風来梨のブログ

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『オホーツク縦貫鉄道の夢』めぐりのハズが・・、北海道の無意味なたらい回しツアー その6
 
《前夜》 大阪より夜行バス→東京・池尻大橋
《1日目》 東京池尻大橋→大門(浜松町)→羽田空港→釧路空港→釧路→根室→道の駅・根室スワン44
《2日目》 根室スワン44→温根沼→野付半島→中標津→美幌峠→佐呂間→中湧別→道の駅・紋別
《3日目》 道の駅・紋別→コムケ湖→興部→日ノ出岬→雄武→北見枝幸→ウスタイペ千畳敷→北見神威岬→
      沼川→宗谷岬→ノシャップ岬→抜海→勇知
《4日目》 勇知→稚咲内(サロベツ・オロロンライン)→筬島→美深峠→添牛内→雨竜→札幌→道の駅・えにわ
《5日目》 道の駅・えにわ→インクラの滝(雪深く断念)→勇払→あつまの湯→道の駅・むかわ
《6日目》 道の駅・むかわ→豊郷→節婦の浜→豊郷→苫小牧→札幌→千歳空港→関西空港→自宅
 
      ※ 《5日目》は前回の(その5)を御覧下さい。
 
昨日は19時過ぎから爆睡したので、4時半頃には目が覚める。 鵡川のこの日はちょっと冷え込んだらしく、車内温度は氷点下6度を示していた。 まぁ、去年は氷点下10度だったので、随分暖かいのではあるが・・。
 
さて、今日は最終日だ。 車を返却しないといけないので、最終日は道央で締めるのは必然となる。
ならば、去年と同じく日高本線の撮影で締めよう。 去年にかなりいい手応え(筆者レベルではあるが・・)があって、もう通いを決め込んでいるのが、この日高本線である。
 
イメージ 2
この路線に魅せられて鉄道写真を
(中途半端に)再開した・・といっても過言ではない・・
 
デフロスタで、フロントガラスを30分かけてクリアして出発。 まだ6時前で、空は星空だ。
「朝日をバックに思いっきり逆光で、地平線から陽炎と共にやってくる列車」を想定して・・というか、撮る前からそれを撮った妄想でお腹いっぱいにして、豊郷〜清畠の踏切地点に車を進める。
 
でも、踏切から東の空を見ると、余計な建物が乱立していてイメージ通りにはいかないみたいだ。
それに、朝日の時間に列車が来てくれるかの保障はないので、ここは見送って豊郷に戻る。
なぜなら、豊郷駅より苫小牧側は地形が岬状に出っ張っていて、岬状の地形を周り込む列車は絵になりそうだからだ。 でも、朝一番の列車は6:38で、空が漸く白みかけた位で撮影の光量は稼げない。
従って、これは見送って、次の6:58にターゲットを定める。
 
イメージ 1
手持ちの1/15で・・
これ以上大きくすると粗が出る・・
 
この6:58は下り列車で岬の方からやってくるので、夜が明けてくれたなら朝日を浴びてほのかに色づく事が期待できるが、結果はまだ夜は明けず、暗い中の流れ写真となってしまった。 でも、今考えると、6:38の分を三脚を立てて、バルブでテールランプ流しをすべきだった・・と思う。 これは、来年の課題に・・。
 
この6:58の列車を撮って、例のウミネコクンの『オスカー演技の地』へ行く事にする。
ここは有名撮影地の反対側なのだが、私の目からは有名撮影地よりもコチラの情景の方が気に入っている。
なぜなら、波と綺麗に撮れるし、『オスカー候補生』が砂浜に群れているからだ。
 
イメージ 3
列車を見つめる彼の珠玉の名演技が光った・・
去年の節婦の浜にて・・
 
車を飛ばして、何とか新冠7:41の列車の15分前にスタンばる事ができた。
そして、その写真のデキは・・、今回の旅の一番星でした。 それでは、(この程度のレベルですが・・)とくとごろうじろ。
 
イメージ 4
波は去年の方が美しい・・
でも、ネタの光の当たり具合はコッチの方がいい・・

イメージ 5
やはりオスカー俳優の彼がいないと・・

イメージ 6
波に光が当たってない分
幾分おとなしい目
 
後は、もう一度豊郷に戻って、岬地形をめぐる列車を撮って旅に出て5本目のフイルムを終わらして、帰路へ向かう。 車の返却先は千歳だが今はまだ9時半過ぎと、まだ時間が7時間ほどあるので、車を返して荷物を駅のコインロッカーに預けて、札幌でお土産でも買って帰ろう。 いくら何でも、飛行機の出る16:55まで空港でたむろするのは、行きがけの飛行機乗り遅れ状況への先祖還りではないか〜って訳で・・。
 
イメージ 7
昼間は放牧されてる馬を入れてみました・・
 
千歳で車を返して(もちろん、林道突っ込みのバック2.5kmはナイショ・・)、札幌まで普通列車で戻るが、今回の旅で、車の乗車距離は1590kmもいってたよ・・。 パッソは性能は今イチだったが、燃費はリッター・18.5kmまで延びて、ガソリン代は予定より5000円ほど安く上がったよ。 でも、ガソリンの単価は、大阪よりやや高いかも。
 
札幌で、この度初めてのめし屋に入って、旅の最初にして最後のまともなメシを食う。
ちなみに、この旅の貧粗な食一覧をば・・
 
初日 →空港でざるそば、キヨスクでパン、セイコーマートで天丼とおおきなおにぎり
2日目→セイコーマートのおおきなおにぎり、道の駅・美幌峠でラーメン、セイコーマートの出来立てカツ丼
3日目→セイコーマートのおおきなおにぎり、コンビニで焼豚入り焼飯、セイコーマートの出来立てカツ丼
4日目→パン、天塩中川のドライブインでラーメン、セイコーマートの出来立て親子丼
5日目→のり弁当、吉野家の豚丼大盛、セイコーマートの出来立て親子丼
6日目→おおきなおにぎり・・で、今回のメシ屋で豚しょうが焼き定食・・である。
 
連ねてみて解ったが、結構フルハウスな食生活だね。 でも、セイコーマートは良い。
出来立てのカツ丼、親子丼と暖かい大きなおにぎりには、道内食事の約5割がお世話となった。
まぁ、ワテは旅からグルメは捨ててるし・・。 後は、普通列車で千歳空港に戻って、1時間ちょいの待ち時間を経て、ANA16:55発の便に乗る。 この便も30分近く延着しやがった。 もしかして、まともに着く方が珍しいんじゃないか・・とも思われるし、そんな乗客の捌き方をしている航空会社であった。
 
明日から、また日常に戻る。 あぁ、早く来年にならんかなぁ・・。 でも、歳食うのはヤだな。
 
 
『オホーツク縦貫鉄道の夢』めぐりのハズが・・、北海道の無意味なたらい回しツアー その5
 
《前夜》 大阪より夜行バス→東京・池尻大橋
《1日目》 東京池尻大橋→大門(浜松町)→羽田空港→釧路空港→釧路→根室→道の駅・根室スワン44
《2日目》 根室スワン44→温根沼→野付半島→中標津→美幌峠→佐呂間→中湧別→道の駅・紋別
《3日目》 道の駅・紋別→コムケ湖→興部→日ノ出岬→雄武→北見枝幸→ウスタイペ千畳敷→北見神威岬→
      沼川→宗谷岬→ノシャップ岬→抜海→勇知
《4日目》 勇知→稚咲内(サロベツ・オロロンライン)→筬島→美深峠→添牛内→雨竜→札幌→道の駅・えにわ
《5日目》 道の駅・えにわ→インクラの滝(雪深く断念)→勇払→あつまの湯→道の駅・むかわ
《6日目》 道の駅・むかわ→豊郷→節婦の浜→豊郷→苫小牧→札幌→千歳空港→関西空港→自宅
 
      ※ 《4日目》は前回の(その4)を御覧下さい。
 
今日は北海道の百名滝で最も心を揺らされた滝・インクラの滝の再訪を予定している。
この滝へは雪の林道を伝わねばならないし、雪の渓谷の渡渉もあるなど、今の私にとってはかなりハードな行程なのである。
 
そういう訳で、敢えて滝から50km離れた『道の駅・えにわ』を前泊地に選んだのである。
あまり早く行き過ぎても仕方がないからだ。 で・・、『道の駅・えにわ』を7時過ぎに出発。
いつもより2時間近く遅い出発だ。 そして、恵庭は札幌郊外の都市で、朝の7時過ぎと言えば通勤時間帯なのである。
 
でも、大阪や東京と違って、渋滞に陥ってはいない。 道がアイスバーンの中での車通勤を、敬遠する人も多いのだろう。 これはあくまでも推測なのだか・・。 恵庭から千歳・苫小牧と、道央の中核都市を行くが、一定以上の車はなく、スイスイと行ける。 苫小牧到着は8時前であった。
 
ただ難点は、スノータイヤのゴムが完全に熱ダレならぬ、凍結ダレを起こしてやがる。
休憩に入ったウトナイの道の駅では、氷に乗って半スピンしやがったし・・。 まぁ、この半スピンした時点で自重していたなら、今日のようなオチャメな目には遭わなかったのだから、判断力の欠如と言われても仕方ないだろうけど・・。
 
で、苫小牧でコンビニ飯を食って、白老のインクラの滝への別々川林道に差し掛かったのが8時半前。
初めはアイスバーンの道で去年と変わらないな・・と思えたが、3km程奥に入った地点からそろそろに雪が吹き溜まってきて、道は雪の轍となってきた。 そして、よせばいいのに、「前回もコレくらいの轍だったし、デミオで行けたから・・」とパッソで突っ込んでしまったのである。
 
でも、前回は性能のいいマツダのデミオであった。 今回は、性能が軽なみのトヨタパッソである。
要するに、車の性能スペックが段違いなのである。 その判断ミスというか大タワケのツケは、これよりの神経戦と労働奉仕、そして無意味な2時間という代償となったのである。
 
イメージ 5
この心震える情景をもう一度・・と夢見たが・・
 
残り5kmの内、2.5km程突っ込んだ所で、車輪が空回りして進めなくなってしまったのだ。
要するに、誰も来ない林道で行き詰ってしまったのである。 でも、このアホには、類稀なる悪運が憑いていたのである。 それは、かつてもこのような経験をした事によって脱出策を多少心得ていた事と、何故かハッチバックにシャベルが格納されていた事である。
 
イメージ 6後は、シャベルでタイヤの周りの雪を掘り返して、轍をつけるために前後に進めて轍を固めて脱出し、後は轍に乗せながらバックで2.5kmを恐る恐る下がっていく・・という神経戦を敢行するのである。
 
なぜバックか・・というと、転回しようものなら、吹き溜まりに突っ込んでしまって脱出不能となるからだ。
 
バックでユルユルと後退するものの、何度か詰まって轍というレールから脱輪してしまう。 脱輪したなら、「再びシャベルで除雪作業」となる。 
 
これを3〜4回繰り返して、1時間半をかけて2.5kmをバックで抜け出す事に成功! 
 
この時は、あの時のように熱かった。
ちなみに、あの時に興味のある方はリンクをクリック! 筆者が数多く体験した『オチャメワールト』にトリップできます。
 
このような事を数多く繰り返す、筆者のアホっぷりを目の当たりにしたなら解るだろう。 これをやりきった筆者の胃は『聖なる胃』と称され、精神力はゴキブリなみ・・という事が・・である。
 
←あぁ、インクラの滝が遠のいていく・・
 
 
でも、今回の事の戦果というと、この熱い思い『だけ』なのである。 滝を始め、何一つ結果は残っていないのである。 だが、今回の事で2つの事が解った。 『コンパクトカーに乗るなら、マツダかニッサン』という事と、『来年は吹き溜まりの地点で車をデポって、セオリー通りに歩いていくべきだよな・・』という事である。
まぁ、かなりヘタったとは言え、まだテントを担いで山に登れるので、轍のついた雪道の林道の5kmやそこらは許容範囲内であろう・・というかそうであって欲しい。
 
何とか『お間抜けに熱い脱出劇』をやり遂げたものの、その結果は濡れた手袋と靴下と、それに蒸れて痒くなった足の指が残っただけであった。 それで、前回と同じコインランドリーに入って、洗濯タイムとなった。
昨日までの洗濯物と併せて洗濯して、インクラの滝を断念した(断念は当たり前だろう)午後の予定は、おとなしく鉄道撮影といこう。 いくらゴキブリなみの精神力とはいえ、1日2度のオチャメは乗り切れそうにないから・・。
 
・・で、撮影地は、苫小牧から勇払原野を下っていって、勇払あたりの湿地帯を狙ってみよう。
勇払の駅を出ると、苫小牧東港の石油備蓄基地(なのか?)へのトレーラが行き交う橋がある。
先程に記した通り、トレーラが行き交う危険な橋なのだが、その橋からは湿地帯と川と日高本線という美味しい情景が広がっている。 それに夕日の勢いとなった午後2時半の光を浴びた列車が行き交うと、得も云えぬ美しいシーンとなるのだ。
 
イメージ 1
背後の分厚い雪雲と夕日となり始めた光で
得も云えぬ美しいシーンとなる・・
 
さて、14:33に勇払駅を発車した列車は、3分程で勇払川の橋梁に差し掛かる。
この時の東の空はともすれば薄紺色までに分厚くなった雪雲が広がり、西の海には夕日に変わり始めた陽の光が黄金色の光を差し始めていた。 その光を浴びた列車は・・、掲載写真をごろうじろ・・。
 
イメージ 2
今のローカル線は一次廃止線と違って周囲は原野ではなく
工場や送電鉄塔などの人工物が必ず存在する・・
イメージ 3
日の丸構図はダメっていうけど・・
ここは日の丸構図以外にナイっしょ

イメージ 4今日のオチャメがこの写真を生み出したのならば
今日の“オチャメ”はこの写真の必然という事に・・
 
ここに来て、やっとまともな写真が撮れてきたよ。 ちなみに、次の15:10の列車は、10分前から降り始めた雪が強くなり始め、太陽も雲間に隠れて鈍重な雰囲気に変わってしまったので、敢えて掲載は見送ろうと思う。
 
鉄道撮影を終えたら、後は今回の北海道旅の最後の宿泊地である『道の駅・むかわ』に向かうだけである。
そして、『道の駅・むかわ』には温泉もある。 だが、到着するのが早すぎると、道の駅が温泉ホテルの駐車場という事で、明るい内から車を止めて寝る・・というのもツライ。 なので、日高道の厚真IC入口にデカデカと看板が掲げてあった『あつまの湯』に行く事にする。
 
この『あつまの湯』は厚真町の中心(厚真町の市街地は海岸より15kmほど内陸にある)にあり、車で半時間ほどかかるのである。 このフロに入って『道の駅・むかわ』に向かうと、予定では18時過ぎとちょうどいい頃合となるのだ。 そして、予定通りに18時過ぎに到着。 セイコーマートで出来立て親子丼を食って、19時には就寝。
 
明日は、午前中は日高本線の撮影に勤しみ、午後は車を返して札幌で御土産買って、夕方の飛行機で北海道とは『so long(バイバイ またくるよ)』である。
 
 
     ※《6日目》は、次回(その6)にて・・
 
 
 
 
『オホーツク縦貫鉄道の夢』めぐりのハズが・・、北海道の無意味なたらい回しツアー その4
 
《前夜》 大阪より夜行バス→東京・池尻大橋
《1日目》 東京池尻大橋→大門(浜松町)→羽田空港→釧路空港→釧路→根室→道の駅・根室スワン44
《2日目》 根室スワン44→温根沼→野付半島→中標津→美幌峠→佐呂間→中湧別→道の駅・紋別
《3日目》 道の駅・紋別→コムケ湖→興部→日ノ出岬→雄武→北見枝幸→ウスタイペ千畳敷→北見神威岬→
      沼川→宗谷岬→ノシャップ岬→抜海→勇知
《4日目》 勇知→稚咲内(サロベツ・オロロンライン)→筬島→美深峠→添牛内→雨竜→札幌→
      道の駅・えにわ
《5日目》 道の駅・えにわ→インクラの滝(雪深く断念)→勇払→あつまの湯→道の駅・むかわ
《6日目》 道の駅・むかわ→豊郷→節婦の浜→豊郷→苫小牧→札幌→千歳空港→関西空港→自宅
 
      ※ 《3日目》は前回の(その3)を御覧下さい。
 
イメージ 1
夜の抜海駅
思ったより寒くなかった・・
 
昨日の夜の抜海駅から続けよう。 抜海で何をしたかというと、完全に鈍ったウデで夜汽車の撮影を敢行したのである。 ウデが下手になると、空想だけでお腹いっぱいになる。 つまり、撮る前から出来映えを空想固定してしまう訳である。 そして数日後、仕上がったのを見て“テンカウントゴング”が乱打された状態となるのだ。
もちろん、マットの上にうつ伏せとなって、意識朦朧状態で聞いている方に当てはまるのであるが・・。
それでは、その2枚をごろうじろ。
 
イメージ 2
このコマが上がった瞬間・・
頭の中はテンカウントゴングが鳴り響いていた・・

イメージ 12
この撮り方は
空に星が流れてないと今イチですね・・
 
さて、これを撮ると就寝タイムだが、この抜海駅の半分である駅務室は民家として払い下げられたようで、どうもこの駅前で車を止めて寝るのは躊躇われたので、次の貨車駅である勇知まで進む事にした。
これは大正解で、駅前の通りには自動販売機はあるし、駅だけポツネンとして人は寄り付きそうにないし、寒ささえ凌げば快適な駅前カプセルホテルinパッソ(レンタカーはパッソ)となる。
 
でも、4半世紀前は、この貨車駅よりも保温状態の悪い木造駅で駅寝してたんだよね。
溜息のダイヤモンドダストを顔面に浴びた体験が、今蘇ってくる。 まぁ、起きながらの寝言は置いといて、この日からやや寒くなり、車内温度は氷点下7度まで落ちていた。 車内で氷点下7度と言う事は、外で氷点下10度前後だろう。
 
さて、そんな中でも8時間近く寝て、5時前目覚める。 今日は昨日と違って、ウインドゥガラスの視界がクリアになるまで30分はかかる。 でも、目的の『宗谷本線と利尻山』撮影の列車通過時刻は、6時台は光量不足でダメだろうから、朝の7時過ぎ。 まだ2時間もある。 寒い所ではどんなに怠惰な筆者でも、日常のいつもの行為でできない事がある。 それは『二度寝』である。 それをしてしまうと、またウィンドウの氷を解かす所から始めないといけないからだ。
 
まぁ、そんなヨタ話の如くの訳で、ダラダラと勇知駅から500mほど離れた利尻島の望める踏切の所にいく。
道は田舎道にしては広く、また勇知集落の生活道路となっているので、除雪もしっかりとされている。
また、車も時間で2〜3台位で、撮ってる姿をあまり凝視されなくて済む。
実は、これが一番大きかったりして・・。
 
勇知6:48発の上りは、まだ日の出前で薄暗い。 一応撮ったものの、シャッタースピードが稼げずに流れてしまった。 そんな事よりも、その流れた列車の背後は分厚い雲の灰色で覆われている。
つまりここまで来て、利尻山バックは限りなくダメっぽいのである。
 
イメージ 16
利尻富士に単行列車
これの再現を目論んだのだが・・
 
となると、ここまで来て限りなく平凡な写真を、完全に鈍ったウデで更に今イチに仕上げてしまいかねないなぁ・・。 次の7:03の下りも、まだ陽が昇っていないのか、薄暗くて今イチな上に、白樺で車両の前面が真剣白刃取り(完全に樹にカブった)となってボツ。
 
イメージ 18
東の空はいい天気だったが・・
 
次の特急は想定してなかった(もちろん、時刻表は重いので持って来ず)ので、踏切が鳴ってから撮ったら、タマタマ特急だった・・というオチでした。 でも、この時が日の出時で、車両に朝日が当たって輝いてやんの・・。
利尻山が映し出される日本海側は厚い雲に覆われているが、陽の昇る東の空は晴れ間が広がっているようだ。
今日は、とりあえずいい天気となりそうだ。
 
イメージ 17
朝日とドンピシャ
なぜか、どうでもいい特急がそれなりに良く撮れて・・
 
次の、この撮影地最後の撮影予定列車である勇知8:40発まで、1時間ほど車の中で呆けるだけだ。
それで車に戻って暖を取ろうとした瞬間にもう一度踏切が鳴り、慌てて車から出てカメラを構えると、ラッセルが仕事をせずに回送していった。 これは今イチなので掲載せず。 「でもこの筆者・・、稚内まで何しに来たんだろ・・」って本人が強く感じるのである。
 
「さすがに同じ撮り方では芸がないな・・」と漸く気づいた筆者は、ラストは雪を蹴る姿を撮るべく正面撮影に切り換える。 これは好を奏したようで、何とか掲載に耐えるモノが撮れた様だ。 それでは、その分をごろうじろ。
 
イメージ 19
利尻山が現れない・・となると
北の雪原野を題材にしようか・・

イメージ 20
まぁ、あまり面白みのない写真となりましたが・・
何とか戦果は残せました・・
 
さて、宗谷本線の勇知は、ほぼ失敗に終わったね。 今日はオロロンラインを経由して札幌へ・・、そして明日からの道央・日高の撮影行につなげる為の移動だけである。 今思えば、稚内で車を返して、列車で札幌に向かって、札幌で車を借りた方が楽だったかも・・。 でも予約というのは、料金が安くなる恩恵を受ける代わりに、現場での急な予定変更に対しては無力であるのだ。 次は、もっと考えて予約しよっと。
 
イメージ 3
オロロンラインのギンギンギラギラ・・
ここに限らず稚内で写真を撮るとなると絶対に車がいるんだよね・・
 
さて、オロロンラインでは、完全な氷結の世界だった。 野鳥も海沿いにはいたが、思った程には空に舞ってはいなかった。 でも、コイツだけは、デカかったなぁ・・。 初めは、人間かと思った位にデカかった。
 
イメージ 21
オオワシかな・・
遠目から見ると『黒いジャンバーを着たオッサン』に見えたよ・・
 
基本的には移動が主で、しかも最低札幌までのロングランなので、「ちょっといいかな・・」といった氷結樹氷を撮ったりしながら気分を紛らわす。 寄道しながら・・、こうやって時折車を止めて撮影しながら行くと、程よい時刻に音威子府手前の筬島の天塩川沿いの国道を走っているようになる。 『程よい時刻』とは、筬島12:55発の上り普通列車の30〜40分前って事である。
 
イメージ 4
順光で広がりバージョン

イメージ 5
望遠(といっても210mm)で
凍った枝を引き寄せてみた

イメージ 6
でも逆光の方が引き立つね・・
 
だが、不安な点もある。 天塩川と線路は国道40号に沿っているので、国道上で車がビュンビュンと行き交う所に生身を晒さねばならぬ事と、車の置き場所である。 でも、狙ってるのか何なのか、まるで鉄道撮影の為だけの除雪スペースがあり、車2〜3台なら止められるのである。 そして、運のいい事に誰もいないのである。
 
イメージ 10
狙いは川が9割・鉄道1割の風景鉄道・・
20年前の佐久〜筬島の天塩川にて・・
 
早速、除雪された雪盛りの上に登ってカメラを構えていると、2台ほど車がやってきた。
すると、その3分ほど後に、ラッセルが仕事をせずに回送でやってきた。 後発の2台でやってきた人は「今日は仕事してないよ」といって、撮影せずに去っていった。 私の目的である普通列車は、全無視のようである。
どうやら、ラッセル以外は眼中にないようですね。 まぁ、コッチは、ラッセルの時刻さえ知らない“ナンチャッテ”だし・・。
 
イメージ 7
ラッセルが仕事せずにやってきた・・
私としては撮れただけで『お腹いっぱい』なのだが・・

イメージ 8
来年は雪を飛ばす姿を見たいなぁ・・

イメージ 9
目的の普通列車はくすんでしまったね・・
 
これの撮影が終われば、札幌まで車を転がすだけだ。 でも、旭川を通ると街中で渋滞に捕まる恐れがあるので、美深から深名線ルートを行く事にする。 でも、我が国でも極寒の地のアイスバーンを車で行く事を雪をほとんどと知らない内地の人間が行くとは・・、結構度胸あるね・・この筆者。 このアホ度胸が、明日墓穴を掘る事は藪の中に・・。
 
標高444mの美深峠はズル滑りだったものの何とか通過。 下りはセカンドを駆使して下りる。
やはり、スタッドレスも1000km近く走っているとヘタってくるみたいだ。 これを期に、何度もズル滑りの軽い制動不能状態を引き起こすようになる。 まぁ、この筆者は天然なので、あまり気にしなかったが・・。
 
イメージ 15
かつては小吹雪の中で3時間待つ情熱があった・・
情熱とバカは紙一重・・
 
峠を下って母子里。 ここから永遠の秘境駅・白樺や蕗ノ台への道道688号線は、北母子里で冬季通行止のようだった。 そういえば以前は、雪の中を白樺の方向へ3kmも入り込んで撮ったよな。
この頃は情熱がアツかったなぁ・・。 そのアツかった時を思い出して、旧深名線の遺構めぐり。
添牛内と政和は駅舎が残っていたよ。
 
イメージ 13
真正面から廃駅舎を撮れば廃屋と同じ

イメージ 14
だから・・樹を入れたり、あかね雲を漂わせたり・・
と努力するのデス

イメージ 11
政和駅舎は食堂となったらしいが・・
やっはり廃業?
 
その他、沼牛や鷹泊も駅舎が現存するらしいが、急に空が崩れて大雪が降ってきたので、エトランゼらしく車の運転に集中しよう。 雪が降り出してからは急激に暮れて、深名線エリアを出て沼田に出る頃は、もう5時で空は真っ暗となっていた。
 
国道275号は交通量の割には道幅が広く、また信号もほとんどないので良かったが、雪道を連続1000km以上走ってヘタったタイヤは、ブレーキを踏むと確実にタイヤロックを起こしていた。
もう、対策としては、セカンドからローへのギアチェンジ・・、即ちインバータ制動である。
 
それと、後ろに来たら、「早よ抜けよ」である。 抜かれる瞬間は雪煙で視界がなくなって怖いが、制動が不安定なら仕方がないだろう。 でも、信号がないとはすごい事で、こんな状況でも札幌まで2時間・平均50km/hでゆけるのだ。 ワテで平均50km/hと言う事は、一般の北のドライバーは何km/h出してんだよ・・。
 
後は札幌で飯食って、札幌近郊の恵庭の道の駅で寝る。 温度は車内で氷点下3〜4度であった。
恐らく、外は氷点下5〜7度って所だろう。
 
 
      ※《5日目》は、次回(その5)にて・・
 
 
 
 
『オホーツク縦貫鉄道の夢』めぐりのハズが・・、北海道の無意味なたらい回しツアー その3
 
《前夜》 大阪より夜行バス→東京・池尻大橋
《1日目》 東京池尻大橋→大門(浜松町)→羽田空港→釧路空港→釧路→根室→道の駅・根室スワン44
《2日目》 根室スワン44→温根沼→野付半島→中標津→美幌峠→佐呂間→中湧別→道の駅・紋別
《3日目》 道の駅・紋別→コムケ湖→興部→日ノ出岬→雄武→北見枝幸→ウスタイペ千畳敷→
           北見神威岬→沼川→宗谷岬→ノシャップ岬→抜海→勇知
《4日目》 勇知→稚咲内(サロベツ・オロロンライン)→筬島→美深峠→添牛内→雨竜→札幌→道の駅・えにわ
《5日目》 道の駅・えにわ→インクラの滝(雪深く断念)→勇払→あつまの湯→道の駅・むかわ
《6日目》 道の駅・むかわ→豊郷→節婦の浜→豊郷→苫小牧→札幌→千歳空港→関西空港→自宅
 
      ※ 《2日目》は前回の(その2)を御覧下さい。
 
この日の紋別は暖かった。 車内温は+3℃。 たぶん、着込んでシュラフに潜り込んでいる身としては、最も快適な温度ではなかろうか。 お陰で9時間寝れたよ。
 
・・で、起きたのは5時前。 ウインドゥガラスもあまり凍ってはおらず、デフロスタもいつもの1/3位で視界がクリアとなった。 さて、20分程で出発準備が整って、道の駅でモンモンとするのも何なので、コムケ湖に立ち寄る為に中湧別方向へ向けて車を出す。 目的は、ラムサール条約の批准湖であるコムケ湖で野鳥でも撮れたらな・・という事である。
 
約20分程南下して、コムケ湖のキャンプ場への道へと向かうが、完全に通行止であった。
それは全く除雪もされておらず、歩いていくのは不可能とは言えないまでも、かなりの徒労が必要な状態であったのでパスとした。 「ここがパスならば他の湖畔沿いは・・」という事で、湖に向かう枝道を入っていったが、どうも湖を見渡せる所は無い様である。
 
取り敢えず、車の止めれそうな枝道で車を止めて夜明けを待ってみたが、除雪トラクターがやってきたので撤退する。 「野鳥もいなさそうだったし、戦果ナシの撤退でもいいか・・」と、6時半過ぎに再び北上を始める。
 
今日は、旧名寄本線から興浜南北と未成線、そして天北線を経て宗谷岬へと到達する『オホーツク縦貫鉄道』の核心部分を伝っていくのである。 まずは、あの沙留の『流氷の丘』であるが、やっぱり流氷がないと情景的には今イチだった。 そして、沙留の駅跡は所狭しと、公営と思しき全く同じ造りの戸建住宅が立ち並んでいた。
 
イメージ 10
沙留は流氷を望む波戸場の小集落だった
 
それは、「ただ春の夜の夢の如し」という平家物語のあの一節の如く、流氷を望む風光明媚な鉄道路線が在った事は夢の如く・・で、今はその存在さえ見出せない眺めへと変貌を遂げていた。
この眺めを見ていると多少切なくなってきたので、写真も撮らず早々に引き上げる。
 
イメージ 20
もうこの国には存在しない鉄道風景
それは「ただ春の夜の夢の如し」だったのか・・
 
国道に戻って暫くオホーツク沿いを行くと、やがて街中を行くようになり興部町の中心部に入る。
旧興部駅は、今は『道の駅・おこっぺ』となっていて、道の駅と交通公園兼バスターミナルとなっているようだ。
だが、期待した『列車ホテルに供された緑色に塗られたキハ22』は、中湧別の道の駅と同じくブルーシートでグルグル巻きにされていた。 また、交通公園も冬季は閉鎖のようだ。 となれば、もうトイレ以外に使い様はないみたいなので、トイレだけで引き上げる。
 
これまでだが、全くといっていい程に廃線の風景がなくなっている。 全て今風に変貌しているのだ。
これはやるせないし、もうこのネタ自体を切り上げようか・・とも思ったが、ここまできたら取り敢えず宗谷岬までは・・と車を進める。
 
興部からは旧興浜南線のエリアとなるが、海から離れた国道からは点々と路盤跡が確認できる位だ。
そして私も、その路盤跡を確認してまわる程の廃鉄趣味は持っていないので、そのまま流す。
やがて沢木。 夏ならば児童公園脇に駅名版が飾られているのが確認できる・・との事だが、公園自体が雪に埋もれて判別不能だった。
 
そして、岬をめぐるようにつけられていた路線の上に道路ができて、その上に観光ホテルがデンと建つ・・これまた今風の情景へと変貌を遂げていた。 これは以前に通った時に、これを目にしてかなり『ガックリ』きたので、よく覚えている。
 
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かつては風光明媚な情景だけの所であった・・
往時の日ノ出岬と流氷

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日ノ出岬と流氷を望む
絶好の位置を通っていた興浜南線 
 
だが、そのホテル前の道から望む日の出岬の塔は、観光用に建て直されたダイヤモンド状の展望櫓が早くも閉鎖扱いの如くに閉じられて、不要物に落とされた身の哀れさを魅せていた。 そしてその下を、冬の荒れた波が打ち寄せていた。 ここにきて、初めてカメラのシャッターを切る気になる情景が現れたのだ。
これを撮って、ちょっと気を持ち直して先に進む。
 
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鳴り物入りで建てられたものの「もはや用に供さず」と放置され・・
それは平家物語の一幕「ひとえに風の前の塵に同じ」の解を著していた・・
 
道の入口にホテルの案内看板がデカデカと建つ、日の出岬の周遊道路から国道に戻って少しゆくと、割と活気のある街に突入する。 雄武町である。 比べた感じであるが、興部の町より活気があるようだ。
そして、興浜南線の雄武も、『道の駅・おうむ』となっていた。
 
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少年時の大失敗により
記念タトウでしか持ち得ない雄武駅 
 
道の駅にはミニ鉄道資料館があって鉄道資料を展示していたが、あまりそそるモノはなかったみたいだ。
まぁ、ロビーでの常時展示モノに、プレミアがつくモノは展示しないだろうけど・・。
そしてこの道の駅は、道の駅というよりスーパーの駐車場として機能しているようである。
 
さて、これより興浜線の未成線区間だが、未成線区間は概ね国道より内陸側を行く予定だったようで、常時左側に路盤と思しき雪の吹き溜まりが並行する。 そして、何の感想もない情景が続くのだ。
なぜなら、本当に何の特徴もない所だからである。
 
何もないので快適に飛ばして、途中の『道の駅・岡島』でトイレ休憩をして、北見枝幸の街へと入っていく。
この北見枝幸は、宗谷館内では稚内についで№2の町勢を有しているらしい。
だが、海沿いのひなびた港町である事には相違ないのである。 ここでは、モニュメントとなっている北見枝幸駅碑を撮る。 そして、廃線跡道路の《興浜線通》を伝って国道に戻る。
 
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北見枝幸駅名標
少年時の大失敗(使用フイルムの間違い)で残るのはこれのみ・・

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北見枝幸駅跡の碑
何かあまり情感が涌かない石碑だね・・
 
ここで少し息抜きと、この地の景勝地であるウスタイペ千畳敷に立ち寄ってみる。
美しい岩礁が荒波に洗われる景勝だが、ちょっと規模は小さめだ。 それでは、この地の写真をごろうじろ。
 
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冬の荒波が千畳敷を洗う

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波が押し寄せてきた・・

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岩に波がぶち当たって砕け散る・・

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荒波の対岸には枝幸の街が・・
 
このウスタイペ千畳敷を越えると、いよいよ『オホーツク縦貫鉄道』のクライマックスとなる情景地だ。
そう、北見神威岬と斜内山道である。 取り敢えず、北見枝幸より興浜北線の駅跡を訪ねていく。
問巻の駅跡に建てられた公民館のような建物は、ひと目で解る。 次の目梨泊は判らず終いだが、港に出ると斜内山道の切り立った断崖が、港越しに望める。
 
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目梨泊の漁港より望む北見神威岬
 
だが、肝心の北見神威岬は、岬断崖をぶち抜くトンネルの開通により冬季閉鎖の遊歩道に格下げられたようだ。
そして、斜内地区の住民も移転したようで、海沿いの遊歩道はゴーストタウンとなってしまったようだ。
物置として使われていた斜内の駅跡はどうなったのだろうか?
 
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野花が時の無常を語っていた
あの駅は今・・

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斜内山道の突端・北見神威岬に建つ海の“防人”
以前は国道は岬をめぐっていた・・

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岬灯台の下をめぐる興浜北線列車
わが国でも屈指の鉄道風景であった・・
 
そして、もう一度冬の岬灯台を見てみたかったが、岬まで1km近くの雪の吹き溜まりをラッセルするのは今では不可能だし、またその用具も持ち合わしていないのでパス。 でも、昔のブリバリ時代なら行っていたかも・・。 
それでは、未練タラタラの情景をごろうじろ。
 
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今は遠く離れたここで見つめるのみだった北見神威岬
 
さて、最大の目的の北見神威岬までも不完全に終わってしまったのである。
「このままではさすがにアカン・・」と、少し気を入れ直す。 だが焦れば焦る程に結果は伴わない。
現存するという豊牛駅舎も見逃し、気づけは浜頓別に出ていた。 「もう、ここは野鳥もいなさそうなクッチャロ湖はパスして、天北線の遺構めぐりをしよう」と決めて、天北線の宗谷丘陵の区間へ向かう。
 
浜頓別から鬼志別までは前回に訪れているので、今回は鬼志別からの丘陵越え区間を訪ねたいと思う。
鬼志別から宗谷岬へと別れる国道238号と別れて、内陸へと入っていく。 国道を離れると途端に道はアイスバーンとなる。 ともすれば、スタットレスタイヤでもズル滑りする道だ。
 
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完全無欠のアイスバーンだった
宗谷丘陵の峠道
 
この道を7kmほど入ると、立派な公民館が建てられた小石駅跡だ。 だが、公民館は正月休み中で、周囲は全く除雪がされていなかった。 そして、この地に立ち寄る主目的であった『望郷』の石碑は、またもや雪で吹き溜まっていた。 掘り返したい気持ちは山々だが、その姿を見られるのは怪しいを通り越してしまうので、泣く泣く諦める。
 
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小石駅跡に建てられた交流センター
右後ろの白い雪の吹き溜まりが撮りたかった『望郷』の石碑 
 
次の曲淵までが、17.7kmの完全無人地帯をゆくのである。 だが、その脇にあるトドマツの樹氷の美しい事。
もう夕方の勢いが見えてきた午後2時過ぎの斜光と相俟って、魅せられる情景となっていた。
コレに惹かれて、何度も車を止めて写真を撮る。 やがて、無人地帯のオアシスが如く、小さな集落の塊が見えてきて、曲淵に着く。 駅舎跡のモニュメントは雪に埋もれて、程よい被写体となっていたのでカメラに収める。
 
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雪に埋もれたモニュメントに斜光が当たって・・

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沼川駅跡に立つ1本の樹

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バス停の横に移設された樺岡駅標
 
そして、沼川。 駅跡に駅名標が立てかけられて雪に埋もれていたが、傍にある1本の白樺が絵になっていた。
ここにきて、漸く『オホーツク縦貫鉄道の夢』をめぐる事ができたみたいだ。 次の樺岡も、バス停の標識の横に駅名標が立てかけられて廃線の様相を呈していて良かったし、恵北は鉄道遺構はなかったものの、荒涼とした雪原野に沈みゆく太陽が日輪を描いていた。 最後の最後にて、「あぁこの企画もまんざらではないな・・」と思えたのである。
 
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雪の原野に沈みゆく太陽が日輪を描いていた・・

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果てしなく広がるこの地だからこそ
光の輪を魅る事ができたのかも・・
 
後は、ギリギリ日の沈む16時までに宗谷岬に立ち寄り、25年ぶりにあまり情感の涌かない岬を拝んで、ついでに夜のノシャップ岬に立ち寄って岬灯台にタッチして、オホーツクの主要な岬の全踏破の達成と『オホーツク縦貫鉄道』の遺構めぐりを終える事ができた。 ちなみに主要な岬は、納沙布岬・野付竜神崎・知床岬能取岬・日ノ出岬・北見神威岬・宗谷岬・ノシャップ岬ですね。
 
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岬の中でも最も感慨の湧かない宗谷岬
 
後は、ノシャップ岬の近くにある童夢という近代的なクアハウスで風呂に入って、抜海で完全に鈍ったウデで夜汽車の撮影をして、明日の『利尻島バックの宗谷本線』を夢見て、貨車駅・勇知の前に車を止めて寝る。
でも、稚内って、道の駅がないんだよね。 ・・今日は久々に、車内温が氷点下7度まで落ちていた。
 
 
      ※《4日目》は、次回(その4)にて・・
 
 
 
 
 
『オホーツク縦貫鉄道の夢』めぐりのハズが・・、北海道の無意味なたらい回しツアー その2
 
    行程記録
《前夜》 大阪より夜行バス→東京・池尻大橋
《1日目》 東京池尻大橋→大門(浜松町)→羽田空港→釧路空港→釧路→根室→道の駅・根室スワン44
《2日目》 根室スワン44→温根沼→野付半島→中標津→美幌峠→佐呂間→中湧別→道の駅・紋別
《3日目》 道の駅・紋別→コムケ湖→興部→日ノ出岬→雄武→北見枝幸→ウスタイペ千畳敷→北見神威岬→
      沼川→宗谷岬→ノシャップ岬→抜海→勇知
《4日目》 勇知→稚咲内(サロベツ・オロロンライン)→筬島→美深峠→添牛内→雨竜→札幌→道の駅・えにわ
《5日目》 道の駅・えにわ→インクラの滝(雪深く断念)→勇払→あつまの湯→道の駅・むかわ
《6日目》 道の駅・むかわ→豊郷→節婦の浜→豊郷→苫小牧→札幌→千歳空港→関西空港→自宅
 
      ※ 《前夜》と《1日目》は前回の(その1)を御覧下さい。
 
バリバリに凍った車のフロントガラスをデフロッサーで解かすのに30分以上かかるので、取り敢えず4時半起きとしよう。 今年は暖かく、車内温度は1℃位だ。 風の吹きっさらしの1℃と違って、かなり暖かい。
まぁ、去年は、糠平で車内温度-14.5℃(外は-18〜19℃)を耐えているから、+1℃なと春先みたいなもんである。
 
デフロスターがフロントガラスの氷を徐々に解かしていく。 その様はシダ植物が分裂しているようで、なかなかコスモチックである。 まぁ、どうでもいい事なのだが・・。
 
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この情景に魅せられてやってきたのだ・・
去年の正月の温根沼

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この時は氷点下10℃だったけど
目の前に感動の熱い情景が広がっていた・・
 
さて、その間に食事とトイレを済ませて、去年に夜明けの情景で魅せられた温根沼に向かうとしよう。
出発は5:40位・・。 この温根沼は、宿泊(というより停留)地より3km程離れているだけだ。
また、車を止めるスペースも心配ないくらいにあるので、ロケーションとしては心置きなく撮影できる。
 
だが、天気が頂けない。 雪混じりのドン曇りであった。 予定通りの飛行機にキチンと乗れていれば、昨日の昼から夕方にかけて春国岱で野鳥撮影に勤しむつもりであったが、今回は春国岱の撮影はポシャるわ、温根沼は朝日が拝めないわ・・と、のっけからの『散々なデキ』の状態が継続中である。
 
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こんな興奮するシーンをもう一度・・と夢見たが
飛行機乗り遅れでポシャってしまったよ・・

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来年は春国岱と温根沼そして稚内周辺のみを
時間をかけて追ってみたい・・
 
7時半位(日の出は7時前後)まで粘ったが、空は更にドン曇りとなっていちるの望みも断たれたので、撤退を始める。 なぜなら今回は、『オホーツク縦貫鉄道の夢』の現状を追うべく、オホーツク沿岸を北上するのである。
 
それは、ここ根室から稚内まで600km以上あり、それを2日がかりでめぐっていかねばならないからである。
つまり、時間の余裕がほとんどない、旅としてはお粗末な行程計画なのだ。 今思えば、そんなお粗末な行程で、いい情景やシーンが拝めると思う方が認識が甘いのである。
 
さて、撤退と決めたら、『オホーツク縦貫鉄道』が駆けた道のりをできるだけ忠実に北上していこう。
R44で標津線の分岐駅であった厚床まで進む。 道に雪は、ほぼ乗っておらず走りやすい。
 
厚床のセイコーマートでお食事を買い込んで、標津線ルートのR243に入っていく。
ちなみに厚床駅は、建替えられて『オホーツク縦貫鉄道』を語る上では“今イチ”の様相なのでパスとした。
 
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当時のままだったら立ち寄ったのだけれど・・
 
さて、標津線の遺構が保存されている奥行臼であるが、完全に“見落とした”のである。
何の目的でやって来たのだろうか?と、筆者自身が問いたい位の華麗なる見逃しである。
でも、現役時代の写真があるので、まぁいいか・・って事で、反省もナシに流す。
 
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現物があるのでまぁいいか・・
現役時代の奥行臼駅
 
この見逃しで完全に標津線を追う気が失せて、R243よりR244に乗り換えて尾岱沼方面に向かう。
天気は北上すればする程に悪くなっていくようだ。
 
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尾岱沼の展望台のある『道の駅・おだいとう』についた頃は、完全な雪空となっていた。 また、期待した白鳥は全くおらず、野付湾が鉛色の水を湛えているだけであった。
なので、ここもトイレのみで出発する。
 
 
←こんなのを期待したのだが・・(四半世紀前の尾岱沼にて)
 
 
そして、このエリアの最後の砦が、次に向かう野付半島である。 野付半島へは茶志骨という所から分岐する道道950号線を北上していくのであるが、通ってみるとあらビックリ。 今までアイスバーンだった国道244号に対して、格下の道道950号線は除雪がなされて、黒いアスファルトが見えているではないか!
 
やはり、この道は観光道路で、生活道路よりも除雪が優先されているのだろうな・・と思う。
そういえば、すれ違った車の半分近くが『わ』ナンバーのレンタカーだったみたいだし・・。
 
さて、この道路を10km程いくと、《ナラワラ》の看板が現れる。 左は荒涼とした眺めのオホーツク・・、右はツンドラのような情景を魅せるナラワラである。 それでは、『今回撮った写真』の初の御披露といこうか・・。
まぁ、『披露』というより『疲労』な写真であるのだが・・。
 
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ナラワラ
まだ湾は氷結していないみたいだ

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四半世紀ぶりの来訪
思ったよりナラワラはあるようだ
 
さて、狙ったのは、野付湾の野鳥である。 まぁ、最大210mmでは、何が写ってるかが解らんが、それでも写真撮りとしての魂は無くしたくない。 現物が存在しない哀れな偽物・デジタルを使って、虚実を手に入れるという事は絶対にしたくないのだ。 まぁ、これは、偏固なワテの考えなので悪しからず・・。
 
野付半島で出会えた野鳥たち
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このあたりの野鳥は何故か
みんなして同じ方向を向いている

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小さいけど
アングル的にはこれが一番星

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雄大な翼を広げるオジロワシ

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野付の浜は野鳥たちの憩いの場
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野鳥2羽のランデブー
 
後は、野付半島の岬である竜神岬まで車道を行き、一般車通行止の駐車スペースで岬灯台を撮って引き上げる。 なお、雪が吹き付けていて岬灯台までいくのは億劫だったので、遠目から灯台を撮ったのみである。
何か、粘りや張り合いがないようになったね・・。 あぁ・・、年月の流れは、ヘタレを更にヘタらせるのである。
あるのは、平家物語のあの文句・『ひとえに風の前の塵に同じ・・』である。
 
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観光地の灯台にしては殺風景な野付・竜神岬灯台
 
今はまだ昼前だ。 これより国道に戻って根北峠を越える予定だが、標津に入る前に道路状況を示す電光板
が「根北峠は積雪の為、通行止」を掲示している。 これで、早めの網走着は不能となった。
迂回路が美幌峠を通るR243で、かなりの遠回りとなるからである。
 
でも、なだらかで標高も低い根北峠が通行止なのに、なして美幌峠は通れるのだろうね。
やはり、周囲がゴーストタウンの根北峠と屈斜路湖を控えた観光道路の美幌峠の違いだろうね。
昼過ぎに着いた美幌峠は、小吹雪で視界ゼロで、真っ白けの状態だった。 でも、道の駅とレストハウスは開いてたよ。 ここで急に暖かいモノが食いたくなって、「ラーメン一丁!」した。
 
まぁ、根北峠がダメだったので、根北線の遺構は撮れず終いとなったが、これもストックがあるのでまあいいか・・って事で。 美幌峠を下って美幌に出た頃はもう3時前、もう夕暮れどっぷりの時間帯だ。
緯度の高い北海道では、冬では2時半はもう夕方の勢いがあるのだ。 天気のいい時など、斜光が差してきて夕方の情景を魅せるのである。 そして、今日は雪が降ったり止んだりで、写真は撮れそうにない。
 
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ギリシャ神話の神殿でも見てるかのような・・
廃止されてから国の重文となった『通らずの橋』
 
・・と言う訳で、後は移動のみです。 卯原内の湧網線資料館は、雪がキツくなってるし、閉館っぽいし・・でパス。
佐呂間駅跡の資料館も吹雪いて車外に出るのはヤハめだったし・・、こんなに吹雪いては、残ってるかどうかも定かでない廃線遺構めぐりなどできそうもないし・・、計呂地駅跡に着いた4時過ぎは、夜そのものの暗闇だったし・・である。
 
で、5時ちょっと過ぎ、美幌峠を迂回したにしては早くに中湧別駅跡の『道の駅・なかゆうべつチューリップの湯』
に着く。 駅にあった跨線橋をそのまま切り取って展示しているようだ。 でも、冬季は公開していないようで、展示車両はビニールシートで包まれていた。 冬期は常時雪が舞うこの地では、「さも有りなん」って事だろう。
 
さて、取り敢えず目的である『チューリップの湯』に入って駐車場を見渡すと、どうも車寝するには賑わい過ぎるな・・という事で、ここでの停留・就寝はパスする。 まだ5時半過ぎだし、紋別まで向かう事にしよう。
 
取り敢えず、湧別駅跡の消防署に立ち寄ってから紋別に向かう。 立ち寄った湧別駅跡は、どこにでもあるコンクリートの官公庁舎であった。 ともすれば、「湧別駅ってこんなに広大な敷地だったの?」と思う位に、道路を挟んで左右に広がっている。 そして、目的の駅跡のモニュメントは、雪に埋もれていた。
 
夜半過ぎ(6時前は、大通り以外は街灯のみの夜半過ぎ状態デス)にこれを掘り返すのは、傍目から見れば変質者そのものなので自重する。 従って、旅立ち前では高い目的であった『湧別駅跡』は、撮れずじまいとなってしまった。
 
後は、紋別まで完全アイスバーンを伝って、紋別郊外の『道の駅・紋別』へ。
この『道の駅』は国道より離れたスポーツセンターの敷地内にあり、冬季は閉鎖状態のプールの建物が見える位置にある。 従って、冬は流氷船・ガリンコ号の運行時以外は、あまり利用者のいない『道の駅』なのである。
・・という事は、穏やかな就寝が期待される良い停留場なのである。
 
セイコーマートで出来立てのカツ丼を購入して、かっ食らって、7時過ぎにはシュラフに潜り込む。
今日も暖かく、車内は氷点下に落ちなかった。 寝着いた8時から翌朝5時まで、9時間爆睡したよ。
 
 
      ※《3日目》は、次回(その3)にて・・
 
 
 
 

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