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郡山市 しょうけい館 福島展 見に行って来ました
以前にテレビで、「戦傷病者の長い戦後」というのを見て、初めて東京に、「しょうけい館」という施設があることを知りました。
行ってみたいと思いながら、新幹線で行けば、1時間もすれば東京なのに、行けずにいました。
5/27(金)に新聞に、しょうけい館 福島展と書いてある記事を読んで、。
開催は5/29(日)までです。
夜仕事から帰った夫に相談しましたら、「日曜なら子供見れるから行ってきたら」
と言ってくれました。
展示は、郡山市のビックアイの6Fの1室に展示室されていました。
初めに喜多方市の方から寄贈された、軍服が展示してありました。
メガネに砲弾の跡があり、
「メガネをかけてなかったら死んでいたと医者に言われた」
だったような事が書いてありました。
足を負傷した方が使った自転車、靴
目を失明してしまった方が使った時計
今の車椅子と違って、がっしりした木で出来ている車椅子
義手
前の天皇陛下、皇后陛下のお歌
その他の展示物も、じっくりと見させて頂きました。
証言記録もあり、私が見たのは、二本松の石川さんの証言記録を見ました。
その中で、石川さんは初めは中国の自動車部隊にいたというお話を聞いて、
私の母の方の祖父は、車を運転できたので、早くに召集されて、中国で自動車部隊に
いたと母が言ってました。
もしかすると、私の祖父の事、御存知じゃないかな・・・
祖父は、私が小学校に入る前くらいに亡くなったので、ぼんやりとしか思い出がありません
昨日、上の子供がテレビをつけると、広島の平和祈念館に、女の子が行って、展示物の説明を受けている場面が出て来ました。
展示物は、原爆で焼け焦げた服を着た女の子の人形で背景は焼け焦げた風景でした。
「怖い」と上の子供が叫びました。
「昔、お爺ちゃんやお婆ちゃんの小さい頃は戦争があって、広島と長崎に爆弾が落とされて
そこに住んでいる人たちは、こういうふうになったんだよ」
と言うと、「ふ〜ん」とじっとテレビを見てました。
まだ連れて行っても、ショックを受けて「怖い」と言ってダメかなと思ってましたが
連れていけるかと思いました。
小学3年生にもなると、少しづつ理解できるのかなと思いました。
こういう機会を作って頂いて、しょうけい館、福島県、郡山市 の方々ありがとうございました。
良く言いますが、実際に見るのでは違います。
平和が一番だと改めて思いました。
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