あーてぃすと 中山英子の日記

スケルトン競技代表中山英子選手を応援するブログです

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結婚

一カ月前に私が間に立って紹介した友人同士が、婚約したとの報告を受けた。
お見合いサービスなど、これまでしたことはなかったのだけど、たまたま、直感がふってきて、そして、絶妙に時が重なったようで、トントンと話しが進んでいった。他人のことながら、報告を随時聞く度にわくわくしたし、おお、うまくいくときってこういうものなんだなーというのを間近で見せられ、うれしい限りである。人のことながら、幸せっていいものである。一緒に味わわせていただいた。
 
うーん、人の心配してる場合なの?と突っ込まれそうだけど、人はそれぞれでよいのです。
 

40を目前に

9月も終わりに近づき、すっかり秋めいてきた。
一年の中でこの時期が好き。
でも、シーズンの足音がしてくるから、何となく気分が変わるというか、引き締まる時期でもある。
 
昨年は10月1日に日本を旅立ち、ヨーロッパへ向かった。
希望に満ちて行ったけど、今思えば、心のある部分にふたをしていたようにも思う。
今になってそれがわかる。
自分の性格は簡単には直せないけど、コントロールはできるようになるものである。
でも、そのコントロールの方法を調整は、そんなに簡単なものではなく、少しずつ年を重ねるごとに、その方法がわかってくるものなのかもしれない。
 
具体的に言うならば、聖書に書かれているような自分になりたいと願って、確かに、怒るに遅くなったし、自分自身の未来に明確に希望を持てるようにはなった。でも、心の深淵の叫びや怒りというものは、処理されていなかったことを、じわじわと、わかるようになってきたのである。
汚かったり、ずるかったりする心の自分や、わがままかもしれない自分の今の思いは、神に吐き出すべきだということを、今になってわかった。
「あいつむかつくー」、とか、「赦せない」とか。「あれを欲しい」「これを食べたい」とか。
神の前に正直になっていることが、これほど大事であること、声に出して、自分の願いを訴えることが何と大切なことであるのか、ということ。
神との親しい交わり、というのは、正直な自分を吐き出すことであるということ、そんなシンプルなことが、今になってようやくわかった。自分に正直に、神の前に素直になること・・・案外簡単そうに見えて、できていないことって多いんじゃないか。
このたぐいの問答は、理屈で分かったからと言って、実践できるかというとそういうものでもないように思う。
自分の中にある、そういう本音に対して、向かい合うという体力と気力・・・それが大切なのである。
そりゃー、そういうことに気付いたときに、傷つくことがあるかもしれない。
でも、叫ぶ相手は人ではなくて、全知全能で私たちを創造した神なのである。
だから、最善なものしか私によこさないわけである。
 
この10日ほどは、上記のことを、気付かせてくれるような、苦しい出来事が3つ立て続けに起こった。
私が自分の進む道を決意したその瞬間から、目に見える「壁」が明確に見せられたのである。
理不尽なものから、世の常識に縛られたものまで・・・さまざま・・・
その縛りを自分が切り抜けられるだろうか、と思うと、苦しくてつぶされそうで仕方なかった。
 
このレッスンは、すでに、半年ほど、行われているはずなのに、まだまだ板についていない。
 
ついに、28日に40になるのだけど、たまたまこの期間で夏休みを取って、ほんのわずかな間、遠くへ出掛けることになった。距離を移さないと、思い切れないことがある。遠くへ行かないと、わからない時もある。
何の日常にも邪魔されることなく、神様との濃密な時を、味わって来たいと思う。
 
 
 
 

何が大事なのか

友人に紹介されたクリスチャンの男の子のブログに、触発され続けている。っていうか、自分の思考回路とわりと似ていて(って言っちゃうとその人に申し訳ないかもしれないが)こんなに似たようなこと感じる人っているんだわなあと、感心してしまいつつ。。。もちろん私よりも表現力も長けているし、論理的だ。
そこに、「褒める技術」についての長い長い文章がのっていた。
 
褒めるべき場所を適切に褒めることがどれだけ大事なことなのか、どれだけ人を建て上げることになるのか。
それを自分に近しい親とかがしてくれた場合は、大変ラッキーだ。
日本の文化は人を褒めない。よいところを見ると、嫉妬する人すらいる、っていうかそういう確率が多いということ。人を正当に評価できないのは、自分に自信がない人が多い証拠でもある。
その淀んだ空気に、人は潰されていく。私も何度もつぶされそうになっているが、いつも立ちあがる。
立ちあがる時に必要なのは、根性でも、努力でもなく、愛だと思う。人は愛によってのみ、立ちあがれる。
愛は恋愛の愛ではなく、無償の愛である。
神の愛を体現し続ける人になりたい。
憐れみを持って人に接することのできる人になりたい。
私にはその力はない。どうぞ神様助けてください。
 
 
 

インプレッサ

ついに!!
車を変えましたーー!!
2002年から中古で乗ってたインプレッサ君。
今月の車検を通すつもりでいたのだけど、実家を往復しまくっている時、父ちゃんに「この車の音、おかしいぞ。危ない」といわれ、急きょディーラーへ。で、また中古だけど、新型インプレッサ。
一番ほしかったのは、ゴルフだったけど、あらゆる意味で外車に乗り替える体力がなかった・・・ね
でも、今の私には身に余るシロモノ。
新しい車って、静かだし、スムーズで、いいなあと思う。
 
それよりも・・・、私と約10年をともにしたシルバーなインプレッサ君は、本当によく耐えてくれた。
気が荒かったと思われる30代の私のめちゃくちゃな取り回しで、傷だらけ・・・「また、(傷が)増えましたね!!!」と、たくさんの人に笑われた人気者でもあり・・・
総計95070キロ。
お疲れさま。ありがとう。
 
今月末についに40に。
一カ月を切った30代。
大事に大事に過ごそうって気負っていたら、ちょっと疲れちゃった。
自然に、自分の中から出てくる気持ちを大切に、いままで通りに、でも、ちょっとずつ進化できればいいか。
 
 
 
 

光陰矢のごとし

お盆終わって、もうすぐ9月じゃん。
母親の手術も無事終わり、なんか、初めて感じを味わう中で、人の弱さを見て、やはり人は愛の中で支えられながら生きる存在であることを、実感させられた。
幼いころに失していたものを今、取り戻せたようにも思い、それはそれで、心が温かくいられたので、難なく通過できたように思う。守られていたと感じる。
いつものことではあるけれど、なんか、ぎりぎりで必死の毎日を過ごしおり、それはそれで充実していたような気がする。
ただ、私たちは、神の中を生きているのであり、その内に常に守られていられるように祈り、頼り、行けばよいことを改めて知らされるのだけど。。。
 
競技のことも、一見ダメそうに見えて、いつもと違った一年になりそうだけど、その流れも含めて感謝する。
なんかそんな感じ。
神にある祝福をもっともっと、そして私に準備してもらっているすべての恵みを受け取ることのできる人になりたい。

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