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2010年 8月15日 夫の実家にあった物
夫のお爺ちゃんは、二人いる。
本当のお爺ちゃんは、 昭和19年6月に入隊して、昭和20年2月に、モヤ部隊で
フィリピンのルソン島ヌエバエシバ島で戦死し、遺骨も何も戻っては来なかったそうです。
戦後同じモヤ部隊で生き残った方が、夫の実家を尋ねて来て
「戦地へ向かう船の中で具合が悪くなっていて、無理をして上陸したけれど途中
「もう、どうしても行けないから先に行ってくれ」」
それが、最後だったらしいです。
お婆ちゃんの、「何も戦が終わる年に、戦も何もしたことのない人を連れて行かなくても」
その一言に、たくさんの思いが籠っているようで、聞くたびに哀しいです。
もう一人のお爺ちゃんは、本当のお爺ちゃんの弟さん
本当のお爺ちゃんが、戦争で戦死してしまい、亡くなったお爺ちゃんの弟さんが、
お婆ちゃんと再婚して、夫のお父さん達兄妹を育ててくれたので、
夫は、本当のお爺ちゃんは写真だけしか知らない
本当のお爺さんの弟さんを、「爺ちゃん爺ちゃん」と言って育ち、そのお爺ちゃんは
子供の頃の夫と良く遊んでくれて、お風呂に一緒に入って
お風呂の壁に、水で世界地図を書いてくれて、日本は、バナナの形で、
「ここから、飛行機で・・・ここから船で・・・」とか戦争で、何処へ行ったかを説明をしてくれたそうです。
筆豆な夫の叔父さんが、手書きで、 本当のお爺さんの弟さんの年表を書いてくれていて、
その年表を読むと、その御爺ちゃんは、
昭和13年 1月 横須賀海兵団に入団し、同年5月に卒業
昭和13年 6月 軍艦蒼龍に乗艦 廣東攻略戦に横浜出港す
夫の実家で、海外のお土産かなと見たら!
「廣東攻略戦参加記念」と書いてあり、画像に撮ってきました。
これも、夫の実家にありました。
「昭和一五年 海軍検定褒章」
戦後産まれの私には、戦争があった事も、実感が沸かない話ですが、
こういう物を実際に、普通のお宅で見ると、戦争ってあったんだな・・・
と思いました。
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