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2008年 8月4日 福島県会津若松市 飯盛山 灯篭 狛犬

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飯盛山には、何度か来てますが、

今回、改めて来て見て気が付いたのは、灯篭の模様の綺麗な事

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大正6年8月と 彫ってありました。

 古い建物が好きで、色々と見てますが、龍に虎に、菊の模様にと、
こんなに綺麗に彫られた灯篭は、珍しいです。


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この狛犬の画像を撮った時に、あれ?なんか違うと気が付きました。

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左の狛犬は、片足で玉を押えてます。

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右の狛犬です。
子狛犬が足にじゃらけてます。
良く見ると狛犬の口の中に、小さい玉がありました。

いつもでしたら、何年に寄贈されたとか、もっと事細かに拝見しますが、
暑さの為か、気分が悪くて、もう少したってから、また訪れようと思います。



 
2008年 8月4日 福島県会津若松市 飯盛山

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柳津の粟饅頭が、飯盛山の売店で買えると聞いて、行って来ました。

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 せっかく来たので、白虎隊士達のお墓まで行ってみることに
ベルトコンベアーもありますが、有料だし、このくらいと階段を登ります。

 今日も暑いので、登りきったら、汗が滝のように流れてきました(~_~;

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吉田 伊惣次 さんのお墓です。
 
 賊軍の遺体を、埋葬する事は禁止されていたのですが、あまりの惨劇に、
ひそかに埋葬して下さった方です。

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「会津藩殉難烈婦碑」
戊辰戦争の犠牲になって亡くなった、婦女子の慰霊碑

 柴五郎さんの「ある明治人の記録」という本の中に
 柴さんの、お父様、お兄様4人、男子以外の家族女子全員は7歳の妹さんも
お城に入っては、足手まといになると、自害しているのを思いだしました(-_-)

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白虎隊士のお墓

 まだ10代で亡くなった、少年達のお墓です。

 この飯盛山の灯篭の模様がとても凝っていて綺麗なので、
別にアップしたいと思います。

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「松平容保 公 弔歌の碑」

松平 容保公が、白虎隊士の殉難忠節に対して弔歌を詠まれた。

「幾人の涙は岩にそそぐとも
      その名は世々に朽ちじとぞ思う」

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「ローマ碑」

 昭和3年に、イタリアから贈られたとありますが、ムッソリーニが、白虎隊に感激して、贈ってくれそうです。

 イタリアらしい、悠々とした碑ですが、人物に、良い印象はありません。

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「フォン・エッツドルフより贈られた記念碑」

個人的に、白虎隊に感動して贈られたそうです。

石碑の説明には、

「進駐軍によって碑面を削り撤去されたものを、昭和28年に再刻のうえ復元された」
と書いてあります。

 後で調べたら

 ドイツ武官からの寄贈ということもあり、進駐軍によって碑の破壊命令が出されたが、
飯盛山で茶店を営む老婆が、「碑に罪は無い」とて碑を破壊したことにして床下の地中に
隠してくれたお陰で、今ここにある碑です。

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 飯盛山で自刃した白虎士中二番隊篠田組唯一の生存者、飯沼貞吉 さんのお墓です。

 「生前、永眠の地は懐かしい友らの眠る故郷会津の地であることを密かな念願としていて、
没後26年を経た昭和32年、会津若松市により「戊辰戦争後90年祭」が挙行されるにあたり、
ようやく成就される。」

 飯沼貞吉さんは、亡くなったら、直ぐにでも、会津のこの地に埋葬して欲しかった
そうですが、「おめおめと生き残って」と心ない事を言う人もいて

 なかなか、すぐには埋葬されなかったそうです。

 私が見学に行った時に、案内のボランティアの方と多分姉弟だと思いますが、
小学生の女の子と男の子が、見学していて、男の子がもの凄く会津の歴史に詳しくて
案内のボランティアの方が「詳しいねえ、そんなに会津の事勉強してくれてると嬉しい」と
感激しているのが聞こえました。

 私も嬉しいです(^^)

 夏休みだからか、親子で見学している人も多かったのですが、
興味がないと、せっかく親が連れてきても、「暑いから、早く帰りたい」とか
言ってる声も聞こえました(-_-)

 たしかに、暑くて、私もまだまだ、見学したかったのですが、気分が悪くて

また、今度、ゆっくり来たいと思います。




 




 



 

 

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2006年 11月4日 福島県猪苗代 母成峠古戦場

 母成グリーンラインが、有料から無料になったと聞いて、通りました。

 湧き水が出ている所を通って、広い場所へ

石碑があります。

「戊辰戦役 母成峠古戦場」

 こんな峠に、古戦場!

「松平保定 書」とあります。

 松平保定さんは、何年も前ですが、会津で行事があった時に何度か拝見しましたが、
お爺様の、松平容保公にそっくりな、鼻筋の通った、気品あるお顔の方でした。

 こんな、山の中で戦ってたなんて、びっくりしました。

 石碑の横に、「慶応4年8月21日(太陽暦暦1868年10月6日)」
と彫ってあります。

 初秋の季節に、こんな景色の良い場所で、戦ってたのも
なんだか、悲しいです。

 バス亭があります。

ここも、バスが通るんだ!
乗る人いるから、通るんだよね?

 少しですが、紅葉が初まってました。


その日の夜、夢を見ました。

首の無い人が、出てきて

「家に帰りたいから、連れて帰ってほしい」と

私は、「家を知らないから、無理」と言ったら

「体を貸してくれれば、帰れるから貸してくれ」

と言われ、目が覚めました。

 ほとんど夢は、あれ?なんか夢見たけど、なに見たっけ?なのに
ずっと覚えている夢です。


母成峠の戦い 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%8D%E6%88%90%E5%B3%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

松平保定 
http://www.zaikai21.co.jp/zaifuku/back/0306.html

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2005年 5月8日 猪苗代

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2005年 5月8日 猪苗代へ

会津の入り口の猪苗代町に、前の翁島駅舎が、町営緑の村に移築して、お蕎麦屋さんになっていると聞き、行ってきました。

 前の天皇陛下が、猪苗代に新婚旅行に来たときに利用した駅で、とてもモダンな建物で、天ぷら蕎麦頂いてきました。

 中も、昔のそのままの駅舎の様子そのままが、見れて、今の駅の冷たい感じと比べると、全然暖かい、素敵な駅舎でした。

駅舎亭 
http://www.inawashiro.or.jp/institution/ekisha.php

会津 滝沢本陣

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2005年7月31日に、会津の滝沢本陣に行きました。

場所は、白虎隊が自害した、飯盛山のすぐ側です。

中に入ると柱、障子に、戊辰戦争の時の刀傷、銃弾痕が残っていて、かなり酷くやられたようです。

 白虎隊の歌の歌詞に「滝沢村の血の雨に〜」とかあったような・・・
間違いだったかな?

 白虎隊は、テレビで過去2度放映されたのを、見ましたが、血の雨がふるくらい、酷い戦争だったのかも・・・

 東山温泉入り口の会津武家屋敷も立派ですが、そこは復元で、こちらは、ずっとここで、本陣として使用していた建物なので、やはり重みがあります。

 中の建物は、戊辰戦争の傷痕で、痛々しいですが、お庭は、そんな事が嘘のように、綺麗で、縁側に座布団がしいてあって、座って見れるようになってました。

 入場料 300円というのも、お財布に優しいです。

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