Rome3727

あくまでも私の日記、記録。でも何らかのお役に立てたらとの願いをもって書いてます。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

     後20キロで自転車日本一周を目前に、事故でなくなった原野亀三郎さん 
     「青春を送ることなく戦死した親友達に捧げる旅」、鎮魂と大きく書かれたTシャツ

2007年6月27日 東京新聞(中日新聞)筆洗 に次の記事が載った。同様な記事を目にした人も多いと思う。

 出会った人の誰もが八十歳と思わなかったという。日焼けした肌、しまった足の筋肉。原野亀三郎さんは野宿もできる荷物を積んだスポーツタイプの自転車で、颯爽(さっそう)と風を切っていた

▼自転車での日本一周が人生の目標だった。「自給自足をしたい」と東京から一人で移り住んだ長野県内の自宅を昨年四月に出発し、日本海側を北上。北海道を回って日本列島を南下した。鹿児島、沖縄などを経て、当初は今月三十日に帰宅する計画だった。それが五日早まり、悲劇が待っていた。自宅まで約四十キロの地点で大型ダンプカーにはねられて亡くなった

▼なぜ原野さんは日本一周を考えたのか。昨年七月、北上の途中で雨に降られて一泊した福島県内の旅館のおかみ村上美保子さんに、心の内を明かしている

▼戦争を体験した原野さんには青春がなかった。戦死した戦友には永久に青春がない。「残された自分が青春を楽しまなかったら、あの世に行ったときに彼らにあわせる顔がない。今、青春をしている」のだという。自転車で走ると、戦友と旅を楽しんでいるように感じるとも話していた

▼日本一周中の原野さんに出会った人は、みんなファンになっている。穏やかな人柄に加え、学ぶところがあったのだろう。村上さんは「原野さんを知って、年齢を理由にして何かをできないと思うことはやめようと思った」と振り返っている。人生における人との出会いの大きさを感じる

▼無念の死になるのだろうが、思い切って旅に出た甲斐(かい)はあった。颯爽と戦友に再会していることを願う。

そしてたまたま次のブログで、昨年彼とたまたま旅の途中で出会った一人の青年の手記、「故 原野 亀三郎氏に捧ぐ June 26, 2007 原野亀三郎さんのご冥福を心からお祈りいたします」
を見つけたので、以下写真と共に、引用させて頂きました。http://blog.livedoor.jp/pxwxw768/archives/50896868.html

 「彼とは鹿児島県の最南端、世論島が最初の出会いだった。一泊1500円のしらゆり荘を探しに百合ヶ浜に行った時、自転車でキャンプをする白髪の老人と挨拶を交わした。その後その島を出る時の船着場で、再びその老人と一緒になった。船が遅れて少し困惑していた自分に微笑みかけた彼の顔は、今でも鮮明に覚えている。

 沖縄の本部港に向かう船で一緒にビールを飲み、お互いの旅に対する思い、人生の話をたくさんした。港に到着したのは、午後7時をまわり日も落ちていた。彼の家がある長野での再会を約束し、お別れした。早めに宿を決めたいと思い県道を進むと、一軒の民宿があった。選ぶ時間もなくその宿に入ると、何と向かいの部屋に彼の姿があった。

 再会を祝し焼酎と泡盛を酌み交わした。「青春を送ることなく戦死した親友達に捧げる旅」、鎮魂と大きく書かれたTシャツ。尽きる事無い人生という物語を朝まで飲み語らった翌日、伊江島に向かうフェリー乗り場で別れた。次は彼の創った長野にある家での再会を約束して」。 2006.11.27

そして【みんなからのメッセージです】に次の文が書き込まれていた。

○一人でも多くの僕の大切な人に知ってもらいたい。
亀三郎という生き方を 彼のような日本人がいたことを
彼のような人間と同じ時代に生きれたことを

○伝えて下さらなかったら知ることのない出来事、事実。いつもなぜ神様はそうい
う大事なパッションを奪うのでしょう…。坂口さんも何か大きなパッションやパ
ワーを持ってる人だと思います。再会は偶然じゃなくてきっと運命。何か
を託したバトンなのかも。…ここまでメールかいて坂口さんの胸中察して何て言
ったらいいかわからなくなりましたが、きっと今頃天国の仲間に旅の話をしてい
るハズ。私もご冥福を祈り、敬意を表したいと思います。

○涙ばかりがあふれてきて言葉がないよ…なんでこんなかっこいい生き方をしてい
る人がこんな最期を… やるせないニュースやね でも今頃はきっと戦友達と日
本一周の打ち上げをやってるよ!!悲しいニュースなはずやのに、こんなかっこ
いい日本人がいたんだって事に救われます 80歳で自転車で…すごすぎる。あ
びちゃん、ありがとう!

○お知らせありがとね。会ったことないあたしまで涙がこみあげてきました。戦争
で辛い思いをして、戦後も親友を亡くした辛さをず〜っと抱えていたんだよね。
人を大切に想うこと亀さんから教わりました。
前にこんな話を聞いたことがあります。
神様は素敵な人がいると、その人を欲しいと思うの。
だから死ぬということは神様に選ばれたということ。
あびちゃん悲しいと思うけど素敵な亀さんと出逢えてよかったね。
亀さんのご冥福を心からお祈りします。

○TVのニュースもで報じられていましたね。
鎮魂と大きく書かれたTシャツを着て、青春の無かった戦友に捧げる為の旅だっ
た。亀三郎さんとの事が書かれてるアビのブログを読み返してみたよ。
人と人との出会いって本当に不思議なものだよね。
ただすれ違うだけの人が多いこの世の中で、出会い・言葉を交わすという事。
再会を誓い合っていたのに…残念だね。

○仲間のために走り続けそして仲間の所へ行かれたんですね
。志を持って生きる事の素晴らしさと人の命のはかなさの両面を強く感じます。
自分自身悔いのない毎日を送らなければと今改め思っています。心よりご冥福を
お祈りいたします。

○亀さんのブログのお写真改めてみさせていただきました
80歳とは思えない 若々しさと 長い年月を重ねた深みのあるお顔を合わせもった
本当に素敵な方だったんだなと強く思いました
私もお会いしたかった 長野県は私の父の故郷でもあり
祖父も戦地で戦い帰ってきた人なの
祖父を重ねあわせてしまい胸がさらに痛みました
亀さんは旅を通して たくさんの人達からココロのギフトをもらったり譲ったりして
幸せな日々だったことでしょう

○80年の重みで正面から対峙してもらったことを
あびちゃん覚えていようね。亀さんの遺言はまさしくあの時の言葉だよ。
『若者に、どうかお願いです。どうか、一歩踏み出す勇気をもってください』

閉じる コメント(1)

顔アイコン

ここに私のアドレスがあるのはどうしてだろうと、ずうっと思っていました。コメントを書きなさいというご配慮だったのですね。
いつも沢山のお話を読ませて頂きなるほど、なるほどと感心させられていました。
一年前に布施さんと中国、タイ、ベトナム、フィリピンの旅にご一緒させて頂き、四六時中鼻を突きあわせていたのに、それほど喧嘩もせず旅が出来たのは二人の考え方が良く似ていたからではないでしょうか。
原野さんに対する思いも同じような思いで読んでいます。
次の中国、韓国一人旅は、健康で楽しいご旅行となりますように。

2007/7/28(土) 午前 8:00 [ tk8*92*umir* ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事