茨城県にあり、しかも「金色姫」の物語が伝承されている。
その昔、常陸国の豊浦に、繭のかたちを丸木舟が流れ着いた。この舟に乗っていた金色姫は天竺国の王女で、継母のいじめから逃れて、日本にやって来た。地元の夫婦が大切に育てたが、ある日、別れを告げるとともに、養蚕の技術を授けて天に昇った……。まさにうつろ舟伝説を思わせる話である。しかしそもそも、うつろ舟が動力をもち、また「空を飛んできた」と証言する資料は存在していない。
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