|
暑いゴールデンウィークだった。
2−4日まで連休だったけど、今年はトレーニングを中心にしないでゆっくり過ごしたいなあと思い、そのようにした。
中味を考えてみて、トレーニングもしたし、両親と出かけたし、去年と比べて、過ごし方は内容的にそんなに変わってないけれど、気持ちを逆にするだけで、ぐっと楽に過ごせるものだなあと実感した。
最近、家事が趣味のようになっており、快適な暮らしがうれしいため、それを他人にしゃべると、「ようやく結婚する準備ができた」ようなコメントをしてくる人がよくいるが、聞く度に、違和感を感じてしまう。
「家事できる=結婚準備」と考える思考回路はあまりにも短絡的というか、古いというか。。。
暮らしをなおざりにして、よい仕事は生まれない。
それは自分でもわかっていたけど、頭が先走り、忙しくしてしまい、その上、整理が苦手ということも手伝い、なおざりにし続けた。
私だって、これまで家事やってくれる人がいたら、ほんと欲しかった。
家事という仕事は本当にクリエイティブであることを感じるし、知恵の詰まった楽しいものだということを、昔の女性は知っていたという話しをよくA氏がいうのだが、本当にそうだと思う。
男だとか、女だとか、そういう問題じゃなくって、生活することを大切にする、という作業が、自分の手で普通にできていることはかなり大事なことなんじゃないかなあと感じている。
私ももっと早い段階で身に着いていたとしたら、人生、変わっていただろうにと。。。
|
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
最近、いろいろなきっかけがあり、10年ほど前に書いたインタビューなどを多く含む自分の記事を読み返す機会があり、その内容に、結構感動している。当時は、聴いたことの中で、感覚的にいいなあと思ったコメントを、自分なりに咀嚼して書いていた記憶があるのだけど、今、あらためてその人たちが言わんとしていたことが、身をもって理解できる時にさしかかっているかららしい。
人選に関しては、衣食住にかかわるプロや、アーティストがほとんどで、さぞかし、若かった自分は刺激を受けていたらしい。
今日は、NYで活躍するコンテンポラリーダンサーに3−5年ぶりにお会いした。
彼女と初めて会ったのは、アムステルダムのバレエ団にいたやはり10年ほど前。その後、英国に移り、なんでかわからないけど、彼女に家に2日ほど世話になったこともあった。という断片は記憶していたが、彼女はあまり覚えていなかった。
逆に彼女は、長野に帰郷した時に、私と行った食事処について記憶が濃いようで、私は全くどこで食事したかなど、覚えていないので面白い。
前書いた記事を読んでみたところ、体の中からわき出る感じを大切にしていると、彼女は言っていたが、今は、もう何にも感じもしてないのだという。考えてなくても、そんなに感じなくとも、自然とできちゃうらしい。なんかわかる。今は私は感じることに従うことを大事にしている時だから、次は、その道が待っているのかな。
========
このところ、家事が楽しくてならない。
約40年生きてきた中で初めてのことなので、こうなってる自分が面白くてたまらん。
無理しないで、気付いたところだけ、やったり、その時に必要なものだけをそろえていく。
これまでは、「これをしよう」とか、「こうなりたい自分」を頭でイメージを決めて、買い整えるのを先にするパターンで生きてきたが、逆になった。先に必要なものをそろえるのではなく、その時々で、本当に必要なものだけ手に入れる。
そんな違いにハタと思わされたのだが、これまでの自分って、いわゆる箱モノ行政と同じ感覚で、生活し、生きていたんじゃないかと、思われる。
たとえばトレーニング一つとってみてもそうなのだけど、今日はこれとこれをと、決め込みすぎてやると、できなかったときのストレスが大きすぎて、それでギブアップするということは多々あった。
感じるがままに、というか、今の感じを自分にいつも問いただす訓練を今、始めたら、家事も進むようになったように思う。
つい数カ月前までと、今と違うのは、リラックスしてるか、してないかだけ。
力を抜けば、必要なものを感じ取ることって、できるのだなあと、本当に芯からわかってきた。
欲が入ると、それが一気に崩れることもあるし。
===========
昨日、急に思い立ち、歯医者に行った。
長野で歯の治療をするのは3年ぶりらしい。
で、今日も仕事の後に行ったのだけど、先生が、どうも私の身の上に起こったことをメディアなどを通じ、つぶさに観察し、正確に感じ取っていてくれたことが今日、わかった。
昨日ではなく、今日、切り出してくれた。
トータルで、何とも見事な心遣いに、胸が熱くなった。
|
|
今週のテーマは、食環境の確立だった。
住環境はだいぶ上向いてきたのだけど、家でご飯を食べるサイクルを作るのに、必要なことを整えたいと思っていた。
2日前に、掃除機とポットが届き、1日前に浄水器の工事が済み、心おきなく水が飲めるようになった。で、今日は、ガスやさんにガス炊飯器をセットしてもらい、ようや炊飯ができるように。
週の初めにスーパーや、道の駅で食材や野菜を少しずつ買ってあったので、ようやく週の半ばから、3食、自分で食いつなげそうな状態に。。。
今日は、引っ越しの時にお母さんが持ってきてくれたカレーの冷凍や、お姉さんからもらった大豆の水煮などをアレンジして昼食を食べ、夜には買い置いていた魚や野菜を適当に料理してみた。たまたま2食とも友達が来てくれて一緒に食べた。私が、人に食事を用意するなんて、ほんと、何年ぶりのことであろうか?!
食器もそんなに持ってはいないけど、7、8年かけて少しずつそろえた作家さんのお皿などがようやく食卓に映えるのがなんと、うれしいことよ!
当たり前のことだけど、食事をうちで食べれば、食費は浮くし、野菜はたくさん食べられる。また、時間の節約にもなる。ちょっと作り置くと便利な常備菜や、残り物を使いながら食べるのも面白い。
目指すは向田邦子の暮らしのセンス!
このサイクル、いつまで続けられるのだろうか・・・自信はないけど、がんばりすぎず、継続していきたいものだ。
暮らすって、結構やることある。
主婦って、やはりすごい。。。
|
|
4月5日に完全に引っ越しし、仕事も新しくなって、新しい生活が始まった。
最初の2週間は、とにかく忙しかったが、ようやく落ち着いてきた。
前の家は広く、環境も大好きだったたが、生活導線がいまいち決まらない感じだった。
一人暮らしは大学時代から考えると今年で20年目だけど、ようやく、どんな間取りが使いやすく、何が必要かが見えてきた。今度の住まいは、友人の持ちもので、1月の帰国直後に、気分転換に見せてくれた物件だったが、価格と広さ、間取りともに理想的で、一目でよいかもと思って保留してもらい、方向性が決まった日に、契約した。
なんでかわからないけど、家に入ると、ふっといいにおいがする。
洗濯物を思い切り干せて気持ちいいし、今度こそは、生活を楽しみ、自分のベースを落ち着かせたい。
どうも、時間も空間も、物もそうだけど、おさまる場所がある程度きちんと決まっていることは、かなり重要なことのようだ。まさにこれが切り替えにつながるのだと、今回実感している。
これまでの私の頭の中は、職業柄もあったかもしれないが、すべてが混在しているような感じ、そしてそのひとつひとつが、ものすごい情報量だったので、散らかりまくって、疲れていたように思う。
たぶん、自然に転換をできているように感じている。
これが続けられるか、お友達のみなさん、どうぞ時折チェックしてくださいませ。
|
|
バンクーバー五輪が終わり、自分の身の上に起こった「不幸」にやられていた私の心を癒やしてくれたのは、数々のクラシカル音楽の演奏会だった。仕事の関係もあって、3月から昨日までの約40日間で6つの演奏会に出掛けたり、アーティストと直接話をするチャンスを得たが、大きなインスピレーションと力を与えられた。
昨日は、奥村美佳先生のショパン生誕200周年サロンコンサートに足を運んだ。
小学生のころから私の心を捉えてやまないショパン。
いつか、ワルシャワへ行ってみたいと思っていたが、それを実現させたのは、1999年。
自分のピアノの先生でもあった奥村先生が、ショパンの生家でコンサートを行うというので、追いかけていった。
ショパンに魅せられるアーティストはたくさんいるが、奥村先生とショパンのかかわり方は、どうやらほかのアーティストとはひと味違っていた。それが何なのか、うまく表現はできないのだが、私と先生との係わり合いは、どういうわけか、ずっとあった。ことあるごとに、先生の演奏は聴いてきたが、今回の演奏会は、ものすごく進化を遂げ、ひどく感動した。以前は行間にある美しさに危うさも感じさせたのだけど、今回は彼女の世界が、大きく濃く、堂々と広がっていた。技術とかの問題ではなく、魂の強さというか、確信が変わったのではないか。そんなふうに感じさせられた。
アーティストたちを長い期間追いかけて、その演奏を聴いていると、興味深い。
細くて険しいかもしれない、孤高の美しさを、どんなに大変だったとしても求めていれば、必ず高みに上っていっている。時間はかかるのかもしれないけれども、その人なりの進化が、演奏に現れる。
その変化を感じ取りながら、こちらも大きく励まされる。
演奏を聴きながら、自分自身のこころの
この1、2ヶ月、そんなことを味わえる機会が結構あった。
最後に奥村先生が弾いた曲は英雄ポロネーズ。これが弾きたくて、ピアノを続けた私だけど、今度いつ、再開できるのだろう。
OL二週間目。
|





