風来梨のブログ

別サイトに記載した景勝地ガイドを小出しに載せていきます。

路線の思い出 101〜150

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凡例 駅名のみの記載、駅名の前の数字は掲載回を表す、廃止駅は赤文字休止駅は青文字

JR北海道 管内
101浅茅野、108越川駅跡地、110天幕、119三厩、120新吉野、125万字炭山、127境野
128北見枝幸132東追分(朝)、134雄信内、136恵北、137東富丘(仮)、140光進、141東追分(夜)
143糸魚沢、150上茶路駅跡

JR東日本 管内
103会津蒲生、122広戸、126萱草、129石越〔栗原〕沢辺、131外川、139飯給・月崎、148足尾、
149宇都宮

JR東海 管内
104金谷、106修善寺、121花白・山岡・明知、124阿下喜、147名古屋〔名鉄〕

JR西日本 管内
102西脇、105宇都井、109関西空港、112神岡、115出雲坂根、116鳥羽、135城戸、142播磨横田、
145岩瀬浜、146頸城大野(2)

JR四国 管内
113高松、133箸蔵、144佐川

JR九州 管内
107町田、111開聞、114杉安、117矢岳・真幸、118大畑、123大隅麓、130日向八戸、138西大山





路線の思い出  第150回  白糠線・上茶路駅跡  〔北海道〕

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自然に回帰する上茶路駅

《路線データ》
      営業区間と営業キロ      輸送密度(’79) / 営業係数(’83)      廃止年月日    
      白糠〜北進 33.1km             123   /    3077          ’83/10/23    
 
                  転換処置               廃止時運行本数
                白糠町営バス                  3往復


上茶路駅(かみちゃろえき)は、北海道白糠郡白糠町上茶路にあった旧国鉄・白糠線の駅である。 白糠線の廃線に伴い1983年(昭和58年)10月23日に廃駅となった。
廃止時点で、島式ホーム片面使用の1面1線を有する地上駅であった。

その他、貨物取扱の名残である側線を有していた(1983年時点で駅舎側に3本、うち2本は駅舎とホームをつなぐ構内踏切の部分のみ撤去されており、残り1本は踏切手前までの敷設であった。
また転轍機は外されていた)。 ホームは線路の東側(北進方面に向かって右手側)に存在し、上屋を有していた。

イメージ 17イメージ 21
             在りし日の上茶路駅舎             路線往時の上茶路駅名標

無人駅となっていたが、有人駅時代の駅舎が残っていた。 乗車券類は簡易委託化されており、廃止時まで販売が行われていた。 1日乗降客数は3人との事。



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「我が青春のローカル線」
白糠線のお宝グッズ

「我が青春のローカル線」。 そう、この線は、いつまでたっても忘れる事のできない路線である。
それは決して通い詰めたものでなく、寧ろ通い詰める事が叶わず、無念の思いを強くいだいたから・・なのかもしれない。

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これが撮れただけでも
幸せだったのかも・・

北海道に行った時の約半分は、この地を訪れている。 それは、もう故郷に帰る感傷さえある。
そして、今年も訪れた。 それは、北海道では初めての季節、春の旅にて・・である。

白糠線の跡・・、それは全通開業後僅か11年で廃棄された為、まだコンクリートが劣化する事無く白いまま原野に放棄されたのだ。 モノを造る事、それは造る事より維持する事、役目を終えて廃棄する事こそ難しい事なのだ。 そして、「人はそういう後始末の技量がまだまだ未熟なんだ」って事を現物をもって証明しているのが、この白く真新しい廃線跡の残骸なのだ。

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この白く真新しい廃線跡の残骸が示す事・・
それは人間の力の未熟さなのかも

だが自然抱く復元の力は、その未熟な人の力を補って余りあるモノを示してくれる。
廃止から四半世紀という短い歳月で、廃線跡のコンクリートの人工物を見事に自然景観に調和させたのである。 そして、その調和した自然景観に絆されて、「またここに戻ってきたい」と思う自分がいるのである。

でも、白糠線が開通した頃・・、路線敷設の目的であった炭坑が稼働していた頃は、この原野に学校や病院、映画館やパチンコ屋、挙句の果ては遊郭さえもあったという。
それが見事に原野に回帰する様は、その脅威の回帰力は言葉では表せない。
自らの目で見る以外に知る方法はないだろう。 そして、ワテは運良く”ひと触り”だけ、自然が驚異の回帰の力を示す前の”在りし時”の白糠線を目にしている。

だから、その自然の復元力を見るにつけ、「あの時は確かこうだった」とか、「キハ22が通った時はあんな絵だった」とかと過去を思い返しながら、この自然の回帰力を魅る事ができる。
それでは、あの時の事を思い返しながら、終点の北進から上茶路辺りまで、廃線跡を尋ねてみようと思う。

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四半世紀の時を経て訪ねた時
そこに思い焦がれた鉄路の跡が
全くなかった事に動揺した

終点の北進は、ホントに原野に完全回帰した姿だった。 駅があった事を示すモノは200m離れた鉄橋跡だけで、駅周辺は何もなかった。 あまりにも何もなくて・・、あまりにも自然回帰が進んで・・、それはかつての記憶の全否定のようで、駅跡の雪原で呆然となった事を覚えている。

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あまりにも何もなくて・・
それは過去の記憶を全否定されたようで

雪の中を200m先の橋梁跡まで歩いたのも、「かつてここに線路があった証を目にしたくて・・」って事だった。

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たまらず「かつてここに線路があった証」
を求めて橋梁跡まで雪原を突き進んだ

でも今回訪れた春は、それよりは鉄道の跡を感じさせる眺めとなっていて、すこしホッとした。
だが同時に、「この橋梁を渡る白糠線を撮りたかった」という、悔しい思いも頭に過ったよ。

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春・・雪が解けて
雪に埋もれていた「駅だった面影」が現れた

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季節が変わると
鉄道橋らしく見えた

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線路を敷けば今すぐにでも・・

白糠線の廃線跡は、素人目でみても判るように如実に線路跡の盛土があり、蛇行する茶路川をコンクリートの陸橋で跨いでいた。 そのコンクリートの橋は、現在も幹線区として特急がバンバン走る石勝線のコンクリート陸橋と同一の造りで、全通後11年で廃止となるようなローカル線にしてはかなり贅沢な路線建設であった。

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たった11年しか使われなかった
橋幅の広い橋梁

それは路線建設の目的に、雄別炭鉱上茶路坑からの石炭輸送の他に、帯広を通らない釧路〜札幌の短絡線構想があったからである。 上茶路駅近くの茶路川を跨ぐコンクリート橋梁も、ローカル路線とは思えぬ程に幅の広いコンクリート陸橋であった。 それは、高速列車の通過にも耐え得るが如く・・である。

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途中で落とされてはいるが
ローカル線の橋梁とは思えぬ程の幅があった

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道道665号「上茶路停車場線」の先に
上茶路駅はあった

そして、上茶路駅跡・・。 自然の回帰力は、捨てられた『駅』という人工構造物を完全に飲み込み、そしてそれを消化して回帰・復元している姿があった。

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自然の力はやがて
コンクリートをもめくり上げるのだろう

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駅舎があった所は草原となっていた

駅床から樹木が伸び、これはやがて駅のコンクリートを突き破って苗床と化する事であろう。 だが、その姿に違和感を感じない。 自然回帰の復元力は、景観も併せて創造するのであるから・・。

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樹々が床下から延びる駅の廃墟だが
不思議と違和感を感じない

上茶路駅から更に線路跡を追うと、もし白糠線があったなら、絶好の撮影スポットになったであろう・・、茶路川を渡る素晴らしい情景の鉄橋があった。

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ここで白糠線列車を撮れたなら・・

そしてその先に、暫く立ち止まって呆然とたたずむ情景があった。 そう・・、往時のあの時に白糠線を撮ったあの鉄橋があったのだ。 時が経って様相は随分と変わってしまったが、確かに「1日3往復しかない列車」を撮ったあの鉄橋があったのだ。

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これを目にした時
少しの間タイムスリップした自分がいた

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束の間タイムスリップしたのは
30年以上前のこの時だ

その思い出のつまった橋梁の先に、今現在の”この地”を象徴するモノがあった。
それは、釧路管内まで延伸した道東自動車道の白糠ICである。  そして、この新しく延伸した区間は自動車道として採算が見込めず、『無料区間』として開放しているのも、釧路地域の過疎の現状を端的に表しているのである。

・・この地を訪ねると、”嬉しさ”と”懐かしさ”という豊かな感情と共に、「もっと白糠線を追いたかった」という”口惜しさ”や進行する過疎の状況を憂う”憂いの心”、自然の回帰力の力を目にしての”脅威の心”など、いつも正負の感情が入り乱れた複雑な気持ちになるのである。




路線の思い出  第149回  東北本線・宇都宮駅  〔栃木県〕

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県庁所在地駅・宇都宮駅
※ 今回は全てウィキやグーグルからの拝借でっす

《路線データ》
           営業区間と営業キロ                輸送密度 / 営業係数 (’83)
       東京〜盛岡・岩切〜利府 539.5km            54884  /  1297

  盛岡〜目時 82.0km は《IGR岩手銀河鉄道》              運行本数
  目時〜青森 121.9km は《青い森鉄道》へ移管          時刻表を見て下さい


宇都宮駅(うつのみやえき)は、栃木県宇都宮市川向町にあるJR東日本の駅である。
当駅の所属路線は、東北本線、日光線、東北新幹線(山形新幹線、秋田新幹線を包括)である。
2002年の東北新幹線八戸延伸開業以降は、秋田新幹線の全列車は当駅には停車しない。

現在、当駅には在来線の列車(上野〜黒磯が在来線の担当運行区間)、日光線列車、烏山線列車、東北新幹線「やまびこ」「なすの」、山形新幹線「つばさ」が発着し、在来線のほぼ全ての列車は当駅が始発、終着駅となっている。 北海道新幹線「はやぶさ」、東北新幹線「はやぶさ」「はやて」および秋田新幹線「こまち」は当駅を通過する。

南北に伸びる地上の東北本線(宇都宮線)、高架の東北新幹線の線路西側に沿うように建設された地上3階建ての駅舎である。 3階設備は新幹線ホームのみで、1-2階は主に南側がJR東日本の駅施設、北側は宇都宮ステーション開発の駅ビルとして利用されている。 駅ビルと駅コンコースで出店している様々なテナントなど、駅舎ビル全体で商業施設が展開されている。

駅構造であるが、新幹線ホームは高架上に16両編成対応の相対式ホーム2面を有し、この間に通過線(本線)2線(2・3番線)を挟む。 在来線ホームは単式、島式ホーム3面5線の地平ホーム(15両編成対応)となっているほか、5番線と7番線の間に貨物列車等待避線(6番線)を有する。

2014年度の1日平均乗車人員は35,769人で、JRの駅としては北関東3県で最も多く、南関東1都3県を除くJR東日本管内の駅では仙台駅、新潟駅に次いで3番目に多い数字である。



前回の『日本百景 春  第237回  皇海山 その2』からの続きであるが、前回に雷からの退避の為にエスケープルートを下ってしまった事から、オチで当初からの宣言通りに倫理的に『?』の着く大騒ぎに発展する事が確定となった訳である。 だが、この時の筆者(タワケ)は、そんな大騒動に発展するなど露ほども思っていなかったのである。

それでは、皇海山よりエスケープルートの沼田・栗原川林道ルートを下って、頂上での交渉の末に射止めたヒッチハイクにて日光駅まで乗っけてもらった所から再開しよう。

・・普通ならば『エスケープルート』を下るって事は、状況的にひっ迫していて余裕がない状態のハズなのだが、このタワケ・・は日光・湯元温泉でひと風呂浴びて、更に腰に手を当ててフルーツ牛乳をイッキ飲みするオマケまでつく余裕振りだった。 その『のほほん』な能天気ぶりは、オチの大騒ぎの最中も他人事のように振る舞える『デカさ』←(厚顔無恥とも言う)となるのである。

さて、日光駅まで送って頂き、無事に皇海山から下山する事ができた。 でも、噴出した問題は、最後のオチに一気に頭上に落下するのだ。 そう・・、今は真にその瞬間までの「インターバル」って所だろうかね。

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日光駅
コリはちょっと駅寝は無理っしょ・・
※ ウィキペディア画像を拝借

日光駅に着いて次に決めねばならぬ事は、「今夜をどうするか?」って事である。
状況的には、荷物を庚申山荘にデポったままエスケープルートを下った事で、明日に荷物を回収する事が義務づけられたのである。 そして、今のいで立ちは鋸山の雪斜面を転げ落ちた時に破れたカーディガン(左肩からビリっと半裂けていた)で、明日の荷物回収には日光駅での駅寝が一番有利なのであるが、この恰好で観光駅の日光駅で居座ると『職質必至』なので敢えて見送る。

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左肩の袖がこんな感じで裂けていた
※ グーグル画像より拝借

それで、取り敢えずは日光線に乗って、宇都宮方面に出る。 この頃は鉄への興味は失せて山に傾倒していたのであるが、日光線は未乗路線であった事を思い出して、「これも何かのチャンス」やら「永遠に全国JRの乗車率80%を維持する高貴な目標」などと訳の解らん理由付けを口にして日光線に乗り込む。 まぁ、変な理由を口ずさむ時は、決まってその事に引け目を感じている・・って事なのであるが。

・・で、駅寝駅探しがてら、全国JRの乗車距離の40.5kmアップを目論む。 でも、結構長い距離の路線なんだね、日光線は。 そして途中駅であるが、日光線が廃止が取り沙汰されるローカル線ではなく都市近郊路線である為に全てが有人駅っぽくて、業務委託駅なんかに下りてしまうと最悪は戸河内駅ショック(ショックの内容はリンクをクリック)の二の舞になるので、どうも駅寝駅としての決め打ちができないのである。

イメージ 4
この頃の日光線はまだ
カボチャが主力車両だった
※ ウィキペディア画像を拝借

・・で、日光線は40.5kmの距離を所要40分の高速で走り抜き、宇都宮に着く。
日光線の途中駅の状況から鑑みると、「今夜はこの宇都宮で呆けるしかないな」と腹を括る。
でも、今は20時前。 「この県庁所在地駅で呆けるのはちょっと早過ぎる」って事で、何かの時間潰しを考える。

こういう時、かつて取った杵柄の『○鉄』は役立つのである。 但し、敢えて乗る必要のない列車に「時間潰し」の為に乗るのは、大いなる金の無駄遣いなのだけれど・・。 そのかつて取った杵柄・『○鉄』を活用した『時間潰し』とは、日光線と同じく未乗線区の烏山線の往復である。

でも、この烏山線で、『○鉄』として衝撃的な光景を目にしたよ。 あのキハ40が・・、デビュー当時は、『鄙(ローカル線)に舞い降りた朱美人』と言われたあのキハ40が! 片側30人掛けの2扉ロングシート車となっていたのである。 これを目にして、心で泣いたよ。 トイレの小窓は、旅客機のまどの様になってたし・・。 鉄道を好きだった者として、キハ40のあのロングシートは目にしたくなかったなぁ。

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キハ40の超ロングシート改造
これは目にして背筋が凍ったよ
※ ウィキペディア画像を拝借

烏山線を往復して、ついでに線内の縁起駅・大金に爪先チョン着けの下車を果たすなど、約3時間の時間潰しを達成して23時前に宇都宮に着く。 宇都宮駅はシンカンセンの駅でもある・・と言う事で、想定通りに待合室は最終列車の発車後に締め出しとなる。

こうなれば駅の壁にもたれかかって、日光線の始発を待っての路上寝しか手はない。
『締め出し』という状況は日光線の途中駅と状況は同じ・・なのだが、宇都宮駅は駅が大きい分”壁が豊富”で、容易に一晩もたれかかる”スイートスポット”が多いのである。
それに、吉野家や深夜喫茶など、挫けた時の”逃げ道”も設定できるのである。

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この駅・・恥じさえ感じなければ
路上寝の”スイートスポット”が多数存在するな
※ ウィキペディア画像を拝借

これで、左肩の袖が半裂けしたカーディガンを着て、カメラを首からひっかけた『見るからに怪しい』職務質問ターゲットが、駅ビルの壁にもたれかかって浮浪者そのままの路上寝を敢行する。
幸い、ポリさんの夜間巡回などはなく、職質に遭う事はなかった。 ただ、まだ5月・・。 衣服の左袖が半裂けした薄いカーディガンだけでは寒かったよ。

・・で、日光線の始発に乗って、庚申山荘に放置した荷物の回収に向かう。
・・次回の『日本の滝を訪ねて 第140回 庚申七滝』で、大団円(トドメ)となる・・かな!?






 








路線の思い出  第148回  わたらせ渓谷鉄道・足尾駅  〔栃木県〕

イメージ 1
足尾駅舎は国の重要文化財の
指定を受けた重厚な木造駅舎だけど
今回の内容はほとんど駅と関係ナシ
※ ウィキペディア画像を拝借

《路線データ》
        営業区間と営業キロ        旧国鉄足尾線からの第3セクター移管路線                  
        桐生〜間藤 44.1km          ’89/ 3/29 JR東日本より経営移管                                         

運行本数
                     桐生〜間藤   下り10本、上り11本
                     桐生〜足尾   下り1本
                     桐生〜大間々  7往復
                     足尾〜間藤   下り2本、上り1本


足尾駅(あしおえき)は、栃木県日光市足尾町(旧 足尾町)掛水にあるわたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線の駅である。 足尾を名乗っているが、隣の通洞駅のほうが旧・足尾町の中心街に近い。
足尾駅からJR日光駅行きの路線バスが1日4本接続する。

1面2線のホームを有する駅で、この他に現在では1本の留置線のみ使用している。
下り間藤方面ホーム側には留置線があり、貨物輸送が盛んな頃は機関車などが留置されていた。
1線スルー方式と同じ配線になっているが、待避などがない為に待避線側は下り本線ホームとして通常使用されている。 駅施設に跨線橋はなく、下り(間藤)方面へはホーム中央にある踏切を利用している。

イメージ 2
キハ30が檻に閉じ込められているような・・
※ グーグル画像より拝借

旧貨物ホーム脇の側線には、キハ30 35とキハ35 70とタンク車2両が留置されているが、キハ30・35形が留置されている側線は本線との接続が断ち切られている。 なお、駅母屋などの駅施設は、国の登録有形文化財に登録されている。



今回の思い出は、駅にはほとんど関係がない。 駅に関係する事柄は、事の発端の場所がこの足尾駅だった・・て事だけである。 そして、今回の記事の内容は倫理的な面で『?』が着く出来事なので、潔癖症の方は見ないで飛ばした方がいいだろう。

イメージ 3
この丸ポストなんか語れそうだけど
それは今度まともにこの駅を訪問した機会に・・
※ グーグル画像より拝借

それは、この地にある名峰次選の峰・皇海山に登った時の事だ。 この時の山行では、筆者は恐らく人が体験できない事を2つ体験している。 その2つ共が、倫理的に『?』の着く事柄なのである。

皇海山の登山口の最寄りの駅は、足尾の2つ前の原向駅である。 だが、登山口の銀山平は駅から6km程離れ、しかも宿泊場所の庚申山荘へは、この銀山平から更に6km歩いていく必要がある。
だが、この時は天気が悪く、シト雨が降る状態だった。 ちなみに、この空模様は、筆者が山荘に着く夜には大雨になってたりして・・。

イメージ 4
事の”禊ぎ”が済んだ後の空は
真に五月晴れだったよ
事が全て済んだ後に撮った庚申山荘

・・で、このシト雨の中で歩くのを少しでも短縮する為、車の入れる銀山平までタクシーで行く事にした。 ・・で、タクシーを拾うなら足尾町の中心である通洞駅なのであるが、GWと言う事で雨でも下車する観光客であふれていたので、それを避けるべく次の足尾駅まで乗る。

足尾駅は冒頭の駅紹介文でも記した通りに町外れにあり、タクシーも町の中心駅である通洞駅で客取りにあぶれたのが1〜2台停まっているだけである。 ・・で、そのあぶれたタクシーに乗る。
そのタクシーでのやり取りが、偶然とはいえ倫理的に『?』な事となったのである。

このタクシーの運ちゃんはどうやら聾唖者のようで、始めから人がごった返す通洞駅での客待ちを避け、比較的落ち着いた町外れの足尾駅にしていたようである。 ・・で、その言葉のやり取りは、「ア〜」、「ウ〜」混じりのラリ音言葉で、乗った時は「大丈夫かいな?」と心配になったよ。

でも地元の衆ゆえ、この地の地理や道は確実に把握しているようで、《銀山平》という行先も直ぐに了解したみたいである。 ・・で、タクシーは《銀山平》へ向けて走り出す。 でも、足尾駅から銀山平までは結構な距離(14〜15km)あり、メーターは”うなぎのぼり”に上がっていく。

そしてこの運ちゃん、銀山平の温泉宿(通常は行先を《銀山平》と指示すると、この温泉宿前となる)より1km程奥の登山道ゲートまで送ってくれた。 ・・で、下車となるが、ここで運ちゃんが仕向けた事と言え、倫理的に『?』な世にも珍しい事が発生したのである。

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銀山平の奥にある林道ゲート
ここから一ノ鳥居までは砂利道

メーターの表示は9990円と、何かこの事が”仕組まれた”ような金額を表示していたのである。
・・で、ワテは万札を運ちゃんに渡す。 すると、この運ちゃんは暫く熟考してガマ口をモゾモゾと漁り始めた。 そして、メーターの表示金額通りの9990円を取り出し、”お釣り”としてワテに返却したのであった。

ワテ・・、目が点になったよ。 更に運ちゃんはトランクに入れた登山ザックを取り出してワテに渡し、すぐさま転車して立ち去ったのである。 ワテ・・、タクシーが転車して颯爽と去っていく姿を見てわれに返り、シト雨の降りしきる中、直立不動で「有難うございましたぁ〜」と頭を深々と下げたのを今でもハッキリと憶えている。

「足尾駅から10円で行けちゃったよ・・」 まぁ、不可抗力とはいえ、ほとんど無賃乗車・・いやヒッチハイクとなったのである。 この倫理的に『?』な事に遭遇して腐ったミカンの性根のワテは、「1万円が浮いた!」、「ウルトラ・ラッキィ」とホクソ笑んでしまったよ。

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不埒な事に喜びハシャぐタワケに
猿田彦の神が仕置きを与えたもうたか・・

だが、こんな不埒な事を喜ぶタワケには、この後に『仏罰』が当たったが如く、更に倫理的に『?』な事柄が舞い込むのてあった。 その続きは、『日本百景・春 第237回 皇海山 その2』にて。




路線の思い出  第147回  名鉄・名古屋本線 名古屋駅  〔愛知県〕

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携帯(ガラケー)のカメラで撮ったの・・
名鉄電車撮ったの始めて

《路線データ》
         営業区間と営業キロ                   運行本数(’14)   
        新岐阜〜豊橋 99.8km               名鉄発行の時刻表を見てください

名鉄名古屋駅(めいてつなごやえき)は、愛知県名古屋市中村区名駅1丁目にある名古屋鉄道名古屋本線の駅である。 名鉄最大のターミナル駅であり、一日800本以上の列車が発着する。
JRや近鉄などの名古屋駅や、高速バス路線のターミナルである名鉄バスセンターに隣接し、中部圏の交通結節点の一部となっている。

開業当初から地下駅である。 地下鉄線・近鉄線の各構造物に挟まれるため空間に余裕が少なく、プラットホームは上下各1線を3面で挟み込む特殊な配置となっている。
また、近鉄名古屋駅とは壁一枚を隔てて隣接しており、近鉄名古屋線が1954年に改軌されるまでは連絡線が設置されていて、団体列車に限り名鉄・近鉄の相互で直通運転を行っていた。

名鉄からは伊勢(中川以降の近鉄線は標準軌の為、中川で相互連絡)・養老へ、近鉄からは豊川稲荷(当時は伊奈から小坂井支線を経由して国鉄豊川駅へ乗り入れ)・犬山へ列車が運転されていた。



実をいいますと・・、昨日の夜に北海道から帰ってきたばかりなんだよね〜。
た・か・ら・・、記事ネタをすぐに用意するのも面倒だし、北海道ネタは、これよりフイルム現像に出さねばならんので、上がった写真を掲載して記事を書く事ができるまで2週間以上かかるんだよね〜。
・・と言う訳で、繋ぎネタの駅と言う事で。

でも北海道では、廃止予定駅や第一次廃止線の現物の廃墟など、濃い駅跡を(レンタカーで)めぐってきたので、今年の夏は乗り切れそうだよ。 まぁ、基本的に夏は山で『○鉄』しないので、毎年夏はこの書庫を継続するの厳しいんだよね〜。 一昨年なんか、真夏に流氷ネタ出したりしたし・・。

さて、そういう拠所なき事情で取り上げた名鉄名古屋駅であるが、これは飛行機の航空券『60日早割』が近鉄特急代込みの名古屋への運賃を加えても関空より安かったのである。
それで、中部国際空港から北へ旅立つ事にした事で、この駅の利用が持ち上がったのである。

この名鉄名古屋駅であるが、今までは「たぶん・・」であるけれど、立ち寄った記憶が無いのである。
・・で、この駅を見て思った事であるが、「スゲー」って一言である。

イメージ 2
名鉄名古屋駅の線路配置はこんな感じ
※ ウィキペディアより拝借

それは、この駅は先程廃止となった北海道の東追分駅と同じ本数の線路しか敷かれていないのである。 でも、この東追分駅と同じく廃止となった石北本線の下白滝駅(この駅も上下2線)のかつての停車列車総数の約1年分を、名鉄名古屋駅は1日で捌くのである。 まぁ、例えをネットリとしたのは『○鉄』であるが故なので、軽くスルーして下されば幸いである。

イメージ 4
この捌き方は
相当ネトネトですな・・
※ ウィキペディア画像を拝借

まぁ、例えはネトネトだが、その捌き方は真に『神業』なのだ。 この駅にやってくる特急だけでも特別特急の『ミュースカイ』、快速特急、無料特急とヤヤこしく、他にも急行・準急・普通という種別や、それに派生する様々な行先別の列車が法則無しにやってくるのである。 乗り場も、2本の線路を壁と島式ホームで挟み込む無理クリな『4番線』方式を採っているのである。 普通に考えればコレって、ワテのようなエトランゼならば確実に誤乗を引き起こす事だろう。

また、停車駅も列車ごとに違うし、行き先も違う・・。 傍目からみて「区分けされている」と解るのは、列車の方向である『上下方向』だけなのである。 もちろん列車の塗装はほぼ同じだし、特急には『無料』と『一部有料』と『完全有料』の三色(何故に麻雀用語?)あり、列車の編成輌数もバラバラだ。
それに加えて行先が岐阜・犬山・常滑・豊橋の4方向で、しかも犬山や常滑方面などは先で路線が枝分かれして、種別や行先の違いは100種類を超えるのではなかろうか・・と思う。

イメージ 3
こら見ていて楽しいわ・・
但し「鉄ならば・・」であるが
※ ウィキペディア画像を拝借

だが、それを少しでも防止すべく・・の方策が「唸る」のである。
列車乗り場の電光掲示板が行先や列車種別毎に七色に輝くのだ。 それも、微妙に行先や種別毎に停車位置をズラして、ホーム床に貼られた色テープ枠の前の電光掲示板が光るのである。
まぁ・・、これは見ていて、結構面白いモンである。 但し、『鉄』ならば・・であるが。

イメージ 5
ホーム床に貼られた
ビニールテープ枠と同色の

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こんなのの
ネオンサインが点灯するのデス
※ いずれもウィキペディア画像を拝借

また、行き先により、島式側のドアを開けたり、壁側を開けたり、片方ずつ時間差で開けたりして、僅か30秒程度の停車で、車掌にしてみればかなりの仕事量である。
でも名鉄って、チト運賃が高いんだよね〜。 名古屋から40km足らずの中部国際空港まで870円は、JR北海道の地方交通線より高かったりして・・。

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名鉄の運賃が高いのは
この即席DJ(案内放送局)があるからかな?
※ ウィキペディア画像を拝借

それと・・、飛行機。 やっぱり、ワテには肌合わんよ。 行きも帰りも保険で持っていったアイゼンが荷物診断機に引っ掛かって荷物をバラさせられた上に、フイルムの先が破損しての修正用に現地コンビニで買ったハサミが、「刃渡りが大き過ぎて持ち込み不可」と言う事でボッシュ〜トされちまったよ。 
これでペットは機内持ち込みOKってのは、ワテはどうしても納得いかないのだが。
幸いワテの搭乗便には、そんな迷惑行為の最たるような乗客は乗っていなかったがね・・。



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