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2008年 8月11日 福島県会津若松市門田 お稲荷さん 母の父 私にとっては、祖父の実家のあった場所です。 前にちょっと書きましたが、戊辰戦争後、会津藩は斗南藩で青森へ行くことになり 母の祖父は、長男と妹夫婦に、この家を任せて、その下の兄妹達だけ連れて 青森へ行ったそうですが、 長男は、自分だけ置いてかれて、スネてしまったのか? 理由は解りませんが、外車を次々に買ったり、芸者遊びに、奥さんを6人も代えたりと 好き放題して、財産を全部使い果たしてしまったそうです。 母の祖父は、青森、北海道と移りましたが、生活が厳しくて 会津へ帰ってきましたが、 戦後の農地解放で、どうしようも無くなり、母の祖父は全て売って 次男の母の父の所へ、身を寄せて、亡くなったそうです。 まだ、お稲荷さんと、お庭が少し残っているだけですが、撮れる時に 撮っておこうかと 今の持ち主の方には、迷惑だろうけれど、来て見ました。 ちょうど、現在の持ち主の方が、いらっしゃったから、 お断りをして、入らせてもらいました。 今見ても、この小さな小さな、お稲荷さんが、私の顔を痛くしていたなんて 信じられませんが・・・ 私の顔が痛くなって、母達がお参りに来るようになってからは、 私の顔の痛みは無くなったから・・・ そうなのかな・・・ お庭には、もう一つ「馬頭観音」の石碑があったのですが、草が生い茂って そこまでは無理でした。 今度は、草があまり生えてない時に、訪れたいのですが、
今の持ち主の方に、迷惑ですよね・・・(-_-) |
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2008年08月21日
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2008年 8月11日 福島県会津若松市 西郷頼母と二十一人の墓 善龍寺に、西郷頼母と御家族二十一人の墓があります。 西郷頼母の最後は十軒長屋で亡くなって、この善龍寺に家族と一緒に眠っています。 色々と調べていると 西郷頼母の家族は、男子を残して、全員自決したというのが、良く知られている事なので 本当かどうかは解りませんが、ちょっと驚いた内容でした。 善龍寺は、山全部がお墓になっているようで、古いお墓でも、ずっとお墓参りに来て、 綺麗にしてあるお墓もあれば、墓石に苔がはえて、もう何年もお墓参りに誰も来られず、 崩壊している墓石もありました。 (画像で、ちょっと草に覆われて、ちょっと盛り上がっているのが、 良く見ると墓石でした。) 私の勝手な想像ですが、戊辰戦争の時に、一族全員亡くなってしまったり、 その後、斗南藩(青森)、北海道と、全国に移住した方々も多いと思うので お墓参りにも、来たくても、来られなくなってしまったのかなと、 画像を撮りながら、こういうお墓はどうなるのだろうと思ってしまいました。
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2008年 8月11日 福島県会津若松市 善龍寺 山門 遠くに、善龍寺の山門が見えます。 ちょうど、お盆前だからでしょうか、老夫婦が、お花を持って善龍寺に 歩いて行くのが見えます。 会津では無くて、昔聞いた昔話の、浦島太郎が、招待された竜宮城のような建物です。 説明を読みましたら「竜宮造り」という珍しい山門らしいです。 寛政7年に、造られた山門です。 戊辰戦争の時に、本堂は焼けてしまいましたが、この山門は焼け残りました。 周りの木々の緑と、山門が綺麗で、とっても、優雅で品のある、 きれいな門なので、燃えずに残って本当に良かったです!(^^)! |
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