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昨日、久しぶりにピアノの演奏会(奥村美佳先生の)に行った。
ここ数日の自分は何を考えてるんだか全くわからん状況で、人と話すほどにちょっとした言葉の影響を受けてしまっていたのだけども、何にも考えないでショパンを聴いていたら、ちょっとわかった。
その前日から私の胸に刺さっていた言葉は、「あなたは強い」とか「あなたのほうが幸せ」とかそういう感じの言葉で、その言葉にびっくりするほど傷ついている自分がいた。
競技をやっていた中で、だれにもわかってもらえないという思いが強くなっていて、本当はだれかに理解してもらいたいと思っているのに、「あなたの悩みは幸せな悩み」とかもっともらしく言われてしまうと、だれにも話せなくなってしまったりして。話して理解してもらえず、がっかりするのが嫌だったから、内に内に入り込んで苦しくなっていたころのことを思い出したみたいで。
今、被災地に寄せる人々の思いは高まっている。
何かをしたいってみんな思ってる。
それは人間として自然な思いだと思う。
テレビを見て悲惨な状況を目にして、何かしなきゃと思わされるんだと思う。
でも、案外、近くにいる人の叫びや苦しみって見えてなかったりするんじゃないかなと感じる。
メディアに反応する人々の思いと、周辺の人間関係の温度差を感じるのは私だけだろうか。
近くに居る人の気持ちを知ろうともせずして、どうやって遠くの人を助けることができるのだろうか。
被災地は当然大変だけど、たぶん、子どもなんかは、人としての当たり前の力がとてつもなくつくように感じてる。
うまく言えないけど、人間同士、ちゃんと繫がり合いたいと思う。
それは近くの人の気持ちを知ることから始まるんじゃないかなーと最近思ってる。
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