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石碑だけ?を後にして・・・ 道を間違えたようで、解らなくなって来ました。 もう夕方5時30過ぎ・・・ 帰れるのかと不安になりながら、とりあえず猪苗代湖へ行けばなんて適当な事を考えて、猪苗代湖を目指します。 「藩領境の大松」が、見えてきました。 道に迷って良かったのかも^_^; 説明には 「樹高15m、推定樹齢250年のアカマツです。江戸時代の中頃に会津領と二本松領の藩境の目印として植えられたものと考えられます。」 と書いてありました。 夕方なので、見えずらいですが、猪苗代湖のすぐ側に、江戸時代から、ずっと猪苗代湖を 見てたんですね(^^) 藩領境の大松から見た、猪苗代湖です。 このあと、予定より遅くなりましたが、無事帰れました。 |
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2008年09月16日
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2008年8月22日 郡山市福良 石碑だけ? 福良の千手観音堂を後にして、しばらく行くと、右手側に、大きな石碑があったので 行って見ました。 こんな大きな石碑があるんだから、立派な神社とかあるのかな?と期待して 辺りを見渡しましたが・・・ あれれ?建物が見えません 鳥居はあるんですが、鳥居の向こうは山で、道も階段もありません? 石碑の後ろは、側溝で、側溝の向こうには、多分灯篭?と湯殿山の石碑があります。 石碑だけ?なのかな?
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旧街道の、お地蔵様から、石碑が見えたので、行ってみました。 千手観音様がいらっしゃるようですが、金庫のような物に入っているようで、見れませんでした。 後で調べましたら 「千二百年前、弘法大師が諸国巡業中、この地に至り、猪苗代湖岸の山の姿が病という文字に似ており、この地の人々が寒苦に悩んでいる事から、五仏薬師を安置して祈願したところ、悪魔が退散し天から金色に光る樹が舞い降り、この霊樹に弘法大師自ら刻んで安置したのが福良千手千眼観世音菩薩立像と伝えられ、当地の無病息災、五穀豊穣の守り本尊として知られるという。 また、この千手院は、戊辰戦争の際に、新撰組が野戦病院として使用したという場所である。」 とありました。 樹齢400年と言われる夫婦モミなそうです。 千手観音堂から、見た景色です。 田園風景が広がっていて、良い景色です。 夕方の5時くらいですが、もう暗くなって来ました。
だんだん日が短くなって、秋が近いです。 |
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