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日本の滝を訪ねて 第146回 魚止ノ滝 〔長野県〕
山岳地図にしか載らない大瀑
魚止ノ滝
魚止ノ滝 うおどめのたき 落差 50m 長野県・大町市
滝へのアプローチ 餓鬼岳・白沢登山口より白沢の2km上流
今回取り上げる魚止ノ滝は、北アルプス・常念山系の餓鬼岳に至る白沢登山道に所在するので、この餓鬼岳の登山と共にガイドする事にしよう。 なお、この項目では魚止ノ滝までを取り上げ、続く餓鬼岳へは次回アップ予定の記事『日本百景 第261回 餓鬼岳』で取り上げたいと思う。
餓鬼岳・白沢登山ルート 詳細図
行程表 駐車場・トイレ・山小屋情報
《1日目》 JR信濃大町駅よりタクシー (0:30)→白沢登山口 (1:30)→魚止ノ滝 (0:30)→白沢・最終水場 (2:30)→大凪山 (2:30)→餓鬼岳小屋
※ 餓鬼岳小屋より餓鬼岳山頂まで所要5分
《2日目》 餓鬼岳小屋 (2:00)→大凪山 (2:00)→白沢・最終水場 (1:45)→白沢登山口よりタクシー (0:30)→JR信濃大町駅
夕日にほのかに染まる餓鬼岳頂上部
《1日目》 白沢登山コースより餓鬼岳へ
この項目では、北アルプスの中でも最も標高差が大きく、かなりの健脚向けの峰である餓鬼岳 2647メートル に登ってみよう。 登山口から山頂までのこの山の標高差は1650mにも及び、北アルプス山域の単体の山では断トツの標高差を示している。 数値が示す通り、この峰を極めるにはかなりの体力を要するのである。 ちなみに、最盛期を過ぎて体力が落ちる一方の筆者は足が続かず、休憩を取りまくって登りで10時間、下りで8時間半かかっている。 まぁ、これは筆者の心がけがなってないからなのであるが、それを差し置いてもガイドなどで示すコースタイムの登り6時間半・下り4時間半では難しいコースであろう。 だが見た所、空身で日帰り往復を計画する登山者がかなり多いようだ。 体力があれば何とかなるのかもしれないが、この山で日帰り山行を実行するとなると、上記に挙げた『ガイド等でのコースタイム』を切らねば無理となるのである。 そして、このコースタイムをクリアしたとしても、山頂での滞在時間は10〜15分程度と、何を楽しみに山に登っているのか問いたくなるような内容の山行となってしまうだろう。 この『日本百景』では山岳風景を愉しみ、ゆとりある旅を味わう事を目的としているので、ここは是非とも山中1泊形態の行程で進めていきたいと思う。 それでは、山旅を始めよう。
第一難関の大凪山を正面に見て登高開始
筆者の所要10時間は日頃の鍛錬不足など『心がけ』がなっていない事として差し置くとしても、前述の如くかなりの健脚ルートである。 これは、駅に着いて・・や、マイカーで登山口に着いての引き続きの登山開始では、タイムオーバーとなってしまうのが目に見えているのである。
要するに、所要時間が大きいこのコースでは、早朝の夜明けと同時に登り始める事が必須となるのである。 従って、行程表では『引き続き』のように記してあるが、前夜までに登山口までアプローチしておく必要がある。 だが、登山口には宿泊施設は皆無で、マイカー車内泊かテントを持ち込んでの登山口での幕営となろう。 ちなみに、筆者は後者の前夜登山口でのテント幕営をしたのであるが、これはこの厳しいコースをテント一式担ぎ上げる事が課せられる事となるので、登山口のアプローチ手法に関しては事前に考慮願いたい。 さて、夜明けとともに出発がベストだろう。 筆者の訪れた秋はAM6時頃が夜明け時である。 舗装された車道の終点に車が数台駐車できるスペースがあり、そこが山道への入口となっている。 ここには工事現場などでよく設置される簡易設置トイレが置かれているが、設備はこれだけである。 山道の入口に入り、数分歩くと案内板の立つ登山道入口に出る。 登山道入口は一見すると行き止まりの袋小路状になっているが、案内板の脇の細いルンゼ状の桟道が下に延びている。
これを下っていくと、程なく清らかな流れを示す白沢の前に出る。 これより、山への取付点まで沢を遡っていく。 最初は沢に架かる桟橋もしっかりしていて難なく沢を伝っていけるが、徐々に切り立った沢の両岸が迫ってきて函状をなしてくる。
やや荒れた沢をいく
最初は桟橋もしっかりしている このようになってくると、沢のヘツリのトラバースや吊りハシゴ(吊り下げてあるだけの不安定なハシゴ)など、沢遡行の様相を呈してくる。 これは行きは体力もまだまだあって問題ないが、帰りはそれなりに疲れて足元が覚束なくなっているだろうから、帰りは通過がかなり厳しいのである。
沢を伝っているうちに
周囲が朝日に照らされてきた 沢遡行の途中では支沢が流れ込む所が6ヶ所あり、いずれも跨ぎ渡るが、この渡渉点の全てに『水場』表示があり、いずれも水場となっているようだ。
前述の函状のトラバースと吊りハシゴを越えると、大岩が転がる沢床の荒れた所に出る。
時折大岩を乗り越えたりしながら進んでいくと、落差50m超のストレートの大瀑が滔々と白布を掛けているのが見えてくるだろう。 《魚止ノ滝》である。
沢をつめていくと百名滝にも
退けを取らない大瀑布が現れる 滝の姿は100名滝にも退けを取らない勇壮な滝で、その名の通り沢を遡る魚を止める滝なのであろう。 なお、この滝の手前に《紅葉ノ滝》があるのだが、沢ヘツリの通過に気を取られてハッキリとは確認できなかった。
《魚止ノ滝》の手前まで荒沢状の河原を伝うと、滝の右岸(滝の左側)をつづらを降りながら登っていく。 つづら折りの折り返し点に滝の案内札が掛かり、ここが滝の展望台となってるようだ。
だがこの展望台からは滝の下部が見辛く、この滝を望むなら下の荒れ河原から見上げる方がいいだろう。
もっとじっくり撮りたかったが・・
この山の行程ではムリというもの 《魚止ノ滝》を越えると沢は滑滝状となり、その右岸に架けられた桟橋を伝っていく。
なお、これらの桟橋は、かなり古いタイプのモノで桁の破損が多くあり、通過時には桟橋の桁の踏み外しに注意したい。
沢の右岸を伝っていくと、勢いよく流れ落ちる6つめの支沢を桟橋で渡る。 橋を渡った袂にはテント3張位の土場スペースがあり、桟道の木材を積んでベンチとした休憩場となっている。 ここが『最終水場』である。 標高は1500m、登山口から1/3弱登ってきた事になる。
朝の光が彩る秋を照らしてくれた
さぁ・・これよりキツい登に挑もう
これより山腹に取り付いて急登していくのだが、ルート上の水場はここが最終となるので、重く感じても水筒に行動水を補給しておく必要がある。 これから大凪山までの600mと、餓鬼岳への500mの強烈な登高が待ち受けているのだから・・。
・・続く行程は、次回の『日本百景 第261回 餓鬼岳』を御覧下さい。
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滝を訪ねて・中部北陸
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日本の滝を訪ねて 第135回 黒部・内蔵助沢の無名滝 〔富山県〕
黒部渓谷に掛かる無名滝
裕に70〜80メートルの落差があった この秋は再びこのコースを歩いたんだよね〜。 でも、今年は紅葉は少し早めだったようで、ピークは少し過ぎていたようであった。 そして、ワテが使っているのはデジタルの様な「撮ってつけの偽物」ではなく本物の映像たるフイルムなので、現像→スキャン→記事掲載に大きなタイムラグが生じるのである。 つまり、秋の記事としての掲載に間に合わなくなる訳で・・。
歩いた者にしか目にする事のできぬ絶景を
後世に伝える事の出来る『本物』で撮りにいこう
まぁ、シンドイ思いして山に登り、そしてそこでしか見れない絶景は、やっぱり後世まで伝える事ができる『本物』たる銀塩フイルムで撮りたいと強く思う。 これ以上ワテの本音を書くと、ただでさえ少ない閲覧者の更なる反感を買って閑古鳥となる(既になってるケド・・)ので、この事はこれ位にしとこうか。
・・で、今回は、以前歩いた時の『紅葉のピーク』を魅せようと思う。 でも、滝の画像は数枚だけだったりして。 ちなみに今回取り上げる剱沢からハシゴ谷を乗り越えて黒部ダムに出るルートは、『黒部立山アルペンルート』のロープウェーとケーブルを使えばものの20分程で通過できるので、行き交う者はごく少数となり道もかなり荒れてきているので、敢えてこのルートの探勝はお勧めしない。
それに秋本番は、山小屋が早々と冬季閉鎖に入って全く人がいなくなるし。
前の時の行程図の使い回しだけど
今回は更に難路にバージョンアップしてたよ
前日に『幻の大滝』・剱大滝を擁する剱沢雪渓の下部にある真砂沢で幕営し、そこを起点にして語る事にしようか。 シーズンが終わってやや荒れ始めてきた登山道を《仙人池》の方向に進む。
石コロが転がる道を10分ほど歩くと、ドでかいスノーブリッジが沢を完全に覆い尽くした所に出る。
一見何でもないように見えますが
崩れたら生き埋め確実の“スノーブリッジ”です そこには看板が立ててあり、そこにはこのように記されてあった。 『真砂沢の橋は外されています 黒四ダムへはこのスノーブリッジを渡る』と。 まぁ、結構ぶ厚そうなスノーブリッジで恐怖感はなかったが、『秋の残雪のスノーブリッジを渡れ!』とは常識で考えたらかなりおっかないのである。
崩落でもしたら、もちろん生き埋めとなって助からないだろうし。
このスノーブリッジを渡った対岸の土手にはロープが垂れ下がっており、道を示す『道標リボンの花』もチラホラと咲いていた。 これを渡って、この垂れ下がったロープで土手に取り付く。 これが結構な急傾斜で、のっけからふくら脛が爆発しそうになったよ。 この土手をよじ登ると、樹林帯の中を縫うように歩いていく。 秋色は何故に
こうも彩のバランスが絶妙なのだろうか
やかて《真砂沢》の橋へのアプローチ道分岐へと出るのだが、今現在は橋が外されていて“行き止まり”となるので、橋方向へは進入できぬようにゼブラロープで封じられていた。
この分岐を過ぎたあたりから、《黒部》に向けての道程の『瞼』の如く立ちはばかる黒部別山 2353メートル の山体越えの急登が始まる。
源次郎尾根の頂より
錦の衣が幾重にも重ねられて
この登りは「キツくもなく、さりとて緩くもなく・・」といった案配で、樹林帯の中なれどつづらを切る事なく斜め一直線に登っていく。 足場は大きな岩が埋まる歩き辛い状況だ。 振り返ると、樹林の合い間から剱の本峰がデンと立ちはばかっているのが見える。 錦に染まる山肌と剱の本峰
この樹林帯の登りをつめていくと大きな岩が転がるゴーロ地帯を跨いで、今までとは明らかに植生の異なる潅木の樹林帯に突入する。 この樹林帯に突入すると頭上に青空や光が見え隠れし、これを目にすると否応なしに「もうちょっとだ!」と気がはやる。 だが、ここからがしつこい。 樹林帯の上に出てもその先は尾根上を伝うように続いていて、尾根の段差毎に木製のハシゴが立てかけてあった。 その数10ヶ所あまり。
たぶん、このハシゴがこの乗越の名称《ハシゴ谷乗越》の所以だろうが、ヘタレたる登高者(筆者)にとってはあまり有難くない代物であった。 ハシゴを昇る事でかなり高度を稼ぎ、いつのまにか視界から剱本峰が消えて、針葉樹林を針山のように突き出した黒部別山の山体がデンと立ちはばかる情景となる。 そして、なかなか尽きる事のない登りが、この針山の方へ向けて続いている。 広大な山肌のキャンパスを染め上げて
黒部別山がハッキリと横に見え出すと、ようやく長い登りが終わってクマザサが覆う通路となる。
そして、峠と思しき吊り尾根状の所に出る。 ここで90°左に折れて緩やかに下り出す。 たぶんここが《ハシゴ谷乗越》なのだ・・と思うが、それを示す標識が一切見当たらない。 なので、ちょっと日陰になった所で“峠に登りついた”と解釈して休憩を入れる。 ここまで、1時間40分程だった。 登りに関してはコースタイム通りで、まずまずの結果となった。
涼風が舞う峠で
鹿島槍の双耳峰を見ながらの贅沢な一服
木陰の先に鹿島槍ヶ岳がそびえ、涼風が舞うなかなかの休憩場所だ。
ちょっと呆けていると10分位あっという間に過ぎたので、やや慌て気味に腰を上げる。
この木陰より100mほど歩くと、黒部別山への踏跡と《黒部ダム》への下山路との分岐を示す看板が見えてくる。
この分岐を直進すると、先程の針山のような黒部別山への登路となる。 ちょっと行った所に剱本峰を望む展望台があるそうなのだが、この先どれ程時間がかかるか読めないので自重する事にした。 ちなみに、この時は「初めて通る道」故に時間を優先して写真を撮らなかったけど、今回は写真を撮りまくって時間を浪費しオチャメ(自爆)ったよ。
秋に色めく樹々を織り交ぜて
秋を演出してみた
下山路は右手に折れ、痩せ尾根から斜めを切って急下降していく。 足元は岩がゴロゴロして歩き辛いが、眼下に広がる《内蔵助平》とこれを囲むようにそびえる立山三山の情景が格別だ。 山に囲まれたカール地形のような“うつわ”の中が紅葉で色めき立っている。
これを目にすると、早くその“うつわ”の中に立ちたい・・と心がはやる。
だが、その思いとは裏腹に、登山道は左端に刻まれた枯れ沢の筋に潜り込んでいく。 つまり、この“うつわ”の外周に切られた枯れ沢を伝っていくのである。 なので、立山三山と《内蔵助カール》(立山と真砂岳との間にある本物のカールです)が魅せる、スラッとした山姿と山肌を彩る紅葉を時折目にする事ができるだけである。 でも、この“時折”も、また格別なんだな。
秋色が立山三山とカールを染め上げて
時折魅せる絶景に浸りながらこの枯れ沢の筋を伝っていくが、それにしても長い。
白い大きな岩コロが転がる沢筋を炎天下に延々と歩かされると、徐々にではあるが干上がってくる。 それに大きな岩コロが転がる河原状の道筋で、ヘタすればつまづいて石を蹴飛ばしたり挫いたりして足が潰れてしまう危険もあるのだ。 気力がドンドン減退していって、注意が散漫となりつまづく・・といった悪循環に陥りそうな状況の道だ。
あまりの長さに「もう、1時間以上河原きをしたか」と思えた頃、河原の真ん中に赤ペンキで『トマレ! NO!』と殴り書きされた大岩が見えてくる。 その横に、赤ペンキで書かれた矢印をわざわざ黄色ペンキで囲んで浮き立たせた道しるべを記した岩があった。 あまりにも目ざといので『いたずら書き』にも見えるが、どうやらいずれも道標のようだ。 ちなみに、『トマレ! NO!』の岩を進むと枯れ沢から本流へ落ち込んでしまうようである。
正規の道は“めざとい矢印”に従って右側の土手に這い上がっていくのだが、土手の上に上がって《内蔵助平》の“うつわ”の中に入ると清らかな水のおりなす楽園が広がっていた。 エメラルドに輝く清水の沢を渡る
今回は中間地点のこの沢まで5時間かかったよ
湧水思しき澄みきってキラキラと輝く水がエメラルドの淵を魅せ、立山の山なみから続くカールの“うつわ”が色とりどりの秋の色彩で彩られていた。 「夏ならばこの“うつわ”が花盛りとなるのだろうな・・」などと想像しながら歩いていく。 エメラルドに光る沢を簡易ハシゴで渡りると、《内蔵助平》の分岐に着く。 素晴らしいカールの楽園を魅せる《内蔵助平》だが、この分岐だけは何か荒れ果てたように見えて雰囲気はあまり良くなかった。 ここで時計を見ると、「ギョッ、もう10時過ぎ」。 乗越から河原を伝ってカール地形の底に出るだけで、1時間半もかかってるでやんの。 コースタイム30分オーバーだ。
やはり、いつまでたっても『下りは遅い』という悪癖は直らんな。 ちなみに今回は、ここを通過したのは12時ちょうど(コースタイム2時間オーバー)で、しかも20分休憩してたりして。
今回はコースタイム2時間オーバー・・
カメラ片手に余裕をかましている
場合ではないと思うのだが
とにかく、カール地形の底に着いた。 「乗越からここまでかなりの高低差を下ったから、後はそんなに厳しい下りはないだろう」とこの先の道程を楽観的に考えていたが、それは『甘い考え』であった。 これからが、《黒部渓谷》の《下ノ廊下》に勝るとも劣らない難路だったのである。 でも・・コレを目にすると『余裕』かましゃなきゃ
何しにきたのか解らんようになるし・・
ルートは切り立った崖の中腹につけられ、その左手100m下に乗越から歩いてきたあの枯れ沢が今や大きな沢に出世した《内蔵助沢》が寄り添う『へつり道』となるのだ。 しかもその幅はかなり狭く、岩がゴツゴツして歩き辛い。 また、一枚岩の大岩を下ったり、架ける所に乏しいのか、アサッテの方向を向いたハシゴを伝っての岩崖下りを強いられる場面もあった。 大タテガビンの三兄弟も
淡い山吹色からほのかな紅色まで 思い思いの衣を纏っていた 地図上でこの区間のコースタイムは『上り2:00、下り1:20』とあったが、到底1:20では行けそうにない。 なぜなら、急いてバタバタと下るとつまづいたり、最悪は細い通路を踏み外して沢へ転げ落ちる危険性があるからだ。 この区間は足場をよく見て慎重に下っていかねばならない所なのだが、沢を挟んだ対岸にはこれまた絢爛豪華に彩られた《大タテガビン》の屏風絵巻が煌びやかに続き、集中力と視線を奪い去ってしまうのだ。 崖上の細い獣道で身動きが取れない身に
この錦絵巻は酷なのかも・・
だが、前述のように足場が覚束ない所なのでザックを下ろすスペースはほとんどなく、危険な『へつり道』地帯の通過であるのにカメラを首にぶら下げてザックを背負ったまま、幾度となく立ち止まっては写真を撮る・・という危険を繰り返す。
秋色の内蔵助沢の無名滝
漸くこの滝記事の主役が登場!
さて、この厳しい『へつり道』を2時間ほど行くと、いよいよ出合が近いのか《内蔵助沢》が落差のある瀬滝となり、段をなして瀬を落としていくのが見えてくる。 落差にして、都合50〜60mって所だろうか・・。 もちろん、この瀬滝に名前などあるはずもなく、『《内蔵助沢》の無名滝』としか呼びようがないのである。 でも今回は道の崩壊&迫る夕暮れ
で無名滝どころではなかったよ
さて、『《内蔵助沢》の無名滝』を過ぎたら出合は近いハズ・・なのだが、ここからもエグかった。
高度的に沢に近づいて“沢に転げ落ちる”心配はなくなったものの、ロープを手繰っての『土砂崖下り3連発』が待ち受けていたのであった。 手はパンパンに張るわ・・、屈み腰で腰が疼くわ・・と、かなり肉体的に辛い下りであった。 黒部渓谷・下ノ廊下が見えてきた・・が
ここからが長かった ちなみに今回は更に土砂崖の崩壊が進行して、垂直ハシゴでの薙の懸垂下降と崖崩れのトラバースに様変わりしてたよ。 もう、地図表記『破線』レベルのデンジャラスなルートになってたよ。
黒部渓谷は整備されて
安全な通路になってたよ
そんな・・、こんな・・で無名滝から出合に出るだけで30分使い、《内蔵助平》から出合で《下ノ廊下》に乗るまで都合2時間20分もかかってしまった。 ちなみに、今回はこの沢を伝うだけで3時間以上かかって、出合に着く頃には夕暮れ直前になってたよ。 前回のここの通過時刻は13:30・・
今回は15:40と『オチャメ』必至・・だったよ
だが、ここからの“本家”『へつり道』の《下ノ廊下》は完全な“安全パイ”で、取り立てて危険な所はなかった。 まぁ、『危険なへつり道』の“本家”である《欅平》側の方は、「《黒部別山谷》に残雪があり通行できません」と書かれた看板とゼブラロープで進入が封じられていたが。
滝記事としては余りにも寂しい(滝画像がない)ので
黒部の無名滝を挿入
前回は「針ノ木の尖峰が見え出すとゴールも近い」
今回は「ゴールが先か・・日が暮れるのが先か・・」
後は色めく紅葉と標高差2000m以上で“天を突くが如く”そびえ立つ針ノ木岳を見ながら歩いていくと、巨大な黒い要塞のような《黒部ダム》の堰堤が見えてくる事だろう。 これが見えたら、長い下山行程も終わりで・・はない。
まだ、“最後のお努め”が残っていた。 それは、このダム堰堤の頂上部までのイッキ登りである。
下山で気力を使い果たし、そして『終点』のダム堰堤を目にした事で“ヤル気”が殺がれた後での100mを越える高低差のイッキ登りは、かなりコタえるのである。 今回の掲載は全て以前の使い回しでっす
ちなみに復活したのはココだけ。 ダムの堤体高186mの上りを30分でいっちまったよ。
結果、トロリーバスのダム駅に着いたのは17:02。 コースタイム6時間を10時間。
トロリ-バスの最終は17:35・・。 寸前でダムサイトでの野宿という『オチャメ』は回避されたのであった。 この山行は、「また来年の秋に・・」という事で。
『黒部・内蔵助沢ルートの滝』を御覧下さい。
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日本の滝を訪ねて 第133回 妙高・温泉道の滝 〔新潟県〕
燕温泉の源泉が滝となった
称名滝
今回は、【名峰百選】の妙高山の燕温泉口のルートにある滝を御紹介しよう。
この滝の近くには『百名滝』の惣滝があり、この地を訪れる滝見物者も大概がこの惣滝で引き上げるので、今回御紹介する滝はそれ程に知られてはいない。
称名滝に続き光明滝を落とす
なぜなら、この滝より先は妙高山でも有名な鎖場ルートとなっており、滝のある位置からすると『滝めぐり』というよりも登山の領域となっているからである。 私もこの滝は、妙高山からの下山途中にその存在を知った位である。
妙高・燕ルートの鎖場
階段状に掘られていて
難所としては初心者レベルなのだが・・ また、この滝達への滝めぐりが季節限定となっている点も、あまり知られていない理由だろう。
それはルート上にある鎖場が積雪期はエキスパートを除いて通行が不可能で、雪深い妙高山域の無雪期が、6月中頃から11月下旬までの1年の内の5ヶ月ちょっとしかないからである。
惣滝展望所より妙高山を望む
燕温泉からのルートは積雪期は閉鎖となる
妙高を登る冬山登山にしても鎖場を避ける冬道ルートがあり、冬山登山者も全てがそのルートを通るので、必然的に積雪期はルートが自然閉鎖されるからである。
それでは、その滝が見れる時期でも最高の季節である秋の滝景色を、妙高の紅葉をひとつまみ交えて御披露しようか。 なお、妙高の秋の本チャンは、作者の都合(
温泉滝の称名滝
滝直下には野趣溢れる滝見露天風呂がある
赤く燃えるナナカマドに
日の光をかざしてみた
小市民な筆者の都合(
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日本の滝を訪ねて 第122回 庵座大滝 〔三重県〕
庵座大滝
我が国には地図に載らない
名瀑が多々存在する
庵座大滝 あんざおおたき 落差 60m 三重県・菰野町
滝へのアプローチ 菰野町市街より国道306号線を北上し、朝明渓谷へ向かう
『道の駅・菰野』より車利用 (0:30)→朝明ヒュッテ前駐車場
行程表 朝明渓谷より庵座谷に入り約2kmの遡行が必要
鈴鹿山系でも指折りの名瀑といわれる《庵座大滝》を訪ねてみよう。
四日市市街より湯ノ山温泉方向に進むと、『道の駅』・菰野に着く。 ここから、国道306号線に乗り換えて北上する。 目指す《庵座谷》は、《朝明 あさげ 渓谷》を形成する朝明川に注ぐ支谷である。 源は鈴鹿山系の支峰・釈迦ヶ岳 1092メートル である。
この《朝明渓谷》は『県民憩いの森』として指定され、休日ともなるとバーベキューや沢遊びなどを楽しむ行楽客が多く訪れる。 国道306号の道際には《朝明渓谷》の入口を示す大看板が掲げてあるので、渓谷へのアプローチ道は簡単に見つける事ができるであろう。 国道から離れ、約10km程細い道を伝うと、2〜300台は駐車可能な大きな駐車場のある《朝明ヒュッテ》前に着く。 鈴鹿の滝めぐりより 滝位置図
駐車料金を払い、トイレや水の補給などの準備を済ませたなら出発だ。 ここから滝のある《庵座谷》をつめていくのであるが、この探勝コースは『釈迦ヶ岳登山道』上のルートとなり軽登山以上の難度となるので、足元及び荷物は登山の体勢が取れる装備で望みたい。 ここまで記すと理解できると思うが、最低でも靴は軽登山靴以上で荷物は両手の自由が利くリュックサックを準備頂きたい。
それでは、ルート解説をしていこう。
駐車場脇にある《朝明ヒュッテ前》のバス停横が釈迦ヶ岳への登山口だ。 登山口を示す標柱は倒れて枯れ草に埋もれかけているので、ひと目では登山道とは判別しにくい。 これを伝っていくと、細い犬走りのような道でヒュッテ裏の民家(たぶん、民宿だろう)の上をかすめて、脆い粘土質の崖上に出る。
ここから下の沢へ下っていくのだが、いきなり軽登山のレベルを越える難関に出くわすのである。 従って、スニーカーなどの薄い靴底だと踏ん張りが利かず、下降はかなりに困難となろう。
転落防止用に仕切られたロープを使って、このルンゼ状に掘れた粘土質の崖を慎重に下りていこう。 ロープを使って30m程下降すると、草に埋もれた鉄のハシゴ階段が現れる。
どうやら、台風などの災害で土砂崩れがあったたみたいである。 この鉄ハシゴの階段も濡れた枯れ草がステップ上を埋めていて滑りやすいので、足元には細心の注意が必要だ。
こんな急なハシゴ階段から滑り落ちると、タダでは済まないのである。
小さな瀬の奥に
神秘的な大瀑布が・・
この予想外の急下降を額に汗しながら下りきると、《庵座谷》の沢床が現れる。 飛び石伝いに沢を渡り、対岸の土手をよじ登ると、廃業したようなキャンプ場の前に出る。
《朝明ヒュッテ》前の駐車場には多くの車が止まっていたが、このキャンプ場は人の気配がまるでなく、ゴーストタウン然として少々薄気味悪い。 キャンプ場の母屋の前を抜けると簡易舗装の道が奥に延びていて、この入口でようやく《庵座谷》の案内道標を目にする事ができた。
この簡易舗装をつめていくと治水事業の展開を示した沢内遡行図の看板があり、大きく示された堰堤図とは対照的に、《庵座滝》は小さな滝マークが右上に示されただけであった。 この看板のある所より『釈迦ヶ岳登山道』が始まる。 だが、御座所岳山頂直下までロープウェイが通じている現在では、“好き者”以外にわさわざ沢をつめて山へ至るルートを通る者はおらず、少しずつではあるがルートは荒れ始めているようだ。
道標はや道を示すリボンは所々にあるものの、沢を交える渡渉点の架けハシゴなど簡易歩道は皆無で、また手が入らず鬱蒼と茂ってきたブッシュはルートを覆い隠し不明瞭となる。 沢を飛び石伝いに2度程徒渉すると、登山口の遡行図にあった大きな堰堤が見えてくる。
だが、ここからは更にルートが判りづらく(筆者のルートファイン力の未熟のせいもあるが)、また鬱蒼とした樹林帯に囲まれた圧迫感も手伝って、少々先行きに不安を感じる事だろう(筆者はここで“ジバチ”というハチに刺された上に、道を外してエライ苦労をした)。
ここではルート上にある道標リボンが返って紛らわしく、沢方に延びる枝にくくってあるリボンを鵜呑みにすると、筆者のようにルートを外して堰堤脇の土手崖をよじ登らねばならぬ羽目となるのでご注意を・・。 正しいルートは、この堰堤の左岸を大きく高巻いているようである。 正しい道標リボンは常に前方にあり、“前方のリボンの示す道が正しい・・”と捉えていくと道を外す事はないだろう。
←すざましい滝飛沫に呆然とたたずむ
さて、道を外した筆者は堰堤の土手の脇から這い上がって正規のルートと合流したのだが、正規のルートは堰堤を大きく高巻いてそのかなり上をヘツるようにつけられている。
道は前述のようにヘツり道となるので、脆いボコボコとした小岩石が転がる沢崖特有の足元のおぼつかない足場となる。 この『庵座谷・釈迦ヶ岳ルート』は、登山道レベルとしては“中級”と言えるだろう。 従って、日帰りの滝見目的とはいえども、それなりの装備と心構えを持って望んで頂きたい。
ルートは一度沢から離れて小ピークの裏側を巻くので枯れ草が覆う山道然となる(この辺りは『登山道』を示す看板が多くあり心強い)が、『登山口から 2/6』道標を越えたあたりから再び沢が下方に現れてくる。 再びヘツりとなった道を伝っていく(1ヶ所土砂崩れした涸れ沢アリ)と、小さなプラカードで『庵座滝↓』と掲げてある涸れ沢に出る。 『釈迦ヶ岳登山道』は、ここより分かれて更に上へつめていくようである。 土砂崩れ然となった涸れ沢をロープ伝いに沢床まで下る。 沢を渡って少しつめると函状を成してきて、函が形成する前座滝の右岸の岩盤をロープ片手にトラバースで登っていく。
かなり足元が細く、しかも滝飛沫で常時濡れているので大変滑りやすい。
帰路はこの岩盤は下りとなるので、くれぐれも足元には注意されたい。 この最後の難関を越えると、眼前には神秘的なストレートの大瀑布が滔々と白布を掛けているのが見えてくるだろう。
奥の谷に人知れず 白布を掛ける庵座大滝
この白布こそ、鈴鹿山系きっての名瀑《庵座大滝》である。 滝のそばに近寄ると、まるで雨のような滝飛沫が天から降り注いでくる。 でも、この“天からの落水”は、浴びていてとても気持ちがいい。 軽登山という小さな山行であったが、多少なりとも困難を乗り越えてまで目にしたかったものが今眼前にある・・という“達成感”を得た喜びに浸ろう。
天から飛沫が降り注ぐ・・ そんな神秘的な滝だった
しばし、この喜びをかみしめたなら、カメラを通じて滝と語り合おう。 色々なアングルを試し、沢の清水で喉を潤し、飛沫を浴びて精気を滝より分けてもらおう。 落差60mはあると思われるこの直瀑は、どこを切り取っても絵になる。 迫力を求めて雄大さを示すのも良し、一条の落水をクローズアップして絹のような繊細さを示すも良し、滝上部の飛沫をズームアップするも良し、そして滝下部の調べに自然の創造したアートを見るも良し・・である。
心ゆくまでこの神秘的にて壮大な瀑布と語り合ったなら、そろそろ帰路に着こう。 帰りも、1時間はかかるだろう。 そして、函状の前座滝の右岸の下りは滑る上に足が逆ステップ気味になるので、十分注意して下って頂きたい(筆者は三脚を持っていた為に左手が塞がれていたので、通過はかなり手こずった)。 下りは往路を戻るので、どこに何があるかが判っているので、多少は気が楽だ。 そして、ルートを外したあの堰堤の高巻きも、帰路で確認できたので良し・・としよう。
とにかく、軽登山とはいえ沢遡行に近い行程なので、最後まで気を引き締めていこう。 帰りは、《湯の山温泉》まで戻って、ひと風呂浴びてから帰るのも悪くない。
また、余力があるなら、このまま関ヶ原(国道306号は関ヶ原へ続いている)の方へ抜けて、『日本の滝百選』の《養老ノ滝》などを目指すのもいいだろう。
車に戻った後は、どこへ向かうとしても安全運転を心掛けて頂きたい。 どんな素晴らしい旅もこの最後の務めを疎かにすると、思い出は消し飛んでしまうのだから。
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日本の滝を訪ねて 第121回 苗名滝 〔新潟県〕
落水の狼煙で釜を覆い隠して・・
苗名滝 なえなたき 落差 55m 新潟県・妙高市
滝へのアプローチ 杉野沢温泉の奥3km
『道の駅・しなの』より車利用 (0:40)→苗名滝駐車場
※やや道は判り辛い
行程表 駐車場より徒歩10分で滝
朝5時に起きて、出発準備に40分程費やし、出発は5:40。 天気は旅に出る前の予測とは違い、快晴だった。 レンタカーで借りた軽乗用車はニッサンのオッティ。 でも、OEM車なので、形は三菱のEKワゴンそのまま。 だから、ナビも三菱製。 自分のマイカーに着いているパナ製に慣れた目からは、何か扱い辛い。 まっ、どうでもいい事なのだか。
最初の訪問地は、地図上で最も近い『百名滝』の《苗名滝》だ。 感覚上は『道の駅・しなの』より数キロだと思っていたが、以外に19kmもあるらしい。 まぁ、三菱のナビの特徴として、“よろこんで”国道や主要県道以外の裏道を使いたがる傾向にあるので、全く訳の解らないルートを通ったみたいだ。 まず、「ナビなしで行ってみろ!」と言われても無理だろう。 さて、この為に全く方向感覚が解らぬままに、いつのまにか時間が経過して、《苗名滝》遊歩道前の茶屋の駐車場に着く。 《苗名滝》は『百名滝』の中でも有名な滝で、遊歩道はキチンと整備されているようだ。 水の狼煙を上げる関川の堰堤
まずは、滝が掛る関川の流れを全てを制御する堰堤が見えてくる。
雪解け時で最も水量豊かなこの時期は、「タダが河川堰」と言えども、ものすごい水流の迫力を魅せてくれる。 遊歩道上で河川堰の飛沫を浴びたのって、記憶には恐らく残ってはいない。
それ程にもの凄い。
この巨大堰堤を木製の櫓形の造形を施した螺旋階段で、ビルで言うと4階位昇る。
すると堰の上に出て、整備はされているものの、残り雪でややぬかるむ遊歩道が続いている。
これを約250m程進めばいい。 やがて、川巾全ての水を“ドッサリ”と落とす水煙と、その前にある吊橋が見えてくる。
水の狼煙を上げる関川の堰堤
さて吊橋と、“ドッサリ”と重そうに水を落とす水煙。 後は、カメラと7本のレンズでどう“食う”か・・である。 吊橋と虹を入れて撮るのも一興。 飛沫のドアップもいい。 周囲の岩盤と青空を入れて撮るのも楽しいか。 そして、水の爆弾と化した水煙をクローズアップするのが特に熱中できそうだ。
レンズ換え、シャッター速度を変え、アングルを変え・・と、約40枚のバカ撮りを敢行。 水狼煙の形も次々に変化していく
でも、決して無駄ではない。 一枚一枚が楽しく、そして自らで考えたモノだから。 また、その1枚1枚が全て違う表情を魅せてくれて、全てのコマがこの世に2つとない自らが創造した大切な宝物であるからだ。 同じものしか得れない画像製造装置で無機質に撮ったそれとは全く違うのだ。
一枚一枚、一瞬毎に表情が違うのだ
だから、その一枚一枚を「気に入らないから」と消すなんて事は、もったいなくて出来はしない。
写真撮りが抱く魂が、「こんな下衆な事はしたくない」と叫ぶのだ。 でも、「最低の行為ではないのか?」と常々思う。 自分で創り出したモノを「無駄だった」として、自ら率先して何も残さず消すなんて・・。 水の狼煙が織り成す舞いに
滝の生命の鼓動を感じた
自分で自分を否定し、自らの創り出したモノを『無駄』と捨てるハートの無さを植えつけたデジタルは、やはり写真撮りにとっては害でしかないと思う。 写真を撮る自分が楽しければ楽しいほど、この思いは強くなるのだ。
地を揺るがす大瀑布よ
名残り惜しいがひと度お別れ
まぁ、この事はデジタルを使う人間には永久に受け入れられる事は無いと思うが、真理でもあると思う。 それは、3年前の民主党政権を顧みれば解るだろう。 この政権は、「大多数が深く考える事なしに成立を支持した為に発生した、史上最悪の癌細胞である」というのが紛れもない事実である。 民主党政権さえ発生しなければ、宮崎の10万頭以上の牛や豚は死なずに済んだのだから。 震災のあの時に姦チョクトが首相でなければ・・、ベント妨害による原発爆発事故は無かったのだから。 更には、コレだけの事を引き起こしながらも自らの非は全く認めようとせず、他人に責任をなすりつける事や自身の立身(選挙)にのみ熱心な輩どもの醜態を見せつけてくれるのである。
そして、それを見抜けないのか恣意的にそうしているのか解らないが、未だにブログや掲示板などで民主党支持を口にする輩を目にするにつけ、『当たり前の心』を欠落させる機構・・『デジタル』を必要以上に多用した事の弊害が現れているのだと思う。 その初歩的な行為が、『ある』『なし』という自らのその時の思考だけで、大切なモノさえ何の感情も何の考えもナシに機械的に捨てる自傷行為なのである。 それを「無駄を省き節約した」と言うのだから本末転倒である。 別れ際に狼煙が虹を描いてくれた
あらら・・、話が脱線して『思いのまま日記』の内容になっちまった。
まぁ、愚痴はこれ位にして、次の滝に向うとするか。
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