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名峰次選の山々 第113回 『174 恵那山』 岐阜県・長野県
木曽山系(中央アルプス県立自然公園) 2191m コース難度 ★ 体力度 ★★
恵那山の頂上標
恵那山 えなさん (中央アルプス県立自然公園)
中央アルプスの最南端にそびえる恵那山 2191メートル は、中央アルプスの山々の多くが抱く険しさではなく、草原や豊富な樹林帯が魅せる優しく包容力のある山容が魅力の山だ。 中央高地のような高さはないが、そのぶん森林が豊富で、秋の紅葉時は山肌を鮮やかな紅葉が埋め尽くすのである。
登山であるが、東西南北に4つの登山ルートが設けられ、玄人向けのルート、展望のルート、最短ルートと技量に応じてルート選択ができる山である。 また山上に立派な避難小屋があるので、日にちをかけてゆったりと山を楽しむのもいいだろう。 恵那山・広河原ルート 行程図
行程表 駐車場・トイレ・山小屋情報
飯田市街より車利用 (0:50)→神坂峠林道車止 (0:40)→広河原登山口
(1:40)→五合目・1716m高点 (1:40)→恵那山
※ 帰路は往路の通り戻る・所要2:40 広河原林道車止より車 (0:50)→飯田市街 さて今回は、最短ルートの《広河原ルート》を使って、前夜発の日帰りで恵那山を踏破してみよう。 ガイドの前に、その他の3つのルートも軽く解説しておこう。 まず、古くから知られている登山道が《神坂峠ルート》だ。 このルートは《神坂峠》の標高が1569mと高いものの、アップダウンが数回あり、また途中に水場がない上に距離が長い事が難点である。 だが、展望は4つのルート随一である。 次に《黒井沢ルート》であるが、距離はそれ程でもなく水場もあり、いざと言う時にビバークできる休憩舎もあるが、アプローチの林道の状態が悪い事と展望が全くない事が難点であろう。 最後に《前宮ルート》があるが、これは距離・獲得標高差・所要時間ともにかなり大きいので、じっくりこの山を味わう事を望む玄人向けのルートである。 難点は、前述の如く距離・1400m以上の獲得標高差、登頂まで6〜7時間という所要時間と水場がない事である。 まぁ、条件的に著しく不利であまり使われていないだろうから、道が荒れている懸念もある。 山肌には斜光を浴びた
美しい紅葉樹林が林立していた
他の3つの登山ルートの概要を記したのは、今回選択した最短ルートの《広河原ルート》と比較する為である。 それは、筆者が当初は《神坂峠ルート》を考えていたが、神坂峠林道のゲートに阻まれた事で“偶然”に《広河原ルート》となってしまった事と、その“偶然”のルートが他の3つに比べて最も良かったと感じた事が挙げられる。 それは、距離が短い事と、最も新しく開設された登山道で歩き良い事、水場も沢水を汲めば良く、また展望や紅葉も楽しめるルートである事が挙げられる。 欠点といえば、林道の状況があまり良くない事と、荒天時は沢を渡るので増水の危険がある事だが、荒天はどのコースでも避けるべきなので、欠点が最も少ないルートと言えるだろう。
林道越しに紅葉の絶景が広がる
それでは、その《広河原ルート》を使って恵那山に登ってみよう。 さて、アプローチであるが、林道ゲート前の駐車場は30台ほどの車が駐車できるが、トイレは仮設トイレ(工事現場にあるトイレ)が1基だけで後は何にもない所なので、一夜を過ごすのはちょっと避けたいだろう。 ここは少し遠いが、付近の『道の駅』よりアフローチするのがベターかもしれない。 斑模様にに色づいて
なお、私は30km離れた『道の駅・下条』を夜間停泊地としたのだが・・。 この『道の駅』の隣は温泉クアハウスなので、早く着くと温泉も入れるのでその点でも良いだろう。 その『道の駅・下条』を5時半に出ると、6時半には《広河原》のゲート前に着く事ができる。 紅葉を陽にかざしてみた
さて、《広河原》のゲート前は休日の好天日であれば、6時半ともなれば30台の駐車枠の中には入り込めないかもしれない。 そうなったら、脇の雑草地に10台ほど止めるスベースがあるので、そこに止めて行くしかないだろう。 ゲート前に車を止めたら、林道ゲートを通り抜けて出発だ。 素晴らしい紅葉に
頂上に着く前にフイルムが切れてしまいそう
これより痛んで舗装がめくれ上がった所が目立つ林道を2kmほどゆく。 周囲は朝の光を浴びた山肌の紅葉が美しく輝いている。 林道歩きはあまり楽しくないものだが、ここは紅葉の眺めが素晴らしいので、楽しくさえある。 紅葉を愛でながらゆくと、あっという間に《広河原》ルートの登山口の標識前に着く。
この標識の指示に従って沢に下りて、木を2本で縛ったものを渡した桟道橋で沢を渡る。 この沢が、「先程増水したら危険」と述べた沢渡渉点だ。 沢が増水して氾濫すると、こんな『渡し橋』は一発で流されるだろうし、増水した沢で流されたら、すぐ近くに砂防ダムがあるので転落して『さよなら』となるだろう。 現にそういう事例が最近あったそうである。 丸太二本を縛った桟橋で沢を渡る
これを渡ると、先程に林道より紅葉を愛でていた山肌をジグザクを切って登っていく。 傾斜はかなり急だ。
展望は尾根に上がるまでないが、朝の光に輝く紅葉は十分に急登で滅入る心を和らげてくれる。
なお、この急登が終わる尾根上までだが、木にパウチされた紙が巻きつけられ、1/10、2/10などと書き示された『合目道標』の『4/10』を過ぎて少し登った所が尾根上となる。 そこまではひたすら登っていこう。
沢を渡って登り始めてから、ちょうど1時間で尾根上に立つ位だろうか。 尾根上に出ると道は平坦となり、眼前に恵那山のピークが見えてくる。
←先程歩いた林道が
視界から消えるまで登っていく
見上げれば青い空と紅葉
これを見ればキツイ登りも辛くない 15分ほど平坦な樹林帯を通過すると開けた草原状となり、恵那山のピークに向かってこの草原の山肌を登っていく。 草原帯は展望も良く、またそよ風に草がそよぐ様は気持ちが良い。
五合目の尾根上に出ると
青空が広がっていた
この草原帯を登っていくと潅木のトンネルに入ると、すぐに木に『7/10』のパウチ紙が巻かれている《七合目》だ。 そのまま潅木の急傾斜を詰めて国境稜線まで詰めると《八合目》である。
六合目からは尾根に取り付く
見下ろすと
まだら模様の紅葉に色着く山肌が・・
尾根を登っていく最中に
ガスが掛かりだした
《七合目》で潅木のトンネルに入ってからは森の中を行くので、ほとんど展望はなくなる。
こうなれば、後は頂上までのラストスパートだ。
パウチされた9/10(九合目)道標が
木に巻きつけられている
国境稜線上の傾斜を詰めていくと、例の木に巻きつけたパウチ紙の道標以外に何もない《九合目》を越えて、程なく恵那山の頂上に着く。 恵那山の頂上は成長した木々に囲まれて展望は乏しく、展望櫓は建っているものの、その上からでも成長した木々が邪魔で展望は悪い。 取り敢えず、山頂をに着いた事だけを示す『アリバイ写真』を土産に、じっくりと休憩したなら往路を戻る。
恵那山神社の祠
頂上は木々に囲まれて展望無し
復路は頂上で残念だった展望を得るべく、《七合目》下から続く好展望の草原帯をカメラ片手にゆっくりと下っていこう。
頂上では得られなかった展望を
堪能しながら下りていく
また、バタ足ついて快速に下る人が多いが、《四合目》からの下りは急なので足首や膝を痛めないように注意しよう。 僅か20分や30分の早い帰着を求めて、そのリスクで足首や膝を痛めて山に登れなくなる方が愚かであろうから。
四合目まで下ると紅葉の世界だ
豪華絢爛絵巻もいいし
しっとりとした紅葉を狙うのもいい
登りで3時間(私の登りの所要時間)と行程時間的には余裕があるので、ゆっくりと山肌の紅葉を愛でながら下っていくといいだろう。 ゆっくり下っても、恐らく14時位までには下山できるだろうから。 最後の林道は紅葉狩りで・・
真っ赤に燃えて
紅葉が燃える紅から黄葉に変わって・・
「もうすぐこの山行が終わる」って事を教えてくれた
車の所まで戻ったなら、後は温泉だ。 登山口のある阿智村には、《昼神温泉郷》という名の知れ渡った温泉郷がある。 登山口に最も近い《月川温泉》でもいいし、《昼神温泉》のハシゴもいいだろう。
帰りは、関西・名古屋方面なら『中央道』の《園原IC》が近いのでアクセスも便利だ。 なお、長野・東京方面は、通行無料の『三遠南信自動車道』がある為に進入禁止となっているので、こちら方面へは飯田のインター利用となるので念の為。 ※ 詳しくはメインサイトより『恵那山』を御覧下さい。
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名峰次選・西日本
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名峰次選の山々 第107回 『195 三嶺』 徳島県
四国山系(剣山国定公園) 1893m コース難度 ★★ 体力度 ★★
剣山に優るとも劣らずの魅惑的な峰・三嶺
この項目では、盟主・剣山と並んで魅惑的な三嶺に登ってみよう。 盟主の剣山でもこの山でも当てはまる事だが、一般交通機関を利用してのアプローチがかなり困難な事が挙げられる。
それは最も近い町の三好市・池田(旧 阿波池田町)でも60km近く離れている事と、そのアプローチ道路もその貧弱さ故に『439 ヨサク 酷道』と陰口を叩かれる国道439号線なのである。
この国道も最近までにかなり整備されたものの、道程の約半分が道幅3mの狭隘道路である。
そして、登山口の名頃集落であるが、登山口前に駐車場とトイレはあるのだが過疎化の為か店屋の一軒もなく、オマケに自動販売機も見当たらなかったので前夜のアプローチは心情的に辛いかもしれない。 三嶺山頂までの所要時間は標準でも4時間を切るので、ここは無理にアプローチしてこの寂しい里で一夜を過ごす事もないだろう。 最も近くの店屋のある所で三好市東祖谷(旧 東祖谷村)の中心集落か、はたまた東祖谷への入口である大歩危あたりで仮眠して翌朝早くに名頃に向かうのも一つの手だろう。
三嶺 名頃登山ルート 行程図
行程表 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 JR阿波池田駅より車 (0:30)→名頃 (0:40)→三嶺林道合流点 (1:20)→ダケモミの丘
(1:10)→水場 (0:30)→三嶺避難小屋、三嶺避難小屋より三嶺頂上へは片道10分
《2日目》 三嶺避難小屋より三嶺頂上往復・所要20分 (1:10)→ダケモミの丘 (1:00)→三嶺林道合流点 (0:30)→名頃より車 (1:30)→JR阿波池田駅
ササ原の大斜面と頂稜丘の大岩盤が
三嶺の秘めたる魅力だろう
《1日目》 名頃より三嶺山頂へ
それでは、剣山に負けず劣らずの魅力を秘める三嶺に登ってみよう。 名頃は平家落人の里として、また案山子の里としても名が知れている。 その為か至る所に以前に流行った『キャベツ畑人形』のような縫いぐるみが鎮座している。 当然、三嶺の登山口にも登山者を見送るべくの縫いぐるみが数体鎮座している。
名頃登山口 さすがに『キャベツ畑人形』は 不気味で撮る気にはなれなかった 登山道は駐車場裏手の土手に切られていて、これを伝っていくとあっという間に名頃ダムの発電施設の上部に出る。 登山道にこの発電施設への資材運搬のリフトの残骸が残っていてこれをくぐるのだが、荷物が大きいとリフト残骸のワイヤーにつっかえて邪魔だ。 発電施設の上部から丘状となった土手上に上がると、足場が枯草に覆われた樹林帯に潜り込む。 この樹林帯の中は結構な急登で、私の見立てでは最も傾斜がキツイような気がする。
途中で三嶺林道と合流する
3つ位の急な段でこの登りを乗り越えると、三嶺林道と合流する。 付近は視界が開け、矢筈山や黒笠山などの玄人好みの山々が見渡せる。 林道を50mほど奥に入ると対岸の土手に登る階段が設けられ、その階段の前に《三嶺登山口》との表示が掲げられている。 この階段を上ると始めは急な登りっぽいが、すぐに急登は収まって高低差の少ない歩き良い樹林帯の中の道となる。 これを約1時間位歩いていく。
周囲はリョウブの樹が目立つようである。 このリョウブは地方によっては『サルスベリ』と同一種として扱われている花木との事で、夏になると周囲は白や赤の樅花で彩られる事であろう。 だが今は、枯葉も落ちた裸木が乱立している。
付近の木々がリョウブより樅の木に変わっていくと徐々に傾斜が急となり、やがて道標など一切ない1517mの独標の上に出る。 樹生する樅の木にはニホンジカの食害を防ぐ為に一本一本に樹体にネットが巻かれ、また登山道もシカの侵入を防ぐべく防護ネットが張られている。
最近は樹林帯の山々でこのような森林保護を受けているのを見かけるが、それほどまでにニホンジカの食害は凄ましいのだろう。 そして元来生息していたカモシカはその余波を受けて淘汰されてきているという。 そしてそのカモシカの生息の阻害要因として、山での破廉恥極まる行為である『犬連れ登山』も関わっている・・という事実もあるのだ。 それは記すると長くなるのでリンクにとどめる事にするが、これらの不埒者が連れてきた犬の糞や尿によって餌となる草の芽などの植生が被害を受け、飢えたカモシカが撒かれた犬の餌を食って腹を下して死ぬケースが見受けられるとの事である。
ダケモミの丘を越えると鞍部の平坦地に出る
だが休憩するには足場がヌタ場で雰囲気的にも侘しい所だ さて、この事となると憤慨して熱くなるのでこの辺て止めるとして、ルートはダケモミの丘を越えると下り基調となってシラベや樅、ツガの木々が乱立する窪地状の鞍部に出る。 ここは傾斜的には平坦地で休憩を入れたい所だが、足場はヌタ場でグチョグチョなので休憩場所としては不向きであろう。
休憩を入れるなら、この先の植生がササ原に変わった辺りの方が賢明だろう。 傾斜がキツくなっていくと
尾根上で右へ直角に進路を変える このヌタ場の鞍部を越えるとササ原となり、徐々に傾斜がキツくなっていく。 2〜3回つづらを折って登りつめると道標の立つ尾根上に出て、ここから方向を90°右に切って登りつめていく。 すると程なく樹林帯を抜けて、三嶺の頂上丘を形成する大岩盤が眼前に迫ってくる。 この大岩盤にタワんで連なる尾根を更に詰めていくとササ原を抜けて大岩盤下のガレ地の急登となっていく。
水場へはロープ片手に
懸垂下降で崖を降りていかねばならない このササ原とガレ地の境目に水場への降り口があり、ガレ地を30m程下っていくと涸れ沢の伏流水のような源流沢がある。 だがこの水場のガレ沢下りはかなり嶮しく、ロープを使っての懸垂状の下降もあるので注意が必要だ。 しかし、頂上台地に建つ避難小屋には水はなく、小屋に泊まるならここで水を補給する事が必須条件となる。
水場は頂上岩盤からの
流れの細い伏流水だった 水を補給したら、いよいよこの大岩盤から続くガレ地の急登となる。 ルートは、このガレ地を詰めて大岩盤の基下に掘られたヘツリを伝って上に抜けていく。 目指す三嶺の頂上丘岩盤が見えてきた
見上げると真にそそる眺めだが登ってみるとそれほどでもなく、また大岩盤の基下のヘツリは丸太の段がかましてあって登りよい。 感覚としたなら、最初の発電施設から林道までの急登の方がよっほど身体に応えたのであるが・・。
三嶺の大岩盤へ向けて急登
でも整備されて登りよい ガスに撒かれても神秘的な眺めだ
私が訪れた時は2日間に渡って天気が悪かった事もあり、展望としてはこの辺りの大岩盤とササ原の風景が最も魅せられる風景であった。 カメラ片手にこれらを撮りながら登りつめると、いつの間にか見上げていた大岩盤上に広がる頂上丘の縁に登り着く。
山上池から左に10分で頂上
右に数十歩で・・ 登り着いた頂上丘にはまだ氷結した白い氷の山上池があり、その前に道標が立ち、『左 300mで頂上、右 避難小屋』と標してある。 右手の避難小屋への距離は記してなかったが、避難小屋はすぐ上の高台の窪地に隠れて見えないだけで距離にして50mほどであった。
新しく建て替えられた
今宵の宿(避難小屋)に到着
取り敢えず小屋に荷物を置き、頂上を踏んでこよう。 頂上は盛り上がりを1つ越えた先にあり、この辺りだけは残った雪が通路をヌタ状にしていた。
たどり着いた頂上は、折からの悪天で何も見えない白霧の世界だった。
取り敢えず『お約束』のアリバイ写真を撮って、暫くする事もなく呆然と佇んで時間を費やして頂上を後にする。
←拙の冴えないアリバイ写真
唯一頂上からの写真
この後すぐに白霧の世界に・・ 避難小屋は2階建ての土間が区切られた新しい美築の小屋で、居住性は快適だ。
但し、何故かトイレは100m近く離れた頂上丘の縁にあり、かなり不便だ。
そして水場も先に記述した如く危険な下降を伴う水場で、しかも20〜30分も下方にあって、これまた不便である。 訪れた時はまだ春先で、外はいつしか霙から雪に変わっていた。 草原に・・残雪に・・山上池に・・
三嶺山頂丘は真に山上庭園の眺めだった 《2日目》 往路を下山
朝起きると、まだ雪がチラチラ舞っていた。 この様子では、頂上での朝の情景は望み薄であろう。 まぁ、登った感覚としてそんなにキツくもなかった(ダラダラと登ったからなのだが・・)ので「晴天の日にいずれまた・・」という事で、そのまま下山の支度に取り掛るとしよう。 深い山なみに魅せられて・・
下りも往路を行くが、ルート全般的に足や膝に負担のかかる大きく掘れた段差が少なく、降り易いルートだ。 最盛期には上りより下りの方が時間がかかる事もザラであった下山歩行技術が崩壊して進展しない筆者を持ってしても、2時間半で下る事ができたのだから・・。
ただ雨に濡れながらの下山であった事を除けば、快適な下山行であった。
後は、カメラ片手に頂上丘の大岩盤やイッキに下ろしていくササ原の大斜面などをカメラに収めつつ下っていこう。
帰り際に頂稜大岩盤を1ショット
下山したなら車で隣の集落の菅生 すげおい まで下ると、観光モノレールさえ運行される程に観光地化されたクアハウスの《癒しの里温泉郷》がある。 食事も取れるので、山の後の『ひと風呂』にいいだろう。
※ 詳細は・・といきたいけど、メインサイトはこのページでサーバーの容量オーバーで死亡・・
只今、サーバー移設中・・(涙)
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名峰次選の山々 第106回 『194 次郎岌』 徳島県
四国山系(剣山国定公園) 1929m コース難度 ★ 体力度 ★
四国第三の高さを誇る峰・次郎笈
今回は〔名峰次選〕で、年末に入れ替えた6峰の内の1峰、四国の次郎岌(じろうぎゅう)を取り上げよう。 この山の魅力は、対峙してそびえる山系の盟主・剣山より望む美しい容姿にあるだろう。
そして、たおやかな稜線に広がるササ原も、この峰の魅力をより大きくしている。
それでは剣山と共に、最もこの峰が美しく望める時に登ってみよう。
剣山〜次郎岌 周遊ルート 行程図
行程表
貞光町市街より車 (1:15)→見ノ残 (0:45)→西島リフト駅 (0:45)→剣山 (0:50)→次郎笈
(0:50)→西島リフト駅 (0:30)→見ノ残より車 (1:15)→貞光町市街 剣山は登山口の《見ノ残》が標高1400mと高く、初心者にはうってつけの山である。
だがこの事は、それなりに山の経験を積んできた者にとってはやや物足りない事だろうと思う。 山の猛者ならば、剣山から山系の西の果てにそびえる三嶺 1893メートル までの縦走を行なって十分・・という所だろうか。 ならば、私のように経験だけで技術の伴わない者(これは私のみにあてはまる事なのだが、ほとんどの人がこの反対であろう)はどうすればいいのか。 “そう、冬期の剣山に登るのがいいだろう”という事で、安易に登山計画を立ててみたのだが。 それでは、冬のひと味違った“名峰”の魅力を剣山に探しにいこう。 南国・四国といえども、厳冬期に標高1400mまで上がれば霜の1つもあろう。
まず、一番の難関は、登山口の《見ノ残》までのアプローチである。 バスなどの交通機関は夏のシーズンのみの運行で、通常期間は麓の集落でストップする。 貞光町からおよそ50kmもあるので、よほどの強心臓!?でない限りタクシーは使えない。 つまり、マイカーで向かうしかないのだ。 霜の一つどころか路面凍結さえあり得る道を、それも“四国横断ヨサク酷道”と陰口を叩かれる国道439号線を通るのである。 細い道に急坂・急カーブが続き、ともすれば登山行動より汗をかくかもしれない。 くれぐれも、安全運転でいこう。 剣山主稜線を望む
“余裕のある登山とは、余裕のあるアプローチである”。 これを登山信条に掲げる私としては、空の明るい内に《見ノ残》に着いておくのがセオリーと考えるのだが。 それでは、このアプローチ方法を前提に、翌朝日の出前に登山開始するプランで剣山に登ってみよう。 厳冬期ならば、日の出時刻は7時過ぎであろう。 《見ノ残》から剣山の山頂までは、1時間半位である。この事から逆算すると、登山開始は早朝5時頃がベストであろう。 もちろん、この季節での早朝5時は、まだ空の端に白みさえ出ていない真っ暗闇だ。 当然の事ながら、カンテラ・ヘットランプの類は必需品となる。
四国第三の高さを誇る次郎岌も
全国地図では無名峰だ
《見ノ残》の剣山登山口は、剣山神社の鳥居をくぐる所から始まる。 鳥居をくぐって石段を50段程登ると剣山神社の本殿があり、その横の神社の宿坊(登山者の宿泊可能)の脇を通って、しめ縄の飾ってある山門をくぐる。 ここから道は登山道らしくなり、徐々に高度を上げていく。 やがて、《見ノ残》からの参拝リフトの下を簡易トンネルでくぐると、『西島神社まで880m』の道標を見かける。 下を望むと、《見ノ残》の集落がまだ夜明け前の山里としてひっそりと街灯を灯していた。
さて、登山道は、森に分け入ってそれなりの急登で標高を稼いでいく。
闇の森の中を行くので辺りは何も見えず、風が吹く毎に樹木がざわめく。 ちょっと、肝っ玉が必要な道だ。 この登りを乗りきると、不意に強く冷たい風が頬を叩くようになるだろう。 稜線に出たのである。 この付近でようやく空の端が白み始め、剣山の山体と《頂上小屋》が影となって眼前に浮かび上がってくる。 強い風が舞う稜線を伝っていくと、《西島神社》にたどり着く。 ここは参拝リフトの頂上乗場となっている。 ここから剣山の頂上まではいくつものルートがあり、最短は残り930mから最長2150mまでと、いろいろコースを組める。 ここは御来光を頂上で拝むのが主目的なので、迷わず最短ルートを取る。 このコースは、《刀掛けの松》ルートと呼ばれている。 源平末期の悲運の幼帝・安徳帝が滅戦の前にこの御剣を奉納され、その際に刀を立て掛けた故事にちなむ大松がこの《刀掛けの松》だそうである。
《刀掛けの松》を過ぎると頭上に《頂上小屋》が見えてきて、それに向かってつづら折りの坂が続く。 最後のひと踏ん張りである。 これを乗り越えると《頂上小屋》(冬季閉鎖)の脇を抜けて、いよいよササ原が木枯らしにそよぐ山頂大平原に飛び出る。 剣山頂上にて
だだっ広い大平原の全てをめぐることができるように木道が敷設され、その木道が途切れた所が剣山 1955メートル の頂上だ。 ただ、ササ原が広がる大平原だけあって、風が吹き抜け寒い。
朝日が昇るまでのひととき、ここで耐える。
この年の初日の出は独特の雰囲気だった・
空はオレンジ色に染まり、前方にそびえる次郎笈が光を受けて骨っぽい節を浮き上がらせてくる。 こうなると、待ちに待った御来光の瞬間がやってくる。 今朝の御来光は、空の中央部を鈍い雲層が居座っていたためなのか、何か起きる前兆の如く妙に眩い光だったような気がする。 御来光を拝んだなら、眼中にそびえる次郎笈へいってみよう。
朝日を浴びて黄金色に輝く次郎岌へ
剣山から一度大きく急下降するその途中では、次郎笈の山肌が昇りたての朝日によって黄金色に輝き、その美しさにしばし時が経つのを忘れる。 剣山から標高にして150mほど下って、《大剣神社》への巻道(登り時に剣山への最長ルートとされたコースである)を分けて、次郎笈へ下った分をそのまま急登でつめていく。 これを登りつめると、次郎笈 1929メートル の頂上だ。 剣山から約50分の道程である。
石鎚山方向を望む
頂上からの眺めは、剣山のそれを凌ぐ素晴らしい眺望だ。 三嶺まで続く深い山なみも印象的だ。 遙か遠くにそびえる三嶺へは、これより14km。 今日はこの地より望むだけにとどめて、もう一つの〔名峰次選〕のこの山へは次の機会にチャレンジしようと思う(実は、2013年末にアタックするものの、雪深く断念)。 そして、この頂からのとっておきの眺めは、霜に覆われた冬のササ原越しに望む剣山の姿だろう。 ササ原を前景に望む剣山の艶姿
ここから望む剣山は、正に艶姿。 これぞ、“名峰”といわれる峰だけが放つ艶姿なのである。 この眺めを十分満喫しよう。 きっと、その素晴らしさに興奮して時が立つのを忘れ、そして寒さも忘れる事だろう。 素晴らしき眺めに去り難い思いが募るが、頃よく引き上げよう。 帰りは往路を戻るが、途中の分岐で《大剣神社》を経るルートを取ってもいいだろう。 《大剣神社》を経る道には、山名の一端を担い神社の御神体となっている《大剣岩》や、《大剣岩》より湧き出る清泉・《御神水》がある。 この清水は、安徳帝が御髪を洗ったという故事が伝えられている。
神社よりは、頂上への短絡道と《西島神社》への下り道が分かれている。 この下り道を行くと、登りに通った道と合流してリフト乗場(もちろん、冬季は運休中)へ。
後は往路を忠実に下る。 健脚の人なら、10時過ぎには下の神社に下り着く事ができるだろう。
※ 詳細は、メインサイトより『剣山』を御覧下さい。
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名峰次選の山々 第85回 『197 三俣山』 大分県
九重山系(阿蘇くじゅう国立公園) 1745m コース難度 ★★ 体力度 ★★
見事な三峰を魅せる三俣山
九重山群周遊ルート 行程図 行程表
《1日目》 大分市街より車 (2:00)→牧ノ戸峠 (2:00)→九重・中岳 (0:40)→久住山
(0:30)→池ノ小屋 (1:10)→法華院温泉・坊ヶツル (1:10)→大船山避難小屋
(0:30)→大船山 (0:25)→大船山避難小屋
《2日目》 大船山避難小屋 (1:25)→平治岳 (1:05)→法華院温泉・坊ヶツル (1:00)→北千里ヶ浜分岐 (1:00)→三俣山 (0:45)→北千里ヶ浜分岐
(0:40)→久住分れ (1:30)→牧ノ戸峠より車 (2:00)→大分市街
※《1日目》行程は、前回の『名峰次選 第84回 久住山』を御覧下さい。
夕日は三俣山を
魅惑的なシルエットに変えてくれた
このガイド記では《2日目》の出発点が大船山の肩にある大船山避難小屋であるが、この場所は水もなく避難小屋も土間すらない状況で、前回に述べた通り宿泊には全く適さないのは念の為。
通常では、坊ヶツルに泊まって直接三俣山に登るのが一般的である。
九重の山屏風と月
《2日目》 大船山から平治岳・三俣山をめぐって下山
朝、日の出前に目覚める事ができたなら、カメラだけを持って北大船山 1706メートル へ行ってみよう。 テント場の《段原》から5分程の高みである。 もし、日の出に間に合えば、夜明け前の《坊ヶツル》や月と『九重山群』の峰々、そして《豊後水道》より昇るサンライズと、素晴らしい情景が目白押しとなる。
日の出を望んだ後にテント場に戻り朝のひと通りの“儀式”を済ませなら、テントを撤収して出発しよう。 豊後水道から昇る朝日
今日は、大方8時間行程となるので、6時までには出発したいものだ。 北大船山を通り過ぎると、ミヤマキリシマの株がブッシュとなって道に覆い被さってくる。 これが荷物に引っ掛かり、歩き辛い事だろう。 足場も火山性の転石が多く、下と横から歩き辛い状況が襲ってくる。 これを九重山群の峰々の素晴らしき眺めで慰めながら45分程伝うと、御碗を伏せたように盛り上がる平治岳が見えてくる。 しかし、今立っている位置は平治岳より高い所だ。 ここから150m位、ジグザグに急降下せねばならない。 円頂丘を形成する平治岳
稜線上ではっきりと見えていた三俣山が見えなくなるまで下ると、《平治岳》分岐だ。 重い荷物はここでデポって、平治岳 1643メートル を往復してこよう。 平治岳は、ミヤマキリシマの群落が最も多く分布する山として有名だ。 そのシーズンとなると、山頂に向かって長蛇の列ができるとの事である。 道も混乱を避ける為か、あるいはミヤマキリシマの保護の為か、上下にそれぞれ専用の道が指示されている。 また、この山は登りがかなり急で、“ロープたぐり”の岩場もある。 上りは、所要25分位であろうか。 一度、円頂丘に出て少し登ると、ネコの額のように狭い頂上に登り着く。 頂上からは、“二ッ角”の由布岳の眺めが印象的であった。 さて、平治岳を下ってデポった荷物を回収したなら、《坊ヶツル》へと下っていこう。 道は樹海の中の緩やかな下り坂で、ほんの50分もあれば《坊ヶツル》へ下り着く事ができるだろう。 《坊ヶツル》へ下り着いて三俣山を見上げたなら、その巨大さに思わずのけぞる事だろう。 これから、この三俣山へ登るのである。 《坊ヶツル》でよく休憩してから出発しよう。 三俣山への登路は、《法華院温泉》の旅館の前から山崩れ防護堰の工事現場の縁を縫うように登っていく。 工事現場を下に見るようになると、ゴーロ(岩石)帯となり、ガレた道筋をペンキ印に従って忠実に登っていく。
美しい白砂の浜が広がる北千里ヶ浜
これを登りきると、大砂浜が広がる《北千里ヶ浜》に出る。 ここは『九重山群』と三俣山の窪地で、白砂の浜と九重の武骨な黒、そして三俣山の鮮やかなライトグリーンのコントラストの妙に目を奪われる事だろう。 荷物を分岐の岩陰にデポったなら、三俣山にアタックしよう。
《北千里ヶ浜》から《長者原》への進路を取り岩ガレを登っていくと、《すがもり小屋跡》の石垣が見えてくる。 ここが三俣山の登り口だ。 ここから、ライトグリーンの草原を斜めに突っ切るように登っていく。 約40分で、三俣山の3つの峰の中で最も低い左峰の頂上丘に登り着く。 頂上は草原状の丘でこれを“はしょる”巻道もあるのだが、頂上を通っても巻道を通っても大差はない。 左峰を越えて、吊尾根で本峰に移って15分程急登すると、九重で最も目立つ山・三俣山 1745メートル の頂上だ。 三俣山は山肌がササの草原に覆われて、ライトグリーンの前景を提供してくれる。 これに大船山や九重の山なみを取り入れると、いい“絵”になるのだ。 三俣山の頂上草原と九重山
特に左峰の丘は草原が山に向かって広がっているので、アングルを自由に取る事ができる。 頂上を味わい、カメラ片手に風景を楽しんだなら往路を戻ろう。 下りは50分位で下山できるが、何分急なので足元には留意したい。 デポった荷物を回収して、先程三俣山から望んだ九重の鞍部に向かって登り返していく。 標高差で150m位だろうか。 しかし、今度は“荷物持ち”なので、三俣山の登りよりはキツいだろう。 右横に音を立てて噴煙を噴き出す硫黄山を見ながら、そして漂う火山ガスの硫黄臭を煙たがりながらガレた岩場を一直線に登っていく。 登りきったなら、そこは《久住分れ》だ。 涼風そよぐ好展望地の《久住分れ》で山の思い出を十分にかみしめたなら、《1日目》で登りに使った道を忠実に伝っていこう。
九重山群きっての個性的な峰・三俣山
に見送られながら山旅を終えよう
ここより、ほんの1時間半程で登山口の《牧ノ戸峠》だ。 山行後の楽しみである“温泉めぐり”は、《瀬ノ本》から《久住高原》に湧く“いで湯の里”で成就できるだろう。 ※ 詳しくは、メインサイトより『九重山群』を御覧下さい。
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名峰次選の山々 第84回 『198 久住山』 大分県
九重山系(阿蘇くじゅう国立公園) 1787m コース難度 ★ 体力度 ★
九重山群最高峰の中岳より望む
久住山と火口湖・御池
九重山群周遊ルート 行程図
行程表
大分市街より車 (2:00)→牧ノ戸峠 (2:00)→九重・中岳 (0:40)→久住山 (0:30)→池ノ小屋 (1:10)→法華院温泉・坊ヶツル ※これよりは、次回『名峰次選 第85回 三俣山』に続きます。
朝の光を浴びて周囲が美しく輝く中、《牧ノ戸峠》を出発しよう。 登山口をくぐるとコンクリートで固められたスロープが、程よい高さにある《第一展望台》まで続く。 コンクリートの固められたスロープは頂けないが、朝の光を浴びた山々は美しい情景を魅せてくれる。 湧蓋山 1500メートル を中央に果てしない広がる《久住高原》。 それが、朝の光でほのかに輝くのだ。 遠く、阿蘇の山々も澄んだ朝の空の下に独特の形をした峰を魅せてくれる。
シルエットを魅せる九重山群
《第一展望台》より、工事中(《第二展望台》までコンクリートのスロープにするみたいである)の区域を迂回して《第二展望台》に登っていく。 《第二展望台》では、今まで隠れていた『九重山群』の盟主達がいよいよ姿を魅せる。 逆光で黒光りした盟主の峰々は、鋭く威圧感を持って眼前に立ちはばかっている。 今日は、これらの峰々の頂に立つのだ。 そう思うと、嬉しさが込み上げてくる事だろう。
牧ノ戸峠の朝
奥に見える峰は湧蓋山 《第二展望台》を越えると、登山道は支稜を伝うように延びていく。 支稜線を緩やかにたわんでから主稜線に取り付くと、岩屑を積み上げたような山容を示す星生山 1762メートル が正面に現れる。 星生山が視界に入ってくると、丘の頂に上がったが如く道は大きく広がっていく。 やがて、広がった登山道は、その前面に渡って火山灰土の細かい砂粒によって砂浜化する。 《西千里ヶ浜》である。
岩屑の丘と砂の海・・
まるで“月世界”のようだ
この砂浜から見上げる星生山の風景は岩屑の丘と砂の海、そう“月”で望む情景のようなのだ。 この風景を目にすれば、“あの山に登ってみたい”との思いがもたげてくる事であろうが、残念ながらこの星生山は、背後にある硫黄山の噴火活動の活発化で“登山禁止”となっているのである。 従って、この不思議な情景は望むだけとなる。 星生山が眼前から背後に移るまで《西千里ヶ浜》の砂浜は続き、これを伝っていく。
星生山の位置が背後に移ると、前面に久住山の頭がもたげてくる。 そうすれば、さしも広い《西千里ヶ浜》も終わりとなる。 砂浜が途切れるとゴーロ(岩石帯)帯となり、これを越えていく。 このゴーロ帯は横に広く、登山者によって様々な踏跡がつけられているが、最も通り良いルートにペンキ印がつけられているので、忠実にそれを通過していこう。
“月の海”を歩いていくと
盟主・久住山が
これを越えると、《久住避難小屋》の建つ広場(というより荒地)に出る。 広場の隅にポツンとたたずむ避難小屋は、中が荒れ放題でとても使えたものではない。 この広場(この広場はクレーターのように窪んだ位置にある)から土手に這い上がると、素晴らしい山岳展望が広がる《久住分れ》だ。 この台地からは九重の最高峰・九重中岳は元より、久住山・稲星山、そして独特の山容を魅せる三俣山・・、音をたてながら白い噴煙を噴き上げる硫黄山など、山岳展望が全方位に渡って広がる。 カメラ片手に、この雄大な景色を満喫しよう。 さて、この《久住分れ》からは久住山へ30分・九重・中岳へは45分と、どちらの雄峰へも楽にいける。
私は、“最初に九州最高峰に登りたい”という事から九重・中岳を先に行く事にしたが、これは各自の好みに任せたい。 九重・中岳へは、頂上丘にある火口湖・《御池》の湖畔を絡めていくルートと、火口壁である《天狗ノ城》を越えていくルートがある。
後者の方がやや時間がかかるが、三俣山や硫黄山、そして九重の頂上丘と《御池》を眺めながら行けるので、お勧めはこちらである。 《天狗ノ城》を越えて50mのオーダーで上下すると、九州本土最高峰の九重・中岳 1791メートル だ。
←エメラルド色の水をたたえる御池と
九重山群最高峰・九重中岳 九重・中岳の頂からは、憬れの【名峰百選】・大船山がその巨大な山容を《坊ヶヅル》の草原に鎮座しているのが望めるだろう。 山の姿が“巨大な船”に例えられることから“大船山”と名づけられたらしいが、私は“漆黒の鉄兜”との異名を持つ南アルプスの名峰・塩見岳にそっくりの迫力ある姿だと思うのだが。どちらにしても、九重の山々で最も凛々しい山である事には違いない。
快晴の九重山群・最高峰にて
素晴らしい山々の展望を満喫したなら、今度は対面に丘状に広がる久住山へいってみよう。 九重・中岳と《天狗ノ城》の鞍部に《御池》の畔に下りる道があり、これを伝って池の畔に出る。 池の畔には、これまた荒廃しきりで“使えない”《御池石室(避難小屋)》が建っている。 小屋の壁際に荷物をデポって、気楽な身なりで久住山を往復してこよう。 池の畔の左岸を半周して、頂上丘と久住山を仕切っている隆起を乗り越えればもう久住山の取付だ。 後はザレ場を15分も登れば頂上に着く。
久住山頂上より
九州の雄峰を望む 久住山 1787メートル の頂上からは、阿蘇や祖母の山なみが一望できる。 九重の山なみを味わうならば九重・中岳、九州の名峰のおりなす展望を味わうならばこの久住山であろう。 今すぐ飛んでいきたい九州の名峰群を心ゆくまで眺めよう。
久住山からの下り道は往路を下るも良し、時間に余裕があれば九州の名峰を望みながら稲星山へ続く外輪山を伝うも良し・・である。 ここまでなら十分日帰り圏内なので、牧ノ戸峠まで往路を戻るのもいいし、九州随一の高所に湧く温泉・坊ヶツルで宿泊して、九重山域を山遊するのもいいだろう。
頂上丘の背後を締めるピラミタルな稲星山
なお、私は【名峰百選】に選びし大船山に登ってその肩で幕営したが、通常なら宿泊設備の整った坊ヶツルでの宿泊となろう。 なぜなら、大船山の肩は床もなく荒廃した避難小屋があるだけで宿泊には適さないからである。
夕日を浴びて赤く染まる大船山
これが撮りたくて
大船山の肩まで向かう
ちなみに、坊ヶツルから大船山までは、行程差500mで2km、所要1時間少々である。
次回は、大船山の肩から名峰次選の三俣山に登ってみる事にしよう。
※ 詳しくは、メインサイトより『九重山群』を御覧下さい。
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