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買い物の帰りに、石碑があるのを見つけて行ってみました。 良く読めませんが、明治天皇が御休憩した場所のようです。 側には、もっと立派な石碑が 「明治天皇御野立所跡」 とあります。 その奥に、お寺? 「浄土真宗 本願寺派 久留米説教所」 と木の看板があります。 この建物を撮っていたら、 ランニングシャツを着た、おじさんがやってきました。 話しかけたら、色々と教えてくれそうだな〜と思って 「あの〜この建物は、お寺なんですか?」と聞いてみたら 予想どおり、色々と教えて頂きました。 九州の久留米の士族が、国の国策で、東京都練馬、郡山市久留米、 同じ郡山市の喜久田に開墾の為移住したが、今まで農業をしたことのない、 武士に農業をやれと言っても無理な話で、特にこの場所は、水が少なくて 、田畑を作るのは大変だった 大変苦労して開墾したけれど、食べる事が、出来ずに、半分の世帯は、 アメリカ、ブラジルに移住していった。 明治天皇は、わざわざ、東京から郡山までは汽車で来て、郡山駅から馬車で この場所まで来て休憩した この建物の中は、当時明治天皇がお休みになった6畳間がそのまま残って 移民した人達の子孫が一年に一度帰って来た時に、この建物を開けるから 丁度良くその日にくれば、中が見れる 今は、こんな住宅地になっているが、20年前くらいは、田畑が多くて、 こんな家が一杯になるなんて、自分も夢にも思わなかった ここ久留米の人は、結構田畑を持っている人が多かったけれど、自分が死んだら、 莫大な税金が子供にくるので、自分が生きている内に、アパートや貸し家を建てて 借金をわざと作る人が多い 自分の孫の世代になると、田畑を作れる人、田畑が無くなってしまうんじゃ無いかと 心配で、少しくらいの畑くらいは取って置きたいけれど税金を考えると、そうもいかない 自分達の年齢までは、祖先が苦労して開墾した事を知っているから、 子供と孫になると、苦労を語っても、全然聞く耳が無い 自分達世代が、みんな亡くなってしまったら、久留米の水天宮と この建物、石碑を守る人はいないんじゃないかと不安だと 「明治天皇御手植松」と石碑があります。 明治天皇おが植えた松は、病気で枯れてしまって、 変わりに、隣に松を植えたとも教えて頂きました。 この方が、偶然いなかったら 「石碑があります。 明治天皇がお休みした場所らしいです。」 で終わってしまったと思います。 偶然ですが、お会出来てよかったです。 暑い中、色々と教えて頂いてありがとうございました<(_ _)>
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