風来梨のブログ

別サイトに記載した景勝地ガイドを小出しに載せていきます。

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路線の思い出  第300回  名寄本線・沙留駅  〔北海道〕

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流氷の望める駅へ・・

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沙留駅名標
メインは『フイルム間違い』で全ボツだったが
サブで撮った『B級写真』が表舞台に・・

《路線データ》
         営業区間と営業キロ               輸送密度 / 営業係数(’83)     
    名寄〜遠軽・中湧別〜湧別 143.0km            597  /  1246

              廃止転換年月日               転換処置 
               ’89・ 5・ 1              名士バス・北紋バス

廃止時列車本数
   名寄〜遠軽 下り7本・上り4本     名寄〜興部 上り1本   名寄〜紋別 上り3本
名寄〜下川 下り1本《休日運休》   興部〜遠軽 上り1本   紋別〜遠軽 下り2本・上り5本
中湧別〜遠軽 1往復          中湧別〜湧別 1往復

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冬には暖かいストーブが焚かれ
駅が街に住む人・エトランゼの旅人
共の憩いの場となっていた
※ ウィキペディア画像を拝借

沙留駅(さるるえき)は、かつて北海道(網走支庁)紋別郡興部町字沙留北浜町に設置されていたJR北海道・名寄本線の駅である。 名寄本線の廃線に伴い、1989年5月1日に廃駅となった。
職員配置駅となっており、駅舎は木造駅舎で構内の東側に位置し、下り線ホーム中央部分に接していた。 1981年度の1日平均の乗降客数は115人との事。

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古き良き時代の交換駅・沙留
こんな駅なら駅の営みを
眺めてるたけでも楽しいだろうね・・
※ グーグル画像を拝借

廃止時点で相対式ホーム2面2線を有する駅で、列車交換可能な交換駅であった。
互いのホームは、駅舎側ホーム中央部分と対向側ホーム中央部分を結んだ構内踏切で連絡していた。 駅舎側ホームが下り線、対向側ホームが上り線となっていた。 その他、下り線の遠軽方から分岐し、駅舎南側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた。

駅名の由来は、当駅が所在した地名からで、地名はアイヌ語の「サル・オロ」(葦がたくさん生えている原)が転訛した「サロロ」に由来する。

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駅跡に建てられた町営住宅
※ グーグル画像を拝借

路線廃止後の駅跡は2001年時点では土盛りのホームが残存していたが、旧駅構内には町営住宅が建築されている。 2011年時点では鉄道関連の遺構は全くなくなっており、町営住宅の一部の『しおさい公園』になっていた。 駅跡からの線路跡は、舗装された道路に転用されている。



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あの時・・ 夢中になって
追いかけた『風景鉄道』情景

このページを書き記すこの時だけは、夢中になってローカル鉄道を追い求めたあの時に帰って、『流氷路線』に魅せられたいと思う。 そう・・、この名寄本線のオホーツク海に寄り添う区間は、ワテが夢として全通を望み憧れた鉄道路線構想・『オホーツク縦貫鉄道』の主幹を担う区間だったのである。

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駅の前に広がる海原よりのアングル
コチラ側からだと
流氷との境目が判りにくいね

当時の北へ向かう旅でも、そのクライマックスとなる“流氷路線”の区間だ。
ワテが目にした限りではあるが、最も流氷を味わって望める区間がこの名寄本線であると思う。
そして、この全区間が廃止となった唯一の“本線”である名寄本線から枝分かれする支線たちも、あの頃のワテの憧れやまぬ路線であった。 これらの路線にもう一度乗ってみよう。
そして、久しく見ていない流氷をもう一度見にいこう。

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あの頃に帰って・・
久しく見ていない流氷をもう一度見にいこう

《中湧別》からの名寄本線は『本線』を名乗るだけあって、名寄本線から枝分かれする湧網線や渚滑線などと比べると倍の本数の列車があった。 それ故に、ただ乗車するだけならば比較的容易であったのである。 だが、オホーツク沿岸の最も美味しい所をゆく路線であるので、乗って車窓を眺めるだけ・・というのは如何にも勿体ない気がするのである。

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これは「乗って眺めるだけ」では
いかにももったいない!

オホーツク沿岸では最大の街であり、流氷砕氷船『ガリンコ号』が発着する港がある観光都市《紋別》を過ぎると、渚滑線の分岐駅でかつては木材搬出と鴻之舞金山のゴールドラッシュに沸いた・・という《渚滑》を経て、いよいよクライマックスたる『流氷列車』の区間となる。

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国道を跨いで海際へ・・
いよいよクライマックスの区間だ

《渚滑》を出ると程なく海沿いに出る。 だが、まだ線路は国道より内の内陸側で、「クライマックス直前」って所だろうか・・。

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『流氷列車』の駅・沙留に到着
※ ウィキペディア画像を拝借

流氷の敷き詰められた海を眺めつつも、線路は国道を挟んでやや海際から離れた土手の上をゆき、土手上にポツネンとあった《富丘》という乗降場を過ぎて、いよいよ『流氷の丘』の最寄り駅《沙留》に着く。

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海際にぴったりと寄り添い
流氷が車窓一杯に広がる区間だ

駅の手前で国道をクロスして、これよりピッタリと海に寄り添うのだ。 列車の車窓から流氷を眺めるのもいいが、ここはこの駅で降りて“流氷と列車の情景”をカメラに収めよう。
狙い時は、もちろん朝・・。

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流氷を望む波戸場の小集落・沙留と・・

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朝のやわらかい光が流氷を照らす
極上の季節の極上の時・・

海の全てに敷き詰められた白い流氷群とピンク色に染まった空、そしてその中を行き交う赤い単行気動車の孤独な姿は、とても美しく崇高にさえ思う。 

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もうこの国には存在しない鉄道風景・・

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その貴重な軌跡を残せた幸運に感謝

なぜなら、名寄本線が廃止となった今、この国では二度と撮れない鉄道情景であるのだから・・。 
流氷と列車の写真なら釧網本線の北浜付近で撮る事は可能だが、この区間のように前面に原野が広がる絶好の流氷スポットを走る鉄道路線は、もうこの国には存在しないのだから・・。
拙いあの頃の腕ではあるが、とにかくその貴重な軌跡を残せたのはとても幸運だ・・と思う。

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流氷は気まぐれ・・
来ない年もあれば貧弱な年もある
’89年は流氷が接岸しなかったので
この年が最後の情景となった

それは、廃止となる’89年は流氷が一切接岸せず、『流氷列車』を撮る事ができたのはこの年のみとなってしまったのだから、尚更強く思う。

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最後の年’89年は記録的な暖冬で
流氷は一切接岸しなかった

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路線廃止となった最後の年も訪れたが
駅前もこんな状態の春日和だった

寂れた波戸場の駅《沙留》を出ると、海に向けて掘立て小屋のような待合室がポツンと佇む“侘しい情景の駅”の筆頭候補に挙りそうな《豊野》と、待合室さえない乗降場の《旭ヶ丘》を過ぎ、興浜南線の接続駅である《興部》に着く。

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今はもう・・
海際をめぐった鉄路はない

願わくば、この『オホーツク縦貫鉄道』を全て開通させて、冬の流氷を望む季節に根室から稚内までを鉄道に乗って・・、我が国でもっとも素晴らしい「車窓の旅」をしたいものだ。

   ※ 『オホーツク縦貫鉄道』については、この書庫の記事も是非・・。
     前38話でっす。 最初から見てネ























 









閉じる コメント(10)

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こんばんは。いつも詩的で美しい文章です。写真も芸術作品です。
本来は極寒のシャッターを押すにも指が凍結しそうなイメージがあるのですが、不思議と写真からは暖かみを感じます。
誰かが言っていましたが、写真は情熱でシャッターを押すとの言葉が感じられる、いい作品です!

2019/2/10(日) 午後 8:58 [ - ]

chinuさん、こんばんは。
見て頂いて有難うございます。

仰る通り、「流氷列車を撮りたい」と追い求めた情熱が、この情景を撮らせてくれたのだと思います。

撮感動極まる情景に出会えたなら、極寒の中でも手袋を脱ぎ捨ててシャッターを押した事あるので、情熱でシャッターを押すという言葉はその通りだと思いますね。

2019/2/10(日) 午後 10:20 [ 風来梨 ]

う〜ん。流氷の頃の名寄本線、イイです!
キハの単行、そして沙留駅の駅名や駅舎の様子も何とも言えません。
素晴らしい写真、さぞご苦労があったでしょう・・・

2019/2/10(日) 午後 11:34 [ きゃみ ]

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こんばんは。名寄本線懐かしいです。昔急行大雪を遠軽で降りて、始発で北上した事があります。紋別に行ったら港に巨大なカニの爪のオブジェとか有って笑えました。

2019/2/11(月) 午前 2:03 [ なべ ]

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旅の途中も行きました。名寄本線の沙留、貴方のブログをみて思い出しました。

2019/2/11(月) 午後 5:10 旅の途中

きゃみさん、こんばんは。

名寄本線が廃線となる'89年までの3年間は毎年おとずれましたが、流氷がなかなか接岸しなかったですね。

苦労と云えば、この事ですね。 この頃は「地球の温暖化」が危惧されていたように、'87年と最期の年の'89年は記録的な暖冬で、この2つの年は全く流氷が接岸しませんでした。 でも、逆に'88年は大寒波が襲来して、やっと念願の『流氷列車』を撮ることができました。

ホント、流氷の気まぐれが一番の苦労でした。 運だけでしたので。

名寄本線の駅は、興部〜名寄の山線区間に、いい木造駅舎が多くありましたよ。

海沿いでは、この沙留と木で『一本松』と書いた駅名標の一本松乗降場が目を惹きましたね。

2019/2/11(月) 午後 9:13 [ 風来梨 ]

なべさん、こんばんは。

私も急行【大雪】を遠軽で降りて、名寄線の始発に乗って沙留に行きました。

急行【大雪】は午前3時半に遠軽に着くのですが、名寄本線の始発は4時半と「思いっきり使えるダイヤ」だったんですね。 この始発に乗ると、6時前に沙留に着いて、流氷と朝の絶景シーンが撮れましたね。

これは宗谷本線の音威子府での急行【利尻】も同じで、天北線と興浜北線の始発列車も3時半→4時半の接続でした。

周遊券と夜行急行''、ローカル線撮影の必須アイテムでした。

あの頃は良かったなぁ(溜め息)

2019/2/11(月) 午後 9:25 [ 風来梨 ]

旅の途中さん、こんばんは。
TBして頂き、有難うございます。

旅の途中さんの興浜北線での流氷シーンの記事を拝見して、即効お気に入り登録させて頂いた私です。

興浜北線の『流氷列車』は撮れずじまいとなってしまったので、羨ましさと憧れで一杯です。

2019/2/11(月) 午後 9:31 [ 風来梨 ]

雪国の列車旅、憧れますが寒さに慣れていない私は凍死しそう。

ナイス

2019/2/12(火) 午後 6:33 [ 鳳山 ]

鳳山さん、こんばんは。

大丈夫です! 熱い思いがあれば寒さなんて屁でもないです! 気合です!

一度目にすれば、その虜になって寒さなど感じなくなりますよ!

もう、廃止になってしまったけど・・。

2019/2/12(火) 午後 8:28 [ 風来梨 ]

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