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昨日、久しぶりにピアノの演奏会(奥村美佳先生の)に行った。
ここ数日の自分は何を考えてるんだか全くわからん状況で、人と話すほどにちょっとした言葉の影響を受けてしまっていたのだけども、何にも考えないでショパンを聴いていたら、ちょっとわかった。
その前日から私の胸に刺さっていた言葉は、「あなたは強い」とか「あなたのほうが幸せ」とかそういう感じの言葉で、その言葉にびっくりするほど傷ついている自分がいた。
競技をやっていた中で、だれにもわかってもらえないという思いが強くなっていて、本当はだれかに理解してもらいたいと思っているのに、「あなたの悩みは幸せな悩み」とかもっともらしく言われてしまうと、だれにも話せなくなってしまったりして。話して理解してもらえず、がっかりするのが嫌だったから、内に内に入り込んで苦しくなっていたころのことを思い出したみたいで。
今、被災地に寄せる人々の思いは高まっている。
何かをしたいってみんな思ってる。
それは人間として自然な思いだと思う。
テレビを見て悲惨な状況を目にして、何かしなきゃと思わされるんだと思う。
でも、案外、近くにいる人の叫びや苦しみって見えてなかったりするんじゃないかなと感じる。
メディアに反応する人々の思いと、周辺の人間関係の温度差を感じるのは私だけだろうか。
近くに居る人の気持ちを知ろうともせずして、どうやって遠くの人を助けることができるのだろうか。
被災地は当然大変だけど、たぶん、子どもなんかは、人としての当たり前の力がとてつもなくつくように感じてる。
うまく言えないけど、人間同士、ちゃんと繫がり合いたいと思う。
それは近くの人の気持ちを知ることから始まるんじゃないかなーと最近思ってる。
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このところ、自分の中の揺れが、止まらないでいて、人の言葉を聞けば、そちらに影響されたり、自分では制御不可能で、どうしたらいいのかわからなくなっている。
いくら正しい理屈を述べたてられも、その時はそうだねって思っても、後で心に残るのは、違和感と怒りだったり、そういうものが残っていると、正常な判断力をいつの間にか逸してしまっている自分がいる。
元気な時は、どんな食べ物を食べても、ある程度難なく消化できるのと一緒で、免疫力が弱りかけている時は、油の多い食べ物が消化できずに体調を崩したり、そんなイメージ。
ちょっとした言葉とか態度に、いつの間にか過剰反応している自分がいる。
もっともらしい言葉は一番、不快なのかもしれない。
それを察して動くことのできる人はとても少ないように思う。
むやみやたらな励ましも要らないし、過剰な警告と心配もうるさいだけだ。
もはやどこに行っても敵だらけに思えてしまう。そして一番の敵は自分の心。
何度ともなくこういったことを繰り返してきてはいるように思うのだけども。
神に尋ね、神の内に居続ける。そのうち浮上するんだと思うけど。
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U子さんとW君の結婚の儀が無事終わった。
よかったよかったおめでとう
このところ年間1回くらい、結婚式に呼ばれてるような気がする。
若い頃は、だるい気持ちで出席していたけど、神様を知ってから、人を祝福する気持ちが前よりも多く出てきたし、式を楽しめるようになってきた。年のせいかなあ?!
結婚式って、その人たちの思想を表すと、いつも感じる。
その人たちが大事にしているものが、よく見える。
人それぞれで面白い。
結婚式は、本当に感動する。
神様の前で誓う挙式はいいなあと思う。
神聖である。その神聖な空気が好き。
結婚式は、いつかしてみたいなあと思う。
披露宴は、結構疲れることが多い。
楽しいけれども、たいがい疲れる。
慣れないおしゃれをして、人に気を使いまくるからか。
ちょっと無理をする感じが伝わってくるからか。
いったいどんだけ、お金がかかるのかなあって思っちゃったりして。
余計なお世話を考えたりする。
いつも、だいたい、そう。
でも、たぶん、両方大事なのかもしれない、そんなふうに思ったりもする。
神の前に鎮まり、関係を作ることを誓う儀式も、世話になった人に、晴れ姿を披露して、感謝を表すのも。
過剰でなければ、悪くない。
何が言いたいんだか、よくわからんけど、
儀式や順番って、案外、大事なものかもしれぬ。
年取ったからなのか、そんなふうに思い始めてる。
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今日はこれから結婚式にいく。
私が人生で初めて縁談をまとめた2人の。
すぴーちをお願いされている。
歌も歌うことになっている。
なのに、私は体がむくんでいて、眠くてたまらない。
3月は、すごいらしいという預言があったんで、覚悟してたけど、思った以上にすごいように思う。
剛即急で、日がすぎているようにも思うし、一日千秋のような気もする。
なんつーか、感じることが多すぎるときって、言葉が出ないことが多い。
いろいろと感じすぎて、そんな自分に対処することに疲れてしまった感もある。
まあ、いつものことだけども。
行動する前に、自分の感じている気持ちに寄り添っていることが結構大事かなって最近思う。
私は行動に移すのが早いから、一呼吸おく必要があるように思ってるし、感じたことをしゃべりまくることで、頭もまとまることも多いけれども、外に出す前に、自分自身の気持ちを容認することも大事だなと。
まあ、いいや。
ひとまず行ってこよう。
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日本列島?いや、世界だろうけど大変なことになっている。
このところ、自分の将来について頭を巡らしすぎていたのだけども、ハンマーで頭を殴られたかのような地震。
仕事場の私の横では6つのテレビ、通信社の放送が常に鳴り続けている状況。
シャワーのように、惨状などが伝えられている。
一日中いれば、これだけでもぐったりするのだから、被害に遭っている人はとんでもない。
終末だ。
そんなふうに思う。
以下、友人で30年以上ドイツに暮らした人から送られてきたメールを、許可を得て貼り付ける。
思っていても何もできないのだけど、知らないより知っているべきだ。
そう思って、貼り付ける。
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福島原発が外壁も無い状態になった事について、日本政府は詳細を発表していません(世界のどこの政府と同じ)。パニックは必要ありませんが、冷戦時代やチェルノブイリをドイツで体験した私から見ると、平和ボケの傾向が日本ではあるので(失礼をお許しください。しかし、一生を左右する大事な事をお伝えしますので、あえてお叱り覚悟で)、事の重大さを認識して戴きたく、至急、メールをさせていただきます。
福島の第一原発の外壁がない映像が入りました。 冷却できなくなったとの報道がなされた時、大変なことになる、と思いました。何故なら、私が育った旧西ドイツでは、学校の授業は勿論、マスコミでも、原発の構造や特徴、核兵器と放射能の恐ろしさについて、教育や情報をうけました。 チェルノブイリ原発爆発事故当時、ドイツにいた私の体験をお伝えします。良くお考えの上、出来る限りの事を、日本でも行ってください。 チェルノブイリ原発は、ドイツからは離れています。しかし、風(注意:風向きなど、小さな単位ではなく、地球をもっと早く一周するジェット気流のことを言っています)や雨で、ヨーロッパ全土は勿論、ジェット気流に乗って世界中に放射能の塵が広がりました。海でも世界は繋がっていますから、雨が降れば、海にも雨粒は落ちます。ジェット気流で移動する雲に含まれている塵は、他の海や陸にも雨として落ちます。ドイツでも、政府は多くの作物の収穫・販売・摂取を禁じました。水道水も問題になりました。外気に触れれば塵にも触れるので、帰宅後、外で靴をホースの水で濯いでから家に入り、シャワーを浴びる人も多かったのですが、気休めにしかなりません。窓を閉め切り、雨戸も閉め、換気はしない、なるべく外出しない、と政府からの「アドヴァイス」がありました。雨戸や壁やドアが鉛でできていれば、放射線は貫通しませんが、人の住まいは、違う作りです。私達は、なるべくチェルノブイリから離れた国の缶詰で野菜や果物を摂りました。この状態は、長く続きました。 私は、ドイツにいた30年の殆どを、冷戦の中で過ごしました。核兵器の脅威にさらされ、いつ、どちらかの国の誰かが狂気に陥り、死の「赤いボタン」を押し、一瞬にして総てが死の裁砂漠と化すか。その認識で、毎日の生活を皆が送りました。 日本は小さいです。例え九州でも、あの無味無臭の塵にとっては近いです。 今できることとして、窓やドア、シャッターやブラインド(羽根を、光りが外から入らない向きにして)もカーテンを閉め、換気扇は付けない、外出しない。難しいこともあるかも知れませんが、気休めとも言えても、しないよりは。車や電車も、密閉空間ではないので、車内にいて窓が閉まっていても、あの塵は入ります。 第二原発も危ないかも知れません。政府は、もっと早くに広範囲に避難指示を出すべきでした。 あと、もう一つ。重大な原発事故ほど、特に国営テレビでは、映像をあまり出さなくなります。 以上、私の経験をお伝え致しました。 ======= 10年以上前、アウシュビッツの強制収容所を訪れたことがあった。
一人だったしガイドなしだったので、わからないことも多かったのだけど、印象的だったのは、社会科見学として学びに来ているドイツの小中学生の団体といくつもあったこと。
日本は、歴史を隠す。
しかし、ヨーロッパは歴史を明らかにする。
見つめる。もちろんすべてではないけれど、日本よりはかなりましなんじゃないかなと感じたことを記憶している。
最近の日本の政治をぼんやり眺めていてもそうだけど、何だか分からないことが多すぎるし、過去もそうだったと思う。はっきりすべきことはすべきなのだ。
そして、それは自分の人生においても言えるのではないか、曖昧にしていいところとそうでないところがある。
最近、それを強く感じている。
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