風来梨のブログ

別サイトに記載した景勝地ガイドを小出しに載せていきます。

路線の思い出 251〜300

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凡例 駅名のみの記載、駅名の前の数字は掲載回を表す、廃止駅は赤文字休止駅は青文字

JR北海道 管内
251朱鞠内、253抜海、256浜頓別、259ニセコ、261智東駅跡、265糠平、269富内・振内駅跡
273中札内駅跡、280山部・布部、286作返(仮)、290鬼志別、292節婦、294厚内、295北見、
297新十津川、300沙留

JR東日本 管内
254上総中野、258大前、266三峰口、267熱塩駅跡、268新潟、271男鹿高原、274松本、
277阿仁マタギ、281大白川、288早戸、291秋田、296田野畑

JR東海 管内
279御殿場

JR西日本 管内
252雨晴、255法華口、257長谷、260和田岬、263戸河内、264貴生川、270木路原、275市岡、
276高砂、282作木口(2)284今里、285勝原、289宝塚〔阪急〕、293道後山、298新見、299伊賀神戸

JR四国 管内
287宇和島

JR九州 管内
262福岡〔天神〕、272添田、278湯前、283麻生釣(秋)







路線の思い出  第300回  名寄本線・沙留駅  〔北海道〕

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流氷の望める駅へ・・

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沙留駅名標
メインは『フイルム間違い』で全ボツだったが
サブで撮った『B級写真』が表舞台に・・

《路線データ》
         営業区間と営業キロ               輸送密度 / 営業係数(’83)     
    名寄〜遠軽・中湧別〜湧別 143.0km            597  /  1246

              廃止転換年月日               転換処置 
               ’89・ 5・ 1              名士バス・北紋バス

廃止時列車本数
   名寄〜遠軽 下り7本・上り4本     名寄〜興部 上り1本   名寄〜紋別 上り3本
名寄〜下川 下り1本《休日運休》   興部〜遠軽 上り1本   紋別〜遠軽 下り2本・上り5本
中湧別〜遠軽 1往復          中湧別〜湧別 1往復

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冬には暖かいストーブが焚かれ
駅が街に住む人・エトランゼの旅人
共の憩いの場となっていた
※ ウィキペディア画像を拝借

沙留駅(さるるえき)は、かつて北海道(網走支庁)紋別郡興部町字沙留北浜町に設置されていたJR北海道・名寄本線の駅である。 名寄本線の廃線に伴い、1989年5月1日に廃駅となった。
職員配置駅となっており、駅舎は木造駅舎で構内の東側に位置し、下り線ホーム中央部分に接していた。 1981年度の1日平均の乗降客数は115人との事。

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古き良き時代の交換駅・沙留
こんな駅なら駅の営みを
眺めてるたけでも楽しいだろうね・・
※ グーグル画像を拝借

廃止時点で相対式ホーム2面2線を有する駅で、列車交換可能な交換駅であった。
互いのホームは、駅舎側ホーム中央部分と対向側ホーム中央部分を結んだ構内踏切で連絡していた。 駅舎側ホームが下り線、対向側ホームが上り線となっていた。 その他、下り線の遠軽方から分岐し、駅舎南側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線有していた。

駅名の由来は、当駅が所在した地名からで、地名はアイヌ語の「サル・オロ」(葦がたくさん生えている原)が転訛した「サロロ」に由来する。

イメージ 4
駅跡に建てられた町営住宅
※ グーグル画像を拝借

路線廃止後の駅跡は2001年時点では土盛りのホームが残存していたが、旧駅構内には町営住宅が建築されている。 2011年時点では鉄道関連の遺構は全くなくなっており、町営住宅の一部の『しおさい公園』になっていた。 駅跡からの線路跡は、舗装された道路に転用されている。



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あの時・・ 夢中になって
追いかけた『風景鉄道』情景

このページを書き記すこの時だけは、夢中になってローカル鉄道を追い求めたあの時に帰って、『流氷路線』に魅せられたいと思う。 そう・・、この名寄本線のオホーツク海に寄り添う区間は、ワテが夢として全通を望み憧れた鉄道路線構想・『オホーツク縦貫鉄道』の主幹を担う区間だったのである。

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駅の前に広がる海原よりのアングル
コチラ側からだと
流氷との境目が判りにくいね

当時の北へ向かう旅でも、そのクライマックスとなる“流氷路線”の区間だ。
ワテが目にした限りではあるが、最も流氷を味わって望める区間がこの名寄本線であると思う。
そして、この全区間が廃止となった唯一の“本線”である名寄本線から枝分かれする支線たちも、あの頃のワテの憧れやまぬ路線であった。 これらの路線にもう一度乗ってみよう。
そして、久しく見ていない流氷をもう一度見にいこう。

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あの頃に帰って・・
久しく見ていない流氷をもう一度見にいこう

《中湧別》からの名寄本線は『本線』を名乗るだけあって、名寄本線から枝分かれする湧網線や渚滑線などと比べると倍の本数の列車があった。 それ故に、ただ乗車するだけならば比較的容易であったのである。 だが、オホーツク沿岸の最も美味しい所をゆく路線であるので、乗って車窓を眺めるだけ・・というのは如何にも勿体ない気がするのである。

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これは「乗って眺めるだけ」では
いかにももったいない!

オホーツク沿岸では最大の街であり、流氷砕氷船『ガリンコ号』が発着する港がある観光都市《紋別》を過ぎると、渚滑線の分岐駅でかつては木材搬出と鴻之舞金山のゴールドラッシュに沸いた・・という《渚滑》を経て、いよいよクライマックスたる『流氷列車』の区間となる。

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国道を跨いで海際へ・・
いよいよクライマックスの区間だ

《渚滑》を出ると程なく海沿いに出る。 だが、まだ線路は国道より内の内陸側で、「クライマックス直前」って所だろうか・・。

イメージ 5
『流氷列車』の駅・沙留に到着
※ ウィキペディア画像を拝借

流氷の敷き詰められた海を眺めつつも、線路は国道を挟んでやや海際から離れた土手の上をゆき、土手上にポツネンとあった《富丘》という乗降場を過ぎて、いよいよ『流氷の丘』の最寄り駅《沙留》に着く。

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海際にぴったりと寄り添い
流氷が車窓一杯に広がる区間だ

駅の手前で国道をクロスして、これよりピッタリと海に寄り添うのだ。 列車の車窓から流氷を眺めるのもいいが、ここはこの駅で降りて“流氷と列車の情景”をカメラに収めよう。
狙い時は、もちろん朝・・。

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流氷を望む波戸場の小集落・沙留と・・

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朝のやわらかい光が流氷を照らす
極上の季節の極上の時・・

海の全てに敷き詰められた白い流氷群とピンク色に染まった空、そしてその中を行き交う赤い単行気動車の孤独な姿は、とても美しく崇高にさえ思う。 

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もうこの国には存在しない鉄道風景・・

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その貴重な軌跡を残せた幸運に感謝

なぜなら、名寄本線が廃止となった今、この国では二度と撮れない鉄道情景であるのだから・・。 
流氷と列車の写真なら釧網本線の北浜付近で撮る事は可能だが、この区間のように前面に原野が広がる絶好の流氷スポットを走る鉄道路線は、もうこの国には存在しないのだから・・。
拙いあの頃の腕ではあるが、とにかくその貴重な軌跡を残せたのはとても幸運だ・・と思う。

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流氷は気まぐれ・・
来ない年もあれば貧弱な年もある
’89年は流氷が接岸しなかったので
この年が最後の情景となった

それは、廃止となる’89年は流氷が一切接岸せず、『流氷列車』を撮る事ができたのはこの年のみとなってしまったのだから、尚更強く思う。

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最後の年’89年は記録的な暖冬で
流氷は一切接岸しなかった

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路線廃止となった最後の年も訪れたが
駅前もこんな状態の春日和だった

寂れた波戸場の駅《沙留》を出ると、海に向けて掘立て小屋のような待合室がポツンと佇む“侘しい情景の駅”の筆頭候補に挙りそうな《豊野》と、待合室さえない乗降場の《旭ヶ丘》を過ぎ、興浜南線の接続駅である《興部》に着く。

イメージ 20
今はもう・・
海際をめぐった鉄路はない

願わくば、この『オホーツク縦貫鉄道』を全て開通させて、冬の流氷を望む季節に根室から稚内までを鉄道に乗って・・、我が国でもっとも素晴らしい「車窓の旅」をしたいものだ。

   ※ 『オホーツク縦貫鉄道』については、この書庫の記事も是非・・。
     前38話でっす。 最初から見てネ























 









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路線の思い出  第299回  近鉄大阪線、伊賀鉄道・伊賀神戸駅  〔三重県〕

イメージ 1
こんな質素な駅でも
北海道・北見駅の7倍近くの
乗車人員がいるのね・・
※ ウィキペディア画像を拝借

《路線データ》
近鉄大阪線
営業区間と営業キロ                      運行本数(’19)   
     大阪・上本町〜伊勢中川 108.9km    特急(大阪〜名古屋)毎時2本
                                  ※伊賀神戸停車は朝の1本のみ
                                   (大阪〜伊勢志摩)毎時2本
                                  ※伊賀神戸停車は毎時1本
                               急行 毎時2本(朝夕は快速急行)
                                  ※内毎時1本は次の駅・青山町発着列車
                               普通 (名張〜伊勢中川)毎時1本

伊賀鉄道
          営業区間と営業キロ                 運行本数(’19)
     伊賀神戸〜伊賀上野 16.6km   伊賀神戸〜上野市・上野市〜伊賀上野で分割運行
   ’07・10・1より伊賀鉄道に経営移管   いずれも、30〜60分毎の運行

イメージ 2
母屋寄りが伊賀鉄道で奥が近鉄大阪線
※ ウィキペディア画像を拝借

伊賀神戸駅(いがかんべえき)は、三重県伊賀市比土にある近鉄と伊賀鉄道の駅である。
両社で構内を共用する共同使用駅であり、近鉄が駅を管理している。
近鉄の大阪線と、伊賀鉄道の伊賀線が乗り入れている。 伊賀線は当駅が終点である。
2016年の1日の平均乗乗人員は、近鉄が2392人・伊賀鉄道1544人との事。

イメージ 4
伊賀鉄道は暑苦しい程に
『忍者』をアピールしてるな・・
※ グーグル画像を拝借

合計3面3線のホームを持つ駅で、駅舎は伊賀鉄道側にある。  伊賀鉄道は駅舎側の単式ホーム1面1線を使用している。 かつては島式1面2線だったが、駅舎改良工事に伴う2007年7月9日の伊賀線のダイヤ変更により6番線が廃止され、跡地は改札口から伊賀鉄道ホームへの通路となった。

その奥に相対式ホーム2面2線の近鉄ホームがある。 かつては単式・島式併用の2面3線で、下りホームが島式であったが、伊賀鉄道側の線路はロープが張られて使用停止の後、駅舎改良工事時に柵が設置され線路も撤去された。 青山町寄りに引き上げ線と大阪線本線上に逆方向の片渡り線が設置されていたが、駅舎改良工事の際に全て廃止され、保線車両の留置線に転用された。

イメージ 3
伊賀鉄道は路線内の全駅が
2両編成仕様で固定されている
※ ウィキペディア画像を拝借

1・2番線の近鉄大阪線の使用ホームは10両編成に対応している。 5番線の伊賀線ホーム有効長は2両で、伊賀鉄道の保有車両は全て2両編成となっている。



先週末の撮影小旅行で訪れた駅を取り上げる予定だったけど、まだその時のリバーサルが現像より上ってないの・・。 そ・れ・に・・、次は栄えある!?『300回目』だから、次は特別に思い入れのある駅にしようかと・・。 なので、今回は”逃げ”ました。 ♪思えば・・ ここまで(よくぞ・・)続いたも〜んだ・・


ワテが初めて一眼レフのカメラを持ったのは、中学に入りたての春だった。
その一眼レフカメラは、親父のカメラの私物化であった。 その一眼レフで初めて駅撮り以外を志した路線が、近鉄大阪線と伊賀線である。 まぁ、この頃は、近鉄特急にお熱な純粋!?な『撮り鉄』小僧で、撮影のターゲットは大阪線を走る近鉄特急で、伊賀線を撮る想定は全くなかったのであるが・・。

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TOpconの2度巻きカメラでの
ワテのカメラデビューと同じ頃に
登場した三代目ビスタ・カーも齢40年・・
歳を喰う訳だ
しかも・・ 今もバリバリ現役だしィ

だが、カメラを買ってきた親父は写真など撮る事のない・・、いや写真を撮ってる姿を見た事もない位に写真とは疎遠なオッサン(ロクデナシ度合は今のワテと変わらんが・・)だったので、当然に標準レンズ以外になかったのである(でも・・不思議な事に秒間2コマのワインダーは付いていたよ)。

「これでは思い通りの『撮り鉄』ができない」と踏んだ小僧は、投げナシの小遣いを叩いて《シグマ・ズームカッパー》なる、新発売と同時に定価45000円が20000円割れの大幅値引きの上で叩き売られていた望遠レンズを買ってしまったよ。 いゃぁ・・、『撮り鉄』に賭ける小僧の執念は凄いですな。

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始めは買いたてホヤホヤの望遠レンズで
このアングルを撮るのに夢中ですた・・

その買いたてホヤホヤの《シグマ・ズームカッパー》で、本線格の大阪線を快走する電車を望遠のカーブ構図で撮る事に熱中していたが、撮っている内に飽きを感じてきたのだった。
それは、「このアングルって、皆が撮ってるのと変わらねえよな・・」っていう思いからきたのだった。 要するにこのタワケ(筆者)は、小僧であったその当時から偏屈だったのである。

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『風景鉄道』に目覚めるまで
ワテの『一番星』(最優秀写真)を
2年半の間防衛し続けた写真でっす

でも、この時に撮った『望遠カーブ構図』の写真は四半世紀以上の時を経て、筆者写真史上で最も優秀なデキとなっているから不思議である。 まぁ、とどのつまりは、「中坊のこの時が撮影のウデのピークで、後は年を追うごとにウデが退化してる・・」って事なのであるが。

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完璧ジャン!
今より絶対に上手いわ・・
小僧の頃のワテ
 
ヨタ話は置いといて、飽きを感じて暫く撮るのをやめて呆けてブラブラと歩きまわっていると、伊賀線のボロ電がモーターの唸り音を上げて鉄橋を通過していくのを目にしたのである。
始めは撮る気は全くなく、ふとカメラでそれを覗いてみる。 これを覗いてみて、筆者の抱く『撮り鉄の世界観』が変わったのだった。
 
「望遠で撮るよりずっといいジャン」・・、そして「こういうのが撮りたい」と瞬く間に思考が変わってしまったのである。 後は『かかり気味』に、この鉄橋をターゲットに伊賀神戸駅から折り返してくるボロ電を待つ。

イメージ 9
他愛無いけど・・
ワテの『ターニングポイント』となった写真でっす
 
その上がった写真は、従来の中一の小僧の持つ嗜好とはかけ離れたモノであったが、周りと違ったモノを好む偏屈な筆者の『お気に入り』となり、そして撮る手法も、これを契機に徐々に現在の『風景鉄道』に目覚めていったのである。
 
折り返しのボロ電を撮ってからは『望遠カーブ構図』一辺倒に狙うのはやめ、標準レンズ(当時持っていたレンズは、例の100〜200mmの『シグマズームカッパー』と標準の2本のみ)を中心にアングルを構築していく。

そして、その時にある事に気づく。 それは「望遠に比べてピント合わせが楽でいいや」という、小僧の頃より『ズボラウイルス熱』に冒された筆者にうってつけの、物臭さに有利な退廃嗜好であった。
それ以来は広角に目覚めて、ほとんどピント合わせ不要の28mm広角(高校に上ってすぐに買った)をメインレンズにしているのである。

そしてこの時は、一度ハマると結構行く所まで突っ込む資質の筆者の性格も手伝って、電車や特急・ブルートレインなどの優等列車から、風景と調和した『風景鉄道』な写真へと撮影対象が変わっていくのである。 その撮影構図の思考としては、漫然とではあるが「電車だけでなく周囲の景色も入れたい」という、広角レンズ主体のアングルを採るようになっていったのである。 その時の写真がコレ・・。

イメージ 10
信号と木の架線電柱 味あるなぁ・・

望遠から標準レンズに切り替えて

でも、撮った写真は、小僧故に頭に描いた『風景鉄道』とは程遠い『正面激写系』である。
だがこの写真が、『風景鉄道』の取っ掛かりとなった『貴重な一枚』でもある。
そして、よく見れば木の電柱など、「なかなか味があるジャン」・・。

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♪アイツはアイツは顔デカぁ〜い!
  浮き輪が上から入らなぁ〜い!
by ドクタースランプの主題歌より

でも、今回の『目玉』はコレ・・。 「顔がデカ過ぎて入りきりまセ〜ン」。

イメージ 12
秒間2コマのワインダー撮った2枚目は
顔がデカ過ぎてフレームアウトに・・

このネタはもしかしたら、このブログ開設以来初めて『日のアクセス数・250』に迫った(しかし・・、8年やってて恐ろしい程の低レベルだな・・ 普通の人ならブログ辞めたくなるだろうね)第289回の阪急・宝塚駅の再来となるかも・・。

















路線の思い出  第298回  伯備線、姫新線・新見駅  〔岡山県〕

イメージ 1
正月はタクシーさえ寄りつかない
ゴースト駅だったよ
※ ウィキペディア画像を拝借

《路線データ》
伯備線
              営業区間と営業キロ      輸送密度 / 営業係数(’15)          
            倉敷〜伯耆大山 138.4km        6514  /   258
 
運行本数(’19)
       倉敷〜備中高梁・新見 概ね上下とも時間毎 2本づつ
       新見〜米子 上下とも8本づつ
       生山〜米子 上下とも3本づつ
       根雨〜米子 上り1本
       岡山〜出雲市 特急【やくも】 15往復
       東京〜出雲市 寝台特急【サンライズ出雲】 1往復

姫新線
              営業区間と営業キロ      輸送密度 / 営業係数(’15)          
             姫路〜新見 158.1km           1501  /   610
 
運行本数(’19)
津山〜新見
       津山〜新見    下り6本、上り7本(内 上り2本快速)
       津山〜中国勝山 下り6本、下り5本(内 上下1本づつ快速)
       中国勝山〜新見 下り2本、上り1本(内上下1本づつ快速)


新見駅(にいみえき)は、岡山県新見市西方にあるJR西日本の駅である。 島式ホーム2面4線を持つ駅で、島式ホーム間にはホームの無い線路が2本あり、全ての貨物列車はこの線路に停車する他、当駅発着の列車の入替用途にも使われている。 2016年の1日当たりの乗客は764人との事。

新見市の代表駅であり、津山駅・三次駅と並んで中国地方中央部の主要駅の1つで、特急・寝台特急を含めた全列車が停車する。 伯備線の普通列車も新郷始発の1本(休日運休)と、全線走破する列車以外は当駅を起終点としており、当駅を越えて運転される列車も乗務員の交代が行われる事が多い。 夜間滞泊も設定されている。 直営駅で備中鉄道部が構内に配置され、管理部管轄内の駅長無配置駅の全てを管理駅としている。

イメージ 2
この手のホーム案内板は味があるね
※ ウィキペディア画像を拝借

当駅の所属線である伯備線と、当駅を終点とする姫新線が乗り入れている。 また線路名称上の起点が備中神代駅である芸備線も、運転系統上で当駅を起点としている。 なお、当駅〜備中神代駅間の途中にある布原駅には、本来の所属路線である伯備線の列車は全て通過し、芸備線の列車のみ停車する。 従って、ホーム駅名標における隣の駅の表示は、芸備線ホームのみ布原となっており、伯備線ホームは備中神代となっている。

ホームと駅舎は地下道で連絡している(地下道はコンクリートの造り、一部木造)。駅舎は木造2階建で、瓦きとなっている。 各ホーム上には待合室があり、トイレも駅舎の構内側と1・2番線ホーム津山方にある。  改札を出て右の駅舎内にはJR西日本運営のコンビニエンスストア『ハートイン』があったが、2008年3月に閉店となっている。



この駅に鉄道での思い出はない。 あるのは、「何と使えない駅前なのか・・」という負の感情だけである。 それは駅のあらましに記したJR西日本のコンビニ『ハートイン』の閉店が深くかかわっている事なのである。

これでもう、このタワケが書こうとしているネタは概ねわかるだろう。 それは駅に着いた途端に、食い物に有り着けずに干上がったのである。 時は「正月三が日」であった事もあるが、駅前の店屋は全て正月休みだったのである。 それでは、そのあらましを記していこう。

・・新見駅にやってきたこの時は、四国の山で思ったより雪が深すぎて敗退し、余った日程と「セ・セ・セ・セ青春きっぷ」の消化すべく、1日3往復の芸備線・木次線を撮りに来たというハチャメチャな旅の途中だったのである。

イメージ 3
山を雪で敗退して
切符が余って訪れたの・・

要するに、山に登って上の避難小屋で泊らなかった為に日程は余ったが、山の代替えとなったこのプランでは、山と同じ食&住生活をせねばならないミッションが課せられていたのである。
変な言い回しをしたが、とどのつまり、宿泊費に充てる金はビタ一文持ってないので無人駅でテント張っての駅寝が確定していたし、飯もコンビニで買って自炊する必要があったのである。

・・で、岡山駅のコンビニで夜食用の「正月・おかずセット」が売っていたので買ったが、時間が早かった事もあったし「新見で暖かいモノを食った方がいいな」と考えて、昼飯は買わなかったのであるのである。

イメージ 4
前夜の宿泊地はココ
でも四国から中国地方って発想は
特別なクオリティが成せる業だろうね

ちなみに、この日の朝は始発に乗った(土讃本線の箸蔵・・この駅でも駅寝しますた)為に朝は飯を食う時間がなかったが、岡山の時点ではそんなに腹は空いてなかったのである。

・・で、岡山から吉備線に乗って総社経由で新見へ・・。 その新見の到着が近づく12時前に頃よく腹も空いてきて、新見駅での「温かいモノ」を空想していたのである。 程なく新見着。
「店屋モノ屋かうどん屋がベスト」、「ラーメン屋でもいいや」、「牛丼屋もいいな」、「最悪でもコンビニの“レンジでチン”は譲れない」と、夢と欲望を際限なく膨らましていたのである。

駅に着くと、意気揚々と改札を出る。 改札を出るとシャッターの閉った駅コンビニ跡があったが、「コンビニは別にいいや!」と駅の外に出る。 でも、コレ程の街なら正月でも牛丼屋とかのチェーン店系列が開いてるハズなのだが、そもそもの『牛丼屋』自体が無かったのである。

イメージ 6
国道から駅に連なる通りの店は
一同に正月休みだったよ
※ グーグル画像を拝借

そして、全ての店屋は「正月休み」で閉ったおり、バスとかも正月は駅への乗り入れ便は運休のようであった。 バスが運休なら、タクシーなんかも全くやってこない。 コリは「正月休み」なんてモノでなくて、「正月閉鎖」とだわ。

仕方がないので、駅から250m位外を走る国道沿いに出る。 国道沿いに出ればコンビニの一つもあるだろう・・と。 でも、国道に出ても何も無かったよ。 新見駅で乗り換える予定の芸備線列車の発車時刻は13時。 約1時間ちょっとの時間があったが、駅前を飯屋を探してウロウロとしてから国道に出たのが12:20頃。 駅に戻る時間を考えると、あと10分程度がタイムリミットだろう。

イメージ 5
駅と250m離れて並走する国道にも
店屋らしい店屋は無かった
新見の市街地は高速バスの
停留所である『中国新見』周辺らしい
※ グーグル画像を拝借

左右を見渡して、「新見温泉街」の道路標示のある米子方へ歩いていく。 その歩いた結果は、「レ・ミゼラブル」・・。 歩くワテを抜き去った車が、500m位先のコンビニと思しき看板の方向に入っていったのである。 この車が抜き去る事で「ここから500m程先にコンビニがある」と判った時刻が12:35・・。
そう・・、ちょうどタイムリミットの時刻だった。 それで、泣く泣く断念して駅に戻る。

でも、中国地方の主要都市の駅で、最寄りのコンビニが1km離れているなんて・・。
お陰て、昨日の夜から何も食ってないよ。 仕方がないので、芸備線の撮影地である小奴可の『農協Aコープ』に賭ける。 だが、公僕は絶対に正月休みを取るから、農協が正月に開いている訳がなかったのである。

イメージ 7
小奴可駅では
空腹・寒さ・長い列車待ちの三重苦

そして小奴可では、『今夜の食堂兼簡易宿泊地』となる道後山への最終列車時刻の19時過ぎまで6時間待たされるのである。 その6時間でする事は、乗ってきた新見発13時の列車の折り返しを1本撮るだけである。 腹は空くし、ヒマだし・・と、かなり過酷な目にあったよ。

イメージ 8
道後山駅では
暖かい正月を送れたよ

そのせいもあってが、道後山で自炊した「温かい飯」と岡山で買った「お正月・おかずセット」は美味かったよ。 駅寝で蒲鉾とか金時豆とかこうや豆腐がおかずになったのだから・・。
もしかして、コリは普段の食生活より豪華なのでは? 全てレトルトだけど「一汁三菜」だしィ。












 









路線の思い出  第297回  札沼線・新十津川駅  〔北海道〕

イメージ 1
「1日1往復」になってから
駅勢が盛り返した!?
有人駅となり:グッズも
売られている新十津川駅

《路線データ》
営業区間と営業キロ              輸送密度 / 営業係数(’17)
       桑園〜新十津川 76.5km                 57  /    2182 
                                   ※ 非電化区間の数値です               
 
’16年・運行本数
            電化区間                          非電化区間
 札幌〜北海道医療大学     下り13本、上り15本  石狩当別〜新十津川  1往復
 札幌〜石狩当別          下り18本、上り16本  石狩当別〜浦臼     5往復  
 札幌〜あいの里公園        下り19本、上り16本  石狩当別〜石狩月形  下り2本、上り1本
 札幌〜あいのさと教育大      1往復
 石狩当別〜北海道医療大学   上り1本
 
    廃止区間と営業キロ      廃止年月日     廃止時運行本数        転換処置
 新十津川〜石狩沼田 34.9km  ’72・ 6・ 19  浦臼〜石狩沼田 5往復    国鉄バス北海道
                                               ’03より北海道中央バス


新十津川駅(しんとつかわえき)は、北海道樺戸郡新十津川町字中央にあるJR北海道・札沼線ので、同線の終着駅である。 かつての札沼線は留萠本線・石狩沼田駅までの路線だったが、当駅〜石狩沼田は1972年に廃止された。 2017年の1日当たりの乗客は8.4人との事。
沿線自治体4町が北海道医療大学駅〜当駅の廃止に合意し、2020年 5月7日の当区間の廃止と共に廃駅となる予定である。

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非電化区間の全てが
廃止となる事が決定した

単式ホーム1面1線を有する駅で、旧対面窓口部分を観光案内所としており、地域おこし協力隊員が入場券やDVDを販売している。 自動券売機の設置はない。 木造の駅舎は正方形に近い形をしている。 以前は正面から見て長方形のような形をしていたが、左半分が取り壊されて現在の形になった。 駅舎内の待合室には、かつてストーブが設置されていた跡が残っているが、現在は冬季でもストーブは設置されない。

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3往復時代は訪れる者もなく
閑散としていたよ

かつては午前と夕方の2本は札幌駅まで直通していたが、2012年10月ダイヤ改正までにすべて石狩当別行きとなった。 その後の2016年3月のダイヤ改正で浦臼〜当駅の運行が1日1往復のみとなり、列車の発着が1日1回のみとなった。 このダイヤ改正によって当駅を発車する列車が午前9時40分の1本のみとなった事で、日本一終発の早い駅となった。 後に折り返し列車の発車時刻が20分繰り下がって午前10時00分となったが、引き続き日本一終発の早い駅となっている。   

2011年2月9日に駅の隣にある空知中央病院が駅ノートを設置し、記載された内容を病院の公式サイトで公開している。駅ノートの表紙には、記入した内容がウェブサイトに掲載されることが明記されている。  2011年7月から雨天時を除き、同病院の保育所の園児が毎日列車の送迎を行っている。



札沼線の終着駅・新十津川は、廃止された特定地方交通線の清水港線で有名となった「1日1往復」の路線となった。 その後石北本線の上川〜白滝が「1日1往復」となったが、石北本線のこの区間の中間駅が全て廃止となった為に、特急や快速の運行本数がカウントされて「1日1往復」から外れたが、それと入れ替わるように2016年3月のダイヤ改正で3往復の運行から2本の減便を受けて、札沼線のこの区間が「1日1往復」となったのである。

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35年前のこの頃より
町勢は上向いているハスなのに・・

だが、新十津川町は、「1日1往復」となる程に過疎が進行した町ではない。 人口にして7000人近くと、北海道の町村では多い方であり、駅前には立派な総合病院が建ち、《登別のカラカラテルメ》に準ずる規模のクアハウスもある札幌圏のベットタウン的な様相を示す町である。

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駅の背後には
立派な総合病院があるし・・

そして観光的にも、背後に「北海道の尾瀬」と言わしめる《雨竜沼湿原》や花の名峰・暑寒別岳があり、大雪や日高の山々に次ぐ山岳自然景観を魅せている。 麓にも《雨竜ひまわり園》があり、観光資源を問うても恵まれた地域なのである。

また、札幌に出るにも国道275号線が整備され、また石狩川を挟んだ対岸には滝川市や深川市の中核都市があり、川を渡れば道央道のインターチェンジがあって、それ程時間もかからずに札幌に出れるのである。 だが、この事が、鉄道が「不要なモノ」との烙印を押される原因となったのである。

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車止めの先には
2×4のハイツが建ってるし・・
小さく写ってるだけだけど・・

鉄道が「不要なモノ」との烙印を押された後は、6往復から3往復・・、そして札幌直通の列車が石狩当別で打ち切られ、ついには「1日1往復」までに減便される事となった。 この事で札幌までの僅か80km程度の区間が、その日の内に鉄道で往復して帰ってこれなくなったのである。

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『乗り鉄』の「御用達列車」は
豊ヶ岡から乗りますた

それ以来、この「1日1往復」の列車は、エトランゼの鉄道ファンである『乗り鉄』の「御用達列車」となってしまったのである。 それを見越してか・・、無人化されたこの駅に『観光案内所』が設けられ、列車の到着時間の前後1時間に札沼線グッズの販売の係員が常駐しているのである。

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ただ「乗るだけ」なら「1日一往復」と
言えどもさほど苦はないが
コレを『撮る』となると苦難となりマス・・ハイ

そんな新十津川駅に、この「1日1往復」の列車に乗って訪ねてみた。 だが、周囲の『乗り鉄』と違う所は、ワテは「『撮り鉄』しながら・・」という事である。 そして、この「1日1往復」の列車に乗ってこの線の『撮り鉄』を目論むなら、2日掛かりで、しかも『駅寝』の荒業を駆使せねば不可能なのである。
まぁ、「乗るだけ」なら、札幌のマンガ喫茶で泊って、翌朝札幌7時前の電車に乗ればいいのだけれど・・。

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やっちゃいましたよ
この駅で・・

・・という訳で、やっちゃいました。 豊ヶ岡駅で真冬の『駅寝』を・・。 でも、「『北海道駅寝4人衆』の周回遅れの末席」だったあの頃に比べて、テント持参で『駅寝』条件はかなり緩和されているのである。

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「駅寝の神様の宿る駅」として
前回訪問時から目を着けていますた・・ハイ

でも・・、歳を経た老化によるヘタレとは悲しいもので、駅舎内の温度が氷点下8℃とあの頃より10度以上マシだったのに寒かったよ。 でも、9時から3時位までは寝れたので、翌日の行動に寝不足感はなかったけど・・。

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冬の駅寝してまでも撮りたかったコリは
絞りを開け過ぎて飛んでしまいますた・・(涙)

そして、衰えたのはヘタレた我が身体だけではなかった。 そう、『撮り鉄』のウデが完全に写真界の底辺を這いずる『写真床』となってたよ。 それでは、その駄作をハベらしましょうか・・。

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真ん中も撮ったのですが
崩壊して掲載自粛に・・

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何か微妙にピン甘・・

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「1日1往復」の新十津川行の列車を狙う

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コリだけは何とか
人目に晒せるかな!?

『撮り鉄』を終えて、「1日1往復」の新十津川行の列車に乗り込む。 豊ヶ岡より1時間ちょっとで、列車はつづがなく新十津川へ・・。 この時の乗客は「冬休み」に入っていた事もあって、地元民の乗客は晩生内と浦臼で2組とも下車して、全てエトランゼの『乗り鉄』となっていた。 そしてその数は40人程で全てのボックス席は埋まっていたよ。

終着・新十津川に着くと、この40人は一斉に駅舎撮影やら停車中の列車撮影、そして観光案内所での札沼線グッズ購入と3方にバラけていったのである。

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同時に訪れた『黒点』共が
なるだけいない時を狙って・・

だからか、折り返し列車の発車時間が20分繰り下がったのは・・。 この3つの「ミッション」をこなすには、30分でも足りないかもしれないし・・ね。

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イメージ 4
買わなくても持ってるもんね〜
「本物」を・・

ワテはこの新十津川駅には何度も訪れた事があるので、人の少ない所を見極めて行動する余裕があったよ。 ・・で、最も撮りたかったのがコレに時間をかけて、『黒点(邪魔な『乗り鉄』の野郎共)』が消え去るのを待って念願成就したよ。

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青い空と雲・・
屋根に雪の乗った駅舎と
白銀に輝く冬の樹木
駅舎を見た途端に
この『絵』が撮りたくなったよ

後は、「1日1往復」の区間はさすがに車がなければ無理なので、後日にレンタカーで訪れて撮ったが、暑寒別の山なみが現れるなど条件が良すぎて、今イチなのしか撮れなかったよ。
この時思ったね。 「徳富の駅ホームから撮れば、邪魔な電線もかわす事がてきたのに・・」と。

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あまりにも目標物が無さ過ぎて
とっさに廃倉庫を入れてみたが・・

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暑寒別の山々を入れると
列車が小さくなるし・・
確実にウデ落ちたな

さて、来年は撮れるだろうか・・。 今年の年末年始の旅の予定である東北旅のついでに行っとく!? でも、年末年始の道央は晴れる事は稀なんだよね・・。





 




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